
アキラナカ 2025年春夏コレクション
Image by: AKIRANAKA
中章が手がける「アキラナカ(AKIRANAKA)」が、ファッションを起点に異なる分野のアーティストたちと交差しながら創造性を高め合う新たなプロジェクトをスタートさせた。アート、音楽、写真といった異なる表現領域の創作を連鎖的に繋ぎ、インスピレーションが波紋のように広がっていく──そんな創造性の循環を試みる取り組みだ。
その第一弾として、4月24日、「共鳴、そして共振」と題した企画が中目黒のギャラリーで発表された。本プロジェクトでは、ドイツの芸術家ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)の作品に着想を得た2025年春夏コレクションを起点に、チェリストの河内ユイコが共鳴して音源を制作。さらに、その曲に触発された写真家の武田大典が共振して切り取った写真作品が発表された。
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リヒターから学んだ"等価性"と"シャイン"の思想

左から、アキラナカの中章、チェリストの河内ユイコ、写真家の武田大典
クリエイティブディレクターの中は、リヒターの芸術に対する思想、特に相反する要素を等しく扱うアプローチに強い関心を寄せてきた。「複製と表現、具象と抽象、韜晦(とうかい)と顕示。リヒターのそうしたアプローチが、コレクション制作におけるコンセプト立案からデザイン、造形、ビジュアル制作といった各工程を等しい価値で捉える上で、新たな視点を与えてくれました」と語る。
中は今季、リヒターの絵画に繰り返し現れる"等価性"と"シャイン(Schein)"という概念に着目した。等価性とは、異なるもの同士を"同じ価値"として扱う考え方。リヒターは、「物事をぼかし、すべてを等しく重要であり、また等しく重要でないように見せる」ことで、ヒエラルキーを排した独自の芸術観を示してきた。初期のフォトペインティングでは、写真の模写を通して「描く」と「写す」を等価に扱い、絵画を否定しつつ、その可能性も同時に肯定した。


Image by: AKIRANAKA
一方、"シャイン"は、ドイツ語で「見かけ」「仮象」「輝き」などを意味する語。リヒターは、ブラー(ぼかし)の手法を用いて鑑賞者と対象の間に不可視の"レイヤー"を挟み、現実との距離感や曖昧さを表現した。
アキラナカのコレクションにも、この2つの概念が色濃く反映されている。花のグラフィックでは「描いては消す」「消すことで描く」手法で具象と抽象の境界を曖昧にし、削られた花々は現実と私たちを隔てる“シャイン”を象徴する。また、花、女性、音楽といったモチーフを、それぞれの美しさを尊重し等価に扱っている。












































イメージヴィジュアルでは、モデルとカメラの間にフィルムのレイヤーを挟み、視覚的にシャインを表現。フィルムの素材感やシワに焦点を合わせればモデルは背景となり、逆にモデルに意識を向けると、ブラーな人物像が浮かび上がり、ディテールの一部しか認識できないという、情報の受容に制限をかける視覚効果が生まれている。
河内ユイコのチェロ曲による共鳴

中は、リヒターの等価性の概念から派生し、「創造的なプロセスを共有することは、完成した洋服を届けることと同じくらい価値がある」と考えた。その背景には、街中で自身の服を着ている人を見た際の感動があった。「思いがけないスタイリングや、意図通りに美しく着こなされている姿を見ると心から感動します。でも、これまではその先の『創造性がどう育っていくか』『誰かの力になっているか』まで深く考える機会が少なかった。そのプロセスをもっと見てみたいと思ったんです」と、作り手として作品が受容され広がる過程を見届けたいという思いを語る。

「アキラナカ」2025年春夏のインスピレーション資料
この思いが、コレクションの創造性を音楽や写真へと繋げる今回の試みに繋がった。中はチェリストの河内ユイコにコレクションの背景やインスピレーションを説明し、楽曲制作を依頼。リヒターに関する専門知識はなかった河内だが、中の熱意あるレクチャーから受けた感情を音で表現した。「言葉にするのは得意ではない」彼女は、当初の意見交換では感じたことを上手く伝えきれなかったという。その悔しさをバネに楽器と向き合う中で、「パラパラパラっとアイデアが浮かび、パズルのようにはまっていった」と、感覚的なプロセスでコレクションの印象を音へと昇華させたことを明かした。また、「音は言葉を介さず、すっと人の心に届く。だからこそ、発信するものには責任を持たないといけない」と、音の影響力と作り手の責任についても言及した。
an impression by Yuiko Kawauchi
武田大典の写真作品による共振
河内のチェロの音源を受け取った写真家の武田大典は、3日間、様々な状況下で繰り返し曲を聴き続けた。音楽に没入しながら自身の膨大な写真アーカイヴを見返し、リヒターの心境や楽曲の持つ雰囲気・感情と「調和する」と感じる写真を直感的にセレクト。それらを再編集し、今回の展示作品を構成したという。

武田は自身の作品鑑賞の基準について、「"癒されるか" "ポジティブな感覚があるか"を個人的な基準とすることが多い」と語る。「以前リヒターの作品を見た際、正直、これらの基準にはあまりピンときませんでした。しかし今回、リヒターと河内さんの音楽に深く向き合う中で、当初感じた"苦しさ"のようなものを乗り越え、新たな視点が自分の中に生まれました。たとえ最初の基準に合わなくても、その視点を受け入れることで癒しや前向きさに繋がり、自身の理解や愛が深まる可能性に気づいた」と、プロジェクトを通じた自身の認識の変化を明かした。

誰の中にも宿る創造性を育む
このように、アートからファッションへ、ファッションから音楽へ、音楽から写真へと、インスピレーションは静かに受け継がれ、それぞれの表現領域で新たな創造の連鎖が紡がれていった。

このプロジェクトを通して、中は「創造性はデザイナーやアーティストだけのものではなく、誰の中にも溢れている」と強調する。「美術館の絵を持ち帰ることはできませんが、そこで得た感情や知見は持ち帰ることができます。アートを見た後では、普段見ている桜の風景も違って見えるかもしれません。それは、皆さんの感度が高まっている証拠。創造性も筋肉のように、柔軟に動かせるようにしていくことで、日常の中にたくさんの気づきが生まれるはず。このプロジェクトを通して、日々の美意識や創造性を育んでいってもらえたら嬉しいです」と、受け手が自身の内なる創造性に目を向けることへの期待を述べた。
アキラナカの「共鳴、そして共振」プロジェクトは、ファッションが単なる衣服ではなく、多様な文化や芸術と響き合い、新たな価値を生み出す触媒となりうることを示した。今後も継続されるというこの取り組みが、どのような創造性の連鎖を見せてくれるのか、それをどのように自分自身が受け取るのかも含めて、楽しみにしていきたい。

左から、チェリストの河内ユイコ、アキラナカの中章、写真家の武田大典
Image by: AKIRANAKA
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