敏感肌ブランド「ディセンシア」の2桁成長の影に大きな決断 山口社長のV字回復への戦略とは

Video by: FASHIOSNAP

 2007年にポーラ・オルビスグループから誕生した敏感肌向けスキンケアブランド「ディセンシア(DECENCIA)」。「肌の不公平をなくしたい」をパーパスに掲げ、ポーラ化成研究所の知見を礎とする確かな商品力、敏感肌の人に寄り添うコミュニケーションを武器に右肩上がりに成長し、2024年12月期第2四半期決算も前期比、予算比ともに2桁増と好調に推移する。順風に見える“表面”とは裏腹に、実はこの5年は足元が揺れ動く事態に陥っていたという。そんな不安定な状況下の2021年に社長に就任した山口裕絵社長は、心の中では“頭”を抱えながらも、パーパスを軸に戦略に基づく対話と笑顔でV自回復への軌道を敷き、今もなお邁進する。山口社長に、今の成長につながるまでの道筋について、就任当時の思いからターニングポイントとなった出来事、そして進むべき将来像まで聞いた。

◾️山口裕絵(やまぐち ひろえ)
大学卒業後、ポーラに入社。宣伝部や商品企画部を担当し、日本初のシワ改善薬用化粧品「リンクルショット」の商品開発とブランドマネージャーを務める。2021年1月、ポーラ・オルビスグループの化粧品ブランド「ディセンシア」の代表に就任。停滞していた売上を3年で再び成長軌道に乗せる。趣味はピアノと料理。「化粧は得意」と語り、インタビュー当日も自ら施したメイクアップで登場。

⎯⎯代表就任から3年。2024年上半期も2桁成長と順風満帆ですね。

 そうですね。でも正直なところ、ここへきてようやく、というところもあります。

⎯⎯というと?

 実は2022年10月に行ったリブランディングの失敗を確信して、軌道修正を始めたのが2023年1月で、それで今に至っているので。

⎯⎯失敗を確信⁉︎ そこまではっきり言う社長はそういないのではないでしょうか。リブランディングはどのような経緯だったのですか?

  遡りますが、ディセンシアは2007年に創業し、右肩上がりで成長してきたのですが、10年経った2017年に売上が“踊り場”となった…。D2C販売の限界を感じたんですね。創業から10年はスマホが普及してECで買い物をすることが世間に定着した時代。それと共に「ディセンシア」も成長できましたが、ECで販売するD2Cブランドが増えて競争も激しくなり、弊社の売上も水平線のような状況に…。その競争から一歩抜け出すため、競争力を高めるためにもリブランディングをすることになったのですが、その方向性自体は間違っていませんでしたが、やり方が失敗だったということです。

同じゴールを見ていたはずなのに大きな濁流が…

⎯⎯具体的には何が失敗だったのですか?

 リブランディング前は、ウェブの広告でも目立つ赤をキーカラーに、多くの機能的な言葉を並べたコミュニケーションでしたが、リブランディングでは白を基調としたパッケージに変え、ヴィジュアルもコミュニケーションもプレステージブランド然としたものに変更しました。感度の高いお客さまやファッション誌の編集の方などには評価されましたが、既存のお客さまの中には「ちょっと冷たく感じた」といった声があがるなど、“自分たちの”ブランドではないようなイメージにつながったようで離れていった方も多く、残念ながら売上にはつながりませんでした。

⎯⎯大胆な変更だったのですね。それには社内でも意見が分かれていたのではないでしょうか。

 そうですね…。同じゴールを見ているはずが、リブランディングを推進するクリエイティブ側と、日々の売上を見ている営業側の間に大きな溝ができてしまって、それは濁流のようでした(笑)。

 リブランディングする際にブランド診断調査を行ったのですが、その結果はマイナスのイメージのものが多く、その診断結果は前に進むための武器にすべきものなのに、ブランドをゼロから育ててくれた人達にとっては今までやってきたことを否定される凶器になってしまったんです。そもそも私達がいるD2Cマーケットはすべてが数字で出てきて、その学習の積み重ねで最適化していく世界。一方、プレステージブランドのマーケティングは、数字から見えるユーザーの行動に合わせるよりも、ユーザーに新たな気づきを提供することを優先し、そこに一貫性が求められます。どちらが良いというわけではなく軸が違うんですね。そこに大きな溝がありました。

⎯⎯意見が対立するままでリブランディングが遂行されていたと。

 私はリブランディングが進行している途中に入社し、2つの部隊の融合を試みましたが、なかなかリーダーシップも発揮できず…。ただリブランディングの日付も決定していて、前に進むしかない中で、社長として決断する必要があり、「今は尖ったリブランディングに振り切ろう」と決めて遂行したんです。

商品は十分勝負できる、変えるべきはコミュニケーション

⎯⎯そう振り切ったものの、業績には結びつかなかった…。

 それで2023年1月に軌道修正を始めました。これがターニングポイントとも言えます。

⎯⎯リブランディング発表が2022年10月で、軌道修正を始めたのが2023年1月。短い期間で決断・実行されたのですね。

 商品の効果効能は十分勝負できる自信はありましたので、変えるべきはコミュニケーションだとわかったんです。改めて「ディセンシアって本当はどういう会社なのか? ブランドなのか?」とみんなで考え尽くしました。

 またリブランディングを実際にやって売上が伴わなかったことで、ここまでブランドを成長させてきた営業部隊のリーダー達にある意味、恥を忍んでじゃないですが、「力を貸してほしい」と相談したのです。営業部隊の人たちはきっと、「ほら見たことか」と思ったところもあったとは思いますが、「こういったクリエイティブが悪いとは思わない」、そして「元に戻さなくていいと思います」と言ってくれたんです。尖った方向に振り切ったことで、「良かったこと、悪かったこと、踏襲すること、改善すること」がわかったと言われた時は嬉しかったですね。結果として、「元に戻すのでもなく、カッコよさを突き詰めるのでもなく、『ディセンシア』らしく融合させること」が軌道修正につながりました。

リニューアル前の広告

リニューアル後、軌道修正した現在の広告

⎯⎯そして組織改編も行いました。

 溝のあった2つのチームを「得意領域が違うけれど、融合させないと勝ち筋はない」と統合しました。

⎯⎯お互い理解は示したものの、“濁流”だった溝は組織変更だけで簡単に埋まるわけではないような気がしますが…。

 もう1つ、「肌の不公平をなくしたい」というパーパスを再度掲げ直したことも大きかったと思います。「ディセンシア」は「家族を敏感肌の悩みから解放したい」というひとりの研究員によって誕生したブランドです。それを繰り返し繰り返し話し、そこに立ち返ってお客さまとどれくらいの温度感で、どういう表情で接するのが「ディセンシア」らしいか、をみんなに考えてもらいました。コロナ禍もおさまり、お客さまと対面するイベントなどもできるようになると、そのお客さまの声から「ディセンシアらしさ」が見つかり、お客さまとの距離も縮まったと思います。

⎯⎯お客さまとの対話から見えてきた「ディセンシアらしさ」とは何だったのでしょうか。

 ディセンシアを支えてくださっているのは、美容に興味はあるけれど、敏感肌で不安を抱えているため、最先端のものに積極的になるのは難しい方々。そして敏感肌だとは思ってはいないが、時々揺れる肌を感じている方。そういう人たちに「ここだったら大丈夫」と信頼して手を伸ばしてもらえるブランドであること。ディセンシアはちょうどいい温度感・距離感なのだと思います。私が何か方向性を示したわけではないのですが、自然とみんながひとつの方向を見てコミュニケーションするようになると、落としていた売上もお客さまの数も戻ってきて、2023年は前年比110%と再び伸長し、2024年も113%で推移しています。

語りかける回数を多くする、なるべく平易な言葉で伝える

⎯⎯山口社長のその柔軟性や人との接し方のヒントはどこにあるのでしょうか?

 前職のポーラのビューティディレクターに学んだことが多いですね。とにかく語りかける回数を多くする、なるべく平易な言葉で伝える、ということを教わりました。ディセンシアはほとんどが中途採用で成り立っている組織で、受けてきた教育も常識も価値観も文化もそれぞれ異なります。そこで難しい言葉を使ってもどれくらい理解してもらっているか把握できません。例えばですが、目の前のこともやりつつ、1年先、2年先を見据えてもらうことも必要という話をする時、短距離走とマラソンに例えました。ミーティングで「これは短距離仕事、これはマラソン仕事」というように伝えると、共通認識が持てていることがわかりますし、それが組織のまとまりにもつながります。こうやって平易な言葉で伝えることを続けた結果、今や各部署のリーダー達も同様の言葉で部下に指示を出すようになっていますね。

⎯⎯2023年には2桁成長を成し遂げていますが、実際に売上回復の手応えを感じたのはいつごろですか?

 2023年9月に「ディセンシア リンクルO/L コンセントレート」をリニューアル発売した時ですね。1月にリブランディングして軌道修正し、社員の気持ちものってきた頃に準備を進めた商品です。リニューアル前に比べ、2024年1~8月は前年比156%で推移し、固めの手応えを感じています。

ディセンシア リンクルO/L コンセントレート
 
角層の弾力性や柔軟性を表す「スプリング力」に着目し、弾力感やハリのある肌を目指す「スプリング スキン理論」を搭載。シワ改善有効成分「Dーリンクルアミド」(ナイアシンアミド)はそのままに、「スプリングカクテル処方」を新たに採用し、ハリや弾力感を感じやすい使用感に進化した。さらに厳選した保湿成分や植物エキスなどの美容成分で、うるおいを与え、ハリや透明感のある肌へ。

 そういったこともあって今回、1周年を記念して10月3日には現品とミニサイズ、「ディセンシア ローション」と「ディセンシア クリーム」のミニサイズをセットにした、「ディセンシア リンクル O/L 1 st アニバーサリー キット」(数量限定)を発売しました。そのほかにも、シワ改善美容液「リンクル O/L コンセントレート」を含む、化粧水、キメツヤ美容液、クリームの4点が入った10日間分のトライアルセットを展開し、多くの方に手軽に試していただけたらと思っています。

⎯⎯お客さまとのコミュニケーションでも変化がありましたか?

 商品の説明だけでなくお客さまの生活に寄り添った、お客さまの記憶に残るケアの情報を伝えることに、社員のみんなも心を砕くようになりました。そういうふうに情報を作っていくと、広報チームが取材を受けたときも会話が広がるようです。

 またお客さまとの関係性を築くという点では、企業理念を新たに作ろうというプロジェクトを推進しました。パーパスは創業時からある普遍的なものですが、企業理念は成長するための遠心力のようなもの。そのプロジェクトから生まれた企業理念が「愛とほんとうから、生きやすい明日をとどける。」です。

⎯⎯新しい企業理念に込められた想いを聞かせてください。

 ディセンシアのお客さまは、ちょっと悩みがあって、自分の肌にポジティブになれない人たち。中には、取り残された気持ちになる方も少なくありません。だからこそ、一歩先ではなく半歩先、1mmでも目線が上がる、昨日よりちょっとでも生きやすくなるような、そんな提案や接し方をするということです。お客さまと接するイベントや座談会を増やしていますが、お客さまの悩みをお聞きすることこそにヒントがあります。その企業理念ができたことで、新たにコーポレートサイトを立ち上げようとなり9月5日に新設。採用ページには、弊社で働く社員の写真とインタビューを掲載し、企業文化をわかりやすく伝えるコンテンツとなっています。

成分に偏らずお客さまの生活に寄り添った情報を発信

⎯⎯D2Cブランドならではのお客さまとのコミュニケーションの難しさの解決策は?

 会報誌を復活させ、月2回のペースで配信しオンラインでもコミュニケーションを深めています。メインは会員のお客さまですが、LINEでお友だち登録してくださった方などを含め、ディセンシアと接触がある方に、季節と肌の関係やお手入れの気付きやヒントなど、生活に寄り添った情報をお届けしています。また「北欧、暮らしの道具店」とコラボしたスキンケアサロンを開催するなど、親和性があり新しいお客さまとの接点になるイベントも積極的に企画しています。

⎯⎯7月にはオンラインカウセリングもスタートしました。

 より多くのお客さまの肌悩み解決を目指して始めました。使用量やどのくらいの力で伸ばせばいいのかなど使い方の質問も多く、実際に顔を見ながら説明するとすごく納得してくださいます。ある意味当たり前ですが、ディセンシア以外のブランドと併用されている方も多く、併用の仕方にも悩まれている方が多いと実感しています。なので他社製品も含めて使い方を説明すると喜んでくださいますね。 

<参考>
処方は変えず環境負荷を考慮してパッケージを刷新した「つつむ」シリーズ

 「つつむ」シリーズはブランドの起源となるシリーズで、2007年に誕生。ナノ化したヒト型セラミド(セラミドNG:保湿成分)を保湿成分とともにカプセル化したセラミドナノスフィアなどを取り入れ、健やかな角層を擬似的に再現する独自技術「ヴァイタサイクルヴェール®」により、外部刺激から肌を守りながら角層をうるおいで満たす。敏感肌のことを考え、アルコール不使用、無香料無着色など敏感肌のことを考えた処方設計だ。。

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リモートワークと全フレックスで誰もが働きやすい環境を整える

⎯⎯組織面では社員の8割以上が女性とお聞きしました。ライフステージの変化が大きい女性との向き合い方は?

 実は社長に着任したら社内は出産ラッシュで、当時65人の企画メンバーのうち現在までで16人が産休・育休に入ったんです。そうなるとまわりのスタッフの仕事量はどうしても増えますから、「なぜ私だけが…」と思う人が全くいないとは言いません。その中で会社ができることは、「子どもがいるいないに関わらず、プライベートで優先すべきことがあったら優先させられる環境を整えること」だと思いました。弊社は基本リモートワークで全フレックス。以前はコアタイムを設けていましたが、今はそれもありません。もちろん私自身もリモートワークで、5時くらいに仕事を終えて食事の用意をしたり、趣味のピアノの練習に励んだりすることもあります。

⎯⎯ピアノ⁉︎ 仕事とは全く違うことを趣味にすることで、良い気分転換になりますか?

 そうですね。今は演奏会に向けてショパンの「英雄ポロネーズ」を猛練習しています(笑)。ピアノを弾いている時は、他のことを考えられないし、全部忘れないと指が動きませんから(笑)。うまくいっていないときや組織の空気が悪かったりすると、どうしてもそのことばかり考えてしまいます。まさにリブランディングしてから軌道修正するまでの3ヶ月はそうで、地獄でした。年末にかけてホールディングスの集まりも多く、中期計画を出さなければならない時期。あっちからもこっちからもいろんなことを言われ、中間管理職であることを自覚しつつ、心の中では「そんなことに構っているヒマはないから!」と思っていました(笑)。ただ、女性管理職の数が増えれば、それが特別なことではなくなります。ロールモデルというとカッコつけ過ぎかもしれませんが、自分の延長線上にいる人が、マネージャーや社長をやっていると、管理職になることに対して気負わなくなるのではと思っています。

⎯⎯では最後に、ディセンシアの将来像を教えてください。

 売上で言えば現在の約50億から100億を目指し、さらに利益率を伸ばすのが目標です。ただ、グループのトップに言われたから「100億を目指す」では社員も私も納得できません。そのモチベーションとしているのは、今働いている社員の労働市場の価値を上げることです。弊社には転職してきた優秀な30〜40代が集まっていて、忙しい中、人生でいちばんいい時をディセンシアに捧げてくれています。終身雇用にこだわっているようなメンバーでもないので、「いつかは次のステージに」という社員もいるでしょう。それなら、労働市場の価値を上げるように、ディセンシアで過ごしてもらいたい。それが若い方達をお預かりしている私の責任でもある、と思っています。売上も利益率もちゃんと伸ばして「そこで何をしたの?」と転職先の面接で聞かれる、そうあって欲しいと思っています。

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