「販売員は心理学者であり、町医者である」 町田発セレクトショップ店主に学ぶ、接客術と独立へのヒント

菊池健斗(きくち・けんと)1994年生まれ。福岡県出身。青山学院大学卒業後、19年に株式会社デイトナ・インターナショナルに入社。その後、独立して都市と郊外をつなげるセレクトショップ「キレット(kiretto)」を22年にオープン。国内外のクラシックやカジュアルアイテムを展開している。25年夏には2店舗目となる「オート(HAUTE)」をオープンした。

菊池健斗(きくち・けんと)1994年生まれ。福岡県出身。青山学院大学卒業後、19年に株式会社デイトナ・インターナショナルに入社。その後、独立して都市と郊外をつなげるセレクトショップ「キレット(kiretto)」を22年にオープン。国内外のクラシックやカジュアルアイテムを展開している。25年夏には2店舗目となる「オート(HAUTE)」をオープンした。
「販売員は心理学者であり、町医者である」 町田発セレクトショップ店主に学ぶ、接客術と独立へのヒント

菊池健斗(きくち・けんと)1994年生まれ。福岡県出身。青山学院大学卒業後、19年に株式会社デイトナ・インターナショナルに入社。その後、独立して都市と郊外をつなげるセレクトショップ「キレット(kiretto)」を22年にオープン。国内外のクラシックやカジュアルアイテムを展開している。25年夏には2店舗目となる「オート(HAUTE)」をオープンした。

東京・町田でセレクトショップ「kiretto」と「HAUTE」を手がける菊池健斗さん。大手セレクトショップで販売から新規事業まで幅広い経験を積んだのち、「都市と郊外をつなぐ」ことをテーマに独立。生活に寄り添いながらも心が高揚する服を提案し続けています。
今回は、販売員として培った接客術、そして独立へと歩みを進める中で掴んだチャンスの裏側を伺いました。
〈目次〉
原体験になった原宿の古着屋
──ファッションに目覚めたきっかけは?
高校時代、毎月ファッション誌のスナップに載っていた友人から影響を受けたのが始まりです。最初は「おしゃれしたい」「モテたい」という気持ちから洋服を買っていましたね。
大学から原宿まで歩ける距離だったので、よく古着屋を巡っていたんですが、友人が通っていた原宿の古着屋を紹介してもらったのを機に、そのお店にすっかりハマってしまって。なので大学院の1年生くらいまでは、ほとんど古着しか着ていませんでした。
──どんなお店だったんですか?
原宿の遊歩道沿いにある、レギュラー古着を中心にビンテージも扱うミックス感のある店でした。服やそれに付随するカルチャーも好きでしたが、何より接客がすごくよくて。そこで友達もできて、飲み会もしたり、みんなの拠点のような場所になっていたのがとてもよかった。
──その店で感じた「いい接客」とは?
感情に触れてくる接客なんです。商品の説明ではなく、感情ベースの会話でフランクに話せる距離感が心地よかった。当時は今よりも情報が少なかったこともあって、「他の店にも行って、いろんな話を聞いておいで」というスタンスからもスタッフの方の思いやりを感じられました。
──新品に触れるようになったきっかけは?
もともと哲学や精神分析の分野に興味があり、大学院に進学しました。そんな時、当時の友人や近しい人達が精力的に活動している姿を見て、自分も何か行動しなきゃと思ったんです。
ちょうどその頃、インスタグラムでパンツ専門ブランド「ニート(NEAT)」をたまたま見つけて。運営元の「にしのや」が、PRとブランドオペレーションのアシスタントを募集していたので、その日のうちにメールで履歴書を送り、職務経歴書も会社のポストに投函しました。
その行動力を評価してもらえたのか、アルバイト兼インターンとして働けることになりました。当時、ブランドがちょうど盛り上がりはじめた時期で、2年ほど在籍しました。
──それが新品に触れるきっかけになったんですね。
ファッションで生きていくなら、新品の世界に飛び込む必要があると感じていました。その中で、自然に馴染めたのがこの経験でしたし、取引先のスタッフさんやスタイリストさんからも多くを学べた貴重な時間でした。
──当時からアパレル業界で働くことは想定されていたんですか?
大学院生の頃から「いつか洋服屋をやってみたいな」と漠然と考えていました。正直、PRの仕事は我が強い性格上あまり向いていなかったんです(笑)。
でも将来的にファッション業界に貢献したいと思った時に、どんな形であれ現場を知らないと何も言えないと感じていて。最終的にはBtoCの仕事ですから、お客さんにどう伝えるかを考えるには、現場経験が必要だと思ったんです。
お手伝いしていた「にしのや」の西野社長にも「一度、広い世界を見ておいで」と背中を押してもらい、店頭の仕事を目指して就職活動を始めました。
高価格帯の商品を買ってもらう接客術とは?
──新卒でデイトナ・インターナショナルに入社されたんですね。
はい。新規事業で「ニート」の商品を取扱いたいという話があり、当時アシスタントをしていた背景があったので新規事業に誘っていただきました。そこからはとんとん拍子で話が進み、入社が決まりました。
──菊池さん自身の志望動機は?
ファッション業界をより良くしたいと思ったんです。販売員は一人ひとりに合わせて「この商品があなたの生活にどう寄与するか」を新しい処方箋として提案する仕事。とても頭を使う仕事なのに、給与が上がりにくい現状に疑問を抱いていました。
旧帝大出身の人が「ファッション業界に入りたい」と言っても親に反対されず、「行っておいで」と言われるような業界が理想です。プレイヤーとして活躍し続けられる業界であってほしいと思ったんです。
──入社後は?
最初の半年は繁忙店で販売スタッフとして働きました。ふらっと来店された方でも、0.1%の可能性があるならつかみにいく、そんな接客のスタンスが自分の肌に合っていましたし、短期間で多くの接客経験を積めたことでストレングスがつきましたね。
──売るためにどんな接客をしていた?
自ら希望して高単価エリアに立たせてもらっていました。低価格のアイテムを見ていたお客様にも、高価格帯の商品を自然に提案して買っていただくような接客が得意だったんです。
例えば、トラックパンツを探しに来た方に、倍以上の価格のトラックパンツを購入いただいたこともありました。まずは「トラックパンツをかっこよく履いているのはどんな人だろう?」という会話から始めて、実際に履き比べてもらい、2万円の価値がどこにあるのかを丁寧に伝える。そういった経験から販売のスキルを積んでいきました。
──その後、入社前から話に出ていた新規事業に異動されたと。
秋頃に新規事業が立ち上がり、準備から商品管理、接客まで全てやりました。メンバーの多くが外部からの採用だったので、新卒の自分には本当に大変でしたね(笑)。
そこで2年半の経験を積んだ後、渋谷・青山エリアの3店舗で、販売だけでなくSNS運用、バイイング、販促、ディスプレイなども担当しました。とにかくやれることは全部やるスタンスでした。
──販売、新規事業立ち上げ、SNS運用…。トータルでさまざまなことに携わられていますよね。
大変でしたが、一生懸命になれた時間でした。将来的に独立も視野に入れていたので、戦略的に実務をこなしながら、学べるものは全て吸収しようという気持ちでした。若い人たちにも、「腐らずに学べるものは全部学んでから外に出よう」と伝えたいですね。
町田から生活と地続きのファッションを届ける
──独立の決め手となったのは?
新規事業に誘ってくださったディレクターの方が異動してしまったことが大きかったです。恩のある方で、その人の頑張りを証明するために自分も頑張ってきたのですが、一緒に働けなくなってしまい、モチベーションを見失ってしまって。
そんな時、27歳のタイミングで「お店をやってみない?」と声をかけてもらったんです。地方を訪れた時は必ずその土地のセレクトショップに立ち寄るのが習慣だったのですが、新潟でセレクトショップを運営している社長と意気投合して、そこから話が進みました。誘ってもらったなら、やらない理由はないと思って。
──そうして「キレット」の構想が始まったんですね。店名の由来は?
登山用語で「切戸」と書いて、難所を意味します。それが町田で挑戦する象徴としてピッタリだと思いました。
町田は競合こそ少ないですが、神奈川や都心へのアクセスもよく、生活圏としての魅力がある街。もともと古着が好きで町田にはよく来ていたので、ファッションが息づくバランスのいい場所だと感じています。
──コンセプトは「都市と郊外をつなげる」。
都市と郊外をつなげるということは、地元でも浮かず、都心でも気分が上がる服。それがリアルでいいなと思ったんです。近隣の方だけでなく、千葉や埼玉から電車で1時間半ほどかけて来てくださる方も多いですね。
以前、香川から来られたお客様が「地元で浮かないか心配」と話されていたのですが、「こう合わせたら自然ですよ」と提案したら納得してくださって。そういう瞬間に、都市と郊外をつなぐ意味を感じますね。
──開業後、苦労したことは?
苦労しかないですよ(笑)。前職からのお客さんや友人のつながりがあったので、それなりに集客には自信があったんですが、やはり町田は遠く感じられてしまうようで最初は全然売れませんでした。1年目は修行のつもりで、がむしゃらに踏ん張りました。
──転機になったことはあったんですか?
2023年3月です。「これいいな」と思える商品で勝負したら戦略がうまくはまり、1ヶ月で700万ほど売り上げました。SNSなどでの発信に注力し、認知を広げられたのも大きかったと思います。
また、どんな店がどんな商品を置いているのか、どのブランドが伸びるのかを研究するために、インスタグラムを目を皿にして分析していました。そういった知識の積み重ねがお店のブランド構成に活きましたね。
──戦略的な品揃えが売り上げにつながったんですね。
売り上げだけでなく、お客様の変化もやりがいです。最初は1万円の服を買うのも勇気がいったお客様が、数ヶ月後には15万円の靴を買うようになる。高価な洋服が正義だとは思いませんが、自分が提案した服を通じて、服の魅力に気づいておしゃれを楽しむようになった姿を見ると本当にうれしいですね。
──お客様のスタイルや魅力を引き出すために、どんな接客を心がけているんですか?
「どんな自分になりたいか」を一番に聞きます。ファッションは自己満足ではなく、人にどう見られたいかというコミュニケーションだと思うんです。自分の好きなものを理解している人は多いですが、客観的な理想像が自分の中で定まっている人は意外と少ないです。
だからこそ、なりたい像を共有できると提案も深まります。さらにそこから買うだけで完結しない接客を意識していて、「これを買うならこう合わせるといい」とか、場合によっては他店を紹介することもあります。

──今年8月には2店舗目「オート(HAUTE)」をオープンされました。
「キレット」で高価格帯のアイテムが増えてきたので、もう少しエントリーしやすい価格帯の店を作りたいと思いました。オンラインでは両店舗を一つのサイトで管理しているので、最初にカジュアルな商品から入り、徐々に上質なものへステップアップしてもらえる仕組みです。
「キレット」は登山の難所を意味するのに対し、「オート」はフランス語で縦走路(山の尾根をたどって複数の山を連続して歩く登山ルート)を意味する言葉。二つの店が並走するイメージを込めました。
販売員は、心理学者であり町医者である
──郊外でセレクトショップを構える魅力とは?
都心エリアよりも生活との距離感が近いことですね。ファッションと生活がズレていない。私自身も以前中野に住んでいて、都心のスピード感に少し疲れた時期もありました。だからこそ、無理のない生活を大切にできる場所でファッションを提案したいと思ったんです。生活目線で考えた時に町田ってすごくいい場所だと思うんですよね。
──経営者になってから、考えが変わったことは?
昔は店頭至上主義だったんですが、今はオンラインの力も大切だと実感しています。ブログは週3〜4本更新していて、店頭と同じ熱量で伝えられるように意識しています。むしろ言葉を残せる分、多くの人に届くんです。
お客さんから言われてうれしいのは、「キレット」のオンラインが一番分かりやすいということ。迷われている方の背中を一押しするのは必要であって、それをオンラインでも再現できていると実感しています。
──では改めて感じる販売という仕事の魅力は何でしょう?
少なからず人の人生に影響を与えられることだと思います。スタッフの一言で人生を変える可能性がある。自分も原宿でそんな体験をしました。今も、そういった感覚をお客様に与えられていると思う瞬間があって。お客さんが自分を信頼して買ってくれた服を着て再来店してくれた時は、やっていてよかったと感じます。
販売員はある意味、先生であり心理学者であり、町医者のような存在。一人ひとりと真剣に向き合えるのは販売員の魅力ですね。
──独立を目指す若者へアドバイスをお願いします。
まずは買うことと、お店に足を運ぶことですね。実際にお金を使って体験しないと分からないことがたくさんある。現地に行っていろんな話や価値観に触れることが大切です。足が棒になるまで歩き倒して、現場で人と話して学ぶことが一番の近道です。
──今後のビジョンを教えてください。
ファッションを文化として研究できる場所がまだ少ないので、最終的には、文献や資料をまとめて閲覧できるファッションの資料館を作りたいです。京都のKCI(京都服飾文化研究財団)ギャラリーのようなものを東京にも作れたらと思っています。
そのためにも、自分の名前で仕事ができるようになりたい。オリジナル商品やディレクション業にも挑戦しつつ、自分の好きなものをさらに凝縮した小さな店もいつかやってみたいですね。
本もよく読むという菊池さん。ファッション業界を目指す、または現に働いている方にぜひ読んでもらいたいという、おすすめの本を教えてもらいました。
鷲田清一『最後のモード』

哲学者・鷲田清一が、ファッションを通して現代社会の身体感覚や他者との関係性を考察した評論集。服を単なる装飾ではなく、「他者の視線を意識しながら自己を形づくる行為」として捉え、流行の変化や消費のあり方を哲学的に読み解く。
小林康夫『君自身への哲学へ』

哲学者・小林康夫による、思考することの意味を問う哲学入門書。著者は、哲学を専門知識としてではなく、自分自身の存在や生き方を見つめ直す営みとして提示する。問いを立てること、言葉を通して世界と関わることを中心に、哲学的思索の基本的な姿勢を解説した一冊。
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三谷温紀(READY TO FASHION MAG 編集部)
2000年、埼玉県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、インターンとして活動していた「READY TO FASHION」に新卒で入社。記事執筆やインタビュー取材などを行っている。ジェンダーやメンタルヘルスなどの社会問題にも興味関心があり、他媒体でも執筆活動中。韓国カルチャーをこよなく愛している。
最終更新日:
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