Fashion あがりの服と、あがる服

【コラム連載:あがりの服と、あがる服】誇り高き迷彩のヴィンテージバブアー / 心強い鎧ビューフォート

 6月は1年の中でもとりわけ不憫な扱いを受けていると思う。祝日はないし、じわじわと夏に向けて気温も湿度も不快になってくる。6という数字が不吉だと言われる地域もある。なんと言っても「梅雨」だ。雨は服に悪い。湿度はカビの原因になるし、レザーソールの靴なんてもってのほかだ。そもそも外に出る気にもならないし、どんよりした日に夏に向けて買ったゴキゲンな服を着るのもいまいち気が乗らない。この憂鬱な梅雨を楽しく乗り越える手段がなにかないものかと思い、今回は「レインウェア」と向き合うことにした。

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 とは言いつつも個人的にレインウェアと言えば、「バブアー(Barbour)」以外の選択肢を挙げる気になれない程に、バブアーの歴史は長く格式高い。創業は1894年。当初は漁師向けにオイルドクロス製のジャケットを生産していたが、1970年代にサーキットレーサーから人気を博したことで認知を得た。その後1982年にはエリザベス女王から最初のイギリス王室御用達としてのロイヤルワラントの称号を授かり、英国ブランドとしての地位を揺るぎないものとした。現在もハンティングや乗馬等英国紳士のカントリー・アウトドアブランドとして人気が高い。

 バブアーはこれまでに「インターナショナル」や「ビデイル」など数多くの名作を生んできた。長く愛され続ける機能性や普遍的なデザインはまさにあがりの服として遜色ないが、100年以上経った今も現代人の心をも躍らせることができるという要素を十二分に兼ね備えているという点で、わざわざ他のレインウェアを挙げるまでもないと考えた。

誇り高き迷彩のヴィンテージバブアー

 王室御用達、というだけでもバブアーをあがりの服たらしめる要素としては十分だが、実はバブアーにはそういった高貴な一面の裏に、第一次、第二次世界大戦時に軍向けにレインコートを供給していた歴史がある。中でも希少なものが1980年代中期の数年間のみ供給された迷彩柄の「ソルウェイジッパー」というモデルだ。

 ミリタリーアイテムにはどのような階級の人間が着用したのかがわかるディテールがあり、中でも「腰ベルト」は位の高い人間が着用するための仕様だったとされる。ソルウェイジッパーも腰ベルトが特徴の一つであり、ブリティッシュアーミーの特殊部隊、つまりエリートの中のエリートにのみ支給されたとされる逸品。生産年数も個体数も限られており、ヴィンテージバブアーの中でも希少を極めている。

 かくいう僕もヴィンテージバブアーの魅力に取り憑かれた一人。きっかけは北青山のSurr By Lailaという店でこのソルウェイジッパーと出会ったことだった。到底手が出る値段ではなかったが、スタッフが親切にも実物を見せてくださった。ヴィンテージバブアーに使われているオイルは現行のものとは大きく異なる。油のべたつきや匂いが強く、独特な雰囲気があり、戦前のモデルとなると古着的な顔つきも相まってかなり物々しいオーラを纏っていた。にもかかわらず、このスタッフは「確かに価値は計り知れない一着だが、本来はタフさを第一に考えられたミリタリーウェアであり、丁寧に着るというのは作り手の意図とは異なる。雨の日に雑に羽織り、濡れた袖で煙草の火を押し消すくらいの付き合い方をして欲しい」と語った。その示唆に富んだこの一着との向き合い方に僕は正直高揚してしまった。「いつかこの一着に見合う人間になった上でこいつを手に入れて、レインウェアはあがりにしてやろう」と誓った。

 結局その店で見た個体はすぐに売れてしまい、それ以来実物を見かけたことはない。僕はこの一着に素直に心躍らされ"あがって"しまったが、スタッフが言っていたことを尊重するのであれば、本来は"あがりの服"的な付き合い方をすべき一着かもしれないと感じた。と同時に、次にこのソルウェイジッパーと出会う時までに、現行モデルでもそれなりの値段がするバブアーと袖で煙草の火を躊躇なく消せるくらいの向き合い方ができるようになっていなければ、と思う。

心強い鎧ビューフォート

 数あるモデルの中でも特に人気が高いものに、1880年に登場した「ビデイル」というモデルがある。胸元にあしらわれたハンドウォーマーが特徴で、乗馬用に丈は短く、背面にはサイドベンツが設けられているカジュアルジャケットとして支持されている。そのビデイルと双璧をなすもう一つの看板モデルが、1883年に作られた「ビューフォート」だ。

 一見するとビデイルと酷似するが、ビデイルと比べ少し着丈が長く作られており、正装のジェントルマンのジャケットを不格好にはみ出すことなくすっぽり覆い隠してくれる。背部にはハンティングで仕留めた獲物を入れるための大口のポケットがあしらわれており、雑誌程度なら収納しておける何とも気の利いたモデルである。

 僕にとっての"ファースト・バブアー"はビューフォートだった。大学3年生になり、就職活動を間近に控えた僕は、呑気なものでスーツを着ることが少し楽しみだった。「ビジネスマンなら、スーツは誠実なイメージのある英国スタイル一択であろう」と信じて疑わなかった僕は、やや大きめの肩パットを入れ、スラックスの裾はダブル仕上げのストライプ柄というリクルートスーツからはほとほとかけ離れたものをユナイテッドアローズで購入したが、それならアウターも英国のものであるべし、ということでビューフォートを手にする運びとなった。大して頭のキレる学生ではなかった自覚はあるが、スーツに身を包み、悪天候から自分を守ってくれるバブアーを羽織っていれば気高い英国紳士になったかのように自分に自信を与えてくれ、どんなに背の高いオフィスビルに足を踏み入れることにも物怖じはあまりしなかった。

 社会人になって3年目になる今も11月後半から3月くらいまでの間はほぼ毎日着ている。多少のオイル抜けはあるものの致命的な劣化は一切ない。長く付き合うイメージを持たせてくれるバブアーのタフさは、このジャケットでレインウェアはあがりでいいとも思わせてくれる。加えてハンドウォーマーやゲームポケットなどの充実した機能性もまた魅力なのだが、新社会人になった最初の冬、バブアーを着て出勤できるのが嬉しくなってしまい、格好つけて後ろのポケットに日経新聞だけを突っ込み手ぶらで出勤してみたところ、家に社用携帯を忘れる羽目になり上司に注意されてしまったことはここで戒めておきたい。

■sushi(Twitter
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。

>>あがりの服と、あがる服 バックナンバー
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