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江口寿史氏の“トレパク”炎上を弁護士が解説 ファッション業界人が気をつけるべきことは?

「弁護士に聞く!」企画の扉絵と海老澤美幸弁護士の顔写真

Image by: FASHIONSNAP

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江口寿史氏の“トレパク”炎上を弁護士が解説 ファッション業界人が気をつけるべきことは?

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 イラストレーターの江口寿史さんがルミネ荻窪のイベント用に制作したヴィジュアルが、ある女性の写真を無断でトレースしていた“トレパク”(トレース+パクリ)として波紋を広げている。炎上を受け、Zoffやエドウイン、クレディセゾンなども、過去に江口さんが手掛けた制作物の取り下げや調査を行っている。今回の炎上から、ファッション業界で働く我々が学ぶべきことは何か。ファッションローを専門とする海老澤美幸弁護士に、クリエイターと企業、それぞれが気を付けるべき点を解説してもらった。

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弁護士、ファッションエディター

海老澤美幸

Miyuki Ebisawa

ファッション編集者出身の異色の弁護士。ファッション産業に関連する法律分野「ファッションロー」に注力。1998年、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業し、自治省(現総務省)に入省。1999年、宝島社に入社し、女性誌編集に携わる。2003年に渡英し、ロンドンにてスタイリストアシスタントに。2004年からフリーランスファッションエディター/スタイリストとして「エル・ジャポン」「ギンザ」「ハーパーズ バザー」「カーサ ブルータス」等で活動。2014年に一橋大学法科大学院修了、2017年に弁護士登録。2019年から三村小松法律事務所に所属。

⎯⎯今回の炎上を法律家の目線で整理するとどうなりますか?

 問題となり得る権利は、①トレース元とされる写真の著作権、②モデルとなった女性の肖像権、③女性のパブリシティ権の3つになります。

 ①の著作権は創作物に発生する権利です。写真では、被写体の選定、構図、カメラアングル、シャッターチャンスなど、撮影者の創作性が認められる場合に著作物として保護されます。ただし高度の創作性は必要なく、証明写真のようなものでない限りは、日常のスナップ写真であっても、写真は一般的に著作物として認められるケースが多いです。今回、トレース元になったとされている写真は構図やカメラアングルなども特徴的ではあり、著作物と認められるのではないでしょうか。

 著作権侵害かどうかは、【A】元ネタを参考にし(依拠)、【B】元ネタに類似している(類似)という2つの条件を満たす必要があります。このうち、元の作品に類似しているかどうかは、少し難しい表現ですが、元作品の「表現上の本質的な特徴を直接感得できるか」で判断されます。

 江口さんのイラストは、元の写真の構図やカメラアングルなどをそのままの形でイラスト化したもので、個人的には著作権侵害に当たるのではないかとの印象を持っています。もっとも、イラスト化によりデフォルメされていますので、元写真の表現上の本質的な特徴を直接感得できないとの考え方も確かにあり得るところで、ここは専門家の間でも意見が分かれそうです。

⎯⎯②の肖像権、③パブリシティ権についてはどうですか?

 ②の肖像権は全ての人間が持っている権利で、みだりに自分の容姿を撮影されたり、撮影された写真を公開されない権利をいいます。肖像権の侵害は、様々な要素を考慮して、「社会生活上受忍限度の範囲内か否か」が基準になります。SNSの個人アカウントに投稿した写真をイベントポスターに使われるというのは一般的に想定の範囲外で、社会生活上受忍限度を超えるように思われますので、肖像権の侵害に当たると思います。

 最後に③のパブリシティ権についてです。パブリシティ権は、ざっくり言うと有名人が持つ権利です。例えば有名人が服を着用することでその服が売れるように、有名人の名前や肖像が持つ「顧客吸引力」を独占できる権利がパブリシティ権です。

 今回モデルとなった女性は、「ミスiD2022」のグランプリ受賞者で、写真集なども出されていたようです。彼女の顔を知っている人は相当数いると考えられ、商品やサービスを売る力である顧客吸引力を持っていると言えそうです。そうなると、彼女の顔をモデルにしてポスターを制作することは、パブリシティ権侵害の可能性もあります。

 なお、江口さんは事後的に女性の許諾を得たということですので、今回のケースではこれらの法的な問題は解決されているということになります。

トレースする=権利の侵害ではない

⎯⎯今回の件を発端に、江口さんの過去のさまざまな制作物に対して、SNSで検証の動きが広がっています。

 検証事例としてSNSに挙がっている制作物と元ネタとされる写真を見比べると、権利侵害には当たらないと思われるものも含まれています。注意してほしいのは、「トレースする=権利の侵害」ではないということです。SNS上では、トレースという行為自体が著作権侵害として非難を集め、拡散されがちですよね。個人的には、そういった世の中の潮流には危うさも感じます。炎上していることと、権利侵害の有無については切り離して考えるべきです。

⎯⎯「危うさを感じる」とは、具体的にどういう意味でしょう。

 一般的にイラストなどの創作物は、多かれ少なかれ、また意識的か無意識的かはさておき、過去の作品を参考にし、それらに基づいて制作されることが多いと思います。具体的にこれを参考にしたというものが手元になくても、頭の中に参照元があり、それをミックスしたり自分らしくアレンジしたり。何かに基づいて新しいものを作ることが文化の発展を支えてきたわけです。著作権法が、創作者の権利を保護しつつ、著作物の公正な利用を確保することで文化の発展に寄与することを目的としているのは、そういう意味です。

 今回の騒動で「何かを参考にしてはいけない」「トレースしたら私刑に処される」という認識が広がって、クリエイターの創作活動を萎縮させはしないかと懸念を抱いています。これだけ大きな騒動になってしまうと、特に若いクリエイターは、そういうメッセージとして受け取ってしまいかねない。それは文化の発展にとって危ういことだと思います。

⎯⎯クリエイターが炎上を避けるための自衛策として、どんなことが考えられますか?

 当たり前のことではありますが、「何かを参考にしたらちゃんと変えましょう」「丸パクリするのはやめましょう」。元ネタを参考にしたとしても、そこに自分の創作性を加えることが重要です。

 先ほど説明した通り、著作権の侵害は、【A】依拠と【B】類似の2つの条件を満たす必要があります。元ネタをトレースすることは、元ネタを参考にしているので【A】に当てはまりますが、似ていないなら【B】には当てはまりません。

 「どうしても元の作品に近い形にしたい」「オマージュなどのように、模倣すること自体に意味がある」といった場合は、元の作品の権利者に許諾を取ることを検討するのが良いでしょう。

⎯⎯元ネタからどれだけ変えていたら「変えた」ことになるのか、判断が難しいです。「⚪︎箇所変えればOK」といった、明確な線引きはないのでしょうか?

 残念ながら、具体的な事例について個別に判断していくしかないので、一概に「この程度変えていたらOK」と言うことはできせん。「⚪︎箇所変えればOK」というのはだいたい都市伝説ですね。一つ言えるとすれば、似ているかどうかの判断はとても難しい。だからこそ、迷ったら専門家を頼ってほしいと考える点でもあります。

 検証事例としてSNSで広がっている江口さんの過去の制作物についても、元ネタとされている写真から、顔や髪型、服の形などを変えてイラスト化しているものも少なくないですよね。個別の判断にはなりますが、個人的に見た限り、そうしたものの中には著作権侵害に当たらないものも含まれている印象です。

クリエイターへの責任追及の難しさ

ルミネ荻窪が公式サイトに掲出した告知ヴィジュアルの取り下げと江口さんのトークショー中止の知らせのキャプチャ画像

炎上を受け、ルミネ荻窪が公式サイトに掲出した告知ヴィジュアル取り下げの知らせ

⎯⎯時代によって変わっていく倫理観に合わせて、自身の意識をアップデートさせていくことも炎上を避ける点では重要ですね。

 そうですね。かつては写真をトレースして何かを制作することは、手法としてさほど珍しいものではなかったかもしれません。インターネットやSNSも発達していない時代では、たとえ”トレパク”したとしても特定されることはほぼなかった。ところが、インターネットやSNSがここまで発達した現代は、”トレパク”すれば瞬時に特定されるわけです。実際、今回の件でも、驚くべきスピードで古いネタが特定されていきました。

 技術の発展に伴い、人々の著作権などに対する意識や倫理観も大きく変化しています。パクリがいとも簡単になされ、瞬時に拡散され、パクリによって利益を上げられる世の中で、人々の権利意識が高まるのは当然の帰結のようには思います。こうした世の中の権利意識や倫理観の変化に、江口さんは十分追いついていなかったのかなと感じます。

 モデルとなった女性から事後許諾を受けたと報告した江口さんの投稿(現在は削除済み)も、誤解を招くものだったと思います。インターネットやSNSが発達していなかった時代では、メディアや大物クリエイターなどに取り上げてもらうことが、新進アーティストやモデルたちにとっては世に出る数少ないチャンスの一つでした。しかしながらSNS時代の今は、そうではなくなっている。江口さんは投稿の中で、「女性の今後の活動に注目してほしい」と書いていましたが、女性への謝罪なども投稿にはなく、個人的には、もしかしたら「取り上げてあげた」という昔の感覚が抜けきれていなかったのかな……とも感じました。全体的に、元ネタやその創作者へのリスペクトや誠実さが欠けていると受け取られたことが、炎上に拍車をかけたのではないかと考えています。

⎯⎯クリエイター側が気をつけることは、「参考にしたら変える」でした。では、クリエイターに制作を依頼する企業側は、リスク回避として何に気をつけるべきですか?

 一般的に行われているのが、クリエイターとの契約書の中に、「制作物が第三者の権利を侵害しないことを保証する」といった条項を盛り込んでおく方法だと思います。このような条項を入れておくことで、制作物が他人の著作権などの権利を侵害している場合に、企業側がクリエイターに契約違反の責任を問うことが可能になります。もっとも、この条項はあくまで制作物に問題がある場合を定めたもの。例えば、制作物自体には特に権利侵害はないにも関わらず、何らかの理由で炎上してしまったようなケースは、この条項ではカバーできません。

 また例えば、自社の制作物は問題ないものの、そのクリエイターが制作した他社の制作物が炎上してしまい、結果的に自社にも影響が及んでしまった、といった場合もカバーされません。このようなケースで企業がやむなく制作物の撤去や謝罪などの対応をせざるを得なくなったとしても、それはあくまで企業側の自主判断ですので、クリエイターにその撤去費用の負担や損害の賠償を求めることは難しいと考えられます。

 今回のケースでは、ルミネ荻窪へ納品したイラストが著作権や肖像権、パブリシティ権の侵害に当たる可能性があるように思いますので、ルミネ側が江口さんに費用の負担などを求める可能性はありそうです。モデルとなった女性は最初にルミネに連絡をしたという経緯のようですので、女性の許諾を得る過程で、ルミネと江口さんとの間でこのあたりのことも協議されたのかもしれません。

 他方で、江口さんに依頼した別の会社が、自社の制作物は著作権侵害に当たらないにも関わらず、ルミネでの炎上を理由に制作物の撤去費用の負担などを求めるのは難しいと思います。

 企業側がいわゆる炎上リスクまでカバーしようとすると、クリエイターとの契約書にその旨を明記するしかないと思います。しかし、炎上は当事者に原因がなくても発生します。クリエイターが炎上全てに対応しなければならないとすれば、クリエイターの負担が大きすぎる。2024年11月にフリーランス新法が施行され、企業に比べて立場の弱いクリエイターを保護する動きが日本において強まっています。2026年1月1日には、改正下請法も施行されます。企業がクリエイターに対して漫然とそうした義務を課すのは、これらの法律との関係でも問題になり得ます。

 契約書に炎上リスクを明記するとしても、例えば「炎上した場合は、企業とクリエイターが協力して解決にあたる」といった内容にするなど、クリエイター側に一方的に広すぎる義務を負わせないよう注意する必要があります。

企業は責任ある判断を

⎯⎯契約の文言で炎上後のリスクに備えるだけでなく、炎上を未然に防ぐために企業側ができる自衛策はどういったものになりますか?

 契約前に、クリエイター自身の情報をよく調べるといった当たり前のことがまず1つ。ニュースやSNSなどを検索する方法が一般的かと思います。これにより、仮に過去のトラブルや炎上などが見つかった場合には、そうした点に注意しながら取引を進めることができます。また、クリエイターと丁寧にコミュニケーションを取ることも有効だと思います。テーマや制作手法などについてコミュニケーションを重ねることで、気付ける点もあるのではないでしょうか。

 クリエイターからの納品物を、社内でチェックする体制を整備することも有効です。一般的な方法としてまず考えられるのは、画像検索ツールなどを活用したチェック方法。ただ、公開前の納品物は秘密情報に当たることも多いため、情報漏洩には注意が必要です。また、社内のチャットグループなどを活用し、複数のメンバーの目を通すことも有効だと思います。

 著作権の話とは異なりますが、例えば納品物にジェンダー観の偏りがないかや、「文化の盗用」として炎上する可能性はないかといったことは、多様な価値観を持つメンバーでレビューすることがリスク発見につながりやすい。“トレパク”などについては世の中に無数に創作物が存在する以上、リスクの芽を完全に摘み取ることはなかなか難しいのが実情ですが、複数の目でレビューすることで、「あの作品に似てない?」などの指摘が期待できます。

⎯⎯話を聞いていて、クリエイターや企業だけでなく、SNS空間にいる我々一人ひとりがリーガルリテラシーを高めることも、文化をよりよい形で発展させていくためには重要だと改めて感じました。

 本当にその通りだと思います。クリエイターや企業の方によくお伝えするのですが、法律違反や権利侵害か否かのラインと、炎上するかどうかのラインは全く別モノで、それぞれ対応も変わります。どこからが法律違反や権利侵害なのか、法律違反や権利侵害とまでは言えないけれど炎上するリスクはありそうか。その嗅覚を養うことが大切だと思っています。

 他方で、無数の人が投稿し拡散されていくSNSの性質上、不合理な炎上も少なくありません。特に“トレパク”は、それが法律違反や権利侵害かどうかに関わらず、「トレースしていた」という“疑い”だけで炎上してしまう。炎上すれば、いわれのない誹謗中傷や取引先などにも問い合わせが殺到するなど、実際の活動や生活に支障が出ることもあります。これによりクリエイターがつぶれてしまったり、萎縮してしまったりというのは本当に残念です。こうした風潮を変えるためにも、世の中一般への教育や啓蒙活動など、地道なアクションが非常に重要だと思っています。

 今回のケースに限らず、“トレパク”疑惑の炎上ケースでは、法律違反や権利侵害とまでは言えないにも関わらず、パクリと決めつける投稿が散見されます。こうした投稿は名誉毀損や営業妨害に当たるリスクもあります。こうした投稿を自身がする際はもちろん、拡散する際にも、一度立ち止まって「本当に誰かの権利を侵害しているのかな」と考えてみることが大切だと思います。

 同時に、企業には責任を持って判断をしてほしいとも感じます。他社の制作物が炎上していることを理由に、安易に右に倣えで自社の制作物も取り下げることは、できるだけ控えるべきでしょう。企業の行動は、世の中に対するメッセージになります。安易に他社に倣うのではなく、自社の制作物は権利侵害に当たるのか、権利侵害に当たらないとして、採用し続けることと取り下げることそれぞれの影響はどうかなどを、専門家を交えてしっかり検証した上で判断すべきだと思います。そして、その経緯をプレスリリースなどで丁寧に説明することも重要です。

 もちろん、問い合わせが相次ぐなどして営業に支障が出てしまい、すぐに対応せざるを得ないこともあるでしょう。そういう時こそ、法的観点なども踏まえてしっかりと検討すべきですし、そういう姿勢を持つことが企業の社会的責任だと考えます。

【追加で質問】
これって法的に大丈夫?3選

Q.女性ファッション誌は、名作映画を意識した撮り下ろしや1ヶ月着回しストーリーを掲載していることがあるけど、あれはアリ?グレー?

映画のワンシーンなども基本的には著作物にあたります。ファッション誌の撮影では、恐らくはテーマや雰囲気、撮影場所や構図などを映画のワンシーンに近づけることが多いと思いますが、当然ながらモデルとして起用している人物も違いますし、背景セットも、場所も、着ているものも違うでしょう。そうすると、著作権は侵害しないということになるかと思います。

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Q.漫画の登場人物が有名ブランドのものと分かる服を着ていることがある。自分の好きなキャラが好きなブランドを着ていると嬉しいけど、問題ない?

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そもそも服のデザインに著作権が発生するのは、オートクチュールなど独創的なものに限られます。よって、服のデザインを漫画化することは著作権の観点から問題ない場合が多いと思います。他方、キャラクタープリントや写真プリントなどは著作物に当たる可能性が高いので要注意。ロゴやマークなどには商標法や不正競争防止法などの法律が関わってきますが、1コマに小さく登場するような場合は問題ないことが多いでしょうか。いずれも具体的な判断によりますので、専門家への相談をおすすめします。

Q.流行りに乗って、画像生成AIを使って「ジブリっぽい」イラストを作って楽しんでいる。ある日突然訴えられたりしない?

著作権はあくまで“具体的な表現”を保護するもので、アイデアやスタイル、雰囲気などは保護されません。「ジブリっぽい」というのが、ジブリ映画のような雰囲気やスタイルだけを取り入れたものであれば、著作権侵害には当たらないのではと思います。自分の似顔絵を使って、「ジブリっぽい」画像を作って楽しむ限りでは問題ないでしょう。

他方、ジブリの特定キャラや特定シーンに類似した画像を生成して使うことは著作権侵害に当たる可能性が高いと思います。また、「ジブリ風」とタグ付けしたりすることも、個人で楽しむ限りでは問題にならないことが多いと思いますが、ビジネスと絡めて「ジブリ風」を使うことは、商標権や不正競争防止法などの侵害に当たる可能性があります。

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最終更新日:

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