
coconogaccoでファッションデザインを学ぶ。2013年よりテキスタイルプリンタや刺繍ミシン、レーザーカッターといった機材のオペレーションや現場での運営に携わる。
2017年にジャーナリストとしてフリーランスでBRUTUS、WWDJAPANなどに執筆や企画提供。またDJとして2020東京パラリンピックの開会式に出演。
私はかつて、ファッションウィークの最中に「多様性はどこへ」という問いを投げかけたことがある。当然、業界全体を動かす力が自分にあるとは思っていなかった。ただ、誰も言葉にしないことを指摘することで、議論のきっかけになればと信じていた。マイノリティの身体を持つ一人として、その責任を引き受ける覚悟があったからだ。
だが年月を経てもなお、「多様な身体がモデルとして起用される社会」という願いは現実から遠い。むしろ、画一的な基準はさらに強まっているように見える。ファッションが時代を映すものだとするならば、この問題は単にモデルの選考基準だけの話ではない。社会全体に漂う空気の表れとして読むべきだろう。
結論を言えば、いまの社会には「違いを認める余裕」が欠けている。戦争や覇権争いが激化し、国は「自国を守る」という論理に回帰している。個人も同じだ。「自分を守る」ことで精一杯になり、他者や異なる価値観を受け入れる余白はどんどん縮んでいる。多様性は希望ではなく、ときに過剰な負担として受け止められるようになった。
だからこそ、ファッションウィーク初日の光景を見たとき、単なる演出以上のものを感じる。それは時代の不安が映し出された兆しだ。ファッションの華やかさの裏には、現代が抱える「余裕のなさ」という影が潜んでいる。
「現代人は余裕がない」──そうしたフィルターを通すことで、ファッションウィーク初日の風景もまた違った姿で浮かび上がってきた。
ムッシャン:傷ついた心に寄り添う「第二の皮膚」

Image by: Runway:FASHIONSNAP(Koji Hirano)、Backstage:FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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2026年春夏コレクションで「JFW ネクスト ブランド アワード 2026」のグランプリを受賞し、楽天ファッションウィーク東京のトップバッターとして初のショーを行った「ムッシャン(mukcyen)」。ブランドの世界観は、見る人によって幻想的にも、儚げにも、強さを感じさせるものにも映った。

Image by: Runway:FASHIONSNAP(Koji Hirano)、Backstage:FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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今回登場した「セカンドスキン」のアイテムは、肌に優しい素材で作られ、まるで傷ついた体を包むガーゼのように保護する役割を果たしていた。白、黒、グレーといった低トーンの色は、外界の喧騒から距離を置き、心の平穏を求める姿勢を象徴している。彼女は「今を生きるために必要な服」と答えていた。

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また、今年話題になった「とある予言」にも触れ、将来への希望ではなく、不安を和らげることや、「いま」という瞬間を大切に守ることを意識しているようにも見えた。関係者に配られた「笛」も、危機意識から生まれた防御策だが、災害時だけでなく、ときに「孤独」を感じたときのSOSアイテムとして捉えることができる。

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ナゴンスタンス:日常からの解放を提案する「逃避」

Image by: FASHIONSNAP

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一方、ファッションウィークに初参加したナゴンスタンスは、「どこかへ」(日常からの離脱)をテーマに、疲れから解放される「逃避」の機会を提示した。自然の中での変化は身体的な解放を意味するが、時に危険も伴う。「ナゴンスタンス(någonstans)」の水着やセカンドスキンのように身体に密着したアイテムは、外的ストレスやケガから身を守る機能も備えている。

Image by: FASHIONSNAP

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このブランドは、ファッションを「安らぎ」と「解放」の手段として位置づけ、日常のストレスから意識的に距離を置くための具体的かつ実用的なソリューションを提供している。こうしたアプローチは、内なる調和を促し、前向きな気持ちで外界に向き合うための方法とも言える。

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「現代が求める多様性とは」 初日にショーを行ったムッシャンとナゴンスタンスは、困難な時代にあっても、ファッションがストレスからの解放を多様な形で示せると感じとった。両ブランドの共通点である「セカンドスキン」は、それぞれ「外の世界に向かうための保護」と「傷ついた内面を守るガーゼ」という異なる役割を持つ。
ポジティブな色で外界と向き合うナゴンスタンスと、モノトーンで内なる平穏を求めるムッシャンは、一見相反するようだが、どちらも現代の人々の「ストレスから解放されたい」という願いに応えている。これが、単一の正解を押し付けない現代の多様な表現だ。ファッションは、一人ひとりが自分なりの方法でストレスに向き合い、心の平穏を保つ手段となり得る。両ブランドが示すファッションは、現代人の内面に寄り添い、心を安定させる処方箋であることを示唆している。
最終更新日:
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