
Image by: FASHIOSNAP
普段あまりスポットのあたることのない、化粧品開発の裏側で奮闘する研究員にフォーカスするインタビュー連載。第9回は、ロレアルでスキンケア製品の開発研究に従事してきた渡辺翔氏。「シュウ ウエムラ(shu uemura)」の人気クレンジングオイル「ボタニック クレンジング オイル」のリニューアルに携わり、また米国洗顔カテゴリーの中で最も売れているというブランド「セラヴェ(CeraVe)」の処方を担当。新技術を採用し今年6月に発売された洗顔料は米国内で売れ行きも好調だそう。(日本では未発売)。
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渡辺氏のルーツを紐解くと、「おじいちゃん、おばあちゃん子」「サッカー漬けも実は嫌いだった」「プロ野球選手を目指していた」「趣味はバンド活動」「耳コピが特技」…と仕事以外も気になる素顔が盛りだくさん。そんな渡辺さんの幼少期から、学生時代、そしてロレアルでの研究についてまで聞いた。

▪️渡辺翔 (ロレアルリサーチ&イノベーション フェイスクレンジング&メイクアップリムーバー領域 シニアプロジェクトリーダー):京都大学大学院 薬学研究科卒業。2014年ロレアルに入社後、スキンケア開発研究所所属。微細な乳化技術を用いて、肌への浸透性を高めた化粧水の開発や高いメイク落とし能力を持つ洗顔料の処方を担当。2017年シュウ ウエムラスキンケア開発チームに異動し、環境負荷に配慮したクレンジングオイルの開発に携わる。2020年応用研究に異動し、洗顔料やメイクアップリムーバーの処方を担当。肌のバリアを守りながら皮脂と乾燥の両方に対応するバイオサーファクタント洗顔料を開発した。
目次
スポーツ、そして絵と音に囲まれた幼少期
⎯⎯ 幼少期はどんなお子さんだったのですか?
両親からは、「人前で大きな声で泣くこともなく、手のかからない子」と言われていました。サッカー好きの父の影響で地元のクラブチームに入っていて英才教育を受けて、ほぼ毎日ボールを蹴っているサッカー少年だったんです。でも実はそれほどサッカーは好きじゃなくて、むしろ家で絵を描くのが楽しくって(笑)。小さな頃から絵を描くのが好きで、両親から最初に買ってもらったおもちゃは、マグネットペンで描いたり消したりできる「おえかきせんせい」でした。祖父が買ってくれた図鑑の昆虫や蝶々の絵を書き写したり、自分で新しい昆虫を創作して描いたり。週末になると祖父母の家に遊びに行き、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒にゆっくり過ごす、それが嬉しかった。


幼少期の渡辺氏
⎯⎯ 唐突ですけど、実は「耳コピができる」とお聞きしました。音楽もやられていたんですか?
小学生の頃にピアノを習っていて、その時は絶対音感もあったんです。なんでも音を言い当てていたんですよ。でも、中学生の頃になくなっちゃって、絶対音感から相対音感へと変わりました。今でもカラオケではどんな曲でもハモれますし、当時は聴いた音楽を打ち込みじゃないですけど、パソコンを使ってその曲を再現したりしていました。
⎯⎯ 将来はスポーツ選手や歌手になりたいって思いませんでしたか?
小学校の途中でサッカーから野球に変更して、そこからはプロ野球選手を本気で目指そうと思っていたぐらいだったんです。でも僕よりもっと上手なヤツがたくさんいて…諦めました(笑)。その頃から、「人の役に立つ仕事をしたい」と医者を目指すようになったのけど、実は“血”が苦手。医者が無理なら“薬”かな、と。それで薬学部を目指すことにしたんです。

進路のきっかけは、偶然手にした一冊の本
⎯⎯ 京都大学を選んだ理由は?
大学の進路を決める時に、偶然手に取った本との出合いですね。「新しい薬をどう創るか」(ブルーバックス)という本の最後に、「君も興味を持ったら一緒に薬を作ろう」みたいなことが書いてあって、「これだっ!」と。この著書である京都大学の教授と直接話をしてみたくて、翌日、母に新幹線代を借りて京都大学まで行ったんですよ。アポ無しチャレンジだったので、もちろん会えずでしたが(笑)。でも、校内を見学して「この大学に通いたいな」と受験を決めました。
⎯⎯ どんな学生生活を送っていたのでしょうか?
音楽はずっと続けていました。大学生になってからもバンドを組んでライブ活動もしていましたし、サークル活動もしていました。小さなサークルだったので認知度を上げるために、ロゴのデザインや自分で新しく立ち上げたイラストサークルの普及活動とかをしていましたね。あとは、大学・大学院生活の6年間は某外資系コーヒーチェーンでアルバイトをしていたんです。僕が働いていた京都のショップは、目の前にお寺が見えるコンセプトショップ。海外からの観光客も多く、日本の文化や歴史を英語でコミュニケーションしていたのも楽しかったですね。この経験も今に大きな影響を与えていたと思います。

学生時代の渡辺氏
⎯⎯ 大学では何を学んでいたのですか?
簡単に言うと、タンパク質の研究です。そもそも「薬がナゼ効くのか?」と掘り下げると、根っこの部分はタンパク質の構造なんです。がんなどの疾患もタンパク質の変性から始まっています。大学には物質の分子構造を原子レベルで解析するための装置があり、タンパク質の変性にアプローチするための薬の構造を研究をしていました。
⎯⎯ 大学院を卒業後、ロレアルに入社しました。入社の決め手は?
化粧品メーカーの研究対象は肌や髪の毛であり、これらはタンパク質でできています。そういう意味では学生時代と対象は変わらないですね。まあ、美容男子ではありませんでしたが(笑)、お客さまに使ってもらうには化粧品をどのようにデザインしたらいいのか。これまで培ってきた化学の知識とクリエイティブ力、右脳と左脳の両方のバランスが求められる世界に魅力を感じ、化粧品を手掛けてみたいと思うようになりました。
外資系化粧品会社のほとんどは日本に基礎研究所を設けていませんが、ロレアルは例外でした。日本にいながらも、研究によるイノベーションを世界に対して発信することができる、そんな土壌に惹かれました。また、基礎研究を日本の消費者に合わせ、さらにより良いデザインにし直す。この考え方も僕のやりたいことと合致していました。最終的には、第一希望を出したスキンケアの部署配属に。興味のある内容でしたし、研修時から自分がここにいるイメージができる部署だったので良かったです。

化粧品のモノ作りは、原石を磨きながら宝石に変えていく過程に似ています。研究所からブランド開発、ブランドPRと部署をまたぎ、バトンをつなげていきます。“川上”となる基礎研究は、新しい有効成分や技術などを見つけ、応用研究に「こういう情報があります」「こういうおもしろいモノがあります」と情報を渡す。応用研究はこの情報を元に化粧品の製材に落とし込み、開発研究は各ブランドのニーズに合わせ、香料や染料、容器を作り製品が完成する。ひとつの製品を完成させるにはたくさんの人のチカラが必要なのです。
「1から処方を確立」人気クレンジングをアップデート
⎯⎯ ご自身が手掛けた中で、特に印象に残っている製品は? その理由も教えてください。
2017年にシュウ ウエムラの製品開発研究をするチームに異動し、クレンジングオイルの開発を担当しました。この時に作った「ボタニック クレンジング オイル」(2021年発売)です。
時代に合わせ、環境により優しい処方で製品を作ろうと立ち上がったプロジェクトですが、クレンジングオイルは、ブランドの看板製品であり、関わる人たち全てが誇りを持っている。そんな中、今までのクレンジングオイルの概念をリセットして、1から新しい処方を確立するというイノベーティブなチャレンジをさせてもらえるのは、やりがいがありました。

通常は、基礎研と応用研も開発に携わるのですが、このプロジェクトに関しては日本のクレンジング市場を熟知している日本の開発チームが担当しました。でも、いざスタートしてみると、問題が山積みで(笑)。メインを植物油、界面活性剤も微生物がしっかり分解できる処方を組み立ててみたものの、「メイクが落ちない」「ベタベタする」など、目指す形にならない。社内にいる専門家やグローバルの意見も伺いながら、これまでの経験や蓄積された知識もフル活動して取り組みました。
完成した時の達成感もそうですが、今、お客さまから愛用いただけていることは嬉しいですね。何より、ブランドとして前進できたことが大きな自信につながりました。
応用研へ 日本発のイノベーションを世界に
⎯⎯ 2020年には、開発研から応用研に異動になりました。仕事の内容を教えてください。
応用研究の中でも製品カテゴリー毎に分かれていて、私は“落としモノ”全般、洗顔料やメイク落としなど肌の汚れを落とすような製剤・製品の骨格処方を作るチームになります。
カレーを例にすると、基礎研究は「おいしいジャガイモがあるよ」「新しいスパイスを見つけてきたよ」と情報を提案する人たちで、僕ら応用研究はこれらを使ってカレーのレシピを作る人になります。その時に、「誰が食べるの?」「どこで売るの?」など、開発研究からヒアリングをし、カレーの骨格となるレシピを築き上げていくんです。応用研究は自分の作りたいもの、良いと信じたモノを作ることができる。
ロレアルの世界の応用研究者たちとは、数年後のスター原料を予測したり、これから使う原料の特性と組み合わせなどの情報交換を行いながら、どのカテゴリーに落とし込むかを決めて、開発研究に売り込みます。時にはアメリカ、フランス、中国の開発チームにも売り込んでいます。日本にとどまらず、世界に発信できるという仕事はやりがいを感じます。

⎯⎯ このチームで、実際に世に送り出した製品はありますか?
アメリカの洗顔カテゴリーのトップブランドである「セラヴェ(CeraVe)」に新技術を採用した洗顔料を提案して、今年の6月に発売されました。売れ行きも好調だそうです(日本未発売)。
特徴は、「バイオサー ファクタント」という菌が作った新世代の活性剤を活用したマイルドな泡洗顔料。通常の界面活性剤は汚れを落とす一方で、肌への負担が課題としてあります。そこで、“汚れも落とすけど、肌にも良いことをする”新しい界面活性剤の特長を最大限に活かす泡洗顔料の開発に挑むことにしました。ポイントは “肌のバリアを守りながら皮脂と乾燥の両方に対応する泡洗顔料”。まさに、洗いながらスキンケアをする洗顔料なのです。
⎯⎯ “肌に残る菌”について、もう少し説明ください。
バイオサーファクタントを含め、界面活性剤は、通常、水で流れてしまいます。ですが、今回新たに開発した洗顔料は、リンスオフしてもバイオサーファクタントの持つ "肌へ良いことをしてくれる特徴" を肌に残すように工夫をしました。
界面活性剤のスキンケア効果のスクリーニング、それをどう肌に残すか科学的なアプローチ、そしてそれら技術をお客さんが使っていて心地いい・もっと使いたいと思ってもらえるような洗顔料処方に落とし込むこと、それらをすべてクリアしたのが本製品です。有難いことに他のブランドもこの技術に興味を示していて、現在開発プロジェクトを組んでいるところです。
⎯⎯ 基礎研究からこの原料を紹介された時の率直な感想は?
ものすごく可能性を感じてワクワクしましたね。この原料自体は菌が作ったものなので、色がついてたり匂いもあったり、良くも悪くも天然由来そのものの状態でした。それを処方に落とし込み、製品化までこぎつけられるか…大きなチャレンジでした。
他の原料との相性やデザインしながら、製品になるまで 2〜3年かかりました。

「人の役に立つ仕事をしたい」夢の現在地
⎯⎯ 原料のスクリーニングをする際の判断基準は?
原料が持つ効果効能は大前提。他には、原料のコストや安全性、量産できるかどうかも判断基準になります。新しい原料があっても「1年間で30グラムしか作れない」となると製品化するには難しいのですが、それで諦めてしまうのも違うかな、と感じていて。
アルバイトをしていた時に、「Just Say YES」という言葉があって。お客さまの要望に対して、道徳や法律に反しない限り、可能な限り「はい」と答えることを基本とする考え方が、今の仕事にとても役立っています。ハードルが高くても“可能性がゼロではない”なら諦めず、道を探していくことはしますね。
⎯⎯ 改めて、「化粧品をデザインすること」は楽しいですか?
そうですね。作っていると楽しいですね。製品の発売後にお客さまのレビューを読んだり、海外に住んでいる友達が製品の評判を教えてくれた時も嬉しいですね。「人の役に立つ仕事をしたい」という子どもの時の夢が形になっているんだと思います。

⎯⎯ 今後の夢は? 「こんなものが作りたい」といった夢はありますか?
洗顔料でいうと、メイク汚れや皮脂・汗を“落とす”機能がありますが、落とした後のケアができる洗顔料があるといいですよね。例えば、メイクもつるんと落とせて、スキンキア効果も与えられたり。また、昨今の敏感肌市場に合わせて、洗うだけで肌を改善できるような洗顔料を作ってみたい。まだまだ、温めているプロジェクトがあるので、近いうちに皆さんの手元に届けられるように頑張ります。
そのためにも、もっと高みを目指せるチームへと成長させたいですね。経験が長くなればなるほど自分の知識やスキルが増え、もっとできることがあると見えてはきてはいるのですが、 1人ではできない…。だからこのチームで達成していきたいという思いがあります。不可能を可能にするためのチーム作りのために、環境を整えていきたいです。
あと余談ですが、会社の人とバンド活動をしていて、12月に社内で披露する機会があって、絶讃練習中です。定期的に演奏ができる場を持てたらいいな、というのも夢です(笑)。
(文:長谷川真弓、聞き手:福崎明子、平松将)
最終更新日:
美容エディター・ライター
編集プロダクションを経て、広告代理店で化粧品メーカーの営業を7年半担当。化粧品のおもしろさに目覚め、2009年INFASパブリケーションズに入社。美容週刊紙「WWDビューティ」の編集を担当し、2014年にフリーに転身。ビューティにまつわるヒト・コト・モノを精力的に取材している。
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