

モードを扱うファッション雑誌は数多あれど、メイド・イン・ジャパンはそう多くない。その貴重な一角を担っているのが、THOUSAND inc.が発行するファッション、カルチャーメディア「シルバー(Silver)」だ。「『東京発』、世界基準のファッション、ライフスタイル」を掲げる同雑誌の千葉琢也 編集長は、「オーリー(Ollie)」や「グラインド(GRIND)」、「パーク(PERK)」といった雑誌を創刊し、軌道に乗せてきた。そして今年、シルバーのウィメンズ版「ルシック(Lucick)」を創刊。「新しく雑誌を作るのは、もう最後だろう」と語る千葉氏。「今、この時代」に新たに雑誌を立ち上げた背景を尋ねると、東京ならではのファッションに対する、同氏の静かな熱意が見えてきた。
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おそらく僕が創刊する最後の雑誌になる
⎯⎯シルバーの創刊時からウィメンズ誌の構想はあったのでしょうか?
本当は最初からウィメンズも一緒にやった方が良かったのですが、当時は独立したばかりだったこともあり断念しました。経験としてメンズ誌もウィメンズ誌もやって、以前手掛けた「グラインド」はある程度、形にすることができましたが、ウィメンズではまだ消化不良な部分がありました。
⎯⎯ルシックの創刊について、ご自身のインスタグラムでは「おそらく僕が創刊する最後の雑誌になるだろうという覚悟を込めて」と投稿していました。
年齢的に47歳になったこともあり、これから新しい本をまた作ることは多分ないだろうなと。これまで作った5誌のことも勿論それぞれ大事に思っていて、最後にルシックを作って、ウィメンズ誌でやりきれなかったこと、編集者としての使命を果たす本にしたいと思ったんです。そして、後進の編集者の育てることの大切さを意識し始めました。

⎯⎯千葉さんが考える、編集者や雑誌の「使命」とは。
僕個人としては、雑誌はすべて使命を持っていないといけないと考えています。この時代に、わざわざ本を1冊読んでもらうわけですから、そこに思想があったり、この本が何をしようとしているのかという部分がないと、読者が気持ちを乗せる部分がない。その雑誌がやろうとしていることに共感できるから読む、ということしか、今、雑誌に残されているものはないんじゃないかと。
⎯⎯グラインドを形にできたとおっしゃっていましたが、使命を果たせたということですか。
グラインドでは、ストリートカルチャーの価値を現代に根付かせることが使命でした。スケートボードやヒップホップをはじめとしたストリートカルチャーがただの不良の遊びではなく、クリエイティブでアートであること、そのカルチャーが持つ可能性を世間に広めたいというのが大きかった。まだ「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」に起用される前のヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)など、シーンを席巻していたクリエイターにフォーカスして、彼らがいかにクールかを伝えてきたつもりで、その後の現代に続いているラグジュアリーとストリートを融合させるという仕事は、編集者という僕の範疇ではやり切ったなと。話し切れませんが、編集者冥利に尽きる経験をさせてもらいました。
それからシルバーを作って、ウィメンズの構想を持ったままここまできました。そして今、この本をやるべき使命として、日本人で東京に住んでいる編集者が作るものを追求した雑誌を必要があると感じて、決心しました。
嘘のない、本当にピュアなものを
⎯⎯雑誌名の「ルシック」はどんな意味ですか?
シルバーに対して、透明を意味する「Lucid(ルシッド)」にしたかったんですが、商標が取れなくて。「Lucid」と、フランス語で「粋な」を意味する「Chic(シック)」、そしてスラングで「やばい、かっこいい」を意味する「sick(シック)」を組み合わせた造語にしました。
⎯⎯「透明」というワードが意味するものは?
今の社会では透明性が大事。嘘のないものを作るという意思を込めてですね。誌面で描いた女性像も、知的で明晰な思考を持っているという人たちでした。東京でリアルに生きる人たちは、そういう力と魅力を持っていますから。

⎯⎯ちなみに「シルバー」の由来は?
僕らはあくまでも、いろんなクリエイターやブランドのものを「反射する」側だという意味を込めています。そしてただ反射するだけではなく、編集という行為、クリエイターやブランドとともに新しい色を作る。だからロゴがホログラムになっていて、シルバーは何色でもある、ということを表現しています。もうひとつは、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の「シルバーファクトリー」からインスピレーションを得ています。これも、たくさんの個性的でクリエイティブな人たちが集まる場所、媒体でありたいという気持ちを込めました。
⎯⎯創刊号は広告ページがありません。読者としては、ノイズがなくコンテンツに集中できましたが、これもある種の覚悟の表れなのでしょうか。
まずは、現代の雑誌ビジネスの慣例にも捉われず、本当にピュアなものを作ってみようとしたら、結果としてこうなりました。僕個人のこれまでの経験でも、業界としても、広告収益を見越したメディアづくりが一般的。そのシステムの良し悪しではなく、一旦離れてみて、僕自身が編集者としてストレートに伝えたいことを表現したかった。広告の有無は特段意識せずに進めていったらこうなりました。
ちなみに出版してから、出稿したかったと言ってくださるクライアントさんもいてくださり、それは、ある意味「いいもの」を作っているという反響のひとつでもあるので、個人的にはとても嬉しい感想でした。そういう風に、ルシックに共感していただける皆さんと協力していけば、ピュアに作っていけると希望が持てました。
創刊号には、日本・東京の様々なクリエイターが参加
東京は世界に誇るべき街
⎯⎯創刊号のテーマは「our TOKYO way」。
僕は今まで世界中、色んなところに行きましたが、東京が一番好きだなと思うんです。ファッションのレベルが本当に高い。そのことを、欧州基準だけに依拠せずに、しっかりと東京らしいリベラルなミックススタイルを打ち出していけば、もっと世界中の人が東京を見てくれるはず。ですから、この本が持っている使命を挙げるとすれば、ヨーロッパのメゾン、モードもアンダーグラウンドなカルチャー的なものも、どちらにも価値を見出せる東京らしい自由なスタイルを発信していくことです。
海外のフォトグラファーと仕事をすると、「なんで日本なのにヨーロッパでやるようなことをするの?東京ってすごいじゃん」とよく言われます。最前線で活躍する彼らから見ても、東京はかっこいい。それを、日本の編集者がもっと自覚すべきだなと。インディペンデントな雑誌だからできることですが、東京が持つ魅力や独自性を改めて誇れるようなメディアが必要だと考えたんです。
⎯⎯LVMHプライズ(LVMH Young Fashion Designers Prize)での日本ブランドへの注目度が高いことからも、自分たち自身が持つ独自性や文化、「日本的」とは何か、冷静に見つめるべきタイミングに思います。
まさに、そうなんだと感じます。現在のファッション業界は欧州のシステムが波及しているので、それがメインストリームではありますが、それが全てではない。東京はとても成熟した街で、パリのブロークンアーム(The Broken Arm:北マレに位置する、編集者3人が立ち上げたセレクトショップ。世界中からモード誌やブランド関係者が集う)みたいなショップが10軒以上もある。そんな街は海外からしたら考えられない。ここに関して全く奢りなんてなくて、自分たちが東京のファッションの面白さを感じ取って伝えていくことが、ひいては自分が好きなファッション、クリエイターたちに還元できるはずだと。我々が持つリアリティをもっと自信を持って発信していっていい。そういうものを作りたかったんです。
⎯⎯ファッションストーリーでは東京の街・ストリートで撮影したルックが印象的です。
東京や日本って、よく「街が綺麗だ」って言われるじゃないですか。日本人の生活と習慣に紐づいた清潔感によって叶えられたものですが、だからこそ日常的にどこでも着飾って出かけられる街並みを維持できた。海外のクリエイターからすると、そういう国民性も含めて「クール」だと。じゃあ、リアルな東京を切り抜くんだったらストリートだなと。小松菜奈さんとの撮影のいくつかのカットはオフィスからすぐ近くの道端で撮りました。

今、この世界に足りないものは「リアルな場所と人」
⎯⎯誌面にはモデルだけでなく、さまざまな分野で活躍するクリエイターが登場します。これも「リアルな東京」を意識してのことですか。
編集方針として「Real Things, Real People, Real Place」を掲げています。今、この世界に足りないものは「リアルな場所と人」。カルチャーが生まれる、発信される場所というのは、本来はかっこいい人や面白い人たちが集まる場所のはずなんです。それがSNSの“超消費型”カルチャーによって変容しました。今の東京の良さを見つめるために、血が通った場所を捉えていくことが大事。だから、僕らが自信を持ってかっこいいと思った人たちを紹介し、その人たちがいいと思う場所を教えてもらいました。AIの急速な発達で、確かに便利ではありますが、そうしたアルゴリズムでは絶対に出せないような台割(雑誌のページ構成、レイアウトなど)を、時間をかけて考えました。慣例などを踏まえると、読みやすく、スマートな“台割理論”があるにはありますが、やはり血が通った雑誌を作ることが意義だと思ったので。
⎯⎯スタイリングも非常に自由で、ラグジュアリーブランドとドメスティックブランド、あるいは価格帯の違うアイテムが大胆にミックスされています。
ドメスティックな雑誌だから出来ること、を意識しました。ラグジュアリーか否かで区切るというよりは、あくまでも東京のリアルを模索した結果です。スタイリストには「制約や条件に囚われずに、理想のスタイリングを追求してほしい」と最初から伝えていました。
あとは、雑誌ならではのマジックとして「まだ評価されていないものに光を当てる」見せ方を意識しました。本来雑誌には、そうした機能がありましたから。
⎯⎯マジックということですが、少し種を見せていただくことは...?
これだけではないですが、テクニカルなことで言うと著名なものの隣にまだ光の当たっていないものを置く方法があります。そうすることで、そちらにも光が当たる。これは、フィジカルな雑誌だからこそできることでもあります。「なんとなく良さそう」なスタイリングや台割ではなく、すべて理由ありきで作ります。

優れたデザイナーは自分のやっていることを言語化できる
⎯⎯千葉さんが編集者として、あるいはクリエイターとして最も大事にしている基準は何ですか?
意味のあるもの、ストーリーやコンテクストがあるものを良しとしています。企画、撮影場所、キャスティング、スタイリング、台割に至るまで、「なぜそうしたのか」と聞かれた時に答えられないものは扱わない。それは、僕らが作るのはアートではないので、「感じ取ってくれ」ではなく、言葉と写真で訴えかけて、人の気持ちを動かしたり、何かきっかけを作ったりすることが必要だと思うからです。ジョナサン(ジョナサン・アンダーソン)にしろ、ドリス(ドリス・ヴァン・ノッテン)にしろ、優れたデザイナーたちは皆、自分のやっていることを言語化できていると思います。だからこそ、僕たち伝える側も、責任を持って理由のあるものを扱わなければいけない。それが僕の基準かもしれません。

⎯⎯ちなみに、千葉さんはいわゆる“雑誌畑”の編集者ですが、SNSとの距離感はどうしていますか?
僕も色んなメディアで、SNSにも勿論触れてきましたけど、詰まるところ編集者のアプトプット先が何であっても根底は変わらないですね。何を伝えたいかを明確に、意思を持って作る。これに尽きます。実際、シルバーやルシックでもSNSもウェブサイトはあります。プラットフォームごとの最適なコンテンツがあるのは承知していますが、僕らが作るならこうあるべき、という意図や意思をしっかり考えるようにしています。
⎯⎯最後に、今のファッションメディアが担うべき役割について、どうお考えですか。
東京には、世界中のどこにもないほど多くのアパレルショップとブランドが存在します。パリコレクションに参加しているデザイナーの数も、実は日本人がとても多い。アジアのクリエイターは、「パリコレはたくさんの日本人デザイナーが支えてるよね」と冗談混じりに言うくらい、日本のクリエイションをリスペクトしてくれている。でも、その事実を僕ら日本の編集者が忘れかけている。
僕らは、世界に影響を与える存在であるという自覚を持って、東京のスタイルを大事にしなければいけないと思います。グローバルメディアが欧州のスタイルを伝えるのは当然の役割で、すべてが同じである必要はない。ただ、少なくとも僕自身、僕が作る雑誌は、読者をはじめほかの編集者やブランドの方々にとって「こういうのもありか」と思えるような、一石を投じる存在になれたらいいなと思っています。

最終更新日:
■ルシック:公式サイト
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