Fashion 連載

連載「ふくびと」WWD JAPAN編集長 山室一幸<前編>

WWD JAPAN編集長 山室一幸
WWD JAPAN編集長 山室一幸

 2010年8月末、INFASパブリケーションズから「WWDマガジン」2010年秋号が発行された。カバーを彩ったのは「CHANEL」を纏ったフィギュアスケーター浅田真央。またヴィジュアル特集では「WWD NY版」創刊100周年特別企画として、伝説の雑誌「流行通信」を蘇らせた。「30年越しの願いが叶ったんですよ」と話すのは「WWD JAPAN」編集長の山室一幸氏。今回のスペシャルインタビュー「ふくびと」では、TV番組「ファッション通信」のプロデューサー、そしてジャーナリストとして山室氏が肌で感じてきた感動や歴史的デザイナーとの貴重な体験を振り返ってもらいながら、"「流行通信」のページをめくった時に始まった"という山室氏のファッション人生にフィーチャー。ファッション本来が持つ希望や、現代に思うメディア論、生涯をかけて伝えていきたいことなど、深く語ってもらった。

 

本当にやりたいことを見つけた雑誌

 小さいころから綺麗なものや女の人が好きだったんです。ファッションも好きだったのですが、大学は"エンジニア"という言葉に惹かれて上智大学の理工学部に進学しました。ファッションの道に進むきっかけになったのは大学3年生か4年生の頃のことです。たまたま本屋で目を惹いたファッション誌があってページを開いてみたら、そこに自分の好きな世界があったんですよ。綺麗なヴィジュアル、本物のファッション。これを見て自然と自分の中で何かが芽生えました。その雑誌が「流行通信」でした。

 実は流行通信を手に取る前にも学生時代、三宅一生さんや山本寛斎さん、高田賢三さんなどのファッションショーを見に行く機会があり、そこで感じた独特のワクワク感や高揚感が忘れられず「なんとかしてファッション業界に進みたい」という気持ちになったことがあります。

 忘れていたその感動を思い出させてくれたのが「流行通信」でした。編集部があったのは建築家 丹下健三が手がけたハナエモリ・ビル。僕にとってはビルさえも憧れの存在でしたので、白亜の殿堂に見えましたね。他の会社に内定をもらい、自分の進路も決まっていた時期だったのですが「ここで働きたい」と、内定を全部蹴っ飛ばして、憧れの「流行通信」編集部を目指して就職試験を受けました。

 晴れて試験に受かり入社が決まったのですが、配属されたのは秘書室。でも、やはり編集部で働きたかったんですよ。だから自分の仕事を終えると、編集部に行き「なんでもいいからやらせてくれ」と言っては、小さな仕事を手伝っていました。

 思い出深いのが、同じグループのWWDが主催した「The Best Of Five」というファッションショーです。ニューヨーク、ミラノ、パリ、ロンドン、東京の世界五大都市からファッションデザイナー達を集めてフルコレクションを見せるという豪華なイベントで、「アルマーニ」や「VERSACE(ヴェルサーチ)」、「Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)」、「CALVIN KLEIN(カルバン・クライン)」などが次々と来日したんです。彼らに直接会い、彼らのショーを手伝った経験は「もしかしたらその時点でこの業界に入った目的の半分を達成しちゃったんじゃないか」というくらいの満足感がありましたね。

ロンドンのデザイナー達との約束

 その流れで、今度はロンドンから30人以上の新進デザイナー達を東京に招いて「London Goes to Tokyo」というイベントが開催されて、20代の自分とほぼ同世代のロンドンの若い連中が東京に来ました。彼らのほとんどが初めての東京というばかりか、ファッションショーさえも初めてのようなデザイナー達なんですよ。まだロンドンコレクションがオーガナイズされていなかった時代でしたから。しかしアイディアだけは物凄くて、のちにビッグになっていく人もいました。

 僕はお手伝いの一貫として、イベントを各所にPRしていたのですが、『なぜロンドンのファッションがこんなに面白いか』や『ファッションという新しい産業』を伝えるために、労働者階級に属している彼らが、なぜこんなにも反骨精神やエネルギーを持っているのかを「イギリスという国には階級意識があるという、彼らの背景も含めて一生懸命アピールしました。結果、イベントにはテレビ局も取材に来て、デザイナー達はカメラに向かって自分の熱い思いを語ることができた。モデルの女の子達もみんな協力してくれたので、とてもいいイベントになりました。

 ところがその後、取材してくれたテレビ局の番組の放映を見たら、モデルの胸やお尻がどれだけ露出されただとか、下世話なことしか伝えてくれていなかったんです。彼らが一生懸命語っていた自分達のパッションや、ロンドンという街のこと、彼らの服作りの背景など、肝心な部分が何も映っていなかった。本当に悲しくて怒りが込み上げてきましたよ。その時、デザイナー達に約束したんです。「俺がファッションのテレビ番組を作るよ」と。

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