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宮下貴裕が「タカヒロミヤシタザソロイスト.」で提示した“説明しない自由”

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Image by: TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.

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 ついに「ナンバーナイン(NUMBER (N)INE)」が復活した。公式オンラインストアで新生ナンバーナインの受注販売が開始されると、早くもSNSで話題が飛び交う。2000年代、一時代を築いたブランドの再始動は、単なる1ブランドの動きではなく、日本のファッション史の1ページとして認識されたといっても過言ではないだろう。(文:AFFECTUS)

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Image by: NUMBER(N)INE

 当時のナンバーナインは、ロックというカルチャーを背景に、強いイメージとともに共有されていた。服そのものだけでなく、音楽や空気感を含めたスタイルとして、多くの人の記憶に刻まれている。ショーでモデルたちが俯き、気だるそうに歩く姿は、その象徴的な光景の一つだろう。

 ナンバーナイン再始動に際し改めて注目したいのが、2009年に解散して以降の宮下貴裕だ。そしてそれは、「タカヒロミヤシタザソロイスト. (TAKAHIROMIYASHITATheSoloist./以下、ソロイスト)」というブランドの活動に集約される。

 ソロイストは、ナンバーナインの延長線上にあるブランドではない。宮下の表現は大きく異なる方向へと進んでいった。ナンバーナインでは、ジョージ・ハリスンやカート・コバーンといった具体的な人物を参照しながら、音楽そのものが表現の対象となった。ロックというカルチャーを、そのまま服のスタイルとして提示していたと言えるだろう。

 一方でソロイストにも、確かに音楽の気配は残っている。しかしそれは、ナンバーナインのように音楽そのものを表現しているわけではない。たとえロックをモチーフにしていたとしても、それは音楽を通して「別の何か」を表現するための手段として扱われている。音楽を前面に打ち出すのではなく、一度変換して服の中に組み込んでいる。

 では、その「別の何か」とは何か。ソロイストのコレクションを見ていくと、そこには外側に向けられた強い主張とは異なる、内側に沈んだ感覚が見えてくる。反抗は、かつてのようにわかりやすい形では提示されていなかった。

顔を覆うスタイリングが生む、不安定な人物像

 ソロイストのコレクションには、どこか呼吸を妨げられるような感覚がある。白というピュアな色を使っても重さが漂い、黒を使えばそれはよりはっきりと感じられる。特徴的なのは「顔」の表現だ。顔を覆う布や目出し帽、あるいはハットを深く被り、表情を覆い隠す。それは、服の重心を下げるような錯覚をもたらす。

 2019年秋冬シーズンは、ナンバーナイン時代と異なる宮下の創作姿勢が顕著に表れた。やはり注目すべきは顔だ。ショーの始まりからモデルは顔の半分を隠していた。鼻、耳、口を黒い布が覆い、顔を隠していたパーツが拡張し、肩と上腕まで覆ってしまうルックさえも登場した。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

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 顔の一部を隠すだけであれば、まだ人の気配は残る。だが、それが首元から肩へと広がっていくにつれて、身体のどこまでが「顔」なのか判然としなくなっていく。視線は遮られ、表情は読み取れない。それでもモデルはまっすぐ前を向いて歩き続ける。その姿は何かを拒んでいるようにも、逆に何かに晒されているようにも見え、奇妙な緊張が漂う。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

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 ついには目元だけを残し、頭部も覆い隠すルックが現れた。黒い服と目出し帽。この姿を見て真っ先に浮かんだイメージ、それは「テロリスト」である。その言葉にはネガティブなイメージが付随する。自らの信念を妄信的に信じ、狂気的な行動で人々を恐怖させる。そういった類のイメージである。

 しかし、モデルたちからは、そうした外に向けた攻撃性とは少し異なる印象を受けた。上半身に目を向けるとボーダーや、ケーブルのように見えるが装飾的交差を持たないミニマルな編み地のニットを着ている。ボーダーを着用したルックは、衿がドレープ状のカーディガンを羽織っているようにも、ケープを肩に掛けているようにも見える。

 柔らかい印象のアイテムが重なることで、先ほどまで感じていた緊張は少しずつほどけていく。目の前にいるのは、何かを仕掛けようとしている存在ではなく、どこにも属していないような、不安定な人間の姿に見えてくる。

  ここで感じた落差を、ボトムスがさらに強める。装甲具をまとっているような上半身とは打って変わり、下半身は軽快でスポーティな装いだ。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

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 このコレクションでは、丈の長さが異なるストレッチ性のパンツが登場する。レギンスと呼ぶのが最も伝わりやすいだろう。身体を守るような重い上半身に対して、下半身はあまりに無防備で生々しい。ぴったりと脚に沿う素材は、守られているはずの身体の一部だけが剥き出しになっているかのようだ。上半身の緊張とは釣り合わない軽さが、かえって不自然な印象を強めている。

 上半身と下半身でまったく異なる性質を持つ服が存在していることで、目の前の人物の認識はかえって曖昧になっていく。何をしようとしているのか、どこへ向かっているのかが読み取れない。その掴みどころのなさが不穏さとして残る。

 衣服は本来、その人の内面を周囲に想像させるものだ。だがソロイストのスタイルは、その手がかりを与えない。むしろ、内面があるはずの場所を空白のまま浮かび上がらせている。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2019-20年秋冬コレクション

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 ショーが終盤になると、モデルたちは顔を露わにする。ここでスタイルは一気にアウトドアも感じさせる現代的な印象に移行する。実はこのコレクションでは、ショーの冒頭からベルトやバックルといったアウトドアアイテムを連想させる小物が用いられている。顔を覆い隠していた前半では何か装備を背負い込んでいる怪しげな人物にも見えるが、顔を晒した後半はキャンプ道具を詰めている、アウトドア好きに感じられてくる。

 ソロイストでの宮下は、ナンバーナイン時代のように一つのモチーフを徹底的に磨き上げるのではなく、複数のモチーフを連動させながらイメージを揺さぶる。バックルという「モノ」は変わっていないのに、意味と見え方が変わってくるのだ。

後ろ姿だけで公開された22年秋冬ルック

 ソロイストのコレクションを観察していると、どこか不明瞭で、不確かな感覚が残る。だが、掴めそうで掴めないその感覚は、服のデザインだけによって生まれているわけではない。コレクションの提示の仕方に目を向けると、そこにもまた、イメージを固定させないための仕掛けが施されている。

 2022年秋冬シーズン、宮下はコレクションルックをヴォーグランウェイ(Vogue Runway)で発表した際、全てのルックで後ろ姿だけを公開した。服の主役とも言えるフロントデザインを一切見せなかったのだ。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2022年秋冬コレクション

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 しかし、その後フロントから撮影されたヴィジュアルも公開。フロントを見せないというアクションは単に制約によるものではなく、意図的に行われたものだった。ファッションウィーク開催時、世界でもトップクラスの注目度を誇るメディアで、あえてフロントデザインを伏せたのである。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2022年秋冬コレクション

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 フロントを見せないことで、服の印象は大きく変わる。シルエットのバランスやディテールの配置、素材の切り替えといった情報の多くは、正面に集約されることが多い。これが欠落すると、何を着ているかはわかるが、どのような服なのか特定できない。デザインの中心となる部分が隠されることで、見る側は服の全体像を把握することができなくなるのだ。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2022年秋冬コレクション

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 顔を隠し、身体を隠し、正面を隠す。後ろ姿だけを見せるという行為は、単に情報を制限するだけではない。見る側に対して、「見えているはずのものが見えない」という違和感を残す。その違和感が、服そのものの印象にも影響を与えていく。ソロイストでは、何を見せるかだけでなく、何を見せないかもまた、服を成立させる要素になっているのだろう。

記号の反復が生む違和感

 こうした不確かさは、ソロイスト末期になると次の段階へと進んでいく。顔を隠したり、正面を見せなかったりといった強い演出がなくとも、服そのものが違和感を発し始めるのだ。2025年春夏コレクションに登場するのは、テーラードジャケット、ショーツ、半袖シャツ、ステンカラーコートといった、ごくベーシックなアイテムばかり。シルエットも極端ではない。にもかかわらず、コレクション全体にはえもいわれぬ異様さが漂っている。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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 一見すると、至ってシンプルなシングルとダブルのテーラードジャケット。しかし、黒い生地と同化して見えづらくなっているものの、これらのルックにはアームホール、袖、前端、ポケットのフラップ、裾を縁取りするように、大量のボタンが取り付けられている。ボタンは本来、服を留めるための付属。だが、ここでは留め具としてというより、輪郭をなぞる記号のように増殖している。

 黒地に沈んだその装飾は、遠目にはほとんど見えない。だから最初は、端正なテーラードジャケットに見える。だが、目を凝らすと輪郭に沿ってボタンが並び続けていることに気づく。

タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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 一つのモチーフの執拗なまでの反復は、プリントにも現れていた。五線譜と音符が連続し、身体の上をうねるように循環している。宮下にとって音楽は、かつてカルチャーそのものだった。だが、このルックで音楽は、服を形作る記号として使われている。

 しかも、この記号はシャツ一枚に留まらない。ショーツにも同じプリントが繰り返され、全身を覆うセットアップとして提示されている。反復は「柄」だけでなく、アイテムの構成にまで及んでいるのだ。

 本来、音符は楽譜を読むための記号である。だがこれほどまでに反復されると、意味を伝えるものではなく、視界を埋める模様へと認識が変わっていく。音楽はここで、聴かれるものでも参照されるものでもなく、視覚的な圧として迫ってくる。ソロイストが起こしているのは、カルチャーの引用ではない。モチーフを解体して記号に変換し、それを反復によって服へと定着させる操作なのである。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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 ただ、このシーズンの面白さは、反復による装飾性だけではない。それが顕著に表れているのが、赤いコートのルックだ。ステンカラーコートやハーフコートといった、ごくオーソドックスな形。だが、鮮やかな赤、短いボトム、装飾的な帽子が組み合わさることで、服の出自が急に曖昧になる。軍服のようにも、ヨーロッパの民族衣装のようにも、舞台衣装のようにも見える。しかし、そのどれとも言い切れない。

 ここでも宮下は、特定の文化や時代を再現しているわけではない。見覚えのある服の形を用いながら、その所属だけを曖昧にする。結果として立ち上がるのは、スタンダードに見えるのにどこにも着地しない「服」。この不安定さこそが、ソロイストの表現の根幹を担っている。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2025年春夏コレクション

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 先述したボタンの反復は、赤い生地でも展開された。アイテムもシルエットも、黒いルックと同様にテーラードを基調としたシンプルな形だ。ただし、赤いルックではボタンを生地に溶け込まず、黒あるいは渋いゴールドとして前面に浮かび上がらせている。

 生地とボタンが同化していた黒いルックに対し、こちらでは反復がひと目で知覚される。肩から袖、前端、裾へと連なるボタンは、装飾であると同時に、服の輪郭を侵食する異物として現れている。シンプルなテーラードジャケットであるはずなのに、整った服という印象は崩れ、どこか制服や軍服、あるいは儀礼服に似た気配が差し込む。

 そして合わせているのはショーツ。ジャケットが帯びる制度的で緊張感のある印象は、素肌の露出によって崩される。反復されたボタンは秩序を強めるためではなく、テーラードというありふれた形式を少しずつ異様なものへと変化させる役割を果たしていた。

 宮下が行っているのは、特別な形を発明することではない。“記号”を執拗に反復することで、見え方そのものを変えることだ。かつては顔や正面を隠すことで立ち上がらせていた不確かさを、このシーズンではベーシックな服にしのばせた。

“不親切”で自由な服

 ソロイストは装飾性や特殊なスタイリングに目が奪われるかもしれない。だがその背後では、誰もが知っているはずのモチーフや見慣れた服の形式を用いながら、服を着る人間像を特定できないという現象が起きている。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2024年春夏コレクション

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  2024年春夏シーズンのユニオンジャック柄にも、その特徴はよく表れていた。英国を象徴する強い記号を前面に出しながら、立ち上がってくるイメージはむしろ定まらない。国旗、王冠のような帽子、ネックレス、骨の手袋、素足のバランスは、英国趣味としても、パンクとしても、舞台衣装としても綺麗に回収できない。意味が強いはずのモチーフほど、ソロイストでは一つの文脈に落ち着かなくなる。

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タカヒロミヤシタザソロイスト. 2023年秋冬コレクション

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 それは、最後のショー発表となった2023年秋冬シーズンでも同じだった。ファー、ハット、ジャケット、ショートボトム、ブーツ。既視感のある要素で構成されているにも関わらず、目の前に現れる人物はどこか説明を拒む。上品にも見え、危うくも見え、作り込まれたコスチュームのようでもある。そして、どの言葉も決定打にはならない。

 今は、服だけでなく人間そのものにも説明が求められる時代なのかもしれない。自分が何者で、どんな価値観を持ち、どこに属しているのか。まるで履歴書を差し出すように、わかりやすく提示することが求められている。だが、ソロイストの服を着る人間は、その説明に最後まで応じない。誰なのかは見えてきそうなのに、決して一つの像には定まらない。その不親切さは、今の窮屈さの中で、むしろひとつの自由に見えてくる。

AFFECTUS

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。

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