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【コラム連載|あがりの服と、あがる服】フーディー編:マーク ジェイコブス 50万円の極上フーディー/超重厚仕様のキャンバー

【コラム連載|あがりの服と、あがる服】フーディー編:マーク ジェイコブス 50万円の極上フーディー/超重厚仕様のキャンバー

(文:sushi)

 春分の日も過ぎ、日が長くなったことを実感する。普段めっぽう睡魔に弱く休日は昼過ぎまで布団に潜り込んでいる僕も、この時期になると時折暖かい春の日差しと風を感じたくなり、意味もなく早起きをして近くのパン屋まで朝ご飯を買いにふらふらと散歩をしたりする。春には不思議な引力がある。

 着の身着のままで外へ出る時は、ぼさぼさの寝癖を隠せるフーディーが良い。若干の不審者感は否めないものの、被ったフードによってできる影が朝日から寝ぼけ眼を守ってくれる。

 フーディーの定義は「フードがついたスウェット生地の外套」が当てはまり、プルオーバーとフロントジップいずれのタイプも含まれる。最初に開発したのは「チャンピオン(Champion)」で、トレーナーにフードを縫い付けた衣服を1930年代に提案したのがはじまりと言われている。もともとは作業服として好まれていたが、ファッションの中に落とし込まれるようになったのは1976年公開の映画「ロッキー」作中で主人公のロッキー・ボルボアがトレーニングウェアとして着用したのがきっかけらしい。そんな予備知識を入れておくとロッキーさながら早朝ランニングでもしてみようかという思いにもなってくるが、春ののんびりした空気に包まれると自分を追い込む気にはならないのがオチである。

 20℃前後の今の時期には丁度いい羽織だし、何より肩肘張らないイメージで、肩の力を抜いて休日を穏やかに過ごすのにぴったりなアイテムだと思う。そんなカジュアルウェアの王道であるフーディーについて今回は書こう。

価格は50万円、「マーク ジェイコブス」のカシミヤシルクフーディー

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 僕の中でのフーディーの位置付けは、いわゆる「ダル着」だ。都市部のトレンドやカルチャーから隔絶された東北の山奥にある僕の地元は、いわゆる田舎のヤンキー的な若者が覇権を握っていたが、そんな彼らのユニフォームこそがダボダボなフード付きスウェットの上下。その出で立ちで深夜に地域にあるコンビニにたむろするのがワルの証だった。思春期の多感な時期だった僕も例にもれず、そのワルさに謎の憧れがあり、中学校に入学したあたりで親に頼んでユニクロのスウェット上下(もちろんフード付きのタイプ)を買ってもらっていそいそとダル着にしていたのをよく覚えている。ただし親が教員だったため、深夜にコンビニへ行くことは結局許されなかった。ダル着という謎の位置付けの服を大事に持っていたのは笑えるが、思春期に似たような経験をしている人は多いのではと思う。

 以前の記事で書いたように、最近は部屋着にパジャマを導入するようになったが、思春期の名残か、冬場や肌寒い時期には部屋着にフーディーをチョイスすることも多い。首周りの布量も多く暖かくてよいのだが、一つ難点があり、部屋着にできるような価格帯のものになるとどうも生地がすぐへたったり、非常に毛玉になりやすかったりと、とにかく傷みやすい。逆にそれなりの値段のものを思い切って買おうと思っても、非常に重いオンス数の生地を使用していたり、丈夫だがいまいち着心地に納得いかないものが多いのだ。そんなやりきれない思いを抱いていた頃、至極の着心地とうたわれる、ある一着の話を耳にした。それが「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」のカシミヤフーディーだ。

 一見すると何の変哲もないフーディーと書きたいところだが、ハンギングされた状態の佇まいからして一線を画す代物であることが伝わってくる。生地に用いられているのは「マンリコカシミヤ」と呼ばれるイタリアのファクトリーで織られる生地。カシミヤとシルク、そしてわずかなポリウレタンで構成され、時間をかけて編まれる生地は驚くほどの目のきめ細やかさ、生地の抵抗を感じさせない滑らかな手触り、そして美しい光沢を併せ持つ。そんな生地を贅沢にダブルフェイスで肉厚に仕立てた一着は、着られていない時ですら美しくそのシルエットを保ち、眺めるだけでもうっとりとできる芸術品だ。デザイナーのマーク・ジェイコブス氏も愛用するこの贅を尽くしたアイテムは実はセットアップで提案されており、2000年ごろから継続して販売される看板商品で、そのお値段はなんとおよそ50万円。上下でそろえれば100万円だ

 いくら良いものとはいえ、たかが服一着、ましてやカジュアル着のイメージが強いフーディーに50万円なんて気が狂っていると思うのが普通の感想だろう。だが不思議なことに、僕の知人には愛用者が複数いる。単純に僕の知人の輪に服狂いがやたらと多いのも間違いないが、それでもこの一着には出会った人間に50万円を決済させるだけの驚異的なクオリティと魅力があるのもまた事実だろう。僕も実際に手で触れた時には、その至福のテクスチャーに一瞬で心を奪われてしまった。ちなみにその知人の一人はわずか3歳上の30歳でベンチャー企業のトップを務める経営者だが、港区にある彼のマンションを訪れた際、無造作にソファの上に放置されているそれを見たことがあり、こんな風にガサツに扱うなんて!と抗議をしたところ、「部屋で過ごす際の"ダル着"みたいなものだよ」と返された。この一着のオーナーになることができる男の金銭的余裕の違いを見せつけられたおかげで、庶民の僕はマーク ジェイコブス珠玉の逸品をヤンキーの正装たるダル着として購入する奇行には走らずにいられている。

超重厚仕様の「キャンバー」アークティックサーマル

 人を惹きつけるプロダクトにはどこか突き抜けた部分があると思う。生産背景やディテール、デザインなど、どこかに"変態的な仕様"があるアイテムに出会うと僕は非常にテンションがあがってしまう。そういう意味では、「キャンバー(CAMBER)」のアークティックサーマルはこれまでフーディーに抱いていたリラックスウェアというイメージとは真逆の方向に突き抜けた作りが僕の心を打ち抜いたアイテムだ。

 先述の通り、フーディーはその発祥や普及の経緯もアメリカにルーツがある"非常にアメリカン"なアイテム。キャンバーもまたオーセンティックなアメリカのブランドで、ペンシルベニアにファクトリーを構える老舗のスポーツウェアメーカーだ。

 同社のプロダクトの最大の特徴といえばMade in USにこだわった重厚な生地。中でも代名詞とされるアークティックサーマルモデルは、12.5オンスの極厚のスウェット生地で作られており、触れてみればその堅牢さを感じることができる。表地に採用される生地のオンス数だけでもすでに突き抜けた仕様なのだが、真の変態性は裏返したときにわかる。裏地に用いられるのは保温性に優れ、ミリタリーウェアの下着として名高いサーマルであり、その重さだけで6.5オンス。表地と裏地を合わせると一着の重さは驚異の19オンスとなり、巷でヘビーオンスとされるフーディーたちも裸足で逃げ出す超重厚仕様だ。

 また、そのヘビーデューティーさの副産物ともいえるフードの立ち具合も魅力の一つ。フードがいかに美しく立ち上がるかを追求するためにサイジングや生地の厚さを細やかに調整するブランドも多くあるほどに、シルエットを構築する上での重要な要素とされているが、キャンバーのフードの立ち具合は計算ではなく、まさしくその極厚仕様の生地によって生まれたもの。このかっこよさは、兵士の命を守るために機能性や合理性を突き詰めたにも関わらず、後になってむしろデザイン性の高さが評価されるミリタリーヴィンテージが持つロマンと似たものを感じる。

 床に置けば自立しそうな硬さのこの生地だが、正直な話をすればごわつきが半端ではなく、下手なアウターよりも重量があるため着心地は度外視されていると言っていいだろう。だが、その一点突破的なタフさを誇る作りや、極厚生地が作る独特のシルエットは多くのコアなファンの心をつかんで離さない。僕もその一人で、大学時代にアルバイトをしていたセレクトショップに入荷したキャンバーを初めて見たときは、「こんなもの誰が好き好んで着るんだ」という思いとともに「こんなクレイジーな服、むしろ欲しい!」と購買欲が湧きあがり、当時「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」や「トーガ ビリリース(TOGA VIRILIS)」などエッジーなブランドを好んで着ていたにもかかわらず、アメカジど真ん中なこのアイテムを社販で購入した。結局、私服で登場することは多くなかったが、東北の雪国で生活するにあたり、ユーティリティウェアとして存分にその機能を発揮した。東京に越してきてからはそのオーバースペックさゆえ出番は減っていたものの、今年の正月に寒空の下徹夜をして古着屋の初売りに並んでいたときにこのフーディーのことを思い出した。厳しい寒さに打ちひしがれた過酷な夜だったが、これをもってきていればどんなに心強かっただろうか。今年の正月は野宿初体験ということもあり、物怖じした僕は一夜のみの徹夜にとどまったが、アークティックサーマルが味方なら、来年の正月は2徹、3徹して複数の古着屋の初売りを回ることができるんじゃないか?と愚かな考えが浮かんでしまう。

■sushi(Twitter)
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。3月よりYouTubeチャンネル「着道楽による備忘録」配信開始。

あがりの服と、あがる服 バックナンバー
【vol.1】シャツ編:シャツの極致 シャルベ / 15歳の僕を変えたマーガレット・ハウエル
【vol.2】ルームウェア編:アマンも認めるプローのバスローブ / 外着にもしたいスリーピー・ジョーンズのパジャマ
【vol.3】レインウェア編:誇り高き迷彩のヴィンテージバブアー / 心強い鎧ビューフォート
【vol.4】サンダル編:"サンダル界のロールスロイス"ユッタニューマン / チープ・シックな逸品 シーサンのギョサン
【vol.5】メンズアクセサリー編:トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」 / 真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」
【vol.6】カーディガン編:東北の逸品 気仙沼ニッティング「MM01」 / 珠玉のアウター コモリ×ノラのストールジャケット
【vol.7】ローファー編:革靴の王様 ジョンロブのロペス / 男らしさ漂うチーニーのハワード
【vol.8】ジーンズ編:不朽の名作 Levi's501xx / 自信をくれたヤエカのシームレススタンダード
【vol.9】ラグランコート編:ヴィンテージバーバリーを代表する一枚袖のバルマカーンコート/マリナ・イーの"洋服愛"が詰まったジェンダーオーバーコート
【vol.10】トラベルバッグ編:永遠の定番 ルイ・ヴィトンのキーポル / タフで上品なエルメスのサックマリーン

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