(文:sushi)
東北から東京に出てきて3年が経つが、学んだことがある。それは、東京の6月は"ほぼ夏"であるということだ。梅雨入りする前から気温だけではなく湿気も高まり、駅から会社まで歩けばじんわりと額に汗をかく。10月くらいまでは半袖で過ごせることを考えると、一年の半分くらいが夏のようなものじゃないか。
暑くなれば自然とTシャツ一枚で出かける頻度も増える。加えて、ビジネスカジュアルやクールビズといった概念が市民権を得た現代では、オンオフ問わず白Tがコーディネートに高頻度で投入される。もはや、すべての人が一着は持っているといっても過言ではないほどに白Tというアイテムは普遍的であり、生活必需品だ。
多くの人が白Tに求めていることと言えば、適当なサイズ感で、着心地も悪くなく、無駄な装飾もない、とにかく自分自身にとって「普通」であることだろう。ところが、これが難しい。誰もが一度は身に着けたことがあるアイテムゆえにディテールや素材などはブランドごとに多岐にわたる。見渡せば世の中に白Tというものは石を投げれば当たるほどあるが、その中から自分の理想の白Tを探し当てるというのは至難の業であり、長い長い道のりだ。そんな棘の道である白T道を歩む同志たちへの提案の意味も込めて、今回は白Tについて書きたいと思う。
一目で上質とわかるブルネロ クチネリ
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昨今はファストファッションブランドの台頭もあり、個人が被服にかける費用が年々下がっている。特に下着や今回取り上げる白Tシャツなどの消耗品に関してはなるべく安く済ませたい、という人も多い。だが、個人的には、人の生活必需である衣・食・住の中を構成する一要素である被服の部分にもこだわってお金をかけることで、生活はより一層有意義なモノになると思うのだ。そんな僕が、物理的にも精神的にも間違いなく満足させてくれると感じる白Tこそが「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」のコットンジャージークルーネックTシャツだ。
ブルネロ クチネリは、デザイナーのブルネロ・クチネリ氏が1978年にイタリアで設立した。ブランドの代名詞は、ソロメオ村という農村で紡がれる最高品質のカシミヤ。至高の手触りを誇る生地は一般的なニットやコートのみならず、サッカーボールやトローリーなどのユニークなコレクターズアイテムにもあしらわれる、まさに伝家の宝刀だ。
カシミヤでその名を知られるクチネリだが、実は定番で生産されているコットンジャージー素材の白Tも、ブランドの哲学が余すところなく注がれる一級品。しっとりと滑らかな手触りはコットンとは思えないテクスチャーで、光沢は抑えめのためいやらしさはないが一目で上質とわかる。その着心地は多数の著名人にも愛され、FacebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏も常に20着以上を常備するほどに偏愛しているらしい。日々膨大なタスクに追われる経営者は仕事以外で感じるストレスを非常に嫌うといわれるが、そんな層からも厚い支持を受けるこのTシャツの着心地はまさにあがりの逸品にもってこいだ。
ブランドの本社は生産拠点であるソロメオ村に置くが、オフィスを移転したのは1985年のこと。過疎化が進んでいた同地の再建を目指して立ち上がったプロジェクト「A Project for Beauty」のためだった。このプロジェクトでクチネリ氏は「人としての道徳的尊厳と経済的尊厳の両立」という経営理念のもと、30年以上の歳月をかけてソロメオに文化施設や学校の建設、雇用の創出を続けたことで、自治体が自立的かつサステナブルに存続できるように復興させた。
僕は本業で不動産開発に携わっているが、この仕事を志した一つの理由に、僕の故郷を含む地方都市の創生に関わりたいという思いがある。地方創生といえば巨大なショッピングセンターの建設や大規模な集合住宅の開発などが想像されるが、多くの場合そういった画一的な開発は地方都市の地域特性を奪い、結果として持続的な成長にはつながらないものも多い。本来の地方創生というものはインフラを整備しつつも、地域に根差す文化や魅力を生かした産業などを尊重し、最終的には自治体が支援から独立してもサステナブルに成長を続けることを目指すべきだと考えている。ブルネロ・クチネリが手掛けたソロメオは、僕が思う地方創生の最も理想的な形なのだ。
白Tは「汚れてしまったら捨てて新しいのを買えばいい」という消耗品的な要素が強いと思う。もしこれを読むあなたがエシカルやサステナブルという視点がこの先重要になると心から思うのなら、モノとしても一級品であるクチネリの白Tを手に取った時には末永く愛してほしい。もちろん僕も手に入れるつもりではいるものの、この白Tは昨今流行りのオーバーサイズと比較すると大分タイトな作りのため、まずはトレンドに甘え切っていた自分の体が収まるように絞ることから始めようと思う。
オールラウンダーのヘインズ
ブルネロ クチネリの白Tを着こなすには少しばかりわがままボディな僕だが、内気な性格も相まってか、昔から体のラインが出るような服が実は得意ではない。特に肌の上に直接着用するような白Tを選ぶ際には、その趣向は相当シビアな問題となる。ある程度コシ・厚みがある生地、体のラインを拾わない構築的なシルエット、みっともない二の腕を覆ってくれる少し長めのスリーブ......注文を言えばキリがない。実際、年齢を重ねる上で発生する体形の変化に悩まされている人は多いと思うし、大人になると様々な野暮用で忙しく、運動で体を絞っているような時間はなかなかないというのが現実だろう(これは言い訳ではない)。30代に迫りつつある今、着ていてもみっともなくないTシャツ、というのはより慎重な選択を求められると思うが、同じような悩みを抱える人たちにぜひ提案したい心強い味方がいる。それが「ヘインズ(Hanes)」のビーフィー(Beefy)Tシャツだ。
1901年にアンダーウェアブランドとしてその長い歴史をスタートさせたヘインズは、前回の記事で紹介した「キャンバー(CAMBER)」同様、アメリカを代表するアスレチックウェアブランドの一つだ。その歴史が今日にもたらした功績は大きく、現在では多くのブランドが商品化している複数枚のTシャツを簡易な包装に包み安価に提供する「パックT」の概念も同社によって発明されたもの。
そんな偉大なヘインズの歴史の中で、ビーフィーシリーズは1975年に産声を上げた。最大の特徴は何といっても読んで字の如くのタフさ。6.1ozの極厚生地は自立的にシルエットを構築し、身幅がたっぷりととられたボックスシルエットと組み合わさることで"体のラインがあらわになるヒヤヒヤ"とはほぼ無縁だ。コットン100%を使用した生地は着込めば着込むほどに手触りが柔らかくなり、ごわごわとした肌触りも気にならなくなる。そして最大の強みはなんといっても2枚入りで税抜3000円を切る圧倒的コストパフォーマンスの高さで、汚れなどに神経質になる必要もない。アマゾンやドン・キホーテ各店でも購入できる気軽さも兼ね備えたこの白Tはまさに走攻守を兼ね備えたオールラウンダーだ。
個人的にもこのTシャツとの出会いはそれまで抱えていた白Tに関する悩みの数々を解決してくれるものだった。それまで納得のいくものと出会えていなかった僕は白Tを着ることはあまりなく、Tシャツを着ても色は黒だったり、少なくともTシャツ一枚で人前に出ることはほとんどしなかった。しかし、値段やシルエット、タフさや生地感など、自分のわがままをすべて詰め込んだような仕様のヘインズビーフィーとの出会いは、自分の白Tアレルギーをきれいさっぱり解消してくれた。それ以来絶大な信頼を置いており、四季を問わずワードローブのスタメンの座を守り続けている。着古した頃にはコットンの手触りが柔らかくなるため、外着にできないものは快適な着心地の部屋着としても活躍でき、一軍から控えに下がっても生活に長く寄り添ってくれる。まさに「こんなんなんぼあってもいいですからね」と言いたくなるような一着だ。今までTシャツに限らず色々な服選びに悩んできたが、ここまで僕の好みにはまった出会いは少なく、「これでいいや」ではなく「これしかない」と断言できる。
今年も暑くなってきたのを感じ、白Tの買い替えには丁度いい時期になった。今年はヘインズを卒業してクチネリに乗り換えて長く付き合うことにするつもりだったが、前述の通り、わがままボディを絞らなくてはならない問題がある。背水の陣を敷くためにジムを契約するのもアリかもしれないと思い、少し前の休みにとあるジムに登録しに行ったのだが、ジムの入り口に張られたコロナによる臨時休業の張り紙にやる気を削がれてしまい、結局その帰り道にアマゾンでヘインズのビーフィーを買い足してしまった。せっかく運動する気はあったのに。すべてはコロナが悪いのだ。
■sushi(Twitter)
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。3月よりYouTubeチャンネル「着道楽による備忘録」配信開始。
※「あがりの服と、あがる服」は今回の更新をもって連載終了となります。ご愛読ありがとうございました。新企画を近日スタートする予定ですのでご期待ください。
あがりの服と、あがる服 バックナンバー
【vol.1】シャツ編:シャツの極致 シャルベ / 15歳の僕を変えたマーガレット・ハウエル
【vol.2】ルームウェア編:アマンも認めるプローのバスローブ / 外着にもしたいスリーピー・ジョーンズのパジャマ
【vol.3】レインウェア編:誇り高き迷彩のヴィンテージバブアー / 心強い鎧ビューフォート
【vol.4】サンダル編:"サンダル界のロールスロイス"ユッタニューマン / チープ・シックな逸品 シーサンのギョサン
【vol.5】メンズアクセサリー編:トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」 / 真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」
【vol.6】カーディガン編:東北の逸品 気仙沼ニッティング「MM01」 / 珠玉のアウター コモリ×ノラのストールジャケット
【vol.7】ローファー編:革靴の王様 ジョンロブのロペス / 男らしさ漂うチーニーのハワード
【vol.8】ジーンズ編:不朽の名作 Levi's501xx / 自信をくれたヤエカのシームレススタンダード
【vol.9】ラグランコート編:ヴィンテージバーバリーを代表する一枚袖のバルマカーンコート/マリナ・イーの"洋服愛"が詰まったジェンダーオーバーコート
【vol.10】トラベルバッグ編:永遠の定番 ルイ・ヴィトンのキーポル / タフで上品なエルメスのサックマリーン
【vol.11】フーディー編:マーク ジェイコブス 50万円の極上フーディー/超重厚仕様のキャンバー
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