
Image by: 左:Andy Cheung/Getty Images、右:FASHIONSNAP

Image by: 左:Andy Cheung/Getty Images、右:FASHIONSNAP
世界の大舞台で熱戦が続く、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック。フィギュアスケート日本代表は、団体で銀、男子シングルで鍵山優真選手が銀、佐藤駿選手が銅、さらにペアでは三浦璃来選手、木原龍一選手が初の金メダルを獲得。そして注目の女子シングルも控え、寝不足気味の日々を送っている人も多いはず。そんな氷上で輝く演技を支えるのは、技術や表現力だけではない。選手の気持ちを整え、自信を引き出す「メイク」もまた、舞台裏の重要な要素だ。
ADVERTISING
2006年から日本スケート連盟と、2012年からは国際スケート連盟(ISU)とオフィシャルパートナー契約を締結し、スケート界を支援しているコーセー。製品提供にとどまらず、選手一人ひとりに合わせたメイク提案、汗や涙にも強いメイクの仕方など、華やかに美しく舞う演技を支えている。約20年にわたりスポーツメイクに携わり、数々のトップアスリートを陰で支えてきたコーセーのメイクアップアーティスト 石井勲さんに話を聞いた。
衣装と音楽を“顔”でつなぐ 世界観を完成させるフィギュアメイク
⎯⎯ 選手ごとの演目や衣装に合わせたメイクは、どのようにデザインされているのでしょうか?
多くの場合は、そのシーズンの演目を初めて披露する「ドリーム・オン・アイス」(毎年6〜7月ごろ開催)で、選手から衣装や演目について聞き、その場でデザインを考えています。
⎯⎯ その場で? 事前の打ち合わせを重ねて決めているのかと思っていました。
基本は当日、1人につき30分でヘアとメイクを仕上げていきます。曲や世界観、演じるキャラクターについて本人からヒアリングして、衣装の写真を見せてもらいます。メイクルームに並ぶ大量のコスメの中から「衣装の色に近いのは?」「こんなイメージ?」と、選手と相談しながら形にしていきます。

⎯⎯ そのメイクは、試合当日も石井さんらメイクアップアーティストの方々が施していくんですね。
いいえ、アイスショーの際は我々が行いますが、試合当日は選手自身が行なっているんですよ。
⎯⎯ 選手が自分でメイクしているんですね!そうなるとメイク方法を教えるポイントも細かくなりそうです。
一番大事にしているポイントは「世界観に合わせたバランス」です。きらびやかな衣装やアクセサリーに対してもメイクが負けないように、アイカラーやリップの発色を濃くしたり、ラインを強めたりします。特につけまつげをつけるときは、アイラインを普段の1.5倍くらいにするとバランスがとれます。また、選手は自分自身で仕上げるため、極力簡単に再現できるようアドバイスも意識しています。
汗にも涙にも負けないメイクキープ術
⎯⎯ 競技用のメイクでは耐久性も必要だと思います。どのように工夫されていますか?
アイカラー、マスカラ、アイブロウなどは基本的にウォータープルーフのアイテムを使います。また、回転したとき唇に髪の毛がつかないように、ヘアがダウンスタイルの場合などはマットタイプにするなど、質感も工夫しています。
ただ、アイシャドウやチークはウォータープルーフのものが少ない。そこで仕上げに「メイク キープ ミスト」を使い、メイク持ちを高めています。

「アディクション(ADDICTION)」と「コスメデコルテ(DECORTÉ)」のマットリップや、「ファシオ(FASIO)」のマスカラ、アイライナーを使うことが多い
でも、選手ってリンクで滑っている最中は、意外と汗をかかなくて、キスアンドクライ(演技終了後、選手とコーチが点数発表を待つエリア)に来た瞬間に一気に汗が出ることが多いんです。

「ヴィセ アヴァン(Visée AVANT)」の「リップ&アイカラー ペンシル」は、「豊富なカラー展開と落ちにくさで重宝している」と石井さん
⎯⎯ 確かに演技中の選手は汗をかいていない印象です。
キスアンドクライでは顔がアップで映り、メイクもはっきりと見えます。汗に加えて涙を流す選手もいるので、キスアンドクライからその後のインタビューまで、メイクを美しく保てるよう提案しています。
チャットでやり取り 坂本花織選手のメイクを解説
⎯⎯ 今シーズン限りで現役引退を表明した坂本花織選手は、石井さんが10年以上メイクサポートをしていると伺いました。どういったプロセスでしょうか?
例えば、昨年11月のNHK杯直前に「衣装が正式に決まったので、改めてメイクをデザインしてほしい」と衣装の写真とともにメッセージをもらいました。曲を聴きながらイメージを高め、メイクを考えていきました。チャットでまず「こんなデザインどう?」とイメージ画像を送り、次にシートへデザインを落とし込んで、使用アイテムと一緒に送る流れです。

坂本選手用のメイクアップアドバイスシート
⎯⎯ コーセーには、ブランドもアイテムもたくさんありますが、どのように選んでいるのでしょうか?
私自身が銀座にある旗艦店「メゾンコーセー(Maison KOSÉ)」に行って選んでいます。基本的に全ブランド・全色が店頭に揃っているので、その場で試しやすいんですよ。
⎯⎯ なるほど。坂本選手はこのシートを見ながら自分でメイクを試してみる、ということですね。
シートと合わせて、モデルで撮影したメイク動画も送っています。グラデーションの作り方やブラシの使い方など、注意点も伝えました。坂本選手から実際にメイクを試した写真が届いたら、それを見てアドバイスをするというやり取りをチャット上で続けています。
⎯⎯ プログラムごとのメイクのポイントを教えてください。
ショートは「Time To Say Goodbye」という曲名ですが、「さよなら」ではなく「次への新たな第一歩」というメッセージが込められています。そこで、意志の強さを目元から表現するため、アイラインをかなり強調しました。あと、ブルーの衣装に合わせて、ブルーのアイシャドウと青み系のリップを提案しました。

⎯⎯ フリーはいかがでしょうか?
フリーの「愛の讃歌」という曲では、感謝の気持ちを表現していますが、歴史を感じさせるクラシカルな要素が鍵だと思いました。ヘアはフィンガーウェーブという髪に波のようなうねりを作るスタイルを提案し、メイクは深みのあるモーヴブラウンのアイシャドウと赤リップで、凛とした女性らしさを表現しました。


Image by: Andy Cheung/Getty Images
⎯⎯ 坂本選手のメイクをデザインする際に、特に意識するポイントはありますか?
アイラインは特にこだわりますね。坂本選手の目の形に似合うアイラインの引き方、角度を意識しています。普段の天真爛漫なキャラクターとのギャップを引き出したいのかもしれません。
男子選手にも広がるメイクとスキンケア意識
⎯⎯ 男子選手のメイク事情も気になります。
シングルはベースメイクのみの選手が多く、眉を少し描く程度の選手もいます。一方で、アイスダンスなどのペア種目では、女子選手のメイクに合わせて、アイラインやシェーディング、チークまで入れる男子選手も多いですよ。

コスメデコルテのリキッドファンデ「ゼン ウェア フルイド」は汗やこすれに強く、性別や肌色を問わず愛用する選手が多いという
⎯⎯ 種目で異なるのは興味深いですね。
ペアやアイスダンスでは2人の世界観を高めるために、男子もメイクする選手が多いです。メイクが不得意な男子選手には、ペアの女子選手がメイクをしてあげてる場面もよく見かけます。
高橋大輔選手は、シングル時代は競技中のメイクをほとんどしていませんでしたが、アイスダンス転向後はご自身でアイラインを引いて表現力に磨きをかけていたのが印象的です。
⎯⎯ メンズビューティが普及する中で、男子選手の美容意識の変化は感じますか?
とても感じます。昔は洗顔後に保湿せず、乾燥しっぱなしの選手が多かったです。スケートリンクは特に乾燥するので、保湿は重要なんです。化粧水だけ使う人には「うるおいが逃げないように乳液やクリームで“蓋”してね」と伝えるようにしています。肌トラブルを整えたいという意識は全選手に共通してあり、男子選手のメイクルーム利用も増え、日常的にスキンケアをする選手が多くなりました。
「メイクルームは選手の憩いの場でありたい」
⎯⎯ メイクルームの提供はいつから始めたのでしょうか?
2008年からです。当時は浅田真央選手や安藤美姫選手、鈴木明子選手たちが第一線で活躍している時代でしたが、最初は誰も来なかったんです。当時唯一来てくれた選手は、アメリカの長洲未来選手でした。
⎯⎯ そうだったんですか!?
後から選手たちに「どうして来なかったの?」と聞くと、「興味はあったけど、コーチから試合前のルーティンを崩さないように言われていた」そうなんです。代わりに、コーチの方々が、練習の合間に自分のメイクをしに来てましたけど(笑)。

コーセーが提供するメイクルーム
Image by: コーセー
⎯⎯ そこから、どのように選手が来るようになったのでしょうか?
元々、メイクルームは選手にとって「憩いの場」であってほしいという思いがありました。選手の緊張感が高まる大会では、メイクルームの設置をやめ、エキシビションのみ参加するようにしました。すると、だんだん人が集まるようになり、みんなで雑談したりご飯を食べたり、溜まり場のような空間になったと思います。
⎯⎯ 選手がリラックスできる場所になっているんですね。
1人の選手につき30分ずつの予約制。これをもう20年近く続けています。日本の選手だけでなく、海外の選手もみんな自由に利用できるんです。
⎯⎯ 海外選手と日本の選手のメイクの違いはありますか?
海外選手の方が強さのあるメイクを好む傾向はありますね。もともと日本はナチュラルメイクをする人が多いですが、フィギュアでも同様です。特に海外選手は、チークのバランスにこだわる印象が強く、男子選手から日やけ風メイクをリクエストされたこともあります。メイクを表現の一部として捉える選手が多いと感じます。
選手の背中をポンと押す、“やる気スイッチ”になるメイクを
⎯⎯ 本番を見て、メイクについてアドバイスをすることはありますか?
次の大会に向けて、メイクのコメントをするときもあります。例えば、坂本選手には2025年のNHK杯のショートのメイクを見たとき、「もっとグラデーションがほしい」と感じました。その後の全日本選手権では「ブルーのグラデーションはこうやってぼかして」とアドバイスして、ブラシもプレゼントしました。坂本選手はメイクに対しても妥協しないため、アドバイスはしっかり受け入れ、本当によく再現してくれるのですごいです!
⎯⎯ お話を聞いていると、選手と石井さんの近しい関係性がうかがえます。選手とのコミュニケーションで気をつけていることを教えてください。
常に褒めるように意識していますかね。「こうしたらもっと良かったんじゃない?」とは一切言いません。どれだけ近くにいても、私はコーチではありませんから。演技に集中してほしいですし、「本当に良かったよ」「感動した」とポジティブな感想を伝えるようにしています。

⎯⎯ フィギュアスケートのメイクは、競技においてどのような力を発揮していると思いますか?
選手の「やる気スイッチ」として、背中をポンと押す手助けができていればうれしいです。競技に限らず、外見を整えることで内面まで輝き、自信につながるのがメイクの力だと思います。フィギュアの選手にとっても、「やるぞ」という戦闘モードにつながればいいなと思っています。
⎯⎯ 今後、フィギュアスケートのメイクはどのように進化していくと思いますか?
フィギュアのメイクというよりも、メイク全般に言えることかもしれませんが、よりパーソナルになっていくと思います。SNSで情報収集がしやすくなり、パーソナルカラーや顔タイプも浸透しています。さらに、AIの進化で自分に合うメイクを見つけやすくなるはず。特に顔の立体感を生かす表現。本人の顔立ちになじむメイクが主流になり、「メイクが浮いて見える」ことは減っていくと思います。

◾️石井勲(いしい・いさお):コーセー 美容開発部 グループマネージャー メイクアップアーティスト。1999年に営業として入社。その後マーケティング部門を経て、2005年にメイクアップアーティストへ転向。メイクアップブランドのテレビCMやポスター、雑誌撮影をはじめ、国内外においてイベントや美容セミナーの講師を務める。各国のフィギュアスケート選手のメイク指導やアーティスティックスイミング日本代表のメイク監修なども手掛けている。
photography: KIYO
最終更新日:
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング

tanakadaisuke 2026 Autumn Winter

Yohji Yamamoto POUR HOMME 2026 Autumn Winter




















