
イオンモール太田館内のランイベントから
Image by: Runtrip
「コミュニティ」や「ウェルネス」「地域共創」といったキーワードは、消費者や従業員に選ばれる企業であるために今や欠かせないものになっている。ただし、それをいかに実現するかとなると難しい。そんな中で注目を集めているのが、元箱根駅伝ランナーの大森英一郎社長が2015年に創業した、ランニングアプリ運営企業のラントリップ(Runtrip)だ。いま大森社長のもとには、ランニングによる「コミュニティ」「ウェルネス」「地域共創」を求めて、大手デベロッパーやアパレル企業、カフェチェーンなどからの協業打診が相次いでいる。
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雨の日も開催でき、
冷暖房完備のランニングイベント
イオンモール太田館内のランイベントから Video by Runtrip
ある秋の日曜日。朝8時に群馬・太田のイオンモールを記者が訪ねると、まだガラ空きの駐車場に軽装の老若男女が続々と集まってきた。8時半になるとオープン前の館内に誘導され、2階のフードコート内の広場に約30人が集合。今からここで行われるのはランニングイベントだ。施設の外周などではなく、営業前のモール館内を走るイベントは珍しい。
地元の名門実業団、スバル陸上競技部出身のコーチによる入念な準備運動やランニングフォームについての指導のあと、3つのグループに分かれて館内を走る。天候に左右されず、冷暖房も完備。イスも多く、疲れたらすぐ休めるため、高齢者や子どもにも優しい。実際、60代以上と思われる層や親子での参加者が目立つ。
30分ほどかけて2キロメートル強を走る間に、参加者同士自然と会話も弾む。「家族にはケガが心配だと止められたけど、勇気を出して1人で参加してみたら皆さん優しくしてくれて、遅いペースに合わせて走ってくれた。なんだか人生全体が前向きになった気がします」。そう嬉しそうに話してくれたのは、60代の女性。「自分はランニングが趣味だが、運動していなかった妻をこのイベントに誘ったら、いまでは妻も走るようになった」とは、夫婦で参加していた男性の弁だ。
「ゆくゆくは、この取り組みを全国のイオンモールに広げていきたい。雪が降ると屋外を走れなくなる雪国では、特に意義があるはず」。仕掛け人であるラントリップの大森社長はそう意気込む。
リワードとコミュニティの2軸が
行動変容のカギ




モールのオープン前のため、テナント各店には網がかかっている
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イオンモール太田とラントリップが、共同でランニングコミュニティ「ハピネスランクラブ(以下、はぴらく)」を構想したのは2024年のこと。イオンモール太田の担当者がランニング好きだったことで、ラントリップに声を掛けたのがきっかけだ。お試し期間を経て、2025年4月に正式スタートした。
以来、月1回の館内ランニングイベントを実施するほか、走った距離を記録できるラントリップアプリと連動し、月に15キロメートル以上を走った会員には、イオンモール内の飲食店や温浴施設などで使えるクーポンを“リワード(ご褒美)”として配付している。
「ランニングは続けることが難しい。続けるためのきっかけとして、リワードとコミュニティ(仲間とのつながり)の2軸が、運動習慣のない人に行動変容を起こさせるためには一番効果があると、自社アプリのデータから導き出した」と大森社長。実際、「最初はリワード目当てだった」と話すはぴらく参加者は多いが、参加する中で仲間ができ、走ることを楽しむようになっている。
日本人は真面目な性格のためか、走るとなれば速く、長く走らなければならないと考えがち。ストイック志向はもちろん素晴らしいが、そうした価値観だけでは運動習慣のない人にはハードルが高い。大森社長は、「タイムや順位、距離だけがランニングの全てではない。走るという行為そのものが自己肯定感を上げてくれる」と強調する。そうした考えから、過去にはビールやドーナッツをアプリ上でリワードに設定したこともある。
東急不動産や三井アウトレット
パークとも協業





ラントリップが2025年6月に代々木公園の一画に開業したランニングステーションから
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イオンモールが2030年ヴィジョンとして掲げる「地域共創業」に照らしても、ラントリップとの取り組みは親和性が高い。ランイベント後には参加者が館内のフードコートやカフェを利用することが期待でき、テナントのスポーツ専門店やアパレルショップの販売員がイベントに参加することで、自然と顧客接点が生まれる。はぴらく参加者が、仲良くなった販売員の店を普段から訪れるケースも出ている。
「モノを売り買いするだけの場から、地域のコミュニティハブへ」。多くの地方商業施設が目指すそんなあり方に、イオンモール太田ははぴらくを通し一歩近付いている。イベントを主導するコーチは全国のランナーにネットワークのあるラントリップが手配し、ラントリップアプリ上で会員集客や管理もできるため、施設側は少ない手間やノウハウでイベントを実施できる。
イオンモール太田以外にも、ラントリップと協業する企業は増えている。渋谷や沿線で多数の複合施設を運営する東急や東急不動産、大阪・梅田の阪急阪神不動産、三井不動産の三井アウトレットパーク 木更津などが、リワードとコミュニティを軸にした同様の取り組みを導入済み。消費者向けのランニングクラブを運営するケースもあれば、販売員など従業員向けにクラブを運営する場合もある。企業側には、人材採用難の中で従業員満足を向上させたいという思いや、健康経営を目指したいという意図がある。
ウェルネス意識が世の中に益々浸透する中で、こうした取り組みは今後更に広がっていきそうだ。
【大森社長に一問一答】
「目指すは社会のインフラ」

大森英一郎(おおもり・えいいちろう)/ラントリップ社長1985年生まれ、神奈川県出身。高校時代から陸上競技を始め、法政大学時代に箱根駅伝に出場。新卒でリクルートグループに就職後、地元の観光事業に関わる企業に転職。地域活性化に関わる傍ら、個人でランニングクラブを設立する経験を経て、2015年にラントリップを創業。
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⎯⎯ラントリップを起業した経緯は?
法政大学4年生だった2008年に、箱根駅伝の9区を走りました。それで燃え尽きて、「二度と走りたくない」とまで思いましたが、地元・横須賀の観光関連企業に勤めて、競技を離れて走ってみたら、「順位やタイムではなく、走ることそれ自体が人生を素晴らしくしてくれる」と気付いたんです。それで、ランニング×ITサービスを事業領域に、ラントリップを2015年に起業しました。
⎯⎯観光業で感じていた課題と、ランナーとして感じていた課題を組み合わせたのが、ラントリップの原点と聞きました。
観光関連企業に勤めていた時に感じていたのは、大型イベントで町おこしをしても継続性がなく、地域社会がかえって疲弊するということ。一方で、サーファーがいい波を求めてサーフトリップするように、ランナーが各地を訪ねてその土地を走るような“ラントリップ”的な楽しみ方を作り出せたら、継続的に地方に人が呼べますよね。それでラントリップアプリは、会員が投稿した全国のおすすめランコースの検索サービス等からスタートしました。
起業した当時は、ランナーのカルチャーとしてまだまだタイムや距離至上主義が強く、初心者には障壁が高い部分もありました。アプリを通して自分らしく楽しく走ることを伝えていけば、そういった課題もきっと解消できる。一度走ることが嫌になった自分だからこそ、伝えられる価値があると思ったんです。
⎯⎯2020年には、住友生命とラントリップ共同でオンラインマラソン大会を立ち上げています。指定された期間に、参加者が好きな場所を走って記録を測定し、提出する形式です。
ラントリップは、住友生命のCVC (コーポレートベンチャーキャピタル)から、第一号案件として出資を受けています。月に1回行っているオンラインマラソン大会は、ランニングの部とウォーキングの部で毎月累計約6万人が参加。世界最大規模のニューヨークシティマラソンの2025年の完走者が6万人弱と聞くと、毎月6万人という数字の大きさを実感してもらえると思います。実は住友生命の健康増進型保険「Vitality」と連動していて、このオンラインマラソンを完走・完歩してポイントを貯めると、翌年の保険料が下がったり、さまざまな特典を得られたりという仕組みになっている。定期的に運動し、健康でいることがインセンティブにつながる時代が到来しています。
⎯⎯今後のヴィジョンは?
住友生命やイオンモール太田をはじめ、企業が原資を出して世の中の人が走る仕組みを作り、健康を促進するようになりました。これを、国の医療費でもやっていけたらというのが僕の夢。運動を習慣化することで健康寿命が伸び、抑制される医療費の一部を原資に、仕組みを作るイメージです。少子高齢化で医療費の増加が不安視されていることにも貢献できます。ラントリップが社会のインフラのような役割を担っていけたらと思っています。
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