現役藝大生で画家の友沢こたおは、個展を開けば作品は即日完売という今注目の若手画家の1人だ。スライム状の物質と有機的なモチーフを組み合わせた独特な人物画は、質感や透け感、柔らかさが写実的に描かれ、シンプルな表現ながらも一度見たら忘れられないインパクトを残す。2019年には実母でイラストレーターの友沢ミミヨとのアートユニット「とろろ園」も話題になったが、友沢こたお本人の素性は謎が多い。「もっと根源的な対話がしたい」と話す大学3年生の友沢こたおが考える、モノ作りにおける「コンセプト」とは。
友沢こたお
1999年、フランスのボルドー生まれ。5歳までパリで過ごす。2019年に実母 友沢ミミヨとのアートユニット「とろろ園」を結成。同年久米桂一郎賞を受賞。2020年には藝大アートプラザ大賞入選。同年12月には初の個展「Pomme d'amour」を開催した。現在は東京藝術大学美術学部油画専攻に在学する大学3年生。
公式インスタグラム/公式ツイッター
ー現在、銀座阪急メンズ館でご自身2度目の個展が開催中です。初日から作品購入を求めて多くのお客さんが列を作ったと伺いました。
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100人以上の抽選の列ができたみたいで。「本当にありがとうございます」という言葉以外見つからないです。
ー展示会を開けば作品は即日完売するそうですね。
「購入してもらえる」というのはとてもありがたいと思っているんですが、「作品に値段が付く」とか「売れること」を意識しすぎてしまうと作品を描く手が止まってしまうので、制作する際はあまり考えないようにしています。もっとサバサバ描けたらいいんですけどね。やっぱり展示会の前日は緊張してなかなか眠れないです。
ー「こたお」というのは本名ですか?
はい、本名です。ひらがなで「こたお」。
ー名前の由来は?
タイの南部に「コ・タオ」という島があるらしく。私が生まれる前にその島に訪れた母と父が島の美しさに感動して「この島のような子が生まれるといいね」と名付けてくれたみたいです。名前を「こたおにしよう!」と父に言われた時、母は「マジで?」と思ったらしいですが(笑)。いつか行ってみたいです。
ーお母さんは漫画家の友沢ミミヨさん。最近は2人で「とろろ園」というユニットでも活動されていますよね。
2019年に「親子アートユニット」として結成しました。とろろ園では作品の原案は母で、母が描いた下絵に私が色を付けています。子どもの頃から母が描く世界観が大好きなんですけど、母は「私、美術の勉強してきてないから」と言って全然絵を描いてくれないんです。だから「だったら私が描くよ」と提案しました。現代美術家の宇川直宏さんが、「娘が親をリエディットする、これは現代アートだ」と言ってくれたことがあって、嬉しかったですね。
ーお父さんは何か「表現」に携わっているんですか?
本職は船長なんですが、「表現」という観点で言うと父は自分でCDを作って音楽活動をしています。
ー絵はいつ頃から描かれていたんですか?
記憶はないんですが、母の話だと赤ちゃんの時から筆を握って遊んでいたみたいです。母が漫画家ということもあり、物心がついた時から何かを描いている人を見て育ってきたので「そういうものだ」と思っていました。
ー幼少期に影響を受けた作品はありますか?
小学生の時に花輪和一先生と楳図かずお先生にハマりました。
ー漫画はミミヨさんに勧められて読むことが多かったですか?
母や父から何かを押し付けられた事は一度も無いですね。すっと手が伸びる場所に変なものがいっぱいある家だったので、母が読んでいた個性的な漫画を手に取りやすい環境ではあったかもしれません。でも、「ちゃおが読みたい」と言ったらすぐにちゃおを買ってきてくれる母親でした(笑)。
ー漫画家の他に影響を受けた人物はいますか?
油絵の勉強を始めてからはフランシス・ベーコン(Francis Bacon)にとても影響を受けました。
ー具体的にはどのような影響を?
人間の「存在」そのものに興味がある私に、「絵画を通して根源的なものを表現できるんだ」と教えてくれた人物ですね。
ー「根源的なもの」とは具体的に?
例えば「これはこういう理屈だから良い、悪い」というモノより、「私は生きている!」といった「体の全神経で感じられるモノ」や「動物的な感覚」の方が個人的には好きなんです。ベーコンの作品にはそういう「理性や理屈とは何か」を突きつけられるような感覚があったんですよね。
ー画材はずっと油絵具ですか?
高校生の時からずっと油絵具です。アクリル絵具は乾くのが早いので、「なんで私を待ってくれないの?」と発狂しそうになります(笑)。それに、アクリル絵具は乾いたら全然違う色になるんですよね。私は色へのこだわりが強いので、混ぜている間に乾かず、色が変わらない油絵具の方が性分にあっているんです。
ーこたおさんの作品はモチーフはもちろん、鮮やかな色彩も印象的ですよね。
ありがとうございます。色のためなら2時間でも3時間でも時間を費やせちゃうんですよね。それくらい、色にはこだわっています。
ー色へのこだわりとは具体的に?
うまく言えないんですが「泥水に潜らせたからこそ美しく見える色彩」ってあると思うんです。絵具の中身を絞り出しただけの色では人生経験のような「深み」は出ないんですよね。その深みを出そうと思うとどうしても時間がかかります。「こたおミックス」という自分だけのオリジナル絵具を作れば楽だとは思うんですけど、やはり「混ぜる」という時間の経過がないと、私は不安になります。
ー色を作る時に使用する絵具の数は?
使うのはだいたい4本くらいです。
ーコロナ禍では多くの大学でオンライン授業が採用されましたが、こたおさんは?
未だにオンライン授業です。課題に左右されず好きなように描けるので、ある意味では充実していますが、やはり限界はありますね。
ー作風にも影響はありましたか?
ありました。ずるずると常に形を変え続けるスライムのような形状ではなく、ピタッと静かに顔に張り付いているモチーフが多くなりました。みんなの顔がデジタルでしか見れなくなったので、その寂しさが反映されたのかなと。あとは、絵のサイズが大きくなりました。緊急事態宣言が解除されたタイミングで学校のアトリエだけが使用できるとなった時、初めて大きい絵を描いたんです。溜まっていた鬱憤が爆発したのか、描いていてすごく気持ちがよくて。しばらくは大きい絵を描くのにハマったままだと思うので、卒業制作も大きな絵を描こうかなと思っています。
ースライムがモチーフとなっている作風はいつ確立したんですか?
大学に入ってからです。色の数だけ作品を描き続けることができるし、スライムの質感や透け感、かけ方を工夫すればまだまだ面白くすることができると思っています。
ースライムは既製品ですか?
いいえ。自分で作っています。薬品の配合を変えるだけで全然違う質感になるんですよ。ちなみに私の作品に度々登場する赤ちゃん人形は「ルキちゃん」と言う名前で、我が子のように可愛がっています。
ー作品はルキちゃんの他に、スライムをかぶっている人間の顔が多く登場しますが、あれは誰ですか?
多くは自画像です。モデルにスライムをかぶってもらったこともあったんですが、スライム越しに見る景色や、鼻に入ってきて息ができない感覚、口の中の入ってきたスライムの味などは神秘的な経験なんですよね。その体験は、やはり自分が経験して初めて意味があるなと。あとは「自分で自分を描く」という行為を面白がっている節もあります。もう1人の自分自身を作り出すということは、新たな生命を作り出している感覚があって楽しいんですよね。
ースライムをモチーフとして取り入れようと思ったきっかけは?
ある日、無意識に自宅にあったスライムを顔からかぶった時があったんです。大学に入学したばかりの頃だったんですが、精神的にとても追い詰められていて……。スライムをかぶった時、生きている実感がしてとても気持ちがよかったんですよね。それが作品の原風景です。
ースライムを顔にかぶりたくなるほどの追い詰められ方ですか。
他人が求めるあるべき姿や「綺麗なモノを綺麗なままで見たい」という人々の欲求に嫌気が差してしまったんですよね。
ースライムをかぶった日を作品としてアウトプットしようと思った理由は?
大学1年性の頃、同級生に萎縮して絵が描けなかった時期があったんです。でも、藝祭(東京藝術大学文化祭の略称)での展示作品制作にあたって、改めて「リセットの気持ちを込めて描けるモノはなんだろう」と考えたのがアウトプットのきっかけになりました。考えた末「実際に起きたことが何よりも1番強い。描きたいモノから想起するより現実に起きたことを思い出して描こう」という結論が自分の中で出たんですよね。それで、自分に実際に起きたことで強烈な記憶だった「スライムをかぶった日」を作品にしました。
ー1番最初の作品はどのような絵だったんですか?
その時描いた絵は、ピンク色のスライムをかぶっている自画像です。当時、自分自身にセクハラまがいの悲しい事件が起きたんですが、次の日なんでもない顔をして大学に登校する自分に対して「怒り」を覚えていたんです。
ー特徴的な作風なので、コンセプトなどを聞かれることも多いと思います。
コンセプトはもちろんあります。やっぱり何かを「描く」時点でコンセプトはあるモノだし、そもそもこの世の中には「コンセプトがないモノ」は存在しないような気もします。しかし「これはこういうモノを表現しているんだよ」と何かを言い切ることには少し疑問を覚えます。
ーでは、こたおさんの考える「コンセプト」とは?
「表現する人の長い歴史の中で積み重ねられてきた地層が端々に顕れていること」ですかね。そっちの方が自分的にはしっくり来ます。
ー「地層が端々に顕れる」とは具体的に?
コンセプトや経緯を言語化すると、どうしても表現する人の歴史の一部分しか切り取り出すことができなくなります。しかし、人間には言語化することが出来ない深さや、広さがあるものだと思うんです。そんな、目視することも出来ないような深奥も含めて表現することが、作家にとっての作品なのではないかなと。目にすることができない深奥の部分がある以上、作品を端的に言い切れるような「確実なモノ」などない気がするんですよね。大いなる不確実性の中に生きている以上、何かに名前をつけたりカテゴライズすることは危険なことだと個人的には思っています。もっと根源的な話ができるように、私は「絵」という武器を持って世の中に戦いを挑んでいるのかもしれませんね。
ー今回の個展はフランス語で「隠された」という意味を持つ「カシェ(caché)」という名前が付けられています。
端的に言い表せそうな物事でも、実は結構色々「隠されて」いるし、隠されている部分こそ本質ですよね、きっと。そんな想いを込めています。
(聞き手:古堅明日香)
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