世界のスニーカームーブメントを牽引してきたNY発のライフスタイルブランド「キス(Kith)」。そのジャパンフラッグシップショップ「Kith Tokyo」で、フットウェア部門のバイヤーを務めるのが荒川章氏だ。荒川氏はメーカー直営のショップ店員からキャリアをスタートし、日本の大手スニーカーセレクトショップでのナイキ部門のバイヤーを経て、Kithに入社。現在、CEO、ファウンダー、そしてクリエイティブディレクターのロニー・ファイグらNY本部のチームと密にコミュニケーションを取り、ハイセンスな靴の買い付けを行っている。生粋のファッション好きが高じて生まれたキャリアから、ここ十数年のスニーカー市場の動向、同店の運営まで、スニーカーを基点にさまざまなお話を伺った。
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荒川 章さん/Kith Tokyo バイヤー
神奈川県出身。1990年生まれ。文化服装学院在学中よりスニーカーの販売員として働き始め、2019年にKith Tokyoへフットウェアバイヤーのポジションで立ち上げメンバーとして入社。
スニーカー業界に13年身を置いて
―ご自身の今までのキャリアについて教えてください。
専門学校在学中に、メーカー直営店舗でアルバイトを始めたのがキャリアのスタートです。そこから原宿店のオープニングスタッフとして店頭に立ち、卒業後もアルバイトを続けていました。その後、日本の大手スニーカーセレクトショップに正社員として入社しました。
Kithとのご縁は、知り合いから紹介してもらい、ディレクターの俣野に出会ったのが始まり。Kithのことは前から知っており、スニーカーマニアが好む配色や素材使いの別注が秀逸で、アパレルも展開して成功している唯一のショップという印象でした。Kithほどの大きなブランドの日本上陸はめずらしいので、非常に興味深かったです。多少の迷いはありましたが、これはチャンスだと入社を決心し、それから3年ほど経過。通算すると、約13年間スニーカー業界で働いています。
―十数年というと長いですね。スニーカー市場を振り返ると、どのような変遷があったのでしょうか?
僕がスニーカー業界で働き始めた少し前にダンクのブームが始まり、その後にナイキのHOH別注といった並行輸入品のバスケットボールシューズが人気でした。ナイキがヴィンテージパックを多くリリースしていた一方、レザーシューズも売れていた時代でしたね。2013年頃にはバッシュブームが落ち着いてエアマックスの人気が沸騰。カニエがアディダスでイージーをスタートさせ、Kithは当時のアシックス人気の火付け役として、マーケットに台頭してきた時代でした。
自分の感覚ではトレンドのキャッチボールはずっとアメリカとヨーロッパ間で行われている印象ですが、2016、2017年頃はスニーカーのトレンドはパリに移り、本格的にモードとストリートが混合。パリコレのスナップでは、足元はオフホワイトやサカイ×ナイキばかりでした。バレンシアガのトリプルエスも流行りましたね。そのあとまたアメリカのトレンドになり、Kithはニューバランスやエア フォース 1、クラークスのワラビーなどの別注を展開し、現在に至ります。
―スニーカー業界のさまざまな移り変わりを見てらっしゃるんですね。では、現在のスニーカートレンドをどのように捉えていますか。
昔よりも情報量が多く、トレンドも多様化しており、大きなトピックスが見つからない時代になりつつあります。そのなかで目立っているのは、サロモンのようなテクニカルなスニーカーや、アシックスやニューバランス、ナイキから登場した、20年前にラントレーニングで履いていたようなスニーカーをリモデルしたものです。Y2Kの文脈だと、ティンバーランドのイエローブーツなども、再注目されていますね。
あとは、アディダスのサンバが好調です。70〜80年代のヨーロッパで主流だった、サンバなどのフットボールベースのシューズを履いてサッカー観戦するカルチャーから、今またヨーロッパのストリートの若者が面白がっています。トリプルエスあたりからのボリュームシューズのトレンドから徐々にスマートなシルエットに移行し、今が一番ソールが薄いのではないでしょうか。
靴のうんちくを語らないショップ
―次に、世界的に有名なスニーカーブティックで、ファッションブランドでもあるKithについて改めて教えていただけますか。
Kithはスニーカーショップのバイヤーだったロニー・ファイグによって、2011年にNYで設立されました。スニーカーを軸にしつつ、オリジナルブランドとアパレルのリテールで拡大していき、現在はNYのSOHOとブルックリン、マイアミ、ハワイ、アジアは東京と世界に12店舗あります。アパレル、シューズなどトータルで提案するライフスタイルブランドという位置付けで展開していますね。
―Kith Tokyoの役割や、諸外国の店舗と違う点は何でしょう?
ロニーは、国内外のショップからさまざまな情報をキャッチし、ビジネスに活かしています。とりわけ、彼は東京のファッションやカルチャーにリスペクトがあり、ブランディング的にも非常に重要な街だと捉えていて。東京にいると気づきにくいですが、ロニー以外の海外の方との会話でも、東京のファッションやカルチャーへのリスペクトを感じることが多いです。
―ビジネスのやり方も前職とは異なりそうですね。
前職時代はナイキのみの担当でしたが、Kithでは自分自身がブランド問わず扱うようになり、前職では自分が取り扱っていなかったブランドも買い付けています。日本でのビジネス展開が大きかった前職とでは、売りやすい価格帯が違い、成長戦略が異なりますね。 そのほかには、ショップを洗練された特別なストアだと感じていただけるよう注力しています。店内は、写真や文字の説明が一切なく、棚の上には照明を設けており、徹底的に計算された空間です。ラグジュアリーなムードなので、単価が高くても売りやすく、買い付け時に値段に尻込みすることも少ないですね。ただ、今は情報がフラットで全バイヤーの思考が似通ってしまい、差別化が難しい時代であるとも感じています。
―靴のうんちくを語って接客を行わないショップだと伺いました。
あくまで私の個人的な思いではありますがプロダクトをご紹介する際は、お客さまのファッションにマッチするかどうかをより大切にしています。それにはうんちくは必要ありません。逆に、若い世代には、昔のようにうんちくだけ語っても心に響かないと感じています。
商品が人ごとのように「かっこいい」
―なぜ、仕事でスニーカーを扱い続けられているのでしょうか? ファッションの原体験と併せて教えてください。
それにはあまり理由がなくて。専門学校入学時に「どうせなら販売のアルバイトをしたい」と、選んだのがメーカー直営店。それからずっとこの業界で働いています。当時はスニーカーマニアの先輩がいろいろと教えてくれ、「このモデルが復刻したけど、昔はこれが人気だったんだ」と学ぶことが多かったですね。
ですが、中高生の頃からスニーカー好きというより、ファッション全般が好きで、オールジャンルのメンズファッション誌を読み漁っていました。ストリート系やモード系、アメカジ系など、当時はファッションの系統がはっきりしていたので、いろんなものを見て独自に昇華しようとしていましたね。
―現在のスニーカーに対する情熱はどうですか?
処分したものもたくさんあり、現在スニーカーは200足ほど所有しています。しかし、コレクター的な感覚や所謂ハイプなシューズが好きでそればかり、という訳ではありません。
ファッション全般が好きなので、スニーカーもフィーリングだけで買うことが多いですし、こうでなくてはいけないといったような強いこだわりはないので、様々な種類を履いて楽しんでいます。
―今後の展望を教えてください。
Kith Tokyoのバイヤーとして、引き続き「Kithならいい靴を買える」と思ってもらえるよう、どれを選んでも間違いないセレクトを追求していきたいと考えています。
最近うれしかったのが、昨年のホリデーシーズンもKith Tokyoで多くのお客さまがギフトを買ってくれたこと。人への贈り物は自分の物より気を遣うので、購入先として選ばれるのはありがたいですし、そういったお客さんがもっと増えてほしいと思いました。僕は靴のバイヤーですが、靴以外のプロダクトも純粋に「かっこいい」と思っています。販売直前に商品を知らされ、気分が上がることも多いんです。
―最後に、今シーズンのおすすめスニーカーを3足教えていただけますか?
・MM6×サロモン
ショーウインドウにもディスプレイしていた話題のMM6とサロモンのコラボ「LOW-TOP CROSS SNEAKERS」。サロモンは今トレンドですし、MM6は誰もがリスペクトするブランド。その2ブランドのかけ合わせは間違いないですよね。
・ティンバーランド
父親世代が履いていたティンバーランド。Y2Kの文脈だと、2000年前半頃STUSSYなどが様々なモデルでコラボしていました。履きこなすのが難しいものもありますが、こちらの「フィールドブーツ」は、ストリートの気分なのかもしれません。マーチンを履いていた女の子が、最近はティンバーの黒に手を出すという声も聞きますね。
・アシックス
前述した「ラントレーニングで履いていたスニーカー」というのがこの「ゲル ニンバス」のようなモデル。ロニーやNYのチームも注目していて、必ず流行ると予測しています。現時点ではアメリカやパリのほうが早く、日本では年明け頃にトレンドの波が来ていそうですね。
文:山田佳苗
撮影:Takuma Funaba
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