
Image by: Runway:FASHIONSNAP、 Backstage:FASHIONSNAP(Sumire Ozawa)

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「人がファッションに魅せられる理由とは何か」⎯⎯見たときや着たときの高揚感、デザインやシルエットの美しさ、鎧や繭のように心身を守ってくれる包容力、自己表現としての楽しさ⎯⎯おそらくその答えは千差万別、人の数だけあるに違いない。しかし、今季2年ぶりにランウェイへと戻ってきた「ヨウヘイオオノ(YOHEI OHNO)」デザイナーの大野陽平にとって、それは「未知の美しさ」や「得体の知れない知性」との邂逅の衝撃だったという。その初期衝動的な原点に立ち返ったのが、この2026年秋冬コレクションだった。
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昨年デビュー10周年を迎えてから初のショー開催となった今シーズンのテーマは、理想宮を意味する「Ideal Palace」。フランスの郵便配達員フェルディナン・シュヴァルが、偶然躓いた石の形に魅了され、33年かけて一人で石の宮殿を作り上げたという逸話に着想を得ている。大野はこの物語と自身の創作への姿勢や生き方を重ね合わせ、こつこつと積み上げてきた10年の歩みを、一つの“空想上の世界”としてランウェイ上に現前させることを目指した。
白いカーテンに囲まれ、客席と近い距離にランウェイが敷かれた会場が暗転すると、まるで新しい世界がそこに今誕生したかのように、一本の太く白い光の筋が天に向かって伸び、ショーが幕を開けた。

今季のコレクションを象徴するのは、やや非現実的で奇妙とさえ言えるフォルムのユニークさだ。ファーストルックの四つ葉のクローバーのような立体的な造形のベージュのミニドレスや、前短後長のフィッシュテールスカートは、大野が敬愛するデザイナー チャールズ・ジェームズ(Charles James)のパターンを再解釈したもの。同氏が手掛けるボール・ガウン(イヴニングドレス)のような彫刻的なエレガンスを感じさせながらも、ミニ丈やカジュアルな素材使い、スタイリングによって軽やかでモダンな印象を与えている。また、針金を用いたシャンデリアやファンの羽根のようにも見える装飾をあしらったプリーツ素材のスカートなど、歴代のヨウヘイオオノの中でもひときわ挑戦的なフォルムが目を引いた。



一方で、普遍的な日常着に「未知や違和感」を忍ばせたルックが多いことも今季の特徴だ。ラグランスリーブのカットソーが上下逆さに繋がったようなケープドレスや、「靴下のシェイプ」を落とし込んだニットトップス 、シャツの身頃のパターンで構築したスカート、デニムや雪柄のセーターを転写プリントしただまし絵のようなスカート。クローバー型のドレスも、実は背中がV字に大きく開き、テーラードジャケットを前後逆にしたようなデザインになっているなど、未知の中に見慣れた風景が顔を覗かせる。



こうした「未知の美しさ」へのアプローチは、多岐にわたるクリエイターやアーティストとの協業によってさらに純度を高めている。日本画家 森夕香が描いた「実在しない色のパンジー」が連なるドレス、帽子アトリエ「エイチ.エイティー(H.at)」による歪な穴の空いたウールフェルトキャップ、スリートレジャーズ(THREE TREASURES)とのスニーカー、ラグビーボールのようなフォルムを手編みで再現した「ラストフレーム(LASTFRAME)」のバッグ、そして「アズ フォー ミー(as for me)」による歪んだワイングラス型のガラスリング。さらに、杉⼭桜々による2人の女性の顔をモチーフにしたタフティングに電飾をあしらった“人間ランプ”のようなドレスや、無数の手鏡を散りばめフロッキー加工を施した台形型ドレスなど、インテリアの要素も散見された。


一見すると脈略のない非現実的なルックに思えるが、これまで建築やアート、図形などから着想を得て「洋服と定義しきれないもの」を作り続け、昨年からは「オブジェクト ライン(OBJECT LINE)」としてランプやテーブルといったプロダクト製作も始動した大野にとっては、ごく身近なリアリティから作られたものである。加えて、これまでバラバラに手掛けてきた「3711 Project」や「パイル カバード(PILE COVERED)」などのプロジェクトが、今季一つのコレクションに集結した。それは大野が昨年のインタビューで語った「地道に木を植え続けたら森になる」という言葉が、現実の風景となった瞬間でもあった。


これらの無秩序とも言える要素を繋ぎ止めるのは、デイヴィッド・リンチ監督の映画「ブルーベルベット(Blue Velvet)」から得たインスピレーションだ。大野はコレクションノートの中で、「登場⼈物すべてが、善⼈も悪⼈も関係なく『⽣きとし⽣ける(本来愛すべき)⼈々』のように描かれているように感じ、深く感銘を受けた。⼀⾒まとまりのない群像のようだが、『完璧』な⼈間など誰⼀⼈としていない。そんなどこか滑稽でありながらも包括的な視点での構成を試みた」と語る。
劇中歌「Mysteries of Love」が流れる中、ランウェイを歩く人々の装いは、空想と現実が入り混じり、あちこちに奇妙さが顔を覗かせる。そこには誰一人として“普通”の人がおらず、だからこそ多種多様な人々がそのままでそこにいることが許されるような、ユートピア的な包容力が感じられた。これは「ファッションは、論理の枠にはまり切れない人間だからこそ抱える矛盾や不条理に寄り添い、肯定してくれるもの」だと話す大野自身の実感に裏打ちされた、ファッションが作りうる一つの“理想宮”の姿なのかもしれない。

ヨウヘイオオノの素晴らしい点は、「売りやすいもの」に逃げず、「未知のフォルムの探求」を果敢に続けていることにある。前回ランウェイショーを行った2024年秋冬で「かつて憧れたラグジュアリーファッションと現在の自分との心的距離」をテーマにして以来、大野は「ラグジュアリーとは程遠い、素朴な日常の中で『塑像』を繰り返す自分」という立ち位置を明確に認識したものづくりを続けてきた。だからこそ、生み出されるアバンギャルドな造形は、未知ゆえの奇妙さはありつつも、決してリアリティから完全に切り離されることのない、心理的距離を感じさせない絶妙な親しみやすさを保っている。
33年の歳月をかけて石の宮殿を完成させたシュヴァルのように、大野もまた、自身が魅せられ信じてきた「奇妙な形の石」を一つひとつ積み上げてきた。その作業や道のりは孤独で、少し偏屈にすら見えるかもしれない。しかし、この日ランウェイに現れた大野の「理想宮」は、そんな一人の人間の純粋な執着こそが誰かにとっての光や肯定になり得るという、ファッションの本質的な力を示していたようにも思う。10周年を経てもなお、守りに入ることなく「未知の美しさ」を希求し続ける大野の生み出すものはとても純粋で、だからこそそれを見る私たち観客にも、ファッションがもつ根源的な喜びやを感じさせるショーになっていたのではないだろうか。

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