
SHINYAKOZUKA 2026年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight

SHINYAKOZUKA 2026年秋冬コレクション
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フィレンツェの冬空の下、第109回ピッティ・イマージネ・ウオモのスペシャルイベントとして、小塚信哉が手掛ける「シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)」が欧州での初のランウェイショーを開催した。ゲストの手元に届けられたインビテーションは、対をなさない左手だけの片手袋。その不可思議な招待状は、これから語られる物語の静かなる序章に過ぎなかった。
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2026年秋冬コレクション「Issue #9」で掲げたテーマは、「a glove is a "lighthome" isn't it ?」。街角や公園、あるいはアスファルトの上で、本来あるべき持ち主の手を離れ、片方だけで取り残された手袋。小塚の視線は、その哀愁漂う「片手袋」の存在に向けられた。

今回のショーに向けて小塚が描いたドローイング
Image by: FASHIONSNAP
コレクションノート
「なんで片方だけ手袋が落ちているのだろう?」
落ち葉を掛け布団にしている片手袋
持ち主の手と間違えてボールに刺さっている片手袋
公園やアスファルトの上で泥酔している片手袋
「こちらが会場です。」と案内してくれている片手袋
何がそんなに嬉しいのかピースサインをしている片手袋
自身の帰り道や散歩を思い出すだけでも、これだけ浮かびます。
そんな事を考えている、いつものビール片手の帰り道でも、また片手袋を見つけました。
僕は帰路に着く途中ですが、
「この片手袋は一体どこに帰るのだろう?」
と、そんな事を思いました。
ただ、その日は、そう思っただけで何かあるわけでもなく、
そんな考えはポケットに仕舞って、残りのビールと好きな音楽と一緒に家に帰りました。
季節は過ぎて、マティスの絵を観る機会がありました。
というよりも、観にいく機会を作りました。
マティスやゴッホが、
どんな家を、人を、匂いを、海を、空気を眺めていたのかを知りたくて、
彼等ゆかりの地に、出不精をこれまた、ポケットに仕舞って行ってきました。
マティスの教会の壁画を見惚れていました。
迷い線のない強い一本の線で描かれた絵は、少し心がしんどかった自身の中に迷いなく入ってきました。
「一本で描くものが、これほど心に入ってくるなんて。」
一本、一つ、、片方、、、
片手袋か。
と、いつぞやの記憶と重なってしまい、そんな事思っていました。
手袋・箸・靴・イヤホン・赤ずきんと狼
二つで機能するものは多くあると思います。
ただ、
心や自分自身、家族
といった本当に大切なものは、一つしかない。
仕舞っておいた片手袋が頭の中のポケットからポロッと落ち、
マティスへの惚気と共に、
頭の中のキャンバスに社交ダンスを踊るようにコラージュされていき、
そんな事を想うようになっていました。
「この片手袋は一体どこに帰るのだろう?」
という思いは、
「心や家族という一つしかないものは“帰る場所”だよな。」
と、そう気付くことによって、
「あの片手袋はどこかに帰るのではなく、誰かの帰る“家”なのかもな。」
という想いになりました。
それからは、一つのものや、家や、帰る場所について、
考えたり、調べたり、絵に描いてみたり、音楽を聴いてみたりしました。
最近は、Issue毎にプレイリストを作っています。
形容し難い感覚は、音楽だと形容してくれる気がして。
この感覚が導いてくれたのかは、感覚さんに聞いてみないと分からないのですが、
プレイリストを作成中に、Lighthouse(灯台)という言葉が入る曲、またはEPと2つ出会いました。
片手袋は誰かの帰る“家”
そう思っていましたが、
片手袋が一筋の光を月明かりのように、迷子の考えを照らし、
この場所まで導いてくれたので、“灯台”なんじゃないかな。
と、積み木のように考えが重なり、そう想うようになっていきました。
ただ、当たり前の食卓が待っているような、帰れる“家”でもあるし、
帰り道を照らしてくれる“灯台”でもあると両方想うので、
タイトルに入れる言葉は、
Lighthouse(灯台)ではなく、少しだけもじらせてもらいました。
こうやって散歩で見かける信号や看板のように、ただの無機質な記号であった片手袋というモチーフは、
灯台や家の灯りに照らされて、有機なものへと形を変えていきました。
もちろん、手袋は家でもなければ、灯台でもありません。
ただ、「手袋は手袋だ。」というような直接的な訳よりも、
「手袋は家であり、灯台だ。」という理屈では説明つかないかもしれないけれども、
意味もわからないかもしれないけど、共感性を生むかもしれない、機械には出来ない訳。
そんなデザインがしたいんだ、と気付きました。
そんなデザインがしたいのです。
さらに絵を描き進めると、全て冬の情景でした。
月・冬・家・散歩というモチーフは、
それこそ、理屈では説明できないですが、
昔から自身の根底に変わらずある「基本」なものなのでしょう。
それらの情景を、毎回違うフィルターを通して、
色を変え、濃さを変え、ミルクで割ってみたり、ホイップを乗せたりして、
みなさんのテーブルに提供して、
「こんな情景も美味しいでしょ?」
って、言いたいのでしょう。
今回はそんな基本を、
片手袋という素材に想いを馳せ、混ぜてみて、
ポケットに仕舞い込みすぎて、ぐしゃぐしゃになった
出不精な熱量を引っ張り出して、冬というモチーフと共に、一生懸命温めました。
そして、結論はこんな感じです。
「なんで片方だけ手袋が落ちているのだろう?」
「ただいま。」「おかえり。」
そんな声が聞こえたら素敵ですよね。
Issue #9 a glove is a "lighthome" isn't it?
ショー会場に足を踏み入れると、そこにはプラスチックで作られた人工の雪が降り積もった、幻想的な空間が広がっていた。静寂に包まれたその白い世界は、マティスやゴッホが見つめた景色への憧憬と、雪の中を歩くような漠然とした記憶が交錯する場所だ。
登場したルックは、ブランドが掲げるコンセプト「picturesque scenery(絵のような風景)」を体現するように、冬の澄んだ空気感と物語性をまとっていた。ファーストルックから目を引いたのは、まるで衣服の上に粉雪が舞い降りたかのような表現。ニードルパンチによって生地に埋め込まれた繊維は、降り積もる雪の質感そのものであり、厳しい冬の寒さと、それに抗うような素材の温かみを同時に感じさせる。

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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コレクション全体を貫くのは、「生活」と「労働」、そして「帰路」のイメージ。雪かきや冬支度をする人々を描いたジャカードニットは、労働の尊さと日常の美しさを絵画的に切り取っている。また、白いステッチが施されたダウンジャケットや足跡を描いたコートは、誰かが家路を急いだ痕跡を静かに物語る。
ディテールにおいては、小塚らしい遊び心とコンセプチュアルなアプローチが光る。「ポケットに仕舞い込みすぎて、ぐしゃぐしゃになった熱量」という言葉を具現化するかのように、無数のポケットが配されたブルゾンが登場。それは、物理的な機能を超え、思い出や感情を詰め込むための装置のようにも見える。また、暖かさを感じさせるエプロンは、家事や労働といった「生活の営み」をファッションへと昇華させている。無数のボタンが整然と、あるいは不規則に並ぶコートは、雪景色の中に残された時間の経過や、人々の痕跡を詩的に表現しているのだろう。

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多彩なコラボレーションも、この物語に厚みを持たせている。「ナンガ(NANGA)」とのダウンウェアは極寒の冬を越えるためのシェルターとして、「ディッキーズ(Dickies)」とのワークウェアは労働のユニフォームとして、そして「キジマ タカユキ(KIJIMA TAKAYUKI)」のヘッドウェアや土屋鞄製造所のレザーバッグといった小物は、旅路の相棒として機能する。足元を支えた、「リーボック(Reebok)」とのコラボレーションフットウェアと「アノニマスイズム(ANONYMOUSISM)」とのコラボソックスも、小塚が大切にする「心や家族」といった一つしかないものを守るための装備なのだ。

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「For Now I Am Winter」(Ólafur Arnalds & Arnór Dan)や「筆舌:あにゅー」(RADWIMPS)といったサウンドトラックが会場を包み込む過程で、片手袋はもはや持ち主の手を離れた悲しい存在ではなくなっていた。それは迷える思考を導く「灯台(Lighthouse)」であり、誰かが帰るべき暖かな「家(Home)」のメタファーとして、見る者の心に灯りをともしたのだ。「なんで片方だけ手袋が落ちているのだろう?」という素朴な疑問から始まったこの物語は、最終的に「ただいま」「おかえり」という、最も根源的で温かい言葉へと帰結する。フィレンツェの雪景色の中に残された轍と足跡。シンヤコヅカの2026年秋冬コレクションは、ファッションショーという枠組みを超え、観る者すべての心にある「帰るべき場所」を照らす、優しくも力強い灯火であった。
ショーの前に実施された囲み取材には多くの海外ジャーナリストが詰めかけたが、小塚は多くを語らなかった。しかし、その静けさすらも彼らしい。言葉で説明し尽くさない「余白のデザイン」こそが、言語の壁を超え、観客一人ひとりの心にある「冬の記憶」や「帰る場所」を自由に投影させるスクリーンとなったからだ。コレクションノートに記された「理屈では説明つかないかもしれないけど、共感性を生むかもしれない、機械には出来ない訳」。シンヤコヅカがフィレンツェに残したものは、冬の寒さの中でこそ感じる、言葉にならない確かな体温だった。
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