
「第97回 ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo 97)」では、メインゲストの「ジル サンダー(JIL SANDER)」をはじめ、ステファノ・ピラーティ(Stefano Pilati)が手掛ける「ランダム アイデンティティーズ(RANDOM IDENTITIES)」、「ブリオーニ(Brioni)」、NY発の「テルファー(Telfar)」などのショーが行われた。ファッションジャーナリストの増田海治郎がリポートする。
(文:ファッションジャーナリスト 増田海治郎)
ミニマルなネイティブ・アメリカン:JIL SANDER
ルーシー・メイヤー(Lucie Meier)&ルーク・メイヤー(Luke Meier)のおしどり夫妻が手掛ける「ジル サンダー」は、ストリートがひと段落した後のトレンドを牽引する存在となっている。その特徴を一言で表すなら"デザインされたミニマリズム"。2人の作るジル サンダーは、シンプルなのに何かが違うのだ。
会場はフィレンツェを象徴するサンタ・マリア・ノヴェッラ教会。石で覆われた会場に入ると、オレンジの花の山が目に飛び込んできた。今シーズンの最大の特徴は、いつものミニマルで縦長なシルエットの世界観に、ネイティブアメリカン、ウエスタンの要素を加えたこと。
その象徴的なディテールがフリンジ使い。ケープ風のストールや、コートの襟元にフリンジを配することで、ミニマルな服を控えめに飾り立てている。シャツの襟元には、ネイティブインディアン調のシルバーアクセサリーが。CPO風のウールジャケットの胸元には、ウエスタンヨーク風にシルバーコンチョをあしらっている。ネイティブ・アメリカンのモチーフは得てして過剰になりがちだが、あくまでも控えめなのがメイヤー夫妻らしい。
JIL SANDER 2020AW MEN'S COLLECTION
©Alessandro Lucioni
ジャケットやコートのノッチドラペルの上に、ショールカラーを重ねたのもポイントの一つ。ジャケットの袖の内側にはアイロン線を入れていて、4つの玉縁ポケットやウエスタンヨークをデザイン要素として加えている。パンツの裾を無造作に20cmほど折り返すスタイリングも目を引いた。

ピラーティの"民主的なジェンダーレス":RANDOM IDENTITIES
ステファノ・ピラーティは、2004〜12年にイヴ・サンローラン(現サンローラン)のクリエイティブ・ディレクター、2013年から2016-17年秋冬までエルメネジルド・ゼニアのヘッドデザイナーを務めた、現代のメンズウェアを代表するデザイナーのひとりだ。エルメネジルド・ゼニアのメンズコレクションは、ほぼこの目で見てきたのだが、退任直後の彼のインスタグラムでの姿に腰を抜かしたことを今も覚えている。それほどジェンダーレスなイメージが強くなかった彼が、10cm超のヒールブーツを履いていたことに驚きを隠せなかったのだ。

2019年春夏シーズンに始動した新ブランド「ランダム アイデンティティーズ」は、そんな彼の今の感性と考えがストレートに形になったブランドだ。ドーバー・ストリート・マーケット銀座や、雑誌の撮影で彼の服を手に取るたびに、計算し尽くされた服の凄みと価格のギャップ(クオリティから考えると異常に安い!)に驚き、アフォーダブル・ラグジュアリーとはこのブランドのためにある言葉だと感心した。
会場は、数々の名ショーが行われてきたフィレンツェのレオポルダ駅跡地。席はなくオールスタンディングで、薄暗い会場にはスモークがかかっている。カツカツとヒールの音を響かせながら、モデルが登場した。ネイビーのセットアップスーツに、白シャツとシルバーのブラトップアクセサリーを加えたフェティッシュなトラッドで、足元はあの時ピラーティ本人が履いていたヒールブーツだ。モデルは男性か女性か判別がつかない。
その後も"ジェンダーレスでよく出来た服" の行進が続く。肩パッドがガッツリ入った80年代風の半袖のダブルジャケット、ウエストをギュッと絞るハイウエストのフライトパンツ、オーバーサイズのステンカラーコート、80年代の吉川晃司を連想させる真っ赤なセットアップスーツなんかは、今すぐにカードを差し出したくなるくらい魅力的だ。
RANDOM IDENTITIES 2020AW COLLECTION
©Giovanni Giannoni
モデルは男性と女性が半々だが、その差異はほとんど感じられない。終盤には小さな子供も登場し、ふくよかな体型の女性もいる。まさにブランド名の"ランダム"を体現したモデル選びで、このブランドはファッションが好きな全ての人のためのブランドなのだと膝を打った。
アメリカの黒人が描くジェンダーレス:Telfar
2005年にテルファー・クレメンスがニューヨークで設立した「テルファー」も、ジェンダーレス色が強いブランドだ。ビッグ・ショーンをはじめラッパーの着用者も多いけれど、いわゆるラグジュアリー・ストリートの文脈とは異なる。今シーズンのショーも、デニムやウエスタン、カレッジ的なアメカジにヨーロッパの中世の要素を加え、フェティッシュに表現した。

バイカー風のデニムのセットアップは、補強パッドの部分にデニムを幾重にも重ねることで表現。パンツの裾は、ものの見事なベルボトムになっている。膝上でニットと切り替えたレザーパンツも、ヒッピー世代のミュージシャンを連想させる衣装的な仕上がりだ。パンツの裾やカットソーの袖先の固結びの表現もポイントのひとつ。デニムと切り替えたダウンパンツは、まるでプードルが擬人化したみたいだ。
Telfar 2020AW COLLECTION
©Giovanni Giannoni
アメリカの黒人デザイナーというと、つい根っからのストリートを思い浮かべてしまうが、こんな個性派も存在するのだ。
75周年をピッティで祝ったブリオーニ:Brioni
イタリアのメンズスーツを代表する存在の「ブリオーニ」は、ブランド設立75周年を祝うプレゼンテーションを開催した。ブリオーニは1952年にピッティ宮殿のサラビアンカで、史上初のメンズファッションショーを行なったことで知られている。それから68年後に、フィレンツェへ帰還したというわけだ。
会場はヴィスコンティ家のサロン。蝋燭で灯された薄暗い部屋には、ブリオーニの2020-21年秋冬コレクションを着た音楽家が演奏していて、来場者はいくつかの部屋を回遊するというプレゼンテーションだ。

モデルが着ているわけではないのに、演奏家がモデルのように見えるのは、ブリオーニの成せる技。スーツやタキシードを着たバイオリニストはもちろん、コントラバスを奏でるローブコートを着た禿げたおじさんでさえも、すごく素敵に見えた。
Brioni 2020AW COLLECTION
©Brioni
増田海治郎
雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリスト/クリエイティブディレクターとして独立。自他ともに認める"デフィレ中毒"で、年間のファッションショーの取材本数は約250本。初の書籍「渋カジが、わたしを作った。」(講談社)が好評発売中。