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【連載ふくびと】第2話 N.ハリウッドと尾花大輔――19歳で夢の古着バイヤーに

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第1話からつづく――

 高校生にして古着の世界にどっぷりハマった尾花大輔。メンズファッション専門学校に進んだが、どこか少し浮いていた。ヴィンテージマニアが一目置く名店で働き始めると、授業よりも古着屋に軸足が移り、夢だったヴィンテージバイヤーへの道が拓いていく。――「N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)」の創業デザイナー尾花が半生を振り返る、連載「ふくびと」N.ハリウッドと尾花大輔・第2話

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・東京のど真ん中で勝負したい

 学校は課題も多くてかなり厳しかったのですが、服飾史の授業は好きで、紳士服の基礎となる技術は今も覚えています。でも学校に通う前から、相模大野の「バケーション(VACATION)」というヴィンテージショップでバイトを始めていました。同世代で古着好きだったら「おおっ」と反応するようなスゴい店。レアな年代物のジーンズなどが所狭しと並んでいました。気がつくとそっちの方に気持ちが移り、学校は結局3ヶ月ほどで辞めてしまいます。

 バケーションの姉妹店として下北沢に「ヘイト&アシュベリー(HATE&ASHUBERY)」をオープンすることになり、立ち上げに関わりました。ヴィンテージにのめり込む時間でしたが、だんだんと「東京のど真ん中でバイヤーを目指して勝負したい」と思うようになって。蓄えた知識を発揮できるんじゃないかと、思い切って向かったのが原宿の「ヴォイス(VOICE)」です。高貴な古着屋というイメージで、当時の自分にはかなり高いハードル。どうにか販売員として受かることができてからは、前の古着屋で知り合ったヴィンテージマニアの知人などに電話でバンバン営業して、売り上げを作っていきました。

 3、4ヶ月経った頃には、「新しい店を出すから副店長になってくれ」と、代官山店に異動が決まります。そして立て続けに「バイヤーが風邪を引いたから、代わりに買い付けに行ってくれ」という、急すぎて本当にいいの?という幸運が舞い込んで来ました。それが19歳の頃。つまり、高校を卒業して1年も経たないうちに「古着のバイヤーになる」という夢が叶ってしまったんです。

VOICE時代。初めての買い付けで見たアメリカ・LAの景色。
古着が集まるLAの倉庫。古着の山から、お宝を毎日探し続けた。

 初めての買い付けはアメリカのLA。先輩バイヤーの話は聞いていましたが、実際は全てが初めてです。現地では無我夢中。ホコリだらけの倉庫の中に一日中缶詰で古着を漁り続けたり、適当な英語でなんとか価格交渉したり。大変でしたが、本当に楽しかったことを覚えています。仕事を一応やり遂げられたことが評価されたのか、その後もバイヤーとしてアメリカに派遣されるようになり、知人も増えていきました。その頃、同じウェアハウスで仕入れていた大先輩、N.ハリの現代表を務める岡田幸彦(愛称:マイク)と知り合います。

 

・原宿ゴーゲッターの立ち上げメンバーに

 親交を重ねたマイクさんと、僕の高校時代からの師匠である堀江稔昌さんに「新しい古着屋をやらないか」と誘われました。もちろん誘いに乗って、1995年に立ち上げたのが「ゴーゲッター(go-getter)」。当時はかなりヴィンテージが流行っていたし、ヴォイスやサンタモニカなど名店はすでにありましたが、圧倒的な物量で見せる古着屋が多かった。その中で、自分たちがどういった特性を出せるのかを考えました。

初期のgo-getter店内。70年代のアイテムが多く陳列されている。

 一期一会の貴重なヴィンテージをたくさん集めるのは難しい。なので、アメリカのドネーションストアのように束で並べるような変わった見せ方とか、当時はフォーカスされていなかった70〜80年代の古着や現行品もセレクトしたり。とにかく自分たちがカッコイイと思うものを集めて編集した、新しい古着屋です。買い付けた服に手を加えて、リメイクすることも少しずつ始めました。

 しばらくすると店は上手く回り始めましたが、一方で僕は一緒に仕事をしていた先輩とソリが合わなくなっていって。古着に対する考え方の相違が原因。次第に「辞めたい」と思うようになってしまいました。――第3話につづく

文:小湊千恵美
企画・制作:FASHIONSNAP.COM

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