MIKIO SAKABE 2020年春夏コレクション
Image by: FASHIONSNAP.COM (Koji Hirano)

Fashion 注目コレクション

売るためのファッションショーに未来はない?ミキオサカベが示したショーの意味

MIKIO SAKABE 2020年春夏コレクション
Image by: FASHIONSNAP.COM (Koji Hirano)

 業界紙の記者との会話の中で「ファッションショーのレポート記事が読まれない」という話題になった。それはウェブメディアにおいても顕著だが、ショーという限られたライブコンテンツに対して、ひと昔前のように限られた人のみが享受し発信できる情報ではなくなったという事実はある。しかし根本的には、ショーの意義をブランドも受け手も見い出せていないからではないか?果たしてショーは何のためにあるのか?心の奥底で引っかかっている疑問の答えを、ハッキリと示そうとしたのが「ミキオサカベ(MIKIO SAKABE)」だった。デザイナー坂部三樹郎なりの考えはシンプルに、「強くファッション性を打ち出す」こと。

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 ビジネスのためか、ブランディングのためか、プロモーションのためか......コレクションを発表する目的はそれぞれで、かつ時代によって変わっていくものだろう。しかしショーという形式だけが変わっていないようだ。近年だと2016年に"see now buy now(=見てすぐ買える)"というショーと小売を直結させる新方式が生まれはしたが、あまり普及しなかった(今シーズンの「ヴァレンティノ(VALENTINO)」など、一部の商品で実施するのみ)。

 東京に関して言えば、時期的な問題は否めない。グローバルブランドは春夏物を12〜1月から売り始めるが、10月中旬に行われている東京ファッションウィークに参加してから展示会を開くのでは生産期間が短くデリバリーが遅くなるため、展示会やセールスを終えてからショーを行っているブランドも少なくない。そうなると必然的にショーの目的からビジネスが消えるため、「では何のためにショーをやっているんですか?」という疑問が湧くのだ。

 「プロモーションのため」と答えるブランドはあるだろう。メディアやインフルエンサーを呼んで、ブランドの認知を高めることを目的とする。しかし前述したとおり、メディアで発信されるショーに関するレポートやニュースに、ユーザーはあまり関心を持っていないのが現実。インフルエンサーの影響力も一時的なものだ。だから今、東京だけではなく世界的にも迷いの時にきているのではないだろうか。「本当にショーをやる意味はあるのか?」と。

 ミキオサカベのインスタグラムで、コレクション発表の前に以下のようなメッセージが投稿された。

誰に見せるか、どう売るかよりファッションとの向き合い方がショーそのものだからメディア見るたびに違和感
そんなこじつけないでもいいのに。ビジネスとして大事なことだとしてもそれを直結させた意見そのものがファッションの広がりをなくしてきた。だから今回のショーはとにかくファッションとしてのショーやります。

 坂部なりの答えは、シンプルで直球だった。ショー会場に選んだのは、高田馬場にあるゲームセンターの「ミカド」。招待者の数を絞り、カメラマンの数も限定した。

 2020年春夏コレクションでは、全モデルを坂部が監修するフットウェアブランド「grounds」の新作を着用。アッパーは夏用のニットに改良され、ソールのカラーバリエーションを豊富に揃えたほか、新作のサンダルも登場した。「新たな人間像を創造するため、従来のファッションデザインでは顔を中心に組み立てていたが、今回は人間と地球の接点である靴に焦点を当ててコレクションを作った」とし、シューズに視線が動くようにルック全体をデザインしていったという(ちなみにgroundsのシューズは、コレクションとは別軸で販路を広げている)。

 第一織物などによる日本の特殊ナイロンをウェアに多用した背景にあるのは、スポーティなイメージがある合繊素材でどこまでファッション性を高めることができるかという挑戦。フューチャリスティックなイメージを志向しつつ、セクシーさやヒストリカルな要素を加えた。あくまでも追い求めたのはファッションだ。

 「ファッションショーそのものをビジネスに直結させることに意味があるのか?メディアに露出することに意味があるのか?という疑問があった。売ることを目的とした服作りでは、デザインが画一化してしまうという危惧もあった。改めてファッションショーの目的、ファッションの解釈の仕方を新しいものにしないと新たなスタイルは生み出されないのではないか。ファッション性を追求するために、市場やマーケットを全く意識しなかった」。

 坂部の言う「ファッション性」という言葉は抽象的ではあるが、次の時代を示唆する新たなスタイルと言い換えることもできるだろう。時代とともに変化するファッションの良し悪しは、言わば流動的。その実態のない不確かなものの輪郭をいかに紡ぎ出すか。今回から新たなスタンスでショーと向き合うと話す坂部の中にあるのは、危機感と共にファッションに真摯に向き合うというピュアな想いのみだった。服は売れないもの、とも割り切っている。

 「日本だけではなく、世界全体でみてもショーがつまらなくなっている。これはブランドの問題ではなく、(今のシステムにおいて)ショーが過去の産物のようになっていることに行き着くのではないか。ショーの意味をもう一度、ファッションショーの役割をもう一度考える必要があると思い、刷新する方法を模索した」。

 ブランドを運営していく仕組みを担保しつつもショーからビジネスの側面を切り離し、貪欲にファッションの新しさ、面白さを追求することを試みるというショーの在り方。近年日本のファッション業界で目立つ「売れる服か売れない服か」でブランドを判断する基準に対するアンチテーゼでもあるのだろう。服よりもバッグなどのアクセサリーの売上構成が高いラグジュアリーブランドのビジネスモデルを視界に入れつつ、それでもやはり服でスタイルを更新する可能性を信じる。近年広まっているサステナブルによる価値付与よりも、坂部が目指すものはもっとプリミティブで純粋なクリエイションの発露の先にある価値創造なのだろう。

 同じ会場で、シュエ・ジェンファン(Shueh Jen-Fang)が手掛ける「ジェニーファックス(Jennyfax)」のショーも行われたが、ミキオサカベと同様の思想だった。というよりも、ジェンファンはずっと前からピュアなファッションを体現し、ファンを惹きつけているという実績がある点で、パートナーでもある坂部の先を行く部分があるかもしれない。

 ショーでは3シーズン連続で、世界が注目するスタイリスト ロッタ・ヴォルコヴァ(Lotta Volkova)がスタイリングを担当。後半のモデルは、裏でケーキを食べ散らかして出てきたかのように口の周りにクリームをつけている。ノルウェーの小さな町で見つけた窓の小さなデコレーションからインスピレーションを受けたというコレクションは、ジェニーファックスらしい可愛さと毒が入り混じっていた。

 2つのブランドのショーは全く異なるが、共通するのは思い切り振り切った生のファッションを示しているという部分だろうか。煙草の残り香が立ち込めるレトロな雰囲気のゲームセンターから、古き時代を更新するように。

■ミキオサカベ:2020年春夏コレクション 全ルック
■ジェニーファックス:2020年春夏コレクション 全ルック
■ファッションウィークの最新情報:特設サイト

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