誰もが一度は着こなしたいと願うアイテム、トレンチコート。名作「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーブが着こなすトレンチスタイルは今なおファッション誌に取り上げられ、米ヴォーグの名物編集長、アナ・ウインターはじめ、ファッション界のセレブにも愛好家は多数。トレンチコートは寒さが緩む頃から春先、初秋から12月初旬頃に纏うコートなので、今の時期に羽織るのにぴったりです。ビジネスにもカジュアルにも着回せるので汎用性も高く、1枚持っているとコーデの幅が広がること請け合い。とはいえトレンチコートは着こなしが難しい、と感じる人も少なくありません。しかし最近は多彩なデザインのものが登場しているので、似合う1枚を探すべくトレンチコートについて掘り下げてみませんか?
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トレンチコートとは?
トレンチコートの“トレンチ”とは、そもそもどういう意味なのでしょうか。答えは「塹壕(ざんごう)」。トレンチコートは第一次世界大戦中にイギリス陸軍が防寒のために着用していたもので、寒冷地での戦いに対応できるよう防水仕様になっているミリタリーコートでした。確かによく見ると海軍の象徴でもあるピーコートとどことなく似た特徴を持っており、エポレット(肩章)やガンフラップ(右肩から胸にかけて付いた水の侵入を防ぐ布)など、随所にミリタリーの要素や機能性が見て取れます。今でこそビジネスマンにも愛される端正なイメージのコートですが、誕生の由来は現代の印象とは真逆かもしれませんね。トレンチコートはそのデザインも魅力的ですが、何より特徴的なのが水滴を弾くギャバジン生地です。ギャバジンはバーバリーの創業者であるトーマス・バーバリー氏によって考案された、防水加工を施したウーステッドを高密度に折り上げたもの。これにより耐久性と防水性を高め、レインコートとしての役割も兼ねていたのです。
トレンチコートの歴史
第一次世界大戦中に英国陸軍が着用したコートが起源のトレンチですが、のちに一般にも普及するように。しかし前述したトレンチコートの素材であるギャバジンは、第一次世界大戦以前に開発されています。ギャバジンは耐水性に耐寒性、軽量性に優れている生地ですが、それまでの防水服はゴム引きやワックス加工のものが主流。しかし1895年のボーア戦争時に英国人士官用のコートがギャバジン生地で作られ、その機能性に目をつけたのが英国政府でした。そして第一次世界大戦の際、バーバリーにギャバジン生地のトレンチコート作りを要請します。1910年代にバーバリーによって生み出されたトレンチコートですが、同様に同じイギリスのブランド、アクアスキュータムも兵士のためにトレンチコートを製造していました。今でもトレンチコートをどちらが先に作ったのかは時に論争を呼びますが、このふたつのブランドがトレンチコートの2トップとなっています。
チェスターコート、ステンカラーコートとの違い
春や秋といった季節に羽織るコートを総じて「ライトコート」と呼びますが、トレンチコートと並んで歴史も人気もあるベーシックなコートにチェスターコートとステンカラーコートがあります。いずれのコートも男女共に愛用者が多くビジネススタイルの必須アイテムとなっていますが、シルエットは全くの別物。それぞれの特徴をまとめます。
【チェスターコート】こちらは1840年頃に英国のチェスター伯爵が着ていたコートが起源とされ、フォーマルな装いにも対応可能なもの。ジャケットのようなラペルがあり丈は膝丈、素材はトレンチと同じギャバジンもあれば、より寒い時期に着るカシミヤやウール素材のものもあります。ビジネスからフォーマルまでに使えるため、おしゃれな紳士は春用に軽やかな素材で、真冬には暖かい素材のチェスターコートをオーダーすることも。
【ステンカラーコート】こちらはスコットランドのバルマカーンが由来のため、正式名称は「バルマカーンコート」と言います。実はステンカラーコートは和製英語なのです。1850年頃にバルマカーンの人が着用し始め、ラグランスリーブと比翼仕立て、ステンカラー(襟腰の後ろが高く前が低い状態で折り返すデザイン)が特徴。トレンチやチェスターよりもゆったりとした作りのリラックス感あるデザインで、こちらも様々な素材のものが存在します。
3つの中ではトレンチが一番装飾的要素が多いコートで、ミリタリーコートとしての背景を持つのはトレンチだけと言えるでしょう。
2大有名ブランド、バーバリーとアクアスキュータム
バーバリーといえばトレンチコート、それは間違いありません。ブランドの最もアイコニックな品であり、裏地には有名なバーバリーチェックがあしらわれたもはや名品と言える1枚を長年愛用している方も多いでしょう。しかし一方で、トレンチコートといえばアクアスキュータム、という意見も多々あります。第一次世界大戦中に兵士用のトレンチコートをバーバリーと同様に製造していたことは先述しましたが、トレンチコートの原型を作ったのはアクアスキュータムであるとも。
また、1930年にはアクアスキュータムが初めてトレンチコートに「キングスウェイ」というモデル名を冠しました。なお、両ブランドとも現在はメンズ、レディス共にトレンチコートを展開していますが、主にビジネスマンから愛されるアクアスキュータムの場合、女性よりも男性からの支持が厚いように思います。いずれも英国の伝統あるブランドでクラシックかつ本格的なディテールと品質に優れていますが、シルエットやディテールには違いが。まずシルエットですが、バーバリーはボクシー、アクアスキュータムはややAラインより。ギャバジンを用いたバーバーリーに対し、アクアスキュータムは糸を作る時点で防水加工を施したウール生地を使用し、レインケープもバーバリーが曲線的なのに比べアクアスキュータムは直線的です。2着を並べるとアクアスキュータムの方がよりかっちりとした印象ですが、どちらを選ぶかは好みの問題。ともにトレンチコートの両雄なのです。
トレンチコートの選び方
多彩な機能美を凝縮したトレンチコートは、シンプルなコートと比べると難易度が高いアイテムでもあります。長身でスラリとしていなければ様にならないと諦める人も多いですが、最近は着丈やデザインのバリエーションが豊富。クラシックなものはミドル丈ですが、ショート丈やロング丈も発売されているため、自分の身長とのバランスで選ぶと良いでしょう。本来はミリタリー仕様の無骨なアイテムですが、近年はエポレットを取り去り落ち感が出るソフトな素材のものも多く出回っています。もしレディライクに着こなしたいのなら、薄手の軽い素材で装飾の少ないタイプを選ぶのがコツ。ショート丈ならジャケット感覚で羽織れ、ミニ丈のボトムスでもバランスが取りやすくなります。
2大トレンチブランドの1枚を手に入れたい場合、試着を繰り返し自分にベストなサイズを見極めることです。ハリのある生地ゆえに新品ではどうしてもかっちりとしすぎるため、気になる場合は状態の良いユーズドを探すのも手。トレンチは着込むことで程よいこなれ感が出るアイテムでもあるので、よりラフにカジュアルに羽織りたいのならユーズドも選択肢に追加しましょう。
この春おすすめの着こなし
トラディショナルなトレンチですが、トレンドに合わせ毎年マイナーチェンジをしています。とりわけ今季の特徴は、素材の軽さとオーバーサイズ。本来しっかりとした生地が持ち味ですが、今春はナイロンなどより軽量な素材が気分。無造作にバサッと羽織ってきた、という風情を感じさせる着こなしが理想的で、オーバーサイズは重たい素材だと野暮ったく見えますが軽やかな素材だと一気にこなれ感が出ます。軽さを演出するためには1枚仕立てで裏地のないもの、カラーは定番のベージュも良いですが、思い切ってくすみ系のパステルカラーを選ぶとよりおしゃれ感がアップ。春なら季節感のあるイエローやピンクなどを選ぶのがおすすめです。袖口をラフに捲って手首を覗かせることでオーバーサイズでも体型を華奢に見せられ、トップスはコンパクトに、ボトムスはあえてワイドシルエットを選んでバランスを楽しむのも素敵。色やディテールの好みはあれど、今シーズンは風をはらむ軽さの1枚を選び、ボーダーTにワイドチノパンツなど、他もトラッドなテイストの服で合わせるのが新鮮です。
本格的なトレンチコート。それはトレンドや時代を超えていつしか自分の肌のように馴染み、何十年も愛せるマイベーシックとなり得るアイテムです。もちろんその時々の流行に合わせたデザインを選ぶ楽しみもあるけれど、最初に買うのならばオーセンティックな1着を。前を開けて、閉じて、ラフに、かっちりとと様々なスタイリングに使え、試行錯誤しながらコーディネートを組み立てているうちに自分に似合う着こなしが見つかる。トレンチコートの醍醐味はそこにあるといっても良いのかもしれません。
TEXT:横田愛子
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