Fashionfukubito

連載「ふくびと」WWD JAPAN編集長 山室一幸<前編>

本物を伝える初のTV番組「ファッション通信」

 25歳くらいの時、「ファッションをきちんと伝えるテレビ番組を作る」という思いだけでチームを作り、テレビ局をまわって、ようやくテレビ東京さんで枠が決まりました。枠が決まった次はスポンサー集め。必死になって営業に行って、1985年の11月、ようやく番組がスタートしたんです。番組名は「ファッション通信」。

 スタートして半年間は、パリやミラノのコレクション映像を使って「どうやって格好いい映像を作るか」という編集作業が中心でした。でも自分のなかで、何かがしっくりときませんでした。 そんな思いで番組を作っている中、1986年8月、ついにオートクチュールコレクションに行けるというチャンスが到来しました。

 せっかくなので何かをやり遂げたくて「21人のデザイナー全員にインタビューを撮ろう」と決めてパリへ。カメラマン、ファッションジャーナリストの大内順子さん、僕の3人で、ショーの直後にデザイナーのいる楽屋に行って、突撃取材をする試みでした。機材について言うと日本は進んでいて、当時、肩に担いで移動出来る小型カメラが出た頃だったんです。僕らもそういったインタビューは初めてでしたが、デザイナーにとっても初めての経験だったでしょう。「pierre cardin(ピエール・カルダン)」に始まり「CHANEL(シャネル)」、「GIVENCHY(ジバンシィ)」、「NINA RICCI(ニナ リッチ)」・・・。素晴らしいショーを見た後に舞台裏に行き、各デザイナーに「あなたにとってオートクチュールとは何ですか」という共通の質問を投げかけていったんです。日本から来たと言うと快く答えてくれて、素晴らしいコメントがもらえたのは嬉しかったですね。

 そして迎えた最終日のラストは「Yves Saint Laurent(イヴ・サンローラン)」でした。当時のサンローランのショーは1時間半くらいあったんです(※通常のショーは15分〜30分)。スーツから始まり、カクテル、そしてイブニングに続き、フィナーレは音楽とともにマリエ(ウェディングドレス)が登場。僕はその一部始終をカメラ席から見ていました。そこで僕は「これまで自分は何を偉そうにアバンギャルドだのモードだのと語っていたんだろう」と恥ずかしくなるくらいの一番王道のファッションの真髄を見たと感じましたね。頭をガツンと殴られるくらいの衝撃でした。感動の連続でしたよ。

クチュールの帝王イヴ・サンローランの一言

 ショーが終わってサンローランが姿を見せると、会場は割れんばかりの拍手。でも僕らは余韻に浸る暇もなく、コメントをもらうためにデザイナーのもとへ行かなくてはいけない。サンローランが後ろを向いて去っていった瞬間に、ステージに登り、溢れる人の波をかき分けて舞台裏を目指し、後を追っていったんです。

 舞台の袖に入ると、自分の1メートル先にサンローラン本人がいました。あまりに唐突の出来事で、カメラマンは思わずカメラを回し始めてしまい、僕は僕でカメラの赤いRECのランプが点灯したのを確認すると、反射的に持っていたライトを点け、サンローランにマイクを向けてしまいました。なんの説明もなく。大内さんも急いでサンローランのところに駆け寄って、前触れもなく「あなたにとってオートクチュールって何ですか?」と聞きました。そうしたらサンローランは「It's...」と言ったまま固まって、そして目をつむってしまったーーー。

 その瞬間、周囲では何が起きていたのかというと、僕らの後ろにサンローランの家族や有名な女優、顧客と親交の深い方々がショーを終えたサンローランに挨拶するために続々と押し寄せてきていました。そしてサンローランの後ろ側にはアトリエのスタッフ達や重役までいます。皆がお祝いを彼に伝えるために集まっている訳ですよ。

 後から考えると、サンローランはオートクチュールの帝王。ファッション界のしきたりからすれば、本来インタビューは、アポイントや事前の打ち合わせなど、特別な段取りが必要でした。それなのに、アポなしの東洋人がいきなりライトを点け、サンローランにカメラとマイクを向けているという状況。テープを見返してみれば、その沈黙は30秒くらいなのですが、僕たちには1時間にも2時間にも感じられましたね。

 「It's...」。その長い沈黙のあとです。サンローランがパッと目を開けてニコッと笑うと「It's my heart(僕のハートだよ)」と言ってくれたんです。その瞬間、僕の後ろにいた観客も、サンローランの後ろにいたスタッフも全員が拍手喝采。カメラマンも、大内さんも、僕も涙が止まりませんでした。

 サンローランが天使のように見えて、言葉をもらった後は、握手をしながら必死に「ありがとう」と言いましたね。その時「俺は今まで何をやっていたんだろう。これこそがファッション通信じゃないか」と思ったんです。自分たちは「今この瞬間とこの感動をリアルに伝えるべきなんだ」と悟った瞬間でした。これが「ファッション通信」の、そして自分自身の本当の意味での原点になった出来事です。


■続きはこちら
 連載「ふくびと」WWD JAPAN編集長 山室一幸<後編>

連載「ふくびと」一覧
設楽洋(ビームス代表取締役社長)
本間正章(マスターマインド・ジャパン デザイナー)
吉井雄一(ザ・コンテンポラリー・フィックス オーナー/ゴヤール ジャパンブランディングディレクター)
【前編】山室一幸(WWD JAPAN編集長)
【後編】山室一幸(WWD JAPAN編集長)
勝井北斗・八木奈央(ミントデザインズ デザイナー)
【前編】伊藤美恵(ワグ代表取締役兼エファップ・ジャポン学長)
【後編】伊藤美恵(ワグ代表取締役兼エファップ・ジャポン学長)
重松理(ユナイテッドアローズ代表取締役社長)
阿部千登勢(サカイ デザイナー)
ドン小西(コメンテーター)
増田セバスチャン(ロクパーセントドキドキ代表兼ディレクター)
藤巻幸夫(バイヤー)

最新の関連記事

Realtime

現在の人気記事

    次の記事を探す

    Ranking Top 10

    アクセスランキング