Fashion インタビュー・対談

【トップに聞く】モンクレールやマッキントッシュを日本に持ち込んだ八木通商社長 八木雄三

八木通商 代表取締役社長 八木雄三
八木通商 代表取締役社長 八木雄三
Image by: Fashionsnap.com

 モンクレール、マッキントッシュ、ファリエロ サルティ、バブアー、シャンボール セリエーーー。一流ブランドを数多く取り扱う八木通商が好調だ。グループを率いるのは、40年以上前にミラノオフィスを立ち上げ、輸出業から輸入業に大転換を図った八木雄三。世界経済が大競争時代を迎えながらも日本のファッション市場が縮小している、なぜここまで支持されるブランドを育てられたのか?八木社長は「リスクに対してリスクを恐れない」と理念を語る。

―輸入商社として始まった八木通商ですが、いまや世界中を相手にビジネスを広げるグローバル企業として育ちました。

 素材の輸出がメインの商社だったのを、私が1971年にミラノに会社を作ってラグジュアリーの輸入を始めてから大転換したんです。そしてイタリア会社が3年前に40周年を迎えました。だからもう40年以上前からグローバルなんですよ。総合商社の繊維部でも、だいたいドメスティックトレードが半分以上でしょう。私共は、ドメスティックトレードは一切ない。輸入するか輸出するか三国トレードするか。それぞれの国でマーケティング活動するかですから。

 だからもちろん、役員もスタッフも、グローバル・ビジネスの根本的な考え方は徹底しています。今は環境変化が厳しいですが、為替が変わろうが、マーケットが悪かろうが、利益を出さなければなりません。でも、根本的な部分さえしっかりしていれば、変化に対して速やかに対応し、新しいビジネスチャンスをつかむ事ができます。

milan_yagiceo_01.jpgミラノオフィス40周年記念事業としてローマのピラミッド修復を支援〜2015年4月に開催された完成式典にて

―日本に持ち込んだブランドが"大当たり"し「目利き」と言われていますね。

 いや、目利きとは違うんですよ。私共のポリシーは"プロダクトエクセレンス"から始まっていますから、商品の品質が優れているので評判になって、それが脈々とブランドになりました、というものを中心に考えています。「ファッションの商社」とも言われますけど、流行という意味でのファッションは追いかけない。でも、常にコレクションはコンテンポラリーでなければなりませんから、大事なのはスタイルですね。

■モンクレール 成功の背景

―取り扱うブランドに共通点はありますか。

 大きくは3つの要素があります。まず第一に「プロダクト」。次に、デザインからマーチャンダイジング、マニュファクチュアリングといった「構造」。そして最後に、それらを仕切っていくブランドのトップ「CEO」の素質ですね。「モンクレール」なんかは典型で、CEOがアーティストのような男なんですが、ビジネスにかける情熱はすごいものがあるんです。

―モンクレールCEO、レモ・ルッフィーニ氏の功績は有名ですね。

 当社は1996年から独占輸入を行っていますが、モンクレールは元々フランスの会社で質が高いスキーウェアを製造販売していて、でも90年代には徐々に売上が減っていた。レモ・ルッフィーニがファイナンシャルグループと組んで刷新しようとしていたその時に、我々はこのイタリア人の男に懸けたんですよ。2003年に彼がモンクレールを買収して代表に就いた後、2009年に合弁でモンクレール・ジャパンを設立しました。

 彼は、最高の商品を作ってそれを演出する能力については、天才的にずば抜けています。ヨーロッパで一番有名な男と言ってもいいんじゃないかな。プロダクトについても、我々は商社ですから中に入っているダウンがどこでどう仕入れてるかまで調べます。そうすると、中身の一番いいダウンは全部「モンクレール」が買っていたんですね。


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「モンクレール青山」店内

―それから10年で日本のビジネスが15倍以上に成長したそうですが、売れるという確信はありましたか。

 潜在需要はあると思いましたが、ここまで世界的に売れるとは思いませんでした。彼らは銀行と共に相当な投資をしていますが、我々も「モンクレール」の場合は、ちょっとびっくりするような金額で投資しました。かなりのリスクですね。そこでやはり、この経営者と組んでいけるかという見方になるわけです。「これは!」というブランドには、長期にわたってギャランティを入れないといけない。それができなかったら、今の成功はないでしょうね。

―2011年にオープンした「モンクレール青山」に続いて、今年10月には銀座に2店舗目のフラッグシップストアが計画されています。

 レモ・ルッフィーニは出店場所に関しても鋭い感覚を持っているので、彼が決めています。多くのヨーロッパのブランドが、イメージを高めるためにも最初から「ブティックを開いてくれ」と言うことは多いと思います。しかし我々は、自分のプロダクトエクセレンスを出して、マーケティングを理解して日本市場に強力に入って行きたい、というブランドには、じゃあ力を貸しましょうと言うことにしています。「モンクレール」や「マッキントッシュ」に関しても、フラッグシップを出店したのは日本に持ってきてからずいぶん経ってからでした。

―2004年の「ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン」をはじめ、「サカイ」の阿部千登勢、「ビズビム」の中村ヒロキ、「ミハラヤスヒロヤスヒロ」の三原康裕、そして「ホワイトマウンテニアリング」の相澤陽介といった、日本のトップデザイナーと組んでいますね。

 レモ・ルッフィーニが日本人デザイナーを選んだのは、やはり東京市場がものすごくファッショナブルだからじゃないですか。競争力も高いですから。そこで磨かれたデザイナーは才能があり、そしてコラボレーションに対して一生懸命やる。ここが評価されていると思いますね。デザイナーにとっても手がけたプロダクトがヨーロッパをはじめ世界中の主要店舗で売られるわけですから、大きなチャンスになっているでしょう。

MONCLER-W-2013-05-20130524_064-.jpgデザイナーに相澤陽介を迎えた「MONCLER W」(2013年〜2014年展開)

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