
「ステファン クック」クリエイティブディレクターのジェイク・バート(左)とステファン・クック(右)
Image by: FASHIONSNAP(Masaki Kiyokawa)
2017年、セントラル・セント・マーチンズのエキセントリックな卒業制作コレクションにおいて、ステファン・クック(Stefan Cooke)の服は一見あまりにも普通で、しかし見れば見るほどに異質だった。着古したジーンズやクリケットセーターといった「ありふれたメンズウェア」を、ボディスーツやプラスチックのプレートに転写したコレクションは、ハイファッションへのユーモアたっぷりの皮肉であり、日常性の裏に静かな狂気を湛えていた。男性の退屈な普段着を一捻りで前衛へと転換する手法は、卒業後にパタンナーのジェイク・バート(Jake Burt)を共同ディレクターに迎え、「ステファン クック(Stefan Cooke)」を立ち上げるとさらに発展。ウェアラブルで洗練されたシルエットに進化し、時にウィメンズウェアの要素をも取り込みながら、「メンズワードローブの拡張」というテーマを一貫して追求してきた。
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彼らのデザインは実験的なアイデアから出発しながらも、最終的なアウトプットが極めて現実的であることも特徴だ。トレンドとは一線を画すユニークな作品を発表する一方で、スラッシュでアーガイル柄を表現したニットや、大量のボタンを帯状に連ねたバッグストラップなど、シグネチャーアイテムを次々にヒットさせてきた。昨年冬には、ステファン クックのスタジオ内にバートによるショップ「ジェイクス(Jake's)」がオープン。同店は瞬く間にロンドンのファッション業界人の間で話題となり、10月に東京で開催したポップアップでは数時間でほぼ全ての商品が完売した。ハイコンセプチュアルでありながら堅実な物作り、ショップを始めるきっかけとなった日本での体験、ファッション業界の現況と彼らが考えるブランドの在り方まで、デビュー8年目を迎えた2人に訊ねた。
■ステファン クック
英セントラル・セント・マーチンズのMAコレクションで大賞を受賞したステファン・クックと、同窓生でパートナーのジェイク・バートが2018年に創設した、ロンドンを拠点とするファッションブランド。2019年にはLVMHプライズのファイナリストに選出されるなど世界的に高い評価を集めている。マルベリーやリーとの協業に加え、2024年にはバートがコンセプトショップ「ジェイクス」をオープンするなど、活動の幅を広げている。

「ステファン クック」2026年春夏コレクション
Image by: Stefan Cooke

「ステファン クック」2026年春夏コレクション
Image by: Stefan Cooke
日々の膨大なリサーチに基づくシンプルな意思決定
── 日本初出店のジェイクスのポップアップストアが好評でした。元々ロンドンでは、どういったショップとして運営しているのですか?
バート:前提として僕のオリジナルレーベル「ジェイクス(JAKES)」のコレクションがあって、それを販売する同名のスペースがあるという形になっている。それ以外にも、ステファンが別名義で作るアイテムや、クリエイターの友人たちの作品も扱っているんだ。素晴らしいのは、その友人づてに誰かの作品を知って、また新たな出会いが生まれること。店で一緒に働くことを通じてみんなが友達になっていく感じだね。例えば、ジェイクスで展開しているバッグブランド「Six95」は、デザイナーのサリー・カイト(Sally Kite)を友人が紹介してくれた。イギリスの硬貨でデコレーションしたバッグが、ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)作品を思わせる雰囲気で気に入ったんだけど、ロンドンの店では入荷の度にすぐ完売するほど人気だよ。
──単なるショップというより、コミュニティとしての側面が強い印象を受けます。
バート:そうだね、友人同士が集まることで生まれるエネルギーが重要だと思う。日本でも、アーティストやショップのオーナー、いろんな人たちがスペース探しや生産を手伝ってくれている。ジェイクスは人を引き寄せる磁石のような場所なんだ。
──そうした魅力は小規模であるが故のものだとも思うのですが、今回のポップアップストアの出店も含め、今後どのようにプロジェクトを拡大していくつもりですか?
バート:日本での反応は素晴らしかった。ここで色々な人たちに出会えて、ジェイクスをより多くの場所に広げたいと感じたよ。今後もポップアップは続けるつもりだけど、次に日本に来る際はもっと長い期間でやりたい。単に服を売るだけじゃなくて、ロンドンの店のエネルギーを日本にそのまま持ち込みたいと考えている。ポップアップの空間設計まで自分でコントロールして、ホストとしてイベントを運営するようなやり方が理想的だと思う。
── 「ステファン クック」の活動とのバランスはどうとっていますか?
クック:ステファン クックは2人でやっているから自然とバランスが取りやすいし、ブランド自体が既に強固なアイデンティティを持っている。個々の活動に取り組むことは後退ではなくて、いつもと違う空気から得るものがある。それはブランドにとっても良いことだと思う。ステファン クックという確かな土台があるから、今回のような拡張もしやすい。
── バートさんのオリジナルレーベルと2人のブランドでは、デザインする上でどのような違いを意識しているのでしょうか?
クック:僕もジェイクの店のためにアートワークを作ったり、販売するアイテムを作ったりはするけど、オリジナルレーベルのプロダクト自体はジェイクの視点が強い。2人のブランドでのやり方とは違って、顧客を第一に考えたプロダクト主導のやり方というか。ハイファッションのように、ショーやコンセプトが先行する物作りとはちょっと異なるんだ。

「ステファン クック」クリエイティブディレクター ジェイク・バート
Image by: FASHIONSNAP(Masaki Kiyokawa)
── 一つのアイテムでアイデアが完結するというか、即興性の高いシンプルなプロセスを取っているということなのでしょうか。
バート:確かにプロセスはすごくシンプル。だけど、その裏には膨大なリサーチがある。とにかく常にリサーチをしているんだ。スタジオで重ねた沢山のリサーチと、ファイルに蓄積された情報があるから、シンプルなアイデアでも微調整で成立する。リサーチが深いからこそ決定がシンプルになるとも言えるね。
「日本では、小売が高次に文化的なものとして捉えられている」
── ジェイクスは日本のコンセプトショップから着想を得たと聞きました。どのような店に影響を受け、その要素をどう自分の店に取り入れましたか?
バート:「ドマ_ビルディング」という店との出会いが一番のインスピレーションになった。僕が高円寺で一番好きな店で、去年の8月に初めて訪れた。リサーチもせずに偶然見つけたんだけど、ドアノブ代わりに石が付いた扉に矢印だけ描かれていて、開けたら「わあ!」という感じで...日本のショップは本当に違うなと思った。日本では、小売というものが高次に文化的なものとして捉えられている気がする。だから、才能とセンスのある人たちが自分の感性をそこで表現できるのだと思う。
──具体的にどのような部分に惹かれましたか?
バート:ドマ_ビルディングはもはや店自体がアートワークみたいで、置かれているもの全てがオーナーのヴィジョンそのものって感じなんだ。希少でスペシャルなアイテムがある一方で、すごくチープなものもある。例えば、プライマーク(=イギリスを拠点とするファストファッションチェーン)のTシャツみたいなものがあったりね。日本のショップではそういったものも、同じ空間に並べて価値のあるものとして提案する。それは傲慢なのではなく、自分たちの審美眼への自信なんだと思う。
僕たちはファッションブランドを長くやってきて、業界のシステムもよく分かっている。ただ、日本に来て気づいたことは、僕たちは違うこともやりたかったんだってこと。そして、ただ別のブランドを作るのではなく、日本のショップと同じクリエイティブな価値観を持った店をロンドンに出せたら、すごく面白いことだと思った。まだ同じレベルには達していないし、イギリス版であって彼らの店とは違うものだけど、僕が取り入れたいのは小売を文化的なものと捉える姿勢そのものなんだ。

──日本には何度も訪れているそうですが、他にも好きな店はありますか?
バート:東京だけでなく大阪でもたくさんのお店を回ったけど、中津の「ヒビ(hibi)」という店が特に気に入っている。ディスプレイが本当に美しかった。
クック:僕は、東京だと「キリコ(DE CHIRICO)」というヴィンテージショップ。その近くにある「ゴダール ハバダッシェリー(Godard Haberdashery)」や、「ライラ ヴィンテージ(LAILA VINTAGE)」も好きだね。
バート:僕はライラにはまだ行ったことがないな。
クック:絶対に行くべきだよ! 例えばゴダール ハバダッシェリーのような強い個性を持つ店は、商品の持つアイデンティティが店の空間をはじめ、全てに浸透していると感じる。それがとても重要で、難しいことなんだよ。ジェイクスもそれを重視しているから、みんなが良い反応を示してくれるのだと思う。
変わらないこと、自然であること、自分を信じること
── ステファン クックは8年目を迎えましたが、創立当初から変わったことは?
クック:ブランドが7年間で築き上げたものはあるけど、いつも一から作っている感覚がある。何度シーズンを重ねても、デビューコレクションのリサーチをしているような気持ち。それが面白いところなんだよね、変わらないんだ。強いて言えば、チームは大きくなったし、スタジオのスペースも広くなった。あとは旅行に行けるようになったことがすごく嬉しい。デビュー当初は顧客と繋がることができなかったけど、今はこうして彼らに会えるようになった。

「ステファン クック」クリエイティブディレクター ステファン・クック
── 2021年秋冬シーズンの辺りから、女性服特有の型やディテール、素材などをメンズウェアに落とし込むアプローチが増えたように感じます。それらの要素を取り入れる上で意識していることはありますか?
クック:リサーチを通じて思うことは、ファッションデザインの進化は歴史を通じて女性服が貢献してきたということ。そして、メンズウェアは常に構造的だったということ。ただ、枠組みがあることは素晴らしいと思うんだ。例えば、ボンバージャケットやジーンズ、ローファーといったメンズウェアの原型は体系化されているけれど、女性服の要素を加えるだけで容易に変化させることが出来る。それが、ワクワクさせてくれる点だと思う。僕たちの作品はテキスタイルの技術に基づくものが多いから、女性的な要素を加えやすいしね。
ただ、どんなにアイデアが実験的でも、実際に作る服は生活に即した現実的なものになるよう心がけている。2021年秋冬シーズンのスカートルックはショッキングだったかもしれないけど、実際にハンガーから外してジーンズの上に重ねれば、それほど違和感はないはず。僕たちが常に目指しているのは、誰かの日常にすんなり溶け込める服を作ることなんだ。アバンギャルドな印象の服でも、現実的なワードローブの範疇だと感じさせるべきだと思う。
── 近頃、ファッション業界は急速に変化する不安定な環境になっているように思います。その中で、プレゼンテーションやスタイリングの目新しさを追求してプロダクトの質が二の次になったり、一方でリアルクローズを偏重するという傾向も同時にあります。2人はそうした流れとは距離を置いているようですが、業界の状況とブランドの在り方についてどう考えていますか?
バート:まず、業界についてのあなたの見解に完全に同意する。その上で僕らのことについて話すと、僕とステファンは15年来のパートナーで、お互いに自信を与え合える関係なんだ。自分たちだけの世界を持っているから、業界の混乱を無視して大切なことだけに集中するのはとても簡単。正直、それが一番シンプルな対処法だと思う。
クック:スマホを開くたびに新しいショーが発表されていて、何が何だか分からない。そんな業界で活動するのは狂気じみている。でも、だからこそ自分たちを気にかけてくれる人たちのサポートが大切なんだ。応援してもらえる環境を自然に築けたことは、本当にラッキーなことだよ。ただ大量に作って売るためにやっているわけじゃないってことが、デビューシーズンから皆に伝わっていたんだと思う。僕らは長い間デザインを学んで、本当に好きでやっているからね。
── 外の世界を見過ぎないことが重要なんですね。
クック:あとは柔軟性も大事。僕らは丸7年が経っても若くて柔軟な部分がある。誰かが別のことをしたくなったら、それを許す時間も必要だと思う。特にコロナ禍以降は「ショー、ショー、またショー」みたいな時代から変わって、小さなディナーイベントみたいな親密な形で作品を発表する機会が増えた。それが大事で、巨大なものばかり作っていると感覚が麻痺してしまうからね。今シーズンは本屋でドリンクイベントをやったんだけど、それがとても親密な雰囲気で良かった。人を巻き込むための色々なやり方を考えることが重要で、僕らのブランドは今いい状態だと思う。

── ブランドの変わらないコアな部分は何だと思いますか?
クック:多分、すごく個人的なもの。僕らが若い頃にファッションに対して感じていたものに根差している。多くのシーズンで、僕らが育った時代のファッションに立ち戻るんだ。
バート:僕らが一緒にやってきた関係性に由来する部分が大きいね。コアというのは、僕らがずっと続けている対話そのもの──好きなものや嫌いなもの、業界への考え、思い出──そういう会話の延長線上にあると思う。二人ともイギリスで育ったから、イングランドへの郷愁的な要素が出ることもあるし、アメリカや日本への旅行も好きで、それが共通項になっている。
クック:1990年代に生まれた世代の感覚も、また一つの要素としてある。多くの人が僕らのコレクションに共感してくれるのは、過去30年かそれ以上のファッション史を蒸留したものだからだと思う。物理的なものではないから、うまく定義できないけど。もちろん毎シーズン、例えばスラッシュのディテールみたいなアイコニックな要素は続けているけどね。僕たちは早い段階でブランドの連続性を感じさせるコードを作りたかったんだ。
── つまり、毎シーズン新しいものを無理に出そうとしているわけではなく、自分たちの内側にあるものを組み合わせていると自然に新しいものが生まれるということですね。過度に新しさへのプレッシャーをかけずに、自然体でやってると。
バート:そう、リサーチを沢山しているから決断も早くなる。ステファンとやる時は挑戦的で難しい部分もあるけどね。
クック:確かに、ブランドとしては1コレクションで30ルックくらいを発表するから、全体のまとまりや整合性も求められるけど、何れにせよリサーチの蓄積があるから「これが良い」と迷わず決められる。人々は「ああ、こういうスタイルになりたい」と瞬間的に思えるものを求めている。それが重要で、ファッションに求められていることなんだと思う。


── 例えば今回のジェイクスの新作の場合は、どのようなリサーチに着想を得たのですか?
バート:ロンドンで牧場のような場所を歩いている時に見た、馬が着ているジャケットが素敵でね。リサーチ資料を整理する時にその馬の写真がたびたび目に入って、「これをどうにか使えないか」と考えるようになった。そして、ある日「あの馬用のジャケットはどこかで買えるんじゃないか?」と思って探してみた。馬は外でそれを着る訳だし、動きも激しいからすぐに傷んで取り替えるはずだって。そしたら、イギリスで馬具専門のクリーニング店を見つけたんだ。そこで防水性が落ちたものとかを売っていて、それをリメイクしたのがこのジャケット。つまり着想源は何かといえば、ただ野原で馬を見たことだね。

── こちらのフーディーについては?
バート:これはまず、皆が夢中な60年代のフーディーを再現したくて。ただ、本物っぽくはしたいけど単なるコピーではない方法を取りたかったから、ロンドンのニット職人と一緒に作った。元々はざっくり編んだ巨大なニットで、洗いをかけてこのオーセンティックなサイズまで縮絨させた。「見た目はヴィンテージだけど、実は新しい」を表現したかったんだ。


Image by: FASHIONSNAP
── ステファン クックは、デビュー当時から「男性のワードローブの拡張」をテーマに据えてきた一方で、今シーズンは2023年春夏シーズン以来のウィメンズを本格的に展開しています。今後ブランドをどのような方向性で運営していきますか?
クック:常に自然であることを大事にしたい。段階的な計画や販売戦略、マーケティングといった構造はもちろんあるけど、その背後にある本質を失いたくないんだ。半分をウィメンズにしたいならやるし、やりたくない時はやらない。適切なタイミングだと感じられないなら、無理に進めなくていいと思っている。
もちろんビジネスだし期待されることもあるけど、今は純粋な女性服を探求する自然で良いタイミングだと思う。2023年春夏シーズンは女性服でしか成り立たないアイデアがあって、そのためにウィメンズを作ってみたんだ。その時の経験をもとに、今回は女性の体型によりフィットした服を作ることができたのが良かった。男性服のパターンを無理やり女性に当てはめずに済むようになったからね。
ただ、来シーズン以降はもっと自然なアプローチをするつもり。こういう変化は急ぐべきではなくて、顧客が僕らを信頼してくれることが大切。ブランドはゆっくり歩くべきところを走ってしまいがちだから、まずはしっかりとした基盤を作りたいんだ。
バート:要は自然さとタイミングが大事ってこと。

photography: Masaki Kiyokawa
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