
Image by: FASHIONSNAP

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近頃、急激にその名を耳にする機会が増えたヴィンテージオートクチュールブランド「プロレタ リ アート(PROLETA RE ART)」。原宿の「グレイト(GR8)」をはじめとする有力ショップで取り扱われ、1月に披露された「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」の2026年秋冬コレクションでは、コラボレーション相手としてタッグを組んだ。エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)やリアーナ(Rihanna)が着用していることでも知られる同ブランドは、必ずしも上質な素材や高価なヴィンテージを用いている訳ではないにも関わらず、価格帯はエントリー向けのキャップで26万円から。一点単価100万円を超えるアイテムも少なくない。それにも関わらず、人々が同ブランドのクリエイションに惹かれるのはデザイナーのPROTが「誰にも負けない」と自負する、生地にダメージや色落ちを施すことで長年着込んだような風合いを再現する“ヴィンテージ加工”の技術があってこそだ。
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タイムパフォーマンスや効率性が重視される現代のファッションシーンにおいて、プロレタ リ アートの在り方は異端と言って差し支えない。デザイナー本人がアイテム製作の全工程に目を光らせ、膨大な時間をかけて古着を「アート」に生まれ変わらせる。時代に逆行するかのような偏執的なまでの手仕事の先に、PROTは一体どんな景色を見ているのか。都内某所にある同ブランドのアトリエを訪ね、クリエイションの本質を探った。

ヤフオクに出品した作品が50万円まで高騰、「プロレタ リ アート」ができるまで
──まずはデザイナーの人となりを聞かせてください。幼少期からファッションに興味はあったんですか?
幼少期は全然ファッションについては分からなかったですね。父親が医療機器や実験室で使う器具などを作っている大きな会社の営業マンで、母親は専業主婦。父親の仕事の都合で全国を転々としていて、神奈川から大阪、埼玉と、小学校は3回変わりました。友達ができてもすぐ転勤で引っ越してしまうので、兄と遊んでいる時間が長かったです。兄が絵を描くのが好きだったので、その影響で自分も漫画の絵を模写したりして。写実的で幻想的な絵が好みで「マジック:ザ・ギャザリング」*というカードゲームにもハマっていました。
* 1993年にアメリカで誕生したトレーディングカードゲームの元祖。「世界で最も遊ばれているカードゲーム」としてギネス世界記録にも登録されている。
──ファッションに興味を持ったのはいつですか?
中学2年生くらいの頃です。兄がファッション雑誌を買い始めたのをきっかけに興味を持ちました。当時は2000年代初頭で、裏原が全盛だった時代。原宿に行っては「ナイキ(NIKE)」の限定シューズを見たり、「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®)」のお店に行ってみたり。でもお小遣いがたくさんあるわけではないので、最初に自分で買った服はヤフオクに出品されていたエイプのブート(非正規品)Tシャツで、パンツは地元のリサイクルショップで売っていた「リーバイス(Levi's®)」などを履いていました。

「プロレタ リ アート」デザイナー PROT
──高校は埼玉の進学校 大宮高校に進学したと聞きました。勉強が得意だったんですね。
中学校までは成績は良かったです。親から「勉強しなさい」と言われたわけではないですが、仲の良かった兄が大宮高校に進学していたので「じゃあ自分も同じところでいいか」と。何に対しても一度ハマるとのめり込むタイプだったので、勉強するのも全く苦ではありませんでした。
ただ、入学してみると周りは勉強熱心な人たちばかり。「昨日お前何時間勉強した?」みたいな会話が日常的に交わされるような環境で。ファッションが好きな人も、話題が合う同級生もおらず、「勉強ももういいや」となってしまい、勉強や部活などに熱心に打ち込むこともなくくすぶっていました。
──それからはどんな高校生活を?
部活でバスケをして、休日には一人で原宿などに服を見に行く、という日々を送っていました。進路を決めるときに母親が「絵がずっと好きで得意なんだから、美大を目指してみれば」と美大予備校のパンフレットを持ってきてくれたんですが、そこに載っていた在校生のデッサンがめちゃくちゃ上手くて。自分と同世代でこんなに絵が上手い人がいるんだ、と衝撃を受けました。それまではぶっちぎりで自分が一番絵が上手いと思っていたので、井の中の蛙だったと思い知らされましたね。
すぐにバスケ部を辞めて、近くの予備校に放課後毎日通い始めました。元々の性分に加えて絵が好きだったのもあり、浪人生の課題と現役生の課題両方に取り組んで同級の現役生の2倍の量をこなし、デッサン、学科試験ともにほぼ満点で武蔵野美術大学に現役合格しました。大宮高校から美大に進んだ人は、僕以外1人もいなかったと思います。
──美大に進学し、ファッションの道を目指したきっかけは?
元々美術とファッション、どちらを仕事にしようか悩んでいたのでファッション科のある武蔵野美術大学に決めたんです。美大なら学科を変えれば絵を描く道にも進めるだろうと。大学3年で専攻を絞るタイミングで悩んだんですが、結局自分が日頃一番お金を費やしているのは何だろうと考えたときに、やっぱり洋服だったんです。それで卒業後は岡山のアパレルの会社にデザイナーとして就職しました。
入社後はヴィンテージ加工やリメイクに特化した部署に配属され、そこでデザインの考え方や縫製、加工技術を叩き込まれました。古着や軍モノ、民族衣装、日本の古い作業着などをモチーフに服作りをしている会社だったので、古着の知識から歴史、リペアの方法、色落ちといったマニアックな部分まで、ガチガチに身につきましたね。朝から深夜まで仕事漬けの日々でした。
──前の会社で学んだことが、プロレタ リ アートで生きているんですね。
そうですね。以前働いていた会社には自社工場がありました。しかし自社工場を持つということは量産を前提としていることでもあり、デザイナーとしてカッコいいと思うサンプルを作っても、作り込みすぎて「これは量産に向いていないよ」とボツになることがよくありました。「もっと手間を省いて簡単に作れるものを提案しなさい」と。もちろんそれは仕事として理解していましたが、本当は一点物の感覚で、一切妥協せずにこだわり抜いたモノづくりをしたかった。だからプロレタ リ アートを始めるにあたり、量産はせずに自分が考えたものを自分の手で作る、工場も使わないようにしようと決めました。

──ブランドを始める前は、ヤフオク(ヤフーオークション)で作品を販売していたそうですね。
前職を辞めてから、匿名でヴィンテージのリーバイスなどをカスタムしたものをヤフオクに定期的に出品していました。開始価格は1000円、説明文は寸法のみ。特に当時のヤフオクって他の二次流通サイトと比べて全体的にオタク気質というか、ユーザーに目利きの方が多いようなイメージがあって。そうした方々の目に留まり「これは当時のカスタム品ですか?」といった質問がたくさん来るんですが、全部無視していました。そうすると不思議なもので、正体不明だけどカッコいい、珍しいものとして、どんどん値段が上がっていくんです。最高で一着50万円くらいの値がついたこともありました。
──アノニマスな良さもあるとはいえ、ブランドも商品説明もない中でそこまでの値がつくのは凄いですね(笑)。
有り難い話です。人を良い意味で「混乱させる」というのは、僕のモノづくりにおけるテーマの一つでもあります。
ある日、僕が手掛けたGジャンが海外の有名なインスタグラムアカウントで紹介されてバズっているのを見つけて。そこに「これ、僕が作ったんです」とコメントしたら、僕の個人アカウントにDMが殺到したんです。それで、こんなに需要があるならちゃんとブランド名を付けてやっていこうと決意し、プロレタ リ アートを立ち上げました。
加工品は時にオリジナルヴィンテージを超える
──ブランド名の「プロレタ リ アート」は、マルクス主義において労働者階級を意味する言葉です。
このブランド名はダブルミーニングなんです。1つ目は、古着のジーンズやワークウェアといった「労働服(PROLETA)」、つまり一度役目を終えた服を、リペアやカスタムを施して「アート(ART)」に「転生(RE)」させる、という意味です。汚れたり破れたりしたものを、もう一度作品として生まれ変わらせる、という想いを込めています。
2つ目は、僕を救ってくれたヒップホップの影響です。前の会社を辞めた時、色々な要因が重なって精神的にどん底だったんですが、ラッパーであるPRIMAL氏の「Proletariat」というアルバムに救われたんです。同氏は築地市場や飲食店などで働きながらラップをされていたんですが、その内省的なリリックが当時の自分に刺さりまくって、毎日泣きながら聴いていました。ブランド名には、自分の恩人とも言えるPRIMAL氏へのリスペクトも込めています。これは余談ですが、先日ご本人からMVの衣装提供のご連絡があり、実際に着用いただきました。一番届いてほしい人に自分の作品が届いた瞬間でした。

PROTが所有する「Proletariat」のCD。PRIMALの直筆サインが入っている。
![Proletariat[初回生産限定盤][帯付き][2枚組LP仕様][初アナログ化][Analog]](https://m.media-amazon.com/images/I/51vxbA16jEL._SL500_.jpg)
Proletariat[初回生産限定盤][帯付き][2枚組LP仕様][初アナログ化][Analog]
アーティスト: PRIMAL
作曲: PRIMAL
演奏: PRIMAL
ブランド: MUJO RECORDS/Pヴァイン・レコード
メーカー: MUJO RECORDS/Pヴァイン・レコード
──ブランドとして「完全なるクオリティコントロール」を掲げています。具体的にどんなことをしているのですか?
先ほどの言葉と重なる部分もありますが、外部の工場を使わずに、企画からデザイン、縫製、そして最後の仕上げまで、全て自分とチーム内の技術者の手で、一つの建物の中で行っています。ヴィンテージ加工や最後の仕上げ、商品の物撮り、梱包、請求書作成、発送作業に至っては携わっているのは僕一人です。徹頭徹尾、デザイナーの目が行き届かないところは一切ない。それがプロレタ リ アートの「完全なるクオリティコントロール」です。
──ヴィンテージ加工を全て自身で手掛けるというのはかなり大変そうですね。
ヴィンテージ加工に関しては、美術大学の頃から自分で色々試したり、前の会社で本格的に研究したりと合わせて20年くらいやっているので、単純に僕より向き合ってきた技術者がいないんですよね。ヴィンテージ加工は教えたら一朝一夕でできるようになるものではないですし、やり直しも効かない。漂白しすぎたら色は戻らないし、ボロボロにしすぎても元には戻せない。プロレタ リ アートは100%を超越した500%のクオリティじゃないと世の中に出さないので、ここについては僕が全部やるようにしています。



薬剤を直接吸い込むと人体に害があるので、加工はマスク、ビニール手袋を装着して行う
──その領域で一番上手い人がやるということですね。しかしそれでは全てPROTさんがやることになるような気もしますが(笑)。
そんなことはないですよ。うちのチームは有難いことにみんな非常に優秀で。例えば、服を綺麗に素早く縫製することに関しては僕より圧倒的に上手な技術者がいるので、そこは完全に任せています。手刺繍についても、デザインは僕が起こしますが、それ以外は細かい作業が得意な技術者が担当してくれています。最終的な完成度が全てなので、何事も適材適所です。
──リメイクブランドは他にもありますが、プロレタ リ アート独自の強みは?
ヴィンテージの感覚と絵をはじめとするアートの感覚の両方を蓄積させ、結晶としているところでしょうか。この2つを突き詰めているブランドはあまりないような気がしています。デザイナー自身がヴィンテージ加工を全てやっているところも少ないでしょうし、そこにずっと絵を描いてきて、美大で学んだ僕の感覚をミックスさせている。どちらが欠けてもプロレタ リ アートのクリエイションは成り立ちません。
──異なる2つの要素がクリエイションの中で共存しているんですね。
ヴィンテージ加工と絵を描くことって全然違う領域のように見えて、実は結構似ているんです。僕にとって加工は、古着というキャンバスに、漂白剤という消しゴムを使って色を抜きながら描写していくプロセス。真っ黒い木炭紙を消しゴムでこすりながら絵を描くアプローチに近い。単なる穿き込まれたヴィンテージを再現するだけでなく、アメリカの炭鉱から出てきたデニムについているオイル汚れや土の汚れ、汗によるシミ、洗濯でぐちゃぐちゃになってできたシワ状の色落ちや日焼けといった偶発的な美しさも再現します。漂白剤を散らしているときなんかは、もう完全に絵画を描く感覚ですね。
──古着マニアが、加工品を「偽物だ」と揶揄するシーンも散見されますが。
僕は本物の腕と感性を持った人間が作ったヴィンテージ加工作品は、時にオリジナルのヴィンテージを超えうると信じています。どちらが本当にカッコいいか、アート性があるかと言えば、必ずしもオリジナルではない。プロレタ リ アートのモノづくりは、オリジナルヴィンテージだけを有り難がる風潮へのカウンターでもあります。そう言う意味で、この間、ラッパーのトラヴィス・スコット(Travis Scott)が来日した際にうちの作品を買ってくれたことは自信に繋がりました。
──どんなアイテムを購入してくれたんですか?
ヴィンテージ加工とスタッズのカスタムを極限まで施した、440万円のレザーパンツです。プロレタ リ アートは原宿のセレクトショップ「グレイト(GR8)」さんとお取引があるんですが、トラヴィスがグレイトでプライベートショッピングをした時に、オーナーの久保さん(久保光博)が「プロレタ リ アートの作品がハマると思うんだ」とレコメンドしてくださって。たまたま試作していた鹿革のレザーパンツをトラヴィスに提案したところ気に入ってくれたということで、60万円のスタッズカスタムダウンジャケットと合わせて計500万円で販売しました。オリジナルヴィンテージでなくても自分の感性と技術を極限まで注げば、然るべき人が評価してくれると証明されたようで嬉しかったですね。

──プロレタ リ アートの作品からは、単なる古着のリメイクや修復という言葉では片付けられない圧倒的な熱量を感じます。自身の制作スタイルをどのように分析していますか?
ブランドのテーマとして「"HACKING" worn out material(使い古された素材をハッキングする)」という言葉を掲げています。これは、子どもの頃に好きだった「ハックロム*」という文化から来ています。オリジナルのゲームデータをマニアが改造して、キャラクターやステージを変えて全く新しいゲームにしてしまう。もちろん非公式なので手放しで賞賛しづらい部分はありますが、マニアが愛を込めて作ったハックロムには、時にオリジナルを超える面白さがあったんです。
*既存のゲームソフトのデータ(ROM)を第三者が非公式に改変・編集した「改造ゲーム」のこと。
その感覚で、使い古されたジーンズやバンダナ、日本の古布といった素材を「ハッキング」して、どこまでがオリジナルでどこからが加工なのか分からない、見る人を混乱させるような、そしてオリジナルを超えることを目指した作品を作っています。だから新しい生地も使いますし、古いものと混ぜ合わせ、加工によって一体感を生み出すこともある。いわゆるサステナブルやリサイクルを謳うブランドとはそもそもの目的が違います。ただ、その考えを軽視している訳ではないんです。僕にとって一番のサステナビリティは、高価であっても、持ち主が一生愛着を持って着続けてくれるものを作ること。それが究極のエコだと思っています。
──捨てずに長く使い続けることが1番のサステナブルという考えには共感できます。
5歳くらいの頃の体験なんですが、ファッションに全く興味のない父が、ノーブランドの革財布をボロボロになるまで使っていたんです。ヌメ革が手の脂で飴色になって、艶が出て、金具には緑青が吹いていて。あるとき、父が最後まで使い切ったと判断してその財布を捨てようとしていたので、「僕にちょうだい」とお願いして譲ってもらいました。新品の綺麗な財布よりも、使い込まれて味が出たその財布の方が何千倍もカッコよく見えたんです。僕は破れたところにガムテープを貼って補強して、それからも長い期間使いました。ボロボロになったからと捨てるのではなく、直して使うことで更にカッコよくなるという感覚はその頃からあったんだと思います。長く着続けることでそれはトレンドではなくその人の“スタイル”になる。そして服が身体の一部になった時、真の魅力が生まれると思っています。
──プロレタ リ アートには「ウロボロス」と「ミーム」という2つのラインがありますね。
UROBOROS(ウロボロス)は、その名の通り自らの尾を噛んで環となったドラゴン「ウロボロス」がモチーフとなっています。「輪廻転生」や「破壊と再生」を意味するシンボルで、“古着をカスタムして再生させる”というブランド理念とリンクさせているんです。また、「UROBOROS」という綴りの中には日本の古布文化である「襤褸(ぼろ/BORO)」が入っているので、言葉遊びの意味合いもあります。こちらは労働者の作業着などをベースにした、シリアスなラインです。

「ウロボロス」のマーク。日本の国旗をモチーフに自らの尾を噛む龍を描いている
「ミーム」は「インターネットミーム」から来ています。子どもの頃から2ちゃんねる(現5ちゃんねる)や「Flash動画」などの面白画像やネタ動画、発展途上国の写真で見た有名なキャラクターを無断で描いたお世辞にも上手いとは言えない看板など、匿名の一般人や名もなき労働者が生み出す歪で味のあるペインティングが好きで。そうしたカルチャーをインスピレーション源に、有名なキャラクターをハッキング(風合いを強制的に加速させるヴィンテージ加工や歪んだ絵のタッチ)によって改変した刺繍で表現しています。これは完全に僕のギャグ、遊び心でやっているラインです。



──このダウンジャケットは「ウロボロス」のアイテムですね。



「もし、ものを大事にする登山家のアメリカ人が、愛用してボロボロになったダウンジャケットを自分で直したら」という架空のストーリーを設定してデザインしました。自身の故郷で使っていたバンダナを当て布にしたり、日本の東北地方で学んだ襤褸の刺し子技法で補強したり......。そうして何世代にもわたって補修や補強を繰り返したら、こんな一着が生まれるんじゃないか、と。形は誰もが知っているメジャーなダウンジャケットを参考にして、当て布にはアメリカのヴィンテージバンダナや明治時代の古布、新しい生地をミックスさせたものを使いました。アメリカのカルチャーと日本の伝統技術を交差させ、ヴィンテージ加工で全体の風合いをなじませることで、本当にそういう歴史があったかのような一着を目指しています。
プロレタ リ アートは「誰でも始められる」
──カスタムに使う古着の素材は、どのような基準で選んでいるんですか?
デニムはリーバイスのものが多いですが、年代やブランドに強いこだわりはないです。ただ、基本的にはワーク、ミリタリー、アウトドアウェアなど、ハードに使われることを前提とした服を選んでいます。調達先も古着倉庫や古着屋などの業者から、メルカリやヤフオクなど個人が出品しているものまで幅広いですね。
──ありふれたものにヴィンテージ加工やリメイクで唯一無二の命を吹き込んでいく。
特にヴィンテージ加工は僕のライフワークであり、人生そのものです。消しゴムの代わりに漂白剤を使い、絵の具の代わりにダメージ加工を施す。僕にとって自分を一番うまく表現する手段がヴィンテージ加工なんです。父の財布に美しさを見出した幼少期から、絵にのめり込んだ学生時代、そして前の会社で技術を学んだ経験まで、僕のこれまでの歩みの全てが詰まっています。

──モノづくりをする上で、一番大事にしていることは何ですか?
何があっても絶対にクオリティを妥協しないことです。質が低いものに耐えられないので、プロレタ リ アートでは量産のためにクオリティを妥協することは絶対にしません。僕の好きなものは昔から変わらないので、そこにクライアントとの対話を通して得たエッセンスを加えることで、世界に一つだけの最高の作品を生み出す。それが何よりも大事なことなんです。
──少し話は逸れますが、「ユニクロ(UNIQLO)」についてはどう考えていますか?
ユニクロは大好きで、僕自身よく買っています。今着ている肌着もユニクロです。あのプライスでこのクオリティを提供しているのは本当にすごい。特にパターンはものすごく研究しているはずで、参考にさせてもらっています。僕はブランドイメージだけで服を判断しないようにしています。低価格だからダメとか、ラグジュアリーブランドだから良いとかではなく、純粋に「物としてのクオリティが良いか」。良いものは良い、シンプルな話です。
──1月のピッティ・イマージネ・ウオモでは、「ソウシオオツキ」がプロレタ リ アートとのコラボレーションアイテムを発表するなど、ブランドの注目度も日増しに高まっているように感じます。
日頃営業活動や展示会などを行っていないプロレタ リ アートがこうした取り組みで注目していただけるのは、有り難い限りです。しかし、事業規模を必要以上に大きくすることは考えていません。少しづつ人数が増え、今では7人体制のチームになりましたが、これは増え続けるオーダーに対してクオリティを上げながら対応するための、必要に迫られての判断です。売り上げをいくらまで伸ばすとか、SNSのフォロワーを何人にするといった目標は一切なく、チームのメンバーがなるべく豊かに暮らせて、お客様のリクエストに最高の形で応え続けることができれば、それで十分です。

「ソウシオオツキ」とのコラボルック
Image by: ©Launchmetrics Spotlight

──ブランドを通して、世の中に発信したいメッセージはありますか?
プロレタ リ アートでやっていることは、「誰でも始められる」ということです。特別な環境や設備、大きな資金がなくても、古着のデニムや手芸屋で揃う身近な素材を使って、自分の手で何かを生み出すことはできる。そして、それを突き詰めれば、ブランドとして食べていける可能性もある。若い人たちから「プロレタ リ アートに触発されて、古着のジーンズとバンダナでリメイクを始めた」といった連絡がたくさん来ます。プロレタ リ アートの活動が彼らの目標になることで、次世代を担うクリエイティブな人たちがたくさん育ってくれたら嬉しいですね。
──そこまで影響力があると、デザインを真似されることもありそうですね。
ブランドを始めたばかりの頃、デザインを真似され、大量生産されてしまった時は気にしていましたが、今はあまり気にならなくなりました。なぜなら自分よりヴィンテージ加工とそのデザインに向き合い、人生そのものとして取り組んできた人はいないと自負しているから。これは驕りや自意識過剰ではなく、誰よりも長い時間と精神をそれらに捧げてきたことからくる自信と確信です。世界で一番クオリティの高いヴィンテージカスタム作品を作り続けるのが自分の責務だと思って、これからもモノづくりを続けていきます。

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