アートバブルは"カプチーノの泡"か?TIDEらが所属するギャラリー「HENKYO」オーナーの作品価値を価格としない哲学
HENKYO オーナー サカグチコウヘイ
Image by: FASHIONSNAP
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アートバブルは"カプチーノの泡"か?TIDEらが所属するギャラリー「HENKYO」オーナーの作品価値を価格としない哲学
HENKYO オーナー サカグチコウヘイ
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国内のアートマーケットが盛り上がりを見せ「アートバブル」という言葉も耳にするようになった昨今。台頭する若手アーティストの中には、将来世界的なアーティストになりうる作家もいるはず。そしてその来る時代の世界的アーティストとして、TIDE(タイド)の名前を浮かべる人も多いのではないだろうか。TIDEのほか、国内外から注目を集めるペインター 藍嘉比沙耶(あおかび さや)が所属するアートギャラリー「HENKYO」は、現在のアートシーンで一際異彩を放つ。オーナーのサカグチコウヘイはアートバブルを「カプチーノの泡」と形容し、「泡も良いけど、肝心のコーヒーは?」と例える。注目のアーティスト2人が所属するギャラリーオーナーが考える、アート作品の価値基準を価格としない哲学とは。
サカグチコウヘイ
2015年 鹿児島にギャラリー"NEW ALTERNATIVE"をオープン。数々の企画展を開催。2017年 出版レーベル"ISI PRESS"を立上げ、作家/坂口恭平による画集「God is paper」を刊行。同年、デザイナーに服部一成を迎えたzineシリーズ「ISI PRESS」を創刊。現在はvol.8まで刊行。2021年 渋谷区にギャラリー"HENKYO"をオープン。アーティストマネジメントを行う。
ーまずは、「ヘンキョー」という少し変わったギャラリー名について教えてください。
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「HENKYO」という名前を付けた時に僕が考えていたのは「何かの端っこから境界線を跨ぎ、新たな"辺境"に辿り着きたい」ということでした。それに僕自身が美術業界においての「辺境」だったりするので(笑)。
業界内では僕やHENKYOを「新進気鋭」というジャンルで括っている人も多いと思うのですが、僕らを「新進気鋭」たらしめているのは「今の時代は作品や作家たちを組織化しなくても、SNSなどを用いて個人的に活動ができることを知っている」からだと思います。僕らと同じようにその事実を知っている新進気鋭のギャラリストたちが力を持ちつつある時代になった時、僕は開拓された新しい地平の、やはり辺境にいたいなと。
ーマジョリティとマイノリティの境界すらも越境したい、と。
そうですね。マイノリティの道を突き進むと決めた訳でも、インディペンデントがやりたい訳でもないです。
ーサカグチさんは15年住んだ東京を離れて鹿児島に移住し、現在は岡山に住んでいると聞きました。
東京を離れて鹿児島に行った理由も「端っこだから」です。
ーなぜそんなに「端」に魅了されるのでしょうか?
縁も所縁もない場所は、自分が行ったからこそできた足跡が見えやすいんです。鹿児島でアートギャラリー「ニューオルタナティブ」をオープンしたのも、「コンテンポラリーアートという言葉も根付いていない場所で、自分が種を撒いたらどのような文脈が出てくるんだろう」と思ったのが理由です。ギャラリーという場自体が、作品だという気持ちもありますね。
「なんか南の端っこで面白いことをやっている人がいる」と注目されたり、紹介してもらったりしたこともあって。結果的に東京で「HENKYO」をやるための近道になりました。
ーサカグチさんが言うように、SNSの発達によってアーティストとコレクターが直接繋がれる時代になり、改めてギャラリーがアーティストに何を提供できるのかを問われている気がします。
アーティストがギャラリーに所属するメリットは、マネジメントはもちろんですが、やはり制作活動に専念できることだと思います。アルバイトをしながらチャンスを狙う人もいるだろうけど、だったらバイトを辞めて24時間描いている人の方が早い気がします。
僕は美大を卒業していないんですが、岡本太郎の展示を見た翌日に当時やっていたアルバイトを辞めて「アートで生きていこう、もう2度とアルバイトはしない」と決めたんです。当時32歳でした。日本においてどれだけのアーティストが食べていけているかを知らないからこそできたことだったと思います(笑)。
ーその後、アーティストとしてはどのように活動していったんですか?
「まずは技術を身につけなければ」「モノが作れるというパブリックイメージを手に入れたい」と思って、大阪でオーダー家具を作っている職人の方に弟子入りしました。家具は機能が一番で、デザインは後から付いてくるので技術さえあれば絶対に作れるものなんですよね。
ーデザイン性のある家具は確固たる技術力がないと作れない、と。
それに家具は大前提として「道具」なので、各々価値基準や嗜好が明らかに違う。だから勉強しがいがあるなと思ったんです。弟子入りして数ヶ月後のある日、師匠から「お前はもう全部できるから、明日から来なくていいぞ」と言われて。それから「自分の思うエッジーなもの」を作って、家具を中心とした初個展を青山で開催しました。そしたら本当に驚くほど良い結果が出たんです。その売上げを元に鹿児島に一軒ビルを借り、「ニューオルタナティブ」を作りました。鹿児島は家賃が安いので、東京ではなかなかできなさそうなことが、割とすんなりできたんですよ。
ーだからこそ「作家は制作に専念した方がいい」と言い切れるんですね。
当たり前かもしれませんが、結局どの分野においても今活躍されている人というのは個性と技術、時代性が合わさって選ばれた人なんだな、と。熱量や泥臭さも大事ですが、タイミングや相性など目には見えない部分も絶対に大事なんですよね。現に僕はギャラリーが忙しくて作家活動に専念どころか全く時間が取れない(笑)
ーもう一つサカグチさんの取り組みで面白いのはZINE「ISI PRESS」を不定期発行されている点だと思います。
これは「作家の名刺の代わりになれば」と思って作り始めました。アーティストのチャンス作りですね。本であれば日本が活動の拠点でも海外発送でき、世界的な認知度を得られる可能性がある。要は種まきですね。
ーHENKYOには、現在TIDEさんと藍嘉比沙耶さんが所属しています。ギャラリーとしてどういう作家を取り扱いたいと考えていますか?
岡本太郎で言うところの「べらぼうな人」ですかね。
ー今年3月に行われた「HENKYO」のこけら落としとして開催された藍嘉比沙耶さんの個展「ミル・クレープ」でも、"べらぼうに"大きいキャンパス作品が発表されました。
僕が初めて彼女の作品を観たのは五美大展(東京五美術大学連合卒業修了制作展)だったのですが、一人だけべらぼうに大きいキャンバス作品を展示していたんです(幅約7メートル、高さ約3メートル)。芸術家を志すアーティストの卵たちが最高の作品を表現する中で、普通だったらあんなスケールでできない。これは個人的な感想ですが、みんな上手いところを見せようとすると小さくまとまってしまうんです。でもその中でも完璧に「私が主役です」みたいな雰囲気を醸し出していたので会ってみたいな、と。
ーTIDEさんの作品も話題を集めています。一方で、2020年4月に行われたライブ配信型オークション「SBI Art Auction Live Stream」で取り扱われたTIDEさんの100号アクリルペイント作品「TWO OF US」がセカンダリー※であるということについてはあまり語られていない気がします。
※セカンダリー:作品が世に出る最初の市場「プライマリー(一次市場)」で販売された作品が、購入者の手元を離れて転売され売買される市場。転売された多くの作品は、オークション会社を介して動く。美術品に「中古」という考えはなく、プライマリーもセカンダリーも一つの「作品」として扱われる。
仕方がないことだと思いつつも、金額ばかりを話題にして作家や作品の価値を本質的に理解していない人達にその価値を左右されたくないな、という気持ちは正直あります。
僕らは価値の基準をお金にする次元ではやっていません。僕はバブルのような現象に対して「カプチーノの泡」という表現をするんですが、「泡も良いけど肝心のコーヒーは?」「コーヒーも飲んでくれよ」と思うんです。値段による価値の付与を否定したいわけじゃないし、TIDEの作品が認められることはもちろん嬉しい。でも、お金の話はもういいよ、と。
ーTIDEさんは、下書きなしで作品を描くと聞きました。
そうですね。僕は彼を構図のプロだと思っています。でも、技術が上手い人はいくらでもいる。僕は「TIDEの技術を見てくれ」とは思っていません。彼は「特別なもの」を持っているけど、それは技術ではない。
ー「特別なもの」とは具体的に?
彼はアクリルペイントを始めてからまだ数年ですが、既に10年以上アーティストとして作品と丁寧に向き合ってきています。絵と対峙し続けた「経験の蓄積」は変わらないからこそ、下書きを描かなくても構図決めができる。
ステップアップは早ければ早いほうがいいと思いますが、100年後に忘れ去られるにはあまりにももったいない作家はたくさんいる。だから僕は「今作家がこの時代にやるべき仕事をやって後世にも残す」ことを最優先事項にしています。価値が上がることも大事だけど、お金やトレンドとかは二の次にしよう、と。TIDEもその考え方に理解を示してくれているし、結果もついてきていると思っています。
ーコマーシャルギャラリーは基本的には作家のマネジメントや宣伝、販売など、事務所のような役割があると思います。売り込むことと、価値基準を価格に置かないという信念は矛盾するようにも感じます。
僕は、ギャラリストをやっているつもりも、コマーシャルギャラリーを運営しているという自負もあまりなくて。「良いものを良い形で見せよう」という僕個人の役割を、ギャラリーを使って表現しているという感じです。例えばこのギャラリーの場所がとても分かりにくいのも、言い方を悪く言えば「意地悪」です。もしかしたらそのうち、個展に来場できる人も抽選制にするかもしれません。でもその方が、来ていただいた方も作品に対してもっと深く向き合ってくれる気がして。行列ができる事も作品が完売する事も大事かもしれませんが、作家は自己表現として作品を作っている訳ですから。
ー何故そこまでクローズドなギャラリー運営に踏み切ったんしょうか?
日本でも色んなギャラリーが認知されつつあるので、ある種の多様化を目指しています。こういうスタンスのギャラリーがある事で、業界全体の幅が広がるかなと。これはあくまで現段階でのスタンス。「変わり続けることを変わらず続けること」がモットーなので、いきなり開けた場所に移転するかもしれませんが(笑)。
ーTIDEさんの認知度が広まったこともあり、クローズドなギャラリー運営に対して「HENKYOだからやれること」という意見もあるかと思います。
誰にでも開かれている場所というイメージがあるギャラリーという概念にそぐわないという意見も、「今は作品が売れているから」と思う人もいるでしょう。でも、閉ざされた空間でも勢いよくやり切れば、穴を開けるくらいの力はあるかな、と。少しおかしな例え話ですが「真っ黒の紙に穴開けて穴の中を除いたら、想像よりもはるかに広い空間が広がっていた」ということはあると思うんです。
地道に作家を掘り下げたらみてくれる人は見てくれます。昔のように格式や肩書きにそれほど大きく左右されなくなった時代ということもあり、美大を出ていないような僕たちでも美術としてしっかりと深いところを目指していけば、世界的にも通用するアーティストを生み出せる時代だと思っています。
ー最後に「HENKYOのオーナー サカグチコウヘイ」としてアートにどう関わっていくかを教えてください。
僕個人の一貫したテーマとして「オルタナティブ」があります。「何かの代わり」という意味ではなく、ありのままの個を尊重し合える世の中になれば良いなと本気で思っています。だからこそ僕個人としてはこのスタイルのまま誰にも媚びず群れず、自分のやり方で「辺境」としてやっていきたいな、と考えています。
■HENKYO
公式サイト/公式インスタグラム
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