自分らしい働き方とは? 三越伊勢丹を経て独立した古着屋店主が貫く「好き」の生き方

プロフィール:田中祐毅(たなか・ゆうき)1995年生まれ。群馬県出身。青山学院大学卒業後、17年に株式会社三越伊勢丹に入社。その後、独立して古着のオンラインショップ「フロムアンティーク(from_antique)」をオープン。古着を扱うYouTubeチャンネル『ゆーみん&きうてぃ』でも古着の発信を行っている。

プロフィール:田中祐毅(たなか・ゆうき)1995年生まれ。群馬県出身。青山学院大学卒業後、17年に株式会社三越伊勢丹に入社。その後、独立して古着のオンラインショップ「フロムアンティーク(from_antique)」をオープン。古着を扱うYouTubeチャンネル『ゆーみん&きうてぃ』でも古着の発信を行っている。

プロフィール:田中祐毅(たなか・ゆうき)1995年生まれ。群馬県出身。青山学院大学卒業後、17年に株式会社三越伊勢丹に入社。その後、独立して古着のオンラインショップ「フロムアンティーク(from_antique)」をオープン。古着を扱うYouTubeチャンネル『ゆーみん&きうてぃ』でも古着の発信を行っている。

三越伊勢丹での経験を経て、まだ古着のEC販売が一般的でなかった2017年に、オンラインで古着屋「フロムアンティーク」を立ち上げた田中祐毅さん。2024年には東京・狛江にナチュラルワインショップ兼バーを併設した実店舗をオープン。古着やオリジナルアイテムのほかにワインというビンテージの時間を共に楽しめる場を作り、全国各地でのポップアップも展開しています。
今回は、古着やワインに惹かれた背景や自由な発想と行動力で切り拓いた独立後の働き方などについて話を伺いました。
<目次>
新卒で入社した伊勢丹を退職し、古着の道へ
──ファッションに興味を持ったきっかけを教えてください。
高校2年生の頃、モテたいという単純な理由でおしゃれに興味を持つようになりました。高校の同級生で、今も一緒にYouTubeをやっているきうてぃとよく近所の古着屋に通っていましたね。
大学時代は下北沢の古着屋によく行ってたのですが、当時は有名なラグジュアリーブランドしか知らなかったですし、ましてや高い服は買えなかった。でも、大学1年生の時に偶然立ち寄ったブランド古着屋でコム・デ・ギャルソンに出会い、「なんだこれは」と衝撃を受けたんです。
そこから「着るための服」ではなく、「表現する服」としてのファッションにのめり込んでいきました。
──古着のどんなところに魅力を感じたのでしょう?
見たことのないデザインなのに、自分が好きなコム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモトとどこか通じるものがあると感じたんです。ある時、ドメスティックブランドの店員さんから「このアイテムはヨーロッパの古着が着想源」と教えてもらい、実際に古着を買うようになりました。
さらにマルタン・マルジェラのレプリカラインに出会い、「1920年代のフレンチアンティークシャツ」といったオマージュ元を明記したタグの面白さに魅了されて。それをきっかけに、一着の服が現在に至るまで背負ってきた歴史に興味を持つようになり、自然とフランスそのものにも惹かれていったんです。
──実際にフランスへも行かれたとか。
バイヤーになりたくて、20歳になる前に初めてフランスに行きました。ただ、時差ぼけとフランス語が話せなく、48時間ほとんど何も食べれなくて(笑)。
限界を迎えて入ったサンドイッチ屋で、現地のおじいさんがサンドイッチを買ってくれて、ベンチで一緒に食べてくれたんです。言語が通じなくてもその時間がとても楽しかった。そんな出会いを通してフランスの魅力にますます惹かれていきました。
それから、蚤の市に行って無事にフレンチビンテージを買うことができて、帰国後にオークションサイトに出品したところ、想像以上の反響があって。そこから少しずつオークションサイトでの古着販売を始めるようになりました。

──今の原体験になるようなお話ですね。卒業後は?
バイヤーの経験を積むために株式会社三越伊勢丹に就職しました。当時、伊勢丹新宿店の自主編集フロアの企画が面白く、いつか自分もそこでビンテージ商品を展開するフロアを企画したいと思っていたんです。
入社後は、運よくメンズ館の自主編集フロアに配属され、ジョブローテーションで販売や予算組など営業の基礎も学びました。縦社会が合わず1年で退職してしまいましたが、楽しい経験もたくさんさせてもらいました。
──特に印象に残っていることはありますか?
お得意様営業の外商ですね。外商は普通の接客とは全く違う特殊な接客で、お客様と長年築いた信頼関係の上で成り立つ仕事。即決で高額商品を購入される場面を間近で見られ、営業がお客様の人生に関わる姿が印象的でした。
──その道でキャリアを描いていくことは考えなかった?
正直、アリでした。ただ、手を挙げたらすぐに行ける部署ではなく、確実に3年以上はかかる。いち早くフランスに行って仕事をしたかったので、古着屋の道を選びました。
あとは、日々の仕事に忙殺されて苦しい思いをするより、自分で自由に表現したい思いもありました。大学3年生の頃には、古着のオークション販売だけで生計を立てていたので、ある程度は独立してもやっていけるのではと考えていたんです。
古着とワイン、ビンテージでつながる世界
──その後、ECで古着屋「from_antique」をスタートさせました。
7〜8年前、まだオンラインで古着を売る人はほとんどいなかった時代でした。「インターネット上に古着屋を作ったら面白いんじゃない?」くらいの感覚で始めました。
でも、それまでのオークションとは違い、インターネットの海の中で見つけてもらうのは簡単ではなく、最初はかなり苦戦しましたね。
──そこから転機になったことは何だったんですか。
実店舗を構える余裕はなかったので、きうてぃとYouTubeをやってみたんです。続けていくうちに、フランス軍のM47パンツについての動画が600回再生され、「なんだこれ、面白い」と手応えを感じました。
当時、古着を紹介しているYouTubeチャンネルはほんの数チャンネルしかなく、まさにブルーオーシャン。タイでの買い付けの動画をアップした時には、秘匿性のある内容だったこともあってか、再生回数と登録者数が一気に伸びました。
動画を編集して自分たちの作品を作るのは、私にとってある種の表現。伝えるのが楽しいタチだと気づくいい機会にもなりましたね。
──YouTubeとECの売り上げは連動していた?
完全に比例していました。当時ほとんど知られていなかったM52というフランス軍のチノパンをYouTubeで紹介して販売したら、2時間で100本近く売れたんです。アイテム選びや販売経路も戦略的に考えるようになりました。
大学時代に読んだ本で得た知識も活きましたが、やはり大切していたのは、価値を感じていないものに価値を与えること。伊勢丹を辞めて2年以内に売り上げを安定させられたのは、自分でもよくやったと思います。

──買い付けの知識はどのように学んでいったんですか?
一番は自分の購買体験です。自分が買った服が、どんな意図で、どんな素材で作られたかを徹底的に調べる性格で、その積み重ねが自然と買い付けにも活きています。本や動画だけで知識を詰め込むだけでは意味がなく、お金を使って体験することが何より大事だと痛感しましたね。
──これまでの経験を振り返って、仕事や人生において大事なスキルは何だと思いますか?
興味と謙虚さ、この二つだけだと思います。若いうちから軸を持っておくと、他の経験にもつながってくると思うんです。
あとは意外と飲み歩くのも結構大事だと思っていて。飲みの場でなくてもいいですが、全く違う分野の幅広い年代の方と話す経験が今も活きています。
その人が何が好きで、何を面白いと思うのかを聞くことで、その人なりの考え方や価値観が見えてくる。それも興味があったらこそできたことです。ネットで得られる情報だけではなく、自分で体を動かして情報を取りに行くのが大切ですね。
──2024年には実店舗を出店されました。
ECでは服のみを販売していたのですが、ビンテージという共通点を持つワインも一緒に扱い、ワインショップ兼バーとして展開しています。
──なぜワインだったんですか?
3年前、フランスのある生産者を訪れて畑を見させてもらったことがきっかけでした。ぶどうは1年に一度しか実らず、「時間」がないと成立しない。そもそもビンテージという言葉の語源はフランス語のvendange(ぶどうの収獲年)に由来するんですよ。
ワインにおけるぶどう収獲年をビンテージと呼ぶように、服もまた古くて価値を持つもの=ビンテージとして受け継がれていく。その共通点を感じて、これはワインも一緒に店に並べたいと思ったんです。

──ワインも古着も、過去の歴史を引き継ぐ伝え手としての感覚があったから?
まさしくその通りで、ものを作るよりも編集して伝えることに喜びを感じるんです。YouTubeも店づくりも同じですね。
あとは古着屋を、服を買うだけの場所で終わらせたくない思いもあって。実は以前、古着屋で「店に来たからには何か買わなきゃ」と思っていた自分を見かねた店員さんから、「来てくれて話してくれるだけでもうれしいから、付き合いで買うのはやめな」と言われたことが印象に残っているんです。
ワインがあれば、服を買わなくても来店しやすいですよね。購入のプレッシャーを感じずに楽しめるような店づくりを心がけています。「古着を見ながらお酒を飲めるのはいいね」と言ってくださるお客様も多く、店の新しい可能性を模索中です。


成功の裏にあった不安と、自分らしい働き方
──独立の裏には自由に働きたいという思いもありましたが、実際に独立してから働く価値観は変わりましたか?
根本的には変わっていないですね。ですが、主体性を持って働ける環境作りを意識しています。現実的に難しい部分もありますが、自由な時間を持ち合い、各々が好きなタイミングで働いたり休んだりできる環境を作っていきたいですね。
日本人は特に、仕事が人生の全てと思いがちな方も少なくありません。「楽しいからこの仕事をしている」と言える人が増えたらうれしいです。
──そう考えるようになった出来事はあったんですか?
オークション時代やYouTubeがうまくいった時も、うれしい反面「絶対に続くわけがない」という不安感や恐怖を感じることもありました。「なぜ自分がうまくいっているんだろう」と思うことも少なくないんですよ(笑)。
──YouTubeからはあまり想像できなかったです。
コロナ禍は、ベッドから出られない日もあるくらいの鬱状態が続きました。海外に行って買付と動画を撮るのが楽しみだったのに、渡航自体が禁止されてしまい、その楽しみが一切なくなってしまったんです。売れ行きが悪いわけではないのに、感情が一切湧かなく、生きている意味がないと感じてしまっていた。
自分でどうにかなる問題ではないので、余計にしんどかったです。ただ、海外渡航ができるようになり、少しずつ前向きになれました。
──そうだったんですね。
コロナ禍でYouTube需要や古着のオンライン販売が一気に広がり、それに伴って同じような古着屋も増えました。そのことが、自分の中で少しナーバスになる要因のひとつだったかもしれません。
コロナ禍で各々が自分のやりたいことをできなかったのは理解していますが、それを今も引きずっている気がするんです。サービス伝達が早まり、同質化してしまったのは古着屋業界の課題だと思います。
──買い手側も趣味嗜好が多様化したとは言えど、「自分の好き」を貫く人は少なくなっているようにも感じます。
そうですね。景気が良くないせいもあってか、他人が買っているものがいいという風潮が高まっている気がします。売り手側も同じで、各々の感覚が失われて、どこかで売れたものを真似して売る人が増えている印象ですね。
──今後の展望はありますか?
狛江の街が好きなので、この店を起点に街を面白くしていきたいですね。そのための取り組みとして、まずは1階にワインバーを作る予定です。狛江は新宿から20分ほどで行ける自然豊かな街。古着とワインを通したコミュニティで、多くの人に楽しんでもらえたら理想です。

──最後に、ファッション業界を目指す方にメッセージをお願いします。
動いてみたら意外とできた、という経験の方が圧倒的に多いです。全ては行動です。どうしようかなと考えているんだったら、まずやってみることが大切。行動した人は自然と変わっていきますし、それ自体が差別化にもなります。
あとは、海外にも積極的に行ってほしいです。私自身もフランスに行ったことで、自分のしたいことや意見を言えるようになりました。島国である日本は特に、他人をどうこう判断したりと陰湿になりがち。そこから抜け出した方が幸せになれると思っています。
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三谷温紀(READY TO FASHION MAG 編集部)
2000年、埼玉県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、インターンとして活動していた「READY TO FASHION」に新卒で入社。記事執筆やインタビュー取材などを行っている。ジェンダーやメンタルヘルスなどの社会問題にも興味関心があり、他媒体でも執筆活動中。韓国カルチャーをこよなく愛している。
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