ブレイクする前のソフィア・コッポラや、革新的なイメージを打ち出した石岡瑛子をはじめ、山口はるみ、河村要助など、世界的にも評価されている様々なアーティストが手掛けてきたパルコのキャンペーン広告とそのアートワークは常に注目されてきた。そんな常に時代の最先端を行く、カルチャーの発信地パルコが、次に注目したのはウクライナ出身の気鋭映像監督、タヌ・ムイノ(Tanu Muino)だ。パルコは、ポップカルチャーにおいて社会現象にもなったミュージックビデオを手掛け、グラミー賞最優秀ミュージックビデオ賞のノミネート経験もある彼女を、日本企業として初めて起用。2023年シーズン広告として、春夏秋冬の4つの季節を通じた約5分間の映像作品を制作、今年1月に前半となる春夏シーズンを発表した。今回、FASHIONSNAPではそんな彼女に話を聞いた。
タヌ・ムイノ(Tanu Muino)
1989年生まれ、ウクライナ出身。世界で注目を集める気鋭映像監督。「グッチ(GUCCI)」などラグジュアリーブランドのムービーを制作するほか、ハリー・スタイルズ(Harry Styles)の「As It Was」、リル・ナズ・X(Lil Nas X)の「MONTERO」などのMVを手掛け、グラミー賞の最優秀ミュージック・ビデオ賞に2度ノミネートされた実績を持つ。1990年代の映像作品やダンスなどのカルチャーにインスパイアされたユーモアのある世界観を自身の作品に落とし込んでおり、日本企業での起用は本広告が初となる。
ーまずは、ハリー・スタイルズ「As It Was」において、第65回グラミー賞最優秀ミュージックビデオ賞のノミネートおめでとうございます。
ありがとうございます。残念ながら受賞は逃しましたが、どんなことが起きるかとワクワクしました。今回2度目のノミネートだったのですが、また同じ舞台に立てるように頑張ります。
ータヌさんの作風はどのようなものだとご自分で思っていますか?
ポップスとクラシカルが融合したものを常に意識しています。というのも、私は現代のポップカルチャーも好きですし、1970年代の建築物も、1950年代の映画も興味がありますから。ヴィジュアル以外のものに言及すると、私の作品を見てくれた人の様々な感情を揺さぶることができる作品を作れたらいいな、と制作を続けています。
ー今回、初めて日本企業と仕事をしたと聞きました。パルコに対する印象は?
日本にはまだ行ったことがないんですが、私はジャパニーズカルチャーにも影響を受けているので、今年こそは訪日したいなと考えています。
オファーを頂いた時にグーグルでパルコのことを調べたんですが、キャンペーンごとに全く違う雰囲気を作り上げていて、とてもクール。特定の服を見せる訳ではなく、世界観を作るという手法は、世界的に見ても珍しく、素晴らしいと思いました。中でもお気に入りは、1980年代に石岡瑛子さんが手掛けた吉祥寺パルコの映像クリエイション。パルコは、国内アーティストだけではなく、私のような国外アーティストとも協業するボーダーレスな感じも素敵だな、と。だからこそ、今回パルコのキャンペーンをできたことは嬉しかったです。
石岡瑛子氏が手掛けた吉祥寺パルコの広告 1980年 Ⓒパルコ
ーパルコは今回の2023年シーズン、従来のポスターを主体とした広告から映像作品へと初めての転換を行い、大きなターニングポイントを迎えました。
近年は、写真作品を見ていても「それが実際にどのように動いていたのか」と気になる人も多いと思います。
事前にパルコから「タヌさんの発想で自由に作ってください」と言われていたので「日本企業だから」「パルコにとって初めての映像作品だから」と気負いをすることなく、自分が作りたいものを作ることができました。それがとてもありがたく、撮影や編集など最後まで楽しんで制作をすることができました。
ー今回パルコのキャンペーンテーマ「NEW DEPARTURE」を聞いた時、どのような感想を抱きましたか?
第一印象は、旅行のように「どこかへ行く」ということを連想しました。映像ではそれにもう少し、ファッション要素を取り入れようと考えました。旅先は、見ず知らずの人や場所と出会うきっかけをもたらし、インスピレーションを受けるものです。そして、過ごす場所や出会う人が変われば、服装やスタイリングもいつもと変わり、気分も変化します。私たちはコロナ禍で、抑圧された日々を送っていましたから、新たな生活に向けてのリスタート、様々な価値観を持った人と出会い、文化的な彩りのあるライフスタイルを再びエンジョイしようというポジティブなメッセージを発信しようと考えました。
ー本作は寓話の「トンボとアリ」が物語のベースになっています。どちらかといえば教訓話で、今回の「NEW DEPARTURE」というポジティブなメッセージと相反するストーリーのように感じます。
私の出生地であるウクライナでは「トンボとアリ」と呼ばれていますが、日本では「アリとキリギリス」として知られているんですよね。幼少期にこの物語を読んだ時は衝撃的で「ちゃんと働かなければ」と思っていたんですが、今回はそういうエンディングにはしたくなかったんです。例えば、アリとトンボの性格は正反対です。アリは堅実ですがひとりぼっち、トンボは多くの友人たちに囲まれていますが、生活は派手で向こう見ず。ただ、どちらが良い悪いではなく、仕事も遊びもバランス良く楽しみましょう、という物語にしようと思いました。アリとトンボ、二人がお互いに持っていない物を補い合うことが「新たな出発」のきっかけになるのかな、という解釈をすることにしました。
ー今作品では、色やテクスチャーのコントラストも印象的でした。
色は作品を作る上ではとても重要な要素ですよね。トンボは明るい色から暗い色へ、アリはどんどん強くてパワフルな印象を覚える色やスタイリングを意識しました。これから先、秋冬のシーズン映像も公開されると思うので、ぜひ4シーズン通して観てください。そうすればより一層、四季折々の変化やトンボとアリの性格の違いを、色やテクスチャーのコントラストから確認してもらうことができると思います。
ー「NEW DEPARTURE」と聞いて、「旅行」を思い浮かべたとのことですが、具体的にはどのように映像で表現されていますか?
寓話「トンボとアリ」は、四季に合わせて起承転結が展開していきます。季節の移り変わりと、旅行先を転々とすることは似ているな、と。また、映像に春夏秋冬でロケーションや全体的な雰囲気を変えたのは、「NEW DEPARTURE」と聞いて未来へ行きたい人、古代のムードに戻ってみたい人、自然を感じたい人など、いろいろな捉え方があると思ったからです。ひとつの方向性に絞らず、観る人の好きなテイストを見つけてもらいたいんですよね。
ー音楽は、ウクライナの著名人で公式インスタグラムのフォロワー数約300万人を誇るディミトロ・モナティーク(Dmytro Monatik)が手掛けています。
今回制作した映像は、ファッションを主軸としたファッションムービーで、私が普段からよく作っている、元々ある音楽に合わせて映像を作るMVとは異なります。なので、全部で5分間もあるファッションムービーの音楽をどうするべきか悩んでいたんです。そんな時、友人でもあるディミトロに相談したところ「僕でよければ引き受けるよ」と言ってくれて。そこから、私が春夏秋冬に対するそれぞれのイメージを伝え、それに合わせた音楽を作ってくれました。
ー映像の冒頭だけはアニメーションで表現されており、蛹からトンボが花のように孵化するシーンから始まります。
映像は春のシーンから始まります。コンセプトとして設けたのは「マジカルフォレスト」。非現実的なものを表現しようと思い、最初だけアニメーション映像にしました。映像演出や、振り付けがゆらめいているのも同じような理由からです。トンボが花のように孵化するのは、ある種のメタファーですね。主人公のトンボは、小さな蛹から自分自身の世界を切り開き、様々なファッションで新たな道へと進んでいきます。彼女にとっても「NEW DEPARTURE」を体現する物語になったと思います。
ー最後に本作の魅力を教えてください。
今回公開されたのは春夏のシーズン広告映像ですが、7月に公開予定の秋冬も是非楽しみにしていてください。春夏秋冬、すべての要素が合わさることで、とても魅力のある作品になったと思っています。
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