Image by: 左Anne Yano、右FASHIONSNAP

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朝、鏡の前に立つ。服を選びながら、次々と生まれるためらい。やっぱりもう少し体のラインを隠せる服に、やっぱりもう少し控えめな色にしよう。そんな小さな選択の積み重ねが、なけなしの自信をひとかけらずつ奪っていく。
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自分に自信が持てないとき、服は鎧になる。他者の視線から身を守り、惑わせ、見せたい部分だけを見せるための鎧。しかしそれは、自分をより魅力的に見せるための“ファッション”とは少し違う。隠れ蓑のように布をまとう感覚。画面の向こう側にあるような、自由にファッションを楽しむ華やかな世界に憧れながらも、「やはり自分はそちら側にはいけない」と、どこかで足がすくむ。
けれど、服との関係は本当にそれだけなのだろうか。もっと別の付き合い方はないのだろうか。この問いを、自身の“ファットな身体”との付き合いにくさを起点に見つめ直しているのが津野青嵐だ。大学院で「衣服を作ることを通した当事者研究」に取り組みながら、ファッションデザイナー、アーティストとして制作を続けている彼女に話を聞いた。
津野青嵐
1990年生まれ。アーティスト・ファッションデザイナー・精神科看護師の3つの肩書きで活動。看護大学を卒業後、精神科病院に勤務しつつ、ここのがっこう(coconogacco)で学ぶ。2018年にファッションコンテスト「ITS 2018」のファイナリストに選出。2019年から2年間、北海道に位置する精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「浦河べてるの家」に勤務。現在は東京科学大学修士課程で“ファット”な身体との付き合い方を“装い”の視点から研究する。
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3Dペンで製作したドレス
Image by: Sho Makishima

3Dペンで製作したドレス
Image by: Toki
目次
装いは身体との関係を変えるのか?
──津野さんといえば、ITS2018のファイナリストに選出されたこともありファッションデザイナーのイメージが強いですが、今はファッション業界から距離を置いて、大学院に所属して研究をされているのですよね?
2019年から北海道浦河町にある精神障害等を抱えた当事者の地域活動拠点「べてるの家」で精神科の看護師として2年ほど働いたのち、東京工業大学大学院の伊藤亜紗先生のゼミに所属し、“ファットな身体”をテーマに「衣服を作ることを通した当事者研究」を行っていました。研究は一区切りし、今年3月に卒業します。
ここで言うファットな身体は、単に太っている人という意味ではなく、太っていることを認識し、かつそれによって自分の身体との付き合いにくさを感じている人と定義しているんです。“ファット”という表現は、他者から向けられてきた言葉を自分たちのものとして取り戻すというアメリカの当事者運動のカルチャーを参考にしました。例えば黒人を意味する“ブラック”や性的マイノリティを指す“クィア”という単語はもともとは侮蔑的に使われていた言葉でしたが、当事者たちが自ら誇りや意志を持って使うようになった経緯があります。
こうしたアクティヴィズムの文脈に照らして考えると、日本では“デブ”という言葉がそれに近い位置にあるのかもしれません。しかし、この言葉は依然として侮蔑的な意味合いが強く、日常の中で自分の身体を語る言葉として用いるには難しさがあります。そこで私は、研究でも個人的な活動でも、自分の身体について中立的な目線で語れる呼称を使いたいと考えました。そのときにしっくりきたのが、聞きなれなさや語感の軽やかさ、そして連帯の歴史を持つ“ファット”という言葉でした。以来この言葉を、積極的に用いています。
──なぜ精神科研究の世界へ?
ファイナリストに選出されて以降、色々なところで“ファッションデザイナー”として紹介される一方で、自分は着られないものを作っているという後ろめたさがどうしても拭えなくて。ファッションデザイナーとして周りから扱われている以上、着ることができる衣服を作っていくべきか、それとも着用することを目的としないアートとして振り切るべきか、自分の立ち位置が分からなくなってしまい随分悩みました。初めて注目されたことへのプレッシャーも相まって思うように作品作りができなくなってしまい、一度ファッション業界から距離を置くことにしたんです。
そんなとき、デザインを学びながら精神科看護師として働いていた頃のことを改めて考えるようになって。患者さんと過ごす時間の中には、確かに自分を強く惹きつけるものがありました。いわゆるファッションデザインを軸に歩んできた人たちとは、異なる経験をしているからこそ感じたその興味を、きちんと見つめ直したいと思ったんです。ものを作ることと、看護の経験。その両方を持つ自分だからこそできることは何か。それを探してみたいと思い、以前から関心を寄せていた「当事者研究」を実践しているべてるの家で働くことを決めました。
──津野さんの現在の研究にも紐付いている“当事者研究”とはなんでしょう?
簡単に言うと、人をどう捉えるか、自分をどう理解するかに大きな変化をもたらす実践です。
例えば、自分を否定する言葉が聞こえてくるような体験は、医療では「幻聴」や「被害妄想」と説明されますが、べてるでは「○○幻聴さんがやってくる」といった、その人ならではの名前をつけて語ります。そうすることで、周りの人も「あの人には今、○○幻聴さんが来ているんだな、大変そうだな」と受け止めるようになる。すると自然と、その人に起きている現象は、理解できない怖いものではなくなっていきます。
医療の言葉ではなく、その人のためにみんなで考えたオーダーメイドの言葉を通して体験を捉え直すことで、困った症状さえもどこかチャーミングで、親しみのあるものとして見えてくるんです。対話を重ねながら困りごとに向き合い、少しずつ付き合い方を探っていく。それが当事者研究です。

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──「衣服を作ることを通した当事者研究」というテーマに辿り着いたきっかけは?
きっかけは、べてるでの当事者研究でした。メンバーとスタッフ、あるいはメンバー同士の関係性が少しずつ変わっていくのを目の当たりにし、その変化が、自分にしっくりくる服に出会い、それをまとったときに生まれる感覚とどこか重なるように思えたんです。
それを機に、もしかすると衣服もまた、着ることによって自己認識を揺さぶり、身体との関係を更新しうるのではないかと考えるようになりました。装いは精神だけでなく、身体との関係性にも働きかける可能性を秘めているかもしれない。その潜在性を探り、言語化するために大学院へ進学し、現在の研究に取り組んでいます。
──研究では具体的にどのようなことをされていますか?
大学院での研究では、「ファット」と感じる身体、つまり自分の体を太っていると捉え、そのことで体との付き合いにくさを抱えている3名の方に協力していただき、一緒に装いを作りながら身体感覚や体との関係を探りました。形式としてはワークショップに近く、完成品そのものよりも、作る過程でどのような感覚やイメージ、言葉が立ち上がってくるかに重きを置いていました。
当事者研究では、困りごとや苦労に名前をつけて外に出すことが多く行われますが、私の研究ではその「言葉」の代わりに、身にまとうことのできる物を作ります。まず、うまく言葉にならない身体の感覚を、素材や形を通して見たり触れたりできるものに変換していくのです。
例えばある協力者の方は、「通勤電車に乗っているときだけ、二の腕の外側が本来より2割増しで大きく感じられる」と話してくださいました。その部分の皮膚は硬く厚いかさぶたのようで、「できることなら取り外したい」とも感じられたそうです。急激な体重増加やそれに伴う後悔・罪悪感とも結びついた、とても扱いにくい感覚だったのだと思います。
その感覚について質感や手触り、色や形のイメージを辿っていく中で、あるとき「お地蔵さんみたい」という言葉が出てきました。そこから小さなお地蔵さんのパーツを2体作り、両袖の上部に入れられるポケット付きの服を一緒に制作しました。すると、それまで受け入れ難かった感覚が別のかたちで見え始め、身近で愛着のある存在との類似性が見いだされたり、「この子がいなかったら頑張れなかった」という語りも生まれました。何かが完全に解決するわけではありませんが、扱いづらい身体感覚を少し別の距離から眺め、付き合い方を探る入口が生まれることがある。衣服や装いを作ることには、そうしたおもしろさがあると感じています。
──どのような発見がありましたか?
まず、個々が抱える付き合いにくさを言葉ではなく身にまとう物体として外に出すことで、イメージが変化し、捉え方がひらかれていくことが分かりました。
そしてもう一つ想定外だったのは、体にしっくりくる布を直感的に選ぶ過程で、自ら体に「近づく」時間が生まれたことです。
──体に近づくというのは?
研究に協力してくださった方々は、自分の体を見られることへの緊張や羞恥が強く、体の存在をあまり感じたくない、隠したいという思いを持っていました。服を身にまとっている間も、「どう感じるか」より「どう見られるか」に意識が向きやすく、自分の体が今どう感じられているかに注意を向けること自体が難しくなっているのだと思います。
しかし、服を作る過程でさまざまな素材に触れると、「ここはこの布じゃないとしっくりこない」といった、自分の体の反応が前に出てくる場面がありました。例えば、先ほどの方は、最初は「取り除きたい」とまで表現していた部位に対して、さまざまな素材の中から、いちばん柔らかな肌着のような生地を選びました。隠したり感覚を遮断するような厚みや張りのある生地ではなく、「感じたくない」からこそ感覚に注意深く寄り添うような生地を選んだのです。
この過程は、この方にとって身体に少しずつ近づきながらちょうど良い距離を測る、応答の余地がある時間だったように思います。自分にとってしっくりくる体との距離や触れ方を探る中で、拒絶していないとは言えないけれど、拒絶だけでもない。そのあいだにある態度が、触覚を通して見えてくるのが印象的でした。
──この研究を通して実現したいことはなんでしょうか。
自分の身体に対して”付き合いにくさ”を感じたときに、その関係を一度立ち止まって見つめ直すための足場を作ることです。それは、言葉や社会的な価値づけによって固定されがちな身体の意味や役割を、一人ひとりの主観的な経験に根ざしたものとして、改めて編み直す試みでもあります。
身体との付き合いにくさに伴う違和感、緊張、重さ、硬さなどの“感じ”を、布や素材、形としていったん身体の外に出し、それを眺め、触れ、体に合わせながら、しっくりくるまたはこないという感覚を手がかりに少しずつ調整し、最後に改めて自分の身にまとい直していく。そうしたプロセスを通して、身体を過剰に制御しようとしたり、逆に完全に手放してしまったりするのではない、新しい関わり方や別の意味づけの可能性を探していきたいと考えています。
──津野さんの研究は自分の身体を肯定的に受け入れようというボディポジティブ的なアプローチとは少し違う、身体とのありのままの関係性を探るような印象を受けます。
そうですね。ボディポジティブやボディニュートラルといった言葉がありますが、私は「自身の身体をどう捉えるべきか」を先に決めることにはあまり関心がありません。身体との関係に至るまでの経験は本当に人それぞれで、その過程自体にこそ目を向けたいと思っています。
私自身、かつては自分の身体に対して否定的な態度を取り続けてきました。しかし、指導教官である伊藤先生の研究姿勢に触れたことで、大きく考えが変わったんです。先生は、例えば摂食障害のような経験を「問題」として価値づけるのではなく、「そこで何が起きているのだろう」と、先入観なく個々の体への純粋な好奇心とリスペクトを持って探究される。私も食べることに苦労してきましたが、その事実は隠すべきことだとずっと誰にも言えずにいました。ところが先生は、私の経験に対して「面白いね、どうしてそんなことが起きるんだろう」と返してくれた。その態度に触れたとき、暗闇だった自分の内側に、まったく違う角度から光が差し込んだように感じたんです。
──先生の影響で身体との付き合い方が変わった。
今まで語るべきではないと思っていた自分の身体のことも、語っていいのだと思えるようになりました。そして語り始めると、自分でも未知のことばかりだと気づいて。実は、当事者研究などを通して自分の身体について考え、語ることができるようになれば、もっとうまくこの身体と付き合えるようになると思っていました。なんなら、すぐに関係が良くなるんじゃないかと。でも、結局状況は何も変わらなくて。身体に対する認識はどんどん変わっていっても、関係が劇的に良くなるわけではなかった。正直がっかりもしましたが、そこで身体と和解しようとするよりは、「身体と和解できないその状態」を引き受けるほうが、自分にとっては正直な関わり方だと気づいたんです。これまで無視したり否定したりしてきた自分の身体と、急に和解できると思っていたなんて都合が良すぎたなと。この距離感を見つけてからは、身体を無理に変えようとしたり、受け入れようとするのではなく、揺れ動くままの関係を観察し続けてみようと思うようになりました。

Image by: FASHIONSNAP
──少し話が逸れますが、近年サイズの多様化が進む一方で、薬などを使用した過激なダイエット法の流行など、より細い体を理想とする風潮も強まっているように感じます。この流れをどう見ていますか?
医療ダイエットなど痩せるための産業もすごく盛り上がっていますよね。「脂肪買い取ります」などといった個性的な(笑)広告も見かけますし、よく考えるなと感心してしまうくらいです。いわゆる”ありのまま”の身体を大切にし合う考えと、より細くなることを追い求める価値観。その両極が同時に拡大している状況は、興味深い現象でもあります。ただ、その2つの方向が同時に発展していくことで、中間にある身体のあり方が見えにくくなってしまう点には、危うさも感じています。
とはいえ、私が学生だった頃に比べたらサイズの選択肢はかなり広がっていて、それはとても喜ばしく思っています。今は「ユニクロ(UNIQLO)」でも4XLまで展開していて、10代の頃抱えていた、サイズが合う既製服がないという悩みは無くなりました。実際、私と同じように体型に悩む若い人たちに話を聞いても、「着られる服がなくて困ったことはない」と答える人がほとんどで。大きいサイズを扱う多様なスタイルのブランドも増えましたし、今は海外製の服も気軽に通販で手に入りますしね。サイズインクルーシブなブランドが増えていることは、ボディポジティブ運動の恩恵の一つだと思います。
服に関わるのはおこがましいと感じていた過去
──そもそも、ファッションデザインに興味を持ったきっかけも身体との関係性を模索していたからなのでしょうか?
そういうわけではなくて。そもそも山縣良和さんが主宰するファッションスクール「ここのがっこう(coconogacco)」に通い始めたきっかけは、看護学生時代に行っていた白塗りの衣装として制作していたヘッドピースのデザインをより深く追究したいと思ったからでした。
反対に、いわゆる首から下を着飾るファッションにはずっと引け目を感じていたんです。中高生の頃、周りがファッションに興味を持ち始めて古着屋さんなどで買い物を楽しむ中で、私もお店に行くのですが、どれもことごとくサイズが合わず着ることができない、あるいは着ることができても不格好で。服を着てテンションが上がったり、楽しい気持ちになったりすることが少なかったんです。なので、“ファッション”という言葉や流行りの装いに対する当事者意識が自分にとってはすごく薄かった。むしろ、対峙することで湧き上がる悲しみの方が大きかったので、あえて距離をとっていたように思います。その延長で、首から下のデザインは自分が足を踏み入れてはいけない領域なのではないか。そんな感覚がどこかにあり、作ろうと思ったことがありませんでした。

津野氏として活動していた白塗り時代

津野氏として活動していた白塗り時代
──長い間距離をとっていた“首から下”の装いをデザインするようになったきっかけはなんでしょう?
「ここのがっこう」の授業の一環でITSに応募することになり、面談のときに「私は当然ヘッドピースで出品する」という話をしたら、当時講師をしていた「ミキオサカベ(MIKIOSAKABE)」のデザイナー坂部三樹郎さんに「服作ったほうがいいんじゃないか。なんで作らないんだ」とほんとに思いつきのように言われたからです。私にとって服を作らないことは当たり前だったので、改めてそう問われると「確かに、なぜだろう?」と自分ごとながら思って。そのまま勢いで試作を作って見せたところ好感触を得られ、結果的に応募用にコレクションを制作することになりました。
──ファッションに関わることに許可が必要だと感じていた?
そうです。三樹郎さんの言葉が、私なんかが服に関わることはおこがましい、後ろめたいと思っていたある種の自己暗示的な呪いを解いてくれました(笑)
──“許可”を得て初めて制作したコレクションは、袖を通して着用するいわゆる衣服とは異なるデザインでした。
作り始めた当初は、普通に袖を通して着ることができる服を作ろうとしていました。でも、これまでやってこなかった布の縫製は思うようにいかず、それを専門に学んできた人たちと同じやり方では太刀打ちできないと感じて。まったく違う素材や技法を見つける必要があると思い、3Dペンで面を作る方法を編み出しました。このオリジナル素材は、ヴィジュアルのインパクトこそ強かったものの、実際に袖を通すと硬くてすぐに割れてしまうし、なにより着ていて痛い。試行錯誤する中で、試しに前身頃だけを残してみたところ、袖を通さずに身体の前に重ねることで、まるで服が浮いているような不思議な見え方になることに気づきました。それが面白いと感じて、そのまま採用したんです。

祖母を起用したヴィジュアル
Image by: Anne Yano
──同作でITS 2018のファイナリストに。選出されたことでご自身の立ち位置や周りからの評価に変化はありましたか?
作品が「ファッション」という文脈で扱われるようになったことが、大きな変化でした。ここのがっこうではプレゼンをするたび、講師たちに、「(私が作るものは)ファッションじゃないね」とよく言われていて。おそらくここでいわれるファッションとは、人がまとうことで完成される、人間像が感じられるものこそがファッションだという考え方なので、私の制作アプローチはそれに該当していなかったんですよね。「私はファッションというものができないんだ」とコンプレックスを感じて、凹んでいた時期もありました。そんな中でITSでファッション部門に選んでいただいたので、「私の作品はファッションと言っていいんだ」と驚きましたし、ファッションに関わることを改めて許してもらったような気がしました。

Image by: FASHIONSNAP
──デザインの経験は、研究に影響を与えていますか?
確実に影響していると思います。振り返ると、今でも私は常にファッションのことを考えているのだと感じます。山縣さんはよく講義の中で「ファッションデザイナーには新たな人間像をつくる責任がある」とおっしゃっていたのですが、研究者として、そしてアーティストとして活動するようになった今、その言葉を思い出す場面が増えました。
私は今、いわゆるファッション産業の中心にいるわけではありませんが、研究や制作を通して、装いが人の身体や社会のあり方とどのように関わっているのかを考え続けています。そういう意味では、形は変わっても、根本的なところではずっとファッションについて思考しているのだと思います。
初の個展開催 他者のための服から自分のための装いへ
──現在、初の個展「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」が開催中です。
身体との関係性が変化していくにつれて、作品のモチーフがここのがっこう時代の架空の身体(マネキン)から他者(祖母)の身体、そして自分自身の身体へと移っていきました。
個展のために制作した作品「Walking With」では、「身体との和解できなさ」を装いに昇華しています。初めて自分が身につけることを想定した同作は、ずっと自分を支えてきてくれた身体がここに存在しているということを全身で感じられるようにしたいと思い、重さのあるものを「背負う」スタイルをとりました。人の手助けを借りなければまっすぐ歩くこともままならないこの体験を通して、自分の身体の重みや存在、そして生きるならばその重みを感じながら進み続けていかなければならない、ということを忘れないように作品にしました。

津野青嵐《Walking With》2025「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」展示風景、金沢21世紀美術館、2025年 提供:金沢21世紀美術館
Image by: Kohei Omachi(W)

津野青嵐《Walking With》2025「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」展示風景、金沢21世紀美術館、2025年 提供:金沢21世紀美術館
Image by: Kohei Omachi(W)
──作品を発表した際、鑑賞者にその裏にあるメッセージをどの程度感じ取ってほしいですか?
そこまで強くは求めていないです。展示の際には紹介文やテキストで補足はしていますが、できれば説明がなくても、その人自身の感覚で直感的に受け取ってもらえたら嬉しいです。作品の意味は、必ずしも私の意図通りに届くものではないとも感じています。むしろ、込めた想いが鑑賞者それぞれの経験と重なりながら、少しずつ異なる解釈が生まれていく。その過程こそが、表現することの醍醐味なのではないかと。
今回の個展では、そうした“重なり”がよりはっきりと感じられました。3Dペンで制作していた頃は、技法そのものの新しさや面白さに注目してくださる方が多かったのですが、今回は老いていくことや身体の変化といったテーマを含んでいたこともあり、10代から50代くらいの主に女性が、作品を自分自身のことのように受け止めて反応してくださる場面が多く見られました。作品が、私の身体から離れ、別の誰かの身体の記憶と結びつく瞬間を目の当たりにしたようで印象的でした。
───研究者としての実践と制作活動を並行して行うなかで、ご自身の立ち位置をどのように捉えていますか?
それが分からなくて(笑)。作家やアーティストと言えばまとまりは良いかもしれません。でも、今も訪問看護の仕事をしているので看護師ですし、作品がファッションの文脈で紹介されることもあります。とはいえ、自分が作る服や作品は、ファッション産業に直接関わるものではないので、いわゆるファッションデザイナーと名乗るのことへのぎこちなさもあります。服そのものを作っているというより、人がそれをまとったときに浮かび上がる「装い」の姿をかたちにしようとしている感覚に近いので、作品の完成系はいつも身体と結びついた状態にあります。あえて言うならば、複数の領域を横断しながら自分の関心のあるテーマを探求し続け、その過程の産物として発表していきたい、と言う感じです。
──これから取り組んでいきたいテーマや関心のあることを教えてください。
「衣服を作ることを通した当事者研究」を、他者と共有可能な形として展開していきたいです。例えば、一般の方も参加が可能なワークショップなどを構想しています。ゆくゆくは、実践を通した記録を冊子などにまとめていきたいとも考えています。
研究以外では、書くことによる言語的な作品作りと、身体で表現することに注力していきたいです。他にも、舞踏や演劇のように、自分の身体でプレイすることにも関心がありますし、小説や脚本といった物語を書くことにも挑戦してみたい。
■ アペルト20 津野青嵐 共にあれない体
期間:2025年10月18日(土)〜2026年4月12日(日)
会場:金沢21世紀美術館 デザインギャラリー
所在地:石川県金沢市広坂1-2-1
営業時間:10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
休館日:月曜日(休日の場合は直後の平日)
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