HYKE 20年春夏コレクション
Image by: Image by: FASHIONSNAP.COM(Ippei Saito)

Mugita Shunichi

モードノオト2019.10.15

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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HYKE 20年春夏コレクション
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「ハイク」のショーを終えて、大江戸線の駅への道々、知り合いのジャーナリストの方と一緒になった。駅までの道順が分からず、こちらより同行を申し出たのだった。当たり障りない話題と共に、デザイナーの談話取りとかショー取材の他に、ビジネス取材もするのか、と訊かれた。私は、その方面は他の方々にお任せしている、と逃げを打った。と云うより、正直にそう答えた自分が少しく恥ずかしかった。自称ファッション通を装い、恰も創作の真髄を知悉しているかの如く、放言癖に塗れた私の、半オクターブがとこ高い記事とは、一味も二味も違うリアリティーが、巷間では確か眼にする。そう白状せねばなるまい。一流のピアニストは、華麗な指先で踊るが、禿びた鉛筆でどんなに踊ってみたって、伝えるべき本音は痩せ細ったまま。小賢しい言質ばかりが調子っぱずれの音頭取り。所詮は阿呆の一踊り、てなものか。

ファッションの報道にも、扱う題材と同じく、流行り廃りがあるようで、その折々の読み手心理の気風に適った記事は、もっともらしく映じるらしい。ちびちび酒を舐めながら熟々思うに、やっぱり自分を曝け出すより手はないだろう、と気付く。厚く恃むところは自らの内にある。何故なら、自分は生まれ変われない限りは、自分の中に居るのだから。これは服作りにも通底する真理だと思う。そう信じて続きを書く。今更、私などが「ハイク」について委曲を尽くさなくとも、と、懐手を決め込むことも出来るのだが、やはり今日は、ちと、書いておかねばならぬ。

扱う題材は所謂、様式、形式が既に確立された、過去より発展継承されている服(欧州や米国の軍服や作業服、スポーツウエアなど)。資料として、1950年代より60年代、1990年代より2000年代と云った、往時の現物の膨大なストックを大切に保管している。蘊蓄好きの男なら、雀躍して喜ぶマニアックな細部(色柄、形を含め)への飽くなき執着が、そのまま、このブランドの服作りの流儀を下支えしている。服作りの特異な視座は、前身の「グリーン」時代を巧く更新して生まれたものだ。簡素な設計はミニマムに通じているが、極端に削ぎ落とすことはせず、装飾を活かすべきときは、それを優先して按配するから、端よりミニマリズムに拘泥しているわけでもない。機能主義と極端な画一性が生み出した、時代時代の制服の換骨奪胎を自家薬籠中のものとする作り手たちの執拗な探究心が、たんなる模倣や回顧ではない過去との対峙の仕方に向かわせているのだ。

HYKE 20年春夏コレクション
HYKE 20年春夏コレクション

ミニマリズムに拘泥しているわけではない、と云ったが、所謂モダニズム(現代主義)と機能性とは、結局は表裏一体の概念である、と仮説を立てれば、デザインは機能の上に成り立つのだし、デザインは最終的にミニマムに帰着するのは自明のこと。しかし、ミニマムと云えども、そこには作り手の計り知れない思想とリサーチが詰め込まれている。加えて、プラクティカル(実用的なこと)とエレガンス(品格)の均衡と云う命題もある。その解が、理に叶った形、色、機能として進化していく、あるべきカタチを導き出すことにもなる。

細部への執拗な固執、正確さと緻密な気質と云う金看板も然ことながら、これより、「男性性と女性性」と云う視点で論を進めてみたい。服の設計に男女兼帯など云う、極めて陳腐な風潮が蔓延している昨今、作り手の深い思慮や提言があればまだしも、虻蜂取らず式の生温い発想がやたらと眼に付くのは、これまた「多様化」に縋る悪しき慣習。「蘊蓄好きの男なら雀躍して喜ぶマニアックさ」と先に述べた。過去の「MACKINTOSH」とか「THE NORTH FACE」とかの協業ラインは、サイズさえ合えば、男も着られるのだが、「ハイク」にはメンズがない。男物があっても不思議ではないのだが、それはあり得ない。そこに、「ハイク」の真骨頂がある。女性が男っぽい服を着る、と云うのとは別次元の話。男の服に共通する、一種の力強さに、我々は惹かれる。況してや、男向けの服を作ったとすれば、それは極めて精度の高いレプリカに過ぎないことになる。「軍服は男の仕事着」の予定調和を破るところに、「ハイク」の面白さがある。レアなモノの本質を理解し、そこに積もった塵埃を払うかのように、時代を現代に、舞台を戦場から都会に置き換えて「様式」を、女性向けの品格のある服に翻案する手際は勿論、今回も冴えている。官能と禁欲、硬軟の対比、ミニマムとマキシマム、ミリタリーやアウトドア、プレッピーやトラッドなどの味付けが、一皮剝けたブランドの横顔を強く印象付ける。尚、今回はメーンラインに加え、adidasとの協業による「adidas by HYKE」が発表された。2015年春夏より4シーズン続けたadidas Originalsとの協業ライン「adidas Originals by HYKE」以来の取り組みである。

たとえば、「翻案」を「翻訳」と置き換えてみる。翻訳の作業は、外国作家の作品を自国語に直すことで、自ずから創作とは質が異なり、寧ろ批評の性質に寄った仕事だと、私は思っている。優れた翻訳者は、自国語を以て、外国作家の思想の良導体となり得る。その伝で云えば、自国語を鍛えに鍛えれば、それだけ、思想の優れた良導体としての役割を果たすことになる。思想に対する理解(解釈)と自国語(言葉)の鍛錬の度合いの差が、そのまま、翻訳者の優劣に繋がる。そこで、「ハイク」の服作りに、翻訳者の仕事を重ねてみる。なまくらな言葉には決して望み得ないような、鍛えられた言葉の力(様式を解釈する文脈の力強さ)には、まさに一流の翻訳者の資質が見て取れるのだ。(文責/麥田俊一)

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