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“人間らしい矛盾や揺らぎ”を肯定し、「感覚的な知性」を取り戻す⎯⎯「カカン」が初ショーで見せたブランドの哲学

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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 「美しさは純粋さだけではなく、野生や揺らぎを含むもの」⎯⎯デザイナーの工藤花観が手掛ける「カカン(KAKAN)」がブランド初となるランウェイショー形式で発表した、2026年秋冬コレクション。そこで見せたのは、理性的で社会的な側面だけでなく、矛盾や揺らぎ、感覚的で衝動的な部分をも併せ持つ人間の在り方を受け容れ肯定するという、ブランドの根底にある思想そのものだった。

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Image by: FASHIONSNAP(Hina Nagai)

 デザイナーの工藤は、セントラル・セント・マーチンズでファインアートとファッションアクセサリーのデザインなどを学び、その後ミラノのイスティトゥート・マランゴーニでファッションデザインを専攻。卒業後は「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」や「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」、「シャネル(CHANEL)」のビューティラインなどで経験を積み、2024年に自身のブランドであるカカンを立ち上げた。

 「TOKYO FASHION AWARD 2026」の受賞により、東京ファッションウィーク公式スケジュールでの記念すべき初ショーとなった今回。会場の渋谷ヒカリエ ホールAには、黒いカーテンとコの字型の客席、天井に一列に灯る照明だけが配置されていた。ショーのBGMとして選ばれたのは、イギリスのスポークンワード・パフォーマーで詩人のケイ・テンペスト(Kae Tempest)による「People's Faces」。現代社会を生きる困難や孤独の中で、他者の顔に希望を見出すという内容の詩を朗読する声が、ピアノの音色とともに響き渡っていた。客席との距離が遠く、削ぎ落とされた空間に広がる長く広いランウェイを、服をまとった裸足のモデルが一人ずつ、静かに歩いては帰っていく。その光景からは、社会的・文化的なノイズが取り払われた、人間の本質的な姿や生の在り方が浮かび上がってくるようだった。

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 今季のコレクションのテーマは、「WILD, NOT PURE」。整然とされた理性的な側面だけでなく、ときに曖昧で衝動的な、揺らぎを抱えながらも前向きに生きる人間の姿に「美しさ」を見出し、ニットという可変的な素材を用いて、その姿を肯定するさまを表現したという。

 ファーストルックは、カカンのシグネチャーでもある手紡ぎの羊毛糸による手編みニット「HANDSPAN」シリーズの、裾を引きずるほど長いロングドレス。身体を包み込むような有機的で立体的なフォルムやテクスチャーは、ナチュラルな生成りの色味も相まって、羊毛そのものや繭など、自然物のようなあたたかみを感じさせる。

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 続くルックでは、カカン定番のシルエットのジャケットとスラックスのテーラリングのセットアップに、HANDSPANシリーズの黒のロングガウンを羽織ったスタイルや、白鳥の子育てに着想を得たという、ブランド初期から展開する毛足の長い「スワンシリーズ」のニットビスチェにピンストライプのスラックスを合わせたスタイルなどが登場した。社会性を象徴するテーラリングと自然性を象徴するニットの共存。そこには、理知と野生の両面を併せ持つ人間の在り方への肯定と、寄り添う姿勢が体現されている。

Image by: FASHIONSNAP(Hina Nagai)

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 もっとも、カカンはシグネチャーのニットに加え、ファーストシーズンからブランドのワードローブの軸としてテーラリングを打ち出してきた。それを考えると、揺らぎや矛盾を抱えながら生きる在り方を肯定する姿勢は、今シーズンに限らずブランド自体とそのものづくりの根底に常にあるものだと言える。

 演出と同様、ショーを印象づけていたのはその削ぎ落とされたスタイリングだ。足元は裸足。全てのルックは極力レイヤードせず潔く素肌にまとわれている。その中で、まるで今摘んできたばかりのように手やバッグの中に携えられた野花や野草と、獣毛を編んだようなストールやベルト、白鳥の羽根や大地を思わせる素材の大ぶりなヘッドピースが、着る人の自然体でいきいきとした美しさを引き立てていた。

 カカンが提示するのは、人を飾り立てるためのデザインや装飾、服ではない。人間や動物、植物をはじめとした生命の営みの断片を具現化することによって、それがそのまま自然な装飾性を帯びるような、心地良く身体に馴染む美しさを湛えていた。一方で、ブランドの定番の一つである「カウチンニット」の背中には、可憐なスミレの花のモチーフとともに「DO THIS OR DIE」という強いメッセージが刻まれており、工藤が今回のショーやブランドのものづくりに込める思いと覚悟の強さがうかがえた。

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 コレクションノートの中で、工藤はフランスの哲学者 クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)の「野生の思考」を、“初心に還る場所”であり同コレクションの原点として挙げた。「野生の思考とは、世界を支配するための知性ではなく、世界と共存するための知性」であり、効率や正解を優先する現代の思考には、人間が元々持っていた「感覚的な知性」を切り落としてしまう危うさがあること⎯⎯。工藤は、工業製品にはない歪みや揺らぎ、不均衡さをもち、不完全さも含めて構造として提案することのできるニットを「世界と共存するための感覚的な知性」として捉えている。「不自然さを取り除くのではなく、不自然さも含めて自然で、共に在ること」。工藤は人の素肌に直接触れる「ファッション」というフォーマットを通じて、その哲学を届けようとしている。

 ラストルックでは、ミニマルなブラックのロングドレスの上に、白とベージュの手紡ぎ糸のニットガウンを身体を包み込むようにたっぷりとまとった姿のモデルが登場した。彼女はランウェイを歩きながら手紡ぎ糸の塊を少しずつ床に落とし、最後はまるでさなぎから脱皮するかのように、ガウンをそっと脱ぎ捨てた。そして、大地に向かって二度、慈愛に満ちたキスを投げると静かにその場を去り、床にはガウンが抜け殻のように残された。

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 そのラストシーンは、野生性を捨てたというより、むしろ自身の中にそれを受け容れ認めたからこそ、外側に示す必要がなくなった姿にも見えた。目に見える形でまとっていなくても、一度向き合い、自分の一部として引き受けたものは内側に残る。床に残されたガウンには、どこか愛おしさと重みを伴う美しさが漂っていた。

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 正解や効率が重視される現代において、人間の持つ矛盾や揺らぎ、感覚的で衝動的な側面は、ともすれば排除されるべきものとして扱われがちだ。しかし、カカンが提示していたのは、それらを否定することなく、矛盾や不完全さも含めて人間だと認めながら生きるという態度であり、そんな人々に包み込むように真摯に寄り添う服の姿だった。

 初のランウェイショーとなった今回は、カカンというブランドの歩みと思想を示す自己紹介のような内容でもあった。床に残されたガウンのように、その歴史や強み、哲学を観客たちの内側に印象深く落とし込んだからこそ、それを足掛かりとしてより自由に展開されるであろう今後の新たな表現に、大いに期待したい。

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KAKAN 2026年秋冬

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KAKAN 2026年秋冬コレクション

2026 AUTUMN WINTERファッションショー

FASHIONSNAP 編集記者

佐々木エリカ

Erika Sasaki

埼玉県出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、国内大手アパレルメーカー、ケリング傘下ブランドのMDなどを経験した後、2023年にレコオーランドに入社。現在はウィメンズファッションをメインに担当。ファッションやカルチャーへの熱量と同様にジェンダーや社会問題にまつわるトピックにも関心があるため、その接点を見出し、思考や議論のきっかけとなるような発信をしていけたらと願っている。

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