
Image by: Warner Music Japan
全く異なるジャンルでありながら、古くから蜜月関係にあるファッションと音楽。ここ十数年でその結び付きはさらに強くなり、今やファッションメディアでなにがしのアーティスト名を見ない日は無いと言ってもいいほどである。だがアーティスト名は目にするものの、彼/彼女らがファッションシーンへと参画した経緯や与える影響力、そして何よりも楽曲に馴染みが薄く、有耶無耶の知識のまま名前だけを認知している人も少なくないだろう。
そこで本連載【いまさら聞けないあのアーティストについて】では、毎回1組のアーティストをピックアップし、押さえておくべき音楽キャリアとファッションシーンでの実績を振り返る。第17回は、「フジロック フェスティバル’25(FUJI ROCK FESTIVAL'25)」にヘッドライナーとして出演する音楽プロデューサーでソングライターのフレッド・アゲイン(Fred again..)についてお届けする。(文:Internet BoyFriends)
目次
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非難の対象にもなる“青い血”がゆえの恩師との出会い
2019年に突如現れると、パンデミック期間中に三段飛ばしで人気アーティストの階段を駆け上がったフレッド・アゲインだが、実は非常に長く濃いキャリアの背景があるのはご存知だろうか。そもそも彼は、フレッド・ギブソン(Fred Gibson)の名義で10代の頃からプロデュース業をメインに10年近く最前線で活躍していた中で、ある恩師の言葉をきっかけにアーティストの道を志すようになったのだ。本稿では、そんな彼の生い立ちや恩師との出会いから振り返りたい。
本名フレデリック・ジョン・フィリップ・ギブソン(Frederick John Philip Gibson)は、1993年7月19日にイングランド・サウスロンドンで生まれた。父親は地主階級の法廷弁護士で、母親は貴族のルーツを持つ彫刻家、さらに親戚には「ジェームズ・ボンド(James Bond)」の作者イアン・フレミング(Ian Fleming)がいるという、いわゆる“青い血”の名家出身。このためロンドン生まれではあるが、中高時代はロンドンから電車で2時間ほどの場所にあり、デイヴィッド・キャメロン(David Cameron)元首相やキャサリン妃(Catherine, Princess of Wales)らの母校としても知られる全寮制の超名門校マルボロ カレッジ(Marlborough College)で教育を受けている(以上のことから母国では“おぼっちゃま”として非難されることは少ない)。
音楽への目覚めは早く、8歳の頃にはカセットレコーダーでクラシックピアノの作曲を始め、マルボロ カレッジでは授業をサボって音楽室に入り浸り、ブリアル(Burial、ダブステップを代表するアーティスト)、フォー・テット(Four Tet、フォークトロニカのパイオニア的存在)、ジェイ・ポール(Jai Paul、音楽プロデューサー)らの楽曲をのめり込むように聴いていたそうだ。
そんな16歳のある日、人生の転機が訪れる。フレッドは、知人の代役として近所のアカペラグループの練習に招かれたのだが、これを主催していたのがアンビエントの巨匠ブライアン・イーノ(Brian Eno)だったのだ。なんでも、フレッドの父親がクリケットの試合の帰りにイーノを家まで車で送ったことがきっかけで知り合ったそうで、アカペラグループにはユーリズミックスのボーカルとして知られるアニー・レノックス(Annie Lennox)までいたという。この時、フレッドはイーノに近付く絶好の機会と捉えて隙を見ては話しかけ、次の週にも会う約束を取り付けることができた。その1週間は寝ずに100曲ほどを下書きして持ち込み、結果実力が認められる形で師弟関係に発展。みるみる力を付け、20歳の時にはイーノとカール・ハイド(Karl Hyde、アンダーワールドのメンバー)のコラボアルバム「Someday World」と「High Life」を、イーノと共同プロデュースしたのである。
音楽キャリアの原点は日本?
イーノと共に「Someday World」と「High Life 」をリリースしたフレッドは同年、その後の音楽キャリアに大きな影響を与える出来事に直面する。それは、「レッドブル(Red Bull)」による若きアーティストたちをサポートする音楽学校「レッドブル ミュージック アカデミー トウキョウ(Red Bull Music Academy Tokyo、以下RBMA)」への参加だ(*2019年に閉校)。彼は「フジロック」への出演がアナウンスされた際、インスタグラムのストーリーズで「RBMA」および日本での思い出を長文にわたって綴っていた。

フレッド・アゲインの公式インスタグラム(@fredagainagainagainagainagain)より
「最初で最後の来日は、たしか11年前に参加した『RBMA』の生徒としてだったかな。『RBMA』を耳にしたことがある人は、あれがどれほど素晴らしいものだったかを知っているだろうし、その一員だったことをとても誇りに思うよ。そこでは、多くのことが起こったんだ。カール・クレイグ(Carl Craig、デトロイトテクノの重要人)と一緒に音楽を作り、トニー・ハンフリーズ(Tony Humphries、ハウスミュージック黎明期から活躍するDJ)がパラダイス ガラージ(Paradise Garage、1977〜87年に存在していた史上最高のクラブのひとつ)やザンジバル(Zanzibar、ジャージーサウンド発祥のクラブ)でハウスを生み出し、プレイしてきた夜についても話を聞くことができた。そして、ラジオシーンで最も重要な声を持つ存在で、カニエ・ウェスト(Kanye West)の『On Sight』や『Fade』にサンプリングを提案した例のあの人に会うことも出来たんだ」

フレッド・アゲインの公式インスタグラム(@fredagainagainagainagainagain)より
「例のあの人とは、伝説のベンジー・B(Benji B、英国で最も有名なDJでラジオプレゼンター)さ!一度だけ東京の小さなクラブで個人的なライブをしたことがあるんだけど、その後にベンジーが僕に話しかけてくれたんだ。(今のようなエレクトロニック・ミュージックを演奏するスタイルは、それが初めてだった)。その時、僕はその出来が不安で自暴自棄になっていた。そして、クラブの静かなトイレの近くのロッカーのようなところで立ち尽くし、自己嫌悪に陥ったことを覚えている。すると、ベンジー・Bが『今まで見てきた中で、最も感動したライブのひとつだったよ』と声をかけてくれたんだ。正直、それ以上の意味はなかった」

フレッド・アゲインの公式インスタグラム(@fredagainagainagainagainagain)より
また、「『RBMA』に応募したときのことを振り返ろう」というストーリーズでは、2019年に投稿したフィードをシェア。そこには当時の写真や映像と共に、「『RBMA』での出来事は、僕を本当に感動させてくれたんだ。 東京での2週間は、僕の人生の中で最も現実離れした時間だったね。何年先でも語り継がれるような伝説的な出来事になるような気がしたし、参加出来たことに深く感謝している。 ドレー・スカル(Dre Skull、エレクトロシーンで活躍するミックスパック レコードの主宰者)にベンジー・Bをはじめ、この素晴らしいイベントに関わった全てのレジェンドたちに愛を込めて」と、思いの丈が記されている。

フレッド・アゲインの公式インスタグラム(@fredagainagainagainagainagain)より
「だから、日本は僕にとって本当に特別な場所なんだ!今の音楽キャリアをスタートさせたとも言える場所だからね。だから7月、また行くよ!ついに、日本で初めてのツアーができるんだ。『フジロック』は、誰もが世界で一番好きな音楽フェスだと話す場所のひとつだし、参加出来ることをとても楽しみにしているよ」
こうしてフレッドは、「RBMA」での経験を糧にプロデューサーとソングライター業を本格化。ジャンルをまたいで活躍できるその柔軟性を武器に、20代前半にしてエド・シーラン(Ed Sheeran)、リタ・オラ(Rita Ora)、チャーリー・XCX(Charli XCX)、ストームジー(Stormzy)、J・ハス(J Hus)、FKA ツイッグス(FKA twigs)ら名だたるUKアーティストたちのヒット曲を手掛けるように。そして、「RBMA」から5年後の2019年には、UKシングルチャートで1位を獲得した楽曲の3分の1に彼が関わっているという偉業を成し遂げたのだ。
プロデューサーのフレッド・ギブソンから、アーティストのフレッド・アゲインに
知る人ぞ知るUK音楽シーンのヒットメーカーとなったフレッド・ギブソンだったが、次第に「自分が作らなきゃいけない何かを、まだ作れていない」という感覚に襲われるようになり、この感覚が日増しに強くなる中、恩師ブライアン・イーノから連絡があったという。
「台所を掃除しながらパソコンで音楽をシャッフル再生していたんだが、何度も『お、この曲いいな』と思って確認すると、どれも君の未発表曲だった。もういい加減、これを完成させないとダメだ。我が家のパソコンに眠らせたままにしておくなんて、もったいない」
これが決定打となり、フレッド・アゲインの名でダンスミュージックに特化したソロキャリアを歩み始めることを決意。ちなみに、フレッド・アゲインというアーティスト名はグライムMCのフローダン(Flowdan)が名付け親で、理由は不明だが映画「スクービー ドゥー(Scooby-Doo)」のセリフ「I’m Fred again!(またフレッドになった!)」が由来とのこと。
こうしてフレッド・アゲインとしての活動がスタートし、まず取り掛かったのがプロジェクト「Actual Life」である。日本語で“現実の生活”を意味する通り、スマートフォンで撮影した街の映像、録音した友人との会話、SNSで見つけたクリップなど、たわいもない日常の生音をサンプリングしてピアノやビートを乗せた楽曲がメイン。この手法は、フレッド・アゲインとしての活動前から構想していたそうで、現代人の多くが思い出を写真に残す一方、彼は音で記録していたことから発想に至ったという、いわば彼の“音楽日記”のような作品だ。現在までに3作がリリースされ、それぞれ「Actual Life (April 14 – December 17 2020)」、「Actual Life 2 (February 2 – October 15 2021)」、「Actual Life 3 (January 1 – September 9 2022)」と、時間軸を明記したタイトルが特徴。また、アートワークにも“日常感”が反映されており、それぞれ散歩中、地下鉄に乗車中、自動車で移動中の自撮りが採用されている。
「Actual Life」シリーズの中でも、「Actual Life (April 14 – December 17 2020)」は人気が高い。というのも、同作はパンデミック中にリリースされたのだが、かつて当然だった日常の断片と語りかけるような会話を引用したエモーショナルな作風が時世と重なり、瞬く間に音楽好きの間で話題の存在となったのである。
特に、アメリカ・アトランタで出会ったカルロスという男性の「We gon’ make it through(俺たちはきっと乗り越えられる)」を大胆にサンプリングした「Carlos (make it thru)」は、その前向きな発言に勇気付けられた人々が多く、熱狂的なファンの間では定番のタトゥーとなっている(100人近くいるらしい)。また、ザ・ブレスド・マドンナ(The Blessed Madonna、アメリカ出身でロンドンを拠点に活動するハウスDJ)の即興的な語りをフィーチャーした「Marea (We've Lost Dancing)」は、「This next six months / Day by day / If I can live through this / What comes next / Will be / Marvellous(この先の6ヶ月の⽇々を生き延びることができたならば、その先に待っているのは、きっと素晴らしい未来だろう)」というリリックから、フレッド・アゲインの楽曲の中では頭ひとつ抜けた再生数を誇っている。
余談だが、フレッド・アゲインの親しい友人で、今回の「フジロック」にも出演するジョイ・アノニマス(Joy Anonymous、エレクトロニックデュオ)のヘンリー・カウンセル(Henry Counsell)は当時のルームメイトで、ほぼ毎日一緒に楽曲を作っていたそうだ。さらに、「Actual Life 3 (January 1 – September 9 2022)」の制作時には、より創造的な刺激を得るために、ロサンゼルスに住むスクリレックス(Skrillex)と数週間ほど自宅を交換するという風変わりな制作過程を実施。結果として、同作はグラミー賞で最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞に輝いている。
恩師との待望の共作や“無限に進化し続けるアルバム”も
フレッド・アゲインは、「Actual Life」シリーズ以外にもアルバムやミックステープを制作しており、そのひとつがヘディー・ワン(Headie One、ノースロンドン出身のラッパー)との共作「GANG」だ。2020年にリリースされたこのミックステープには、ジェイミー・xx(Jamie XX)、サンファ(Sampha)、FKA ツイッグスが参加しており、それぞれの個性が光る多面的な作品に仕上がっている。
2023年には、恩師ブライアン・イーノとの念願の共作「Secret Life」を発表。45歳差コンビの同作は、イーノ色の強いアンビエントな作品でありながら、フレッド・アゲインらしい浮遊感のあるメロディーも組み合わさった美しいアルバムに。
そして、2024年にリリースされた4thアルバム「ten days」は、タイトルこそ違うが「Actual Life」シリーズの続編のような位置付けで、“ごく個人的な10日間についての10曲”をコンセプトに掲げた私小説的かつ小気味良く踊れる作品だ。なお、コンセプトにあわせて10曲のインタールードを挟んだ全20曲が収録されているのだが、数ヶ月後に「本当は収録したかった」という2曲を「two more days」としてリリースしている。
また、2022年に発表したコンピレーションアルバム「USB」は、彼いわく“無限に進化し続けるアルバム”だ。3年にわたって新曲が追加され続けており、7月にリリースされたばかりのスケプタ(Skepta)とプラークボーイマックス(PlaqueBoyMax、アメリカのプロデューサーで配信者)との最新曲「Victory Lap」も本作に収録されている。
「ボイラー ルーム」での怪演と「コーチェラ」の代役ヘッドライナー
2021年に「Actual Life (April 14 – December 17 2020)」で話題の存在となったフレッド・アゲインだったが、世界的な知名度の獲得に繋がったのは、2022年の「ボイラー ルーム(BOILER ROOM)」と2023年の「コーチェラ・フェスティバル(Coachella Festival)」への出演に違いない。
2022年7月に公開された「ボイラー ルーム」の約1時間のセットでは、「Actual Life (April 14 – December 17 2020)」の収録曲を中心に、当時未発表だったスクリレックスやロミー(Romy、ザ・エックス・エックスのメンバーでプロデューサー)との楽曲もプレイ。最初から最後までグルーヴ感とレイブ感に溢れ、公開直後から“「ボイラー ルーム」史上最高のセット”と絶賛されると、現在までに同チャンネル史上3番目に再生された映像となっている(4600万再生超え)。
ちなみに、あまりの盛り上がりからDJブースに侵入してしまった男性が、不注意でプレイを止めてしまうハプニングが発生(23:40〜)。それでもフレッド・アゲインは笑顔で対応し、何事もなかったように再開する器の大きさ&技量の高さを見せているのも見所だ。
2023年4月の「コーチェラ」では、ヘッドライナーのフランク・オーシャン(Frank Ocean)が開催数日前に出演キャンセルとなったことで、急遽フォー・テットとスクリレックスと共に代打ヘッドライナーに抜擢されたのである。
この3人は、数年前よりそれぞれの楽曲に頻繁に参加し、「コーチェラ」の2ヶ月前にはB2Bセット(*2人以上のDJが交互に曲をプレイすること)でニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン公演を完売させていたことから、白羽の矢が立ったそうだ。
だが、フレッド・アゲインは当初、「2人の晴れ舞台を台無しにしてしまうかもしれない」と出演に消極的な姿勢を見せていたという。それでもフォー・テットに「これは2人のパーティーじゃない。3人のパーティーだ」と説得されたことで快諾し、「コーチェラ」の歴史に残るB2Bを90分間にわたり披露したのであった。
「シャネル」での活躍や、英国出身らしいマーチャンダイズ
フレッド・アゲインの才能は、大西洋を渡ったケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)の耳にも届いており、2024年に意外な形で初コラボが実現する。それは、「シャネル(CHANEL)」2024年春夏オートクチュールコレクションのショーBGMの制作だ。
当初、「シャネル」はケンドリックのみに声を掛けていたが、ショー直前にフレッド・アゲインに参加を急遽要請。本番までに1週間ほどしか時間がなかった中、ドラマチックなメロディにUKガラージのエッセンスを組み込んだ楽曲を見事に完成させている。
また、「ten days」のリリース時には、人間の血液を詰めた“サタン シューズ(Satan Shoes)”や超巨大ラバーブーツで知られるアメリカ・ブルックリン発のクリエティブエージェンシー「ミスチーフ(MSCHF)」とコラボ。青空が印象的なアートワークにちなんで、紫外線を浴びると雲と青空のグラフィックが浮かび上がる特殊な白Tを発売した。
そして、“フットボールの母国”であるイングランド出身のアーティストらしく、たびたびフットボールシャツのマーチャンダイズを制作しており、今回の「フジロック」でも特別仕様の1枚を発売予定。首元に“再現”の文字があしらわれたフットボールシャツを販売するという。
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