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“納期遅れ”すら語り種に 「アンスナム」はなぜ服好きたちの約束の地となったのか

アンスナム 中野靖

Image by: FASHIONSNAP

アンスナム 中野靖

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アンスナム 中野靖

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 2006年設立の「アンスナム(ANSNAM)」は、コレクションブランドでありながらほぼ全てのアイテムをオーダーメイドできる、世界的にも稀な方式をとっている。デザイナー 中野靖は、国内外の職人とのコネクション、服の製造に関する広範な知識と経験、そしてデニムを牛血に漬けようと本気で考える狂気を併せ持つ男だ。恋人の実家にも着ていけるクリーンな顔つきの服に、一筋縄ではいかないユーモアたっぷりの実験精神を縫い込んできた。

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 こだわりが強すぎて「欲しい服がこの世にない」と嘆くマニアにとって、彼のデザイナーとしての見識とセンス、自由なオーダーシステムはオアシスである。妥協できない中野の性格ゆえに納期はしばしば遅れるが、それすら笑い話として好事家たちに20年愛され続けてきた。この知る人ぞ知るブランドがいかに生まれたか。“首かけメジャー”に憧れて志したテーラーの道、「サカイ(sacai)」3人目のメンバーとなった経験から、オーダーメイドを貫く意義、飲み友として築く職人との関係、デザイナーが物作りを知る必要性や、繊維産業の未来、昨今の日本のファッションシーンに抱く憂慮まで訊いた。

アンスナム 2026年春夏コレクション
アンスナム 2026年春夏コレクション

アンスナム 2026年春夏コレクション Image by: ANSNAM

きっかけは品質表示ネーム、サカイ 阿部千登勢との出会い

⎯⎯まず、ファッション業界を目指した理由や原体験を教えてください。

 高校時代に自然とファッションに興味を持ち、当時はお金がなかったので「メンズノンノ」や「チェックメイト」といった雑誌を読んで、気に入った服を絵に描くことで自分を満足させていました。次第にユザワヤで材料を買って服を自作したり、欲しい服を試着して似た古着を買ったりするようになりました。当時一番好きだった「ヘルムート ラング(Helmut Lang)」のスーツを試着するも全く似合わなくて、「コレクションで見たのと全然違う」とショックを受けたりもしましたね。

 そんな頃、好きなブランドの1つだった「アー・ペー・セー(A.P.C.)」の店で、ボブ・ディランみたいなアフロヘアの男性モデルが写ったポスターを見たんです。スーツ姿で首にメジャーをかけて、タバコを吸う姿がかっこよかった。自分もスーツを着て首にメジャーをかけたいという一心で、テーラーになろうと思いました。職人技が云々といった高尚な話ではなく、完全に見た目だけで(笑)。

⎯⎯首かけメジャーが入り口だったのですね。 

 実際にスーツを着て縫うテーラーなんてほぼいませんけどね。そんなことは露知らず、メンズウェア教育に強かったエスモードジャポンに入学しました。当時はクラシコイタリア全盛で、テーラーを目指す学生が多かったんです。海外でも人気が高いコートブランド「コヒーレンス(COHÉRENCE)」の中込憲太郎さんなどが同級生でした。ただ、熱心な同級生たちと学ぶうちに、彼らと同じベクトルで競い合うことに疑問を抱くようになり。皆が職人として腕を磨く間にデザインの勉強をして、将来テーラーと仕事ができるようなデザイナーを目指すと決めたんです。恩師である垣田幸男先生に「いつか先生に仕事をお願いするから、もう自分は縫わない」と宣言して。めちゃくちゃ怒られましたけどね。もちろん、物作りを肌で知ったことは糧になったし、優れた職人でもある垣田先生の側で学べたことは貴重でした。

アンスナム 中野靖

⎯⎯卒業後、実際にデザイナーの仕事を始めるまでにはどんな経緯が?

 まず、葬儀会社でアルバイトを始めました。ご遺体を背負ったり葬儀会場を設営したり、大変なんですが稼ぎのいい仕事ではあって。ブラックスーツを日常的に着られる点にも惹かれましたね。

⎯⎯確かに、喪服は喪に服す時しか着られないですからね。なぜお金が必要だったのですか?

 世界旅行に行きたくて。中学生の頃に決めた「人生でやりたいこと」リストの1つで、就職すれば休みが取れないと分かっていたので、バイトで貯めた200万円で1年半、世界中を旅して回りました。デザイナーになると決めた時から、その旅行も計画に入っていたんです。仕事の糧にしたいといった動機はなく、ただ、仕事よりも大切な目標として旅がありました。

⎯⎯旅はどんなルートで何をして過ごしたんですか?

 バンクーバーを皮切りに北半球を1周しました。アメリカを縦断してメキシコに入って、中米をいくつか回ったら今度は欧州に渡って、そのあとはトルコやイラン、パキスタン、インドといった感じです。新しい国に着く度にまず民族学博物館に行って、そこで見た衣装を実際に着ている人たちが住むエリアを訪れる、ということを繰り返していました。土着の衣装には着飾るという行為への根源的な欲求が詰まっているというか、洋服にはない力強さを感じて夢中になりましたね。

アンスナム 中野靖のスーツケース

 ヨーロッパでは、ヴィンテージのドレスやテーラーメイドの服を手に取れる機会が結構あって、現代では考えられないほど手の込んだ縫製仕様などを見ることができました。ハンドメイドの服が持つ霊力を体感しつつ、一方でモードブランドの良くも悪くも現代的な作りの服もたくさん見て。「作りの良さ」だけでは語れない服の奥深さも学びました。旅をしていた2000年代初頭は、見たことのないもの、新しい価値観を提示することを一義としたクリエイションがまだ生きていた時代だったんです。コンセプトと品質それぞれの価値を認めることができたのは、その後のデザイナー人生において良い経験でした。

⎯⎯帰国後はすぐにデザインの仕事を?

 ファッションブランドの中には金持ちの道楽から始まるものもありますが、僕はお金がなかったので、独立のためには就職して実力と箔をつける必要があった。ただ、全然働き口が見つからなかったんです。御三家をはじめ、片っ端から履歴書を送っては軒並み落ちました。葬儀場の技術は活きませんしね(笑)。そんな頃、青山のセレクトショップで「サカイ(sacai)」を見たんです。その服がすごく素敵で、品質表示ネームに載っていた電話番号をメモしてすぐに連絡しました。電話をとった阿部さんに事情を話したら面接に呼んでくれて、その後サカイに入れていただきました。

アンスナム 中野靖

⎯⎯よくその電話で迎え入れてもらえましたね。

 当時のサカイは阿部さんを含めた2人で運営していて、そのもう1人というのが偶然エスモードの同級生だったんです。そのよしみで面接に呼んでいただけたようで、僕は3人目のメンバーになれました。面接では、独立のために実務経験を積みたかったことなど、洗いざらい話して苦笑いされましたね。後日、「独立志望なんて初めから言うもんじゃないよ」と笑って話してくれましたが、その気概があれば根性もあるはずと思ってくれたみたいでした。

⎯⎯サカイではどんなお仕事を?

 生産管理が主な担当でしたが、基本的になんでも。3人しかいませんでしたから。パターンも手伝いましたし、デザインにも少し関わらせてもらったり。ブランド運営のほぼ全工程を経験させてもらえたことは貴重でした。商談などに良い意味で慣れることができたのも良かったですね。社会人としての常識やアパレル業界の仕事の流れはもちろん、阿部さんの仕事に対する姿勢を背中で学べたことも財産です。とても厳しい方でしたが、お忙しかったにも関わらず、何もできない自分に仕事を教えてくれたことに心から感謝してます。

“ヘルムート ラングの試着”が生んだ無二のオーダーシステム

⎯⎯独立はどのタイミングで?

 入社3年目に体を壊してサカイを退職したんです。もともと独立を目指していたわけなので、いい機会だと思ってアンスナムの立ち上げを決めました。お金がなさすぎて、当時は実家がオフィス兼アトリエだったんですよ。人に見せられる環境ではなかったので、当時人気を博していた某有名メンズ誌の取材依頼をお断りしちゃったりして。編集長には怒られましたが、その頃リック・オウエンス(Rick Owens)がパリに構えたアトリエ兼自宅が話題になっていて、とても実家を見せる気にはなれず。

⎯⎯デビューコレクションはどのような内容でしたか?

 ブラックスーツ、白シャツ、モッズコートの3型のみで始めました。たくさん型を並べても、デビュー直後の展示会では多くの来場は見込めないので、3型で十分でした。一番エッセンシャルなものだけを用意して、気に入ってくれた人を次回のターゲットにしようという算段でした。すると、そこで注文をくれたバイヤーさんが雑誌で紹介してくれて、そこから他の雑誌や繊研新聞といった媒体にも続け様に載せてもらえたんです。その誌面を手土産に信用金庫に行って、無利子としては破格の貸付をしてもらいました。僕、バイヤーさん相手よりも何よりも、融資担当者へのプレゼンが一番上手いんですよ(笑)。その才能でここまで乗り切ったと言っても過言ではないです。

ANSNAMの仮縫い中のジャケット
ANSNAMの仮縫い中のジャケット

⎯⎯ブランドを運営していく上では大切なスキルだと思います。

 デザインのことだけを考えて作りたいものだけを作れたら最高ですが、僕は金持ちのボンボンではなかったので戦略的にならざるを得ませんでした。デビューこそ既製品のみでしたが、当初からいずれオーダーメイドに移行する計画だったので、ブランド名にもその気持ちを込めていて。実はアンスナムは、旧約聖書に登場するマンナ(MANNA)という食べ物を元にしたアナグラムなんですよ。エジプトを脱出したイスラエルの民を救うために神が天から降らせた食べ物とされていて、健康状態や体型に合わせて必要な量だけを食べさせるんです。オーダメイドの服をその話になぞらえて、ブランド名に取り入れました。やりたいことは最初から見えていましたが、やれる限界も決まっていたので卸売から始めたわけです。

⎯⎯オーダーメイドを軸にしつつ、既製品も卸しているデザイナーズブランド。かなり珍しいと思いますが、どういった理由でこの形を目指すに至ったのですか?

 1つは、ファッション業界への志望動機でもある、「首にメジャーをかけたい」というテーラーへの憧れです。今でも、首にメジャーをかけるとテンションが上がります。もう1つは、ヘルムート ラングの服が全然似合わなかったという苦い思い出ですね。ショックだったけど今思えば当然で、単純に自分の体型に合うパターンではなかった。スーツの型紙が欧米人向けすぎて似合うわけがないんです。レザーウェアも顕著な例で、欧米ブランドのライダースをアジア人が着た時の不恰好さたるや。あれが我慢ならなくて、似合うものを作ってあげたいという思いがあった。それで、オーダーメイド形式を目指しました。

アンスナムのレザージャケット

 ただ、僕はデザイナーなので、体型に合わせたフィッティングだけではなく、お客さま自身の趣味や雰囲気を深く理解したデザインの提案をしたい。多くのテーラーではハウススタイルという基本的な型があって、そこにお客さまをはめ込むという側面があります。一方で、アンスナムのスーツはフランス寄りの型ですが、縫製の仕様はイタリアっぽく、生地はイギリス製といった風に、お客さまにとって最良のバランスを感覚的に探れる。そこがうちの強みだと考えています。また、カジュアルウェアをオーダーできることも特徴ですね。採寸さえできれば何でも作れますから。

⎯⎯確かに、テーラーの場合は好みに合う服を作ってもらうというより、好みに合う店を探すという形になりがちですね。そもそも、クラシック以外の分野には明るくないという店も多いです。

 まさにデザインのボキャブラリーを広げるために、テーラーではなくデザイナーに進路を変えたんです。服好きのお客さまと同じ言語を共有して、その思いを汲み取った上で、プロの知見に基づく最適解を提案したい。フル毛芯のフル手縫いもやりますけど、逆に接着芯を使った工業的な縫製を勧めることもあります。往年の「ラフ シモンズ(RAF SIMONS)」のスーツのような、箱みたいな服の方が変なあたりが出なくて良い場合もある。1着の服を構成する全ての要素を、等価として提示したいんです。なんでも手縫いが良いとは僕は思いません。

デザインをする上で「製造工程を理解する必要はない」

アンスナムのストック記事
アンスナムのストック記事

⎯⎯アンスナムといえば生地に強みがある印象です。ストック生地もかなりの量ですよね。

 日本はもちろん、イタリアやイギリスの工場・生地屋から買い付けたデッドストックや、工場さんが量産を諦めた実験的な生地などを用意しています。世界中の伝統的な織物を見て回った旅の経験もあり、文脈の異なる素材・製法の組み合わせに惹かれます。この世にまだない異形を見たいという欲求が一番にあって、生地は紳士服のデザインで最も遊べる要素でもあるので、自然とこだわりが出ますね。例えば、伝統的な手織りの職人さんに、最先端の機能素材を織らせたら面白くないですか? モノ自体というより、背後にある思想の衝突が重要なんです。

 このデニムは、フランスの某クチュールメゾンの生地を長年手掛けているツイード専門の工場で織ったもの。ツイードを織らせれば超一流の職人さんですが、デニムについてはまずは織り方から分析してもらいました。上代云百万のジャケットの生地を作る人たちに、大量生産とワークウェアの象徴であるデニムをお願いする。この衝突が自分にとって一番価値があるし、そこからはエネルギーが生まれます。無茶なお願いができる関係性作りも大切です。

アンスナム 中野靖

⎯⎯知人が先日このジーンズを穿いていたのですが、「デニムなのにデニムじゃない」という強烈な違和感を今でも覚えています。目を近づけるほどにどこか奇妙で、思わず撫でさせてもらいました(笑)。

 この生地は手織りの要素だけではなく、手紡ぎ糸とガラ紡のミックス、中国雲南省ミャオ族の民族衣装から着想を得たタンパクコーティングなど、多様な文化と思想をごちゃ混ぜにした複雑な構造を持っているんですよ。そのミャオ族の衣装というのは、本藍染の生地に牛血と卵白を塗って、棍棒で叩いて独特の光沢とハリを出したもので。一度は牛血を用意して試したのですが、流石にやりすぎだと我に返ってタンパクコーティングを代用しました(笑)。それを工事現場の空き地で夜通しハンマーで叩いたという、思い出深い生地です。

 後から作ったブラックは、大島紬に使われる奄美大島の泥染めの糸と、京都の黒染めの糸を交互に通しています。穿き込むと泥染めの糸だけが少し茶色くなって独特な表情になる。生地のほかにも型紙や縫製も様々な実験を繰り返してきましたが、結果的に一見普通なものに仕上がることがよくあって、このデニムもその一つです。ガラ紡と手紡ぎ糸の微かなズレや、ダマになった糸などが程よいノイズになったり。ただ、これはたまたま成功した例で、世に出ないボツが山ほどあります。服にしてみたら全然イケていなかったり。

アンスナムのデニム

手織りのデニム

⎯⎯狂気的とも言えるこだわりを感じる一方で、社会に溶け込む服を作っているという印象もあります。こうした生地を実際に服に仕立てる上で気をつけていることはありますか?

 技術的に言えば、強い生地にはシンプルなデザインを合わせます。それが自分の好みだというだけですね。基本的に突拍子もないものは好きじゃなくて。一見普通なんだけど、なぜか目立っちゃう服でありたい。マイケル・ジャクソンみたいなものですね。目立ちたくないんだけど、目立ちたいんです。

⎯⎯機屋をはじめ、生産背景との密な関係はアンスナムの基礎かと思いますが、これは服作りについての中野さんの広範な知識と経験があってこそ活きるものだとも思います。服の製造工程を理解することは、デザイナーの能力として重要ですか?

 全然いらないと思います。欧州のビッグメゾンを例に取れば、デザイナーがいて、アシスタントがいて、同時にプロダクト部門やテキスタイル部門の主任がいて、完全な分業制でその方が効率がいい。結局お金さえあればどうにでもなります。ただ、僕は服作りの現場を知ることや、職人さんと関わり合うことが単純に楽しいんです。出来上がった製品を見た時に、関わってくれた人たちの顔を思い出すのって、すごく幸せなことだと思うから。もちろんアイデア探しにもなりますが、人生がただ豊かになればいいと思って産地に足を運ぶんですよ。だから、ファッションデザインをする上で製造工程を理解する必要はありません。それは何を作るかではなく、どう生きるかの問題です。ただ、余計なものを排除しつくしたら、人生つまらないじゃないですか。

⎯⎯物作りを知っている方が良いものを作れると考えがちなので、意外な答えでした。

 もちろん、先ほどのデニムの例のように、物作りへの理解があってこそ生まれるデザインというものはあります。ウィメンズが得意な工場にメンズの生地と型紙を投げて、あえて軽い雰囲気に仕上げてみたりとか。それぞれの持ち味を熟知すると、工場や職人さんごとの特性を活かした使い分けができます。ただ、一番面白いのは自分の想像以上のものができた時。最近は、オリジナルの生地以外にも、テキスタイルのプロが作ったものをそのまま使うこともあります。イタリアの生地屋さんにとても気が合う人がいるのですが、自分では絶対に思いつかない面白い生地があったりして。デザインの幅が広がるフレッシュなエネルギーをもらいたいので、僕は一人で物作りはしません。まあ、根本的には人と話したいだけなんですけどね。馬の合う職人さんとしか仕事をしないので、本当は全部メールで済むんですけど、ただ一緒に飲みたくてわざわざ会いに行くんです。

アンスナム 中野靖

「カッコいい服」と「利他主義」が繊維産業を救う

⎯⎯アンスナムはマニアックな物作りを追求する一方で、ブログでの語り口など、ブランドとしての見せ方は軽やかな印象です。

 本当はストイックな感じで行きたいですよ。帽子を目深に被って、影で顔が全く見えないみたいな感じで行きたいです。でも、全然そんな性格じゃないので。スタッフとはいつも大笑いしているし、日本のドラマや朝ドラが大好きです。ブログはそのままの僕で書いているだけですね。昔はもっと面白おかしく書いていましたが、ブログの読者ばかり増えるのは本意ではないので、最近は少し淡白にしています。ただ、服のうんちくだらけの文章なんて誰も読みたくないので、都々逸のリズムを取り入れたり韻を踏んだり、実はいろいろ工夫を凝らしていて。

⎯⎯とても読みやすいという印象だったので、納得です。ルックについてはどうですか?

 ルックも自分で撮影していますが、あれも単に重厚に撮る技術がないだけ。照明の使い方が分からなくて、自然光で撮っているだけなんです。昔プロに頼んだこともありますが、やはり自分の服の良さは僕が一番分かっているので、そのお金で機材とモデルを揃えて自分で撮ろうと思うようになりました。モデルに外国人女性を起用しているのは、一般的な日本人男性の体型にかえって一番近いからです。なので、為すままにしていたら軽やかに映ってしまっているだけです。

⎯⎯服作りにおいて一番大切にしていることは何ですか?

 1つは、自分が作りたいものであることです。誰に雇われているわけでもないので、作りたくないものは作らないし、作りたいものがない時は作れない。もう1つは、その物作りに意義を見出せることです。見たことのないものを作りたいし、それが誰かの価値観を少しでも変えるものであって欲しい。その2つの条件が揃った時に、やっと作り始めます。

 例えば2026年春夏コレクションは、昔からお世話になっていたシャツ工場を倒産から救おうというのが発端で。メンズのカジュアルシャツが専門の工場で、縫製の仕様が限定的なんです。扱う生地もコットンやリネンの薄地のみで、構造もシンプルなものしか縫えない。工場の仕様という制約の中で、その可能性を追求したアイテムを作りました。今までにないアプローチで新鮮でしたし、製作を進める上での起爆剤になりました。大義名分というか、服を作るための言い訳が必要なんです。

アンスナム 2026年初夏コレクション
アンスナム 2026年初夏コレクション

⎯⎯産地支援の活動で言えば、「リター(LYTHA)」という別ラインが以前ありましたよね。

 2009年に立ち上げたラインで、工場と直接取引をして無償でサンプルを作ってもらう代わりに、その服の製造に関わった工場全てのタグを取り付けて販売するというプロジェクトでした。僕には全国の職人さんとの密な人間関係があって、それを活かした服作りをしています。繊維産業の危機は、僕らの危機でもある。ブランドが生まれた利潤を循環させたいという思いで始めました。ブランド名はギリシャ語の「Rytha(流れる)」と「利他」をかけ合わせました。事情があって休止せざるを得なくなってしまったのですが、そろそろ復活させたいと思っています。

⎯⎯背景はせいぜい産地の括りで紹介されるくらいで、それ以上に細かな情報は大体ブラックボックスにされてしまう。そこを詳らかにして、それぞれの工場にスポットライトを当てるという取り組みは、すごく価値があると感じていました。

 リターがやろうとしたのは、背景全体のブランディングだったんですよね。最近は生地の背景を打ち出すブランドが特に増えていますが、あれは極論1社しか儲からないシステムだと思うんです。服作りに携わっているのは、もちろん生地メーカーだけではありません。背景全体をチームとして盛り上げて、みんなでうるおう利他主義を掲げたのがリターでした。工場は物作りのプロであって、プレゼンやファッションのプロではない。展示会などでモノだけを見てもなかなか伝わらないという経験は僕自身にもあって、それをデザインの力でフックアップしたかった。

アンスナムの服
アンスナムの服
アンスナムの服

⎯⎯日本の繊維産業の現状についてはどう見ていますか?

 どんどん縮小していますが、20年前から言われていた当然の成り行きだと思うんです。そもそも、現代の繊維業は発展途上国が担ってきた歴史があって。その昔日本の繊維産業がなぜ盛り上がったかといえば、敗戦国だったことも要因のひとつと考えられます。豊かになった今の日本でそれが衰退するのは自然でもある。ただ、伝統的なものを無条件に残すべきとは思いませんが、テクノロジーで置換できない素晴らしい技術は残ってほしい。そのためには、欧州などに今も残る職人仕事が採ってきた育成や技術革新、そしてブランディング手法に学ぶ必要がありますね。

 結局、どの領域でもブランディングが一番重要なんですよ。スマートフォンの機能なんて大差ないのにiPhoneが圧倒的に人気なのも、実際はよりパワフルな掃除機があるのにダイソンが一番吸いそうな感じがするのも、全部ブランディング。やはり、カッコいいは正義なんです。だから、大切な職人さんたちの優れた技術を借りて、とにかくカッコいい服を作るのが僕らの仕事です。

「ファッション好き」と「服好き」は全く違う

⎯⎯先ほどのリターの他にも、サブラインや別ブランドがありますよね。

 はい。まずはデザイナーの岡野隆司さんと協業している「アイアムドーク(I am dork)」、1990年代のスケーターファッションに着想を得たブランドです。当時のスケート少年たちが着ていたラフなカジュアルウェアを、アンスナム同様の高品質な生地や縫製で再現しています。次に、「フェンダール(Fendart)」というパンツをメインにしたブランド。パリのとあるメゾンブランドのパタンナーさんに依頼して、僕はディレクション担当です。

 あと、実は「トロイメライ(Träumerei)」という子ども服ブランドもあって。僕の姪っ子とスタッフの娘さんのために立ち上げて、2人の写真集としてルックブックを作りたいがためにやっています。一番新しいのは、「パウ ソングヴァード(Pau thongvird)」というウィメンズブランドです。小ロットで高価格なアンスナムとは対照的に、インド生産でたくさん作ってなるべく低価格で提供しています。

トロイメライ

トロイメライ

Image by: ANSNAM

アイアムドーク

アイアムドーク

Image by: ANSNAM

⎯⎯アンスナムで完結させずに、多くのプロジェクトを並行させて作り分けるのはなぜですか?

 アンスナムでやるべきでないことを、アンスナムでやらないためです。「HUNTER×HUNTER」でいうところの「制約と誓約」ですね。縛りを設けることで、よりクリエイションの精度と濃度を高めることができる。方向性が鋭く強固でないと、ブランドとしての在り方がぶれてしまう。パウ ソングヴァードはその一番良い例で、アンスナムでは見せられない遊び心を提案するためのブランドです。最近の「ディーゼル(DIESEL)」や国内だと「エムエーエスユー(MASU)」のような盛り盛りで過剰な服も流行りで可愛いですが、2000年代前後のデザインの妙が活きた服をもう一度作りたかった。ちょっとしたディテールの積み重ねで大きな違いを生むデザイン。それもなるべく低価格で。最近はもう服の価格が上がりすぎて、遊んだデザインのものほど手が出ないですよね。だから、瞬間的なときめきを気軽に楽しめる、花束のようなブランドを作りました。それがパウ ソングヴァードです。

パウ ソングヴァード
パウ ソングヴァード

パウ ソングヴァード

Image by: ANSNAM

⎯⎯マキシマリズムがトレンドというお話があった一方で、いわゆる品質語り系のブランドが、特に国内メンズ市場では幅を効かせている印象もあります。どのように感じていますか?

 まあ、率直に言えば少しうんざりしていますね。少なからず責任を感じていますよ。ウールのsuper表記などはアンスナムの売り文句でしたし。ブランド設立当初は、アルチザン系ブランドとして紹介されることが多く、お客さまになんとかクラシックファッションという出自を伝えるため、やむを得ずそうした情報を語っていたんです。

 そうしたブランディングが流行るのは仕方ないですが、デザインをはじめSNSの文体までそっくり持っていかれる例もありました。あまりに露骨なので、気づいたバイヤーさんがそのブランドとの取引を止めてくれたりしたくらいで。逆に、「アンスナムってブランド、○○っぽい」みたいに知らない若手のフォロワー扱いされることもあったり。僕の力不足ですが、このままだとつまらないグループに括られてしまうという危機感があります。パウ ソングヴァードを立ち上げたのもそういう理由があって、スペックを語らなくていい「ただ可愛い服」を作りたかったんです。

⎯⎯そうした服は今や供給過多ですからね。よく知らない人には十把一絡げにされることも増えそうです。

 今はただのスペック競争ですよね。「super 150、こっちは200、コットンは何とかピマが最高」みたいなインフレ状態。発信した当人も聞かされる側も、その違いも価値もよく理解しないまま、情報を記号とだけ認識して物を選んでいる。「白シャツのような定番品を売るためにどうブランディングするか」という命題がメンズブランドにはあって、品質を語ることは近道だったのかもしれません。しかし、それが氾濫した状況ではあまり効果的とも言えない。クールの定義は相対的で流動的なもので、今はそうしたスペック語りがイケているとは思わないので、極力口にしないようにしています。

パウ ソングヴァード
アンスナムの革靴

⎯⎯モノとして質の良い服が必ずしも魅力的なわけではない?

 僕がスペックを語るのは、それを意外性のある方法で使った時です。先ほど紹介したデニムで言えば、手紡ぎ糸を手織りで織った上で、その風合いをかき消すような加工を施すから価値がある。シーアイランドコットン、GIZA45、スヴィンゴールドの3つの超長綿糸を取り寄せて、さらにそれらを1本に撚り合わせて編んだ「コットン300%Tシャツ」なども作りました。最高の材料や背景を使いながら、そのエスタブリッシュな価値観をひっくり返す調理をするのが面白いんですよ。「カルロ リーバ(CARLO RIVA)」(世界最高のシャツ地メーカーの1つ)の生地をイタリアで手縫いをさせても、正しいだけで面白くはないんです。昨今の日本ブランドはそれを真顔でやってくるところが多いので、もっとユーモアが許される世界になればいいなと思います。

⎯⎯この傾向はニーズが生んだものでもあると思うのですが、何がそのニーズを高めているのでしょうか?

 不安なのでしょう。情報過多の時代で、不確かなものへの抵抗感が強まっている。おしゃれだと思われたいけど間違えたくないから、「良い」とされていて皆が選んでいるものを選ぶ。それが本当に「良い」かどうか、自分がそれを「良い」と思うかどうかは二の次で。その結果が、シルエットもディテールも大差のない黒くてユルい服の大量発生です。「おしゃれなグループに属していたい」という欲求がいつの時代も流行を生みますが、最近はそれがより強迫的になっている気がします。

 「ファッション好き」と「服好き」は全く違うんですよね。ファッションは常に外向きで、他者の視線が内在している。アンスナムのお客さまは徹底的に「服が好き」な人たち。その服を着て自分の心がどう動くか、提示される価値観に共感できるかどうか、自分で判断できる人に向けて服を作っています。「ファッションが好き」な人は、いつかアウトドアウェアとファストファッションしか着なくなる。そこを狙ってコンセプトをぶらすことはしません。

アンスナム 中野靖

納期遅れすら語り種に、顧客の想像を超える注文服

⎯⎯コアなセレクトの個人店など、ごく限られた範囲に販路を絞っている印象でしたが、お話を聞いて納得しました。

 拡大できたら良いなとは思いますよ。でも、僕のやり方じゃ広がらないし、それを変えたくもなかった。僕が倫理観もプライドもない人間なら、サカイのメンズラインが立ち上がる前にサカイっぽいメンズブランドを始めたんじゃないですかね。でも、そんなことはやらない。社会と市場に多少の適応はしてきましたが、自分に正直であり続けてきました。

 取引先を絞っているとか、そういうことは全くないです。営業とプレスがいないために、たまたま見つけてくれた人相手の商売になってしまっているだけで。昔は大手のセレクトショップにも卸していましたが、うちの服はラック映えするキャッチーさがないので、そういう店との取引は自然となくなりました。メンズブランドは結局チームプレイで、服の善し悪しと同じだけ営業とプレスの腕が肝心なんですよ。なので、売る努力をしていないだけですね。あと、とにかく納期の管理が悪いからだと思います。

アンスナム 中野靖

⎯⎯実は、私もスーツをオーダーさせていただいたことがあるのですがなかなか納品されなくて、紹介してくれた知人から「アンスナムに納期はない」と聞かされた思い出があります(笑)。そんなところもまたファンには愛されているという印象です。

 それは生存者バイアスというもので、実際にはめちゃくちゃ怒られているし、キャンセルされてしまうこともありますよ(苦笑)。そういう僕の至らなさを甘んじて許してくれる人たちが、今もお客さまとして残ってくれているというだけで。ただ、納期のことがよく話題になるせいなのか、それを理解した上で足を運んでくれる人が最近は増えましたね。ありがたいことです。

⎯⎯マニアックな服好きの共通言語として、世代を跨いで愛され続けている理由は、どこにあると考えていますか?

 うちに来るお客さまはもれなく服が好きな人たちで、服の話をするのも大好きなんです。僕もそう。「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」はデザイナーが変わってアレだよね的な話と、往年の「アレキサンダー マックイーン(Alexander McQueen)」やヘルムート ラングの話を同時にできる。もちろん、古着やクラシックな仕立て服も好きだし、映画や音楽の話もできる。どの世代の服好きとも話が合っちゃうんですよ。服やカルチャーにすごく詳しいお兄さん、くらいの感覚で皆さんが遊びに来てくれるサロンのような場所でありたいです。

ANSNAMのサンプル
ANSNAMのサンプル

オーダー時に使用するサンプル

 特に最近の若い人は知識も豊富で、そこらのショップスタッフよりもよほど服に詳しいんです。自分の欲しいものも明確で、もっとこうだったらという要望がたくさんあります。そのフィジビリティを検討しながら服としての整合性を取ってあげるのが、プロとしての僕の役割です。さらに例えば、彼らが想像しているカタチに、うちがストックしている素晴らしい生地を提案してあげる。すると、彼らの想像を超える服が生まれてくる。これが服好きにとってはすごく面白いのだと思います。僕が気に入ったものは製品化して、お客さまをモデルに撮影して発表することもあるんですよ。お客さまと僕がフラットに、一緒に服作りを楽しめる環境であることが一番の魅力なのかもしれません。

⎯⎯最後に今後の展望を教えてください。

これまでも、やりたい事はちゃんとやれているので、今まで通りブランドを続けていくだけです。あと、いつか他社でも働いてみたいです。「リック・オウエンス(Rick Owens)」のテキスタイル部門や、ヘルムート ラングとアー・ペー・セーのデザイナーになることも学生時代からの夢でした。今世になるか来世になるか分かりませんが、叶えたいですね。

アンスナム 中野靖

FASHIONSNAP

佐久友基

神奈川県出身。慶應義塾大学法学部を卒業後、製薬会社に入社し着道楽を謳歌するも、次第に"買うだけ"では満足できなくなりビスポークテーラー「SHEETS」に弟子入り。4年間の修行の末「縫うより書く方が向いている」という話になり、レコオーランドに入社。シズニでワンドアなK-POPファン。伊勢丹新宿店で好きなお菓子はイーズのアマゾンカカオシュー。

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