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【連載:ゆるふわファッション講義】第1回 ファッション論ってなに?

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【連載:ゆるふわファッション講義】第1回 ファッション論ってなに?

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 「あなたはなぜ服を着ているのですか?」と聞かれてうまく答えられる人はどれくらいいるでしょうか。

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 物心ついたときから服を着ている私たちは、そんなことをわざわざ考えません。なぜ食事は1日3回なのか、なぜ1日の労働時間の目安が8時間なのか、もともと誰のものでもない土地をなぜ個人が所有できるのか、なぜ電話に出るときに「もしもし」と言うのか。そうした疑問を抱くことはあっても、その疑問を考え抜いたり、答えを探し続けたり、あるいは別の仕方を実践してみたりすること(1日6食とか!)はあまりないでしょう。あまりにも日常的なことについて考えを巡らせはじめると、いくら時間があっても足りなくなってしまうからです。タイパの良さが求められるこの時代に、そんなことをする人はかなりの少数派にちがいありません。そのような日常の「当たり前」を括弧にいれ、改めて考えてみること、それを行っているのが「ファッション論」という学問です。(文:蘆田裕史)

ファッション論は“子どもっぽい”学問?

 「学問」ときいて、なんだか小難しそうと思った人もいるかもしれません。たしかにファッション論に関するさまざまな書籍は、そのすべてが簡単に理解できるものというわけではありません。けれども、もっとも重要なのは「当たり前」を疑う視点です。『ファッションと哲学』の編者であるアニェス・ロカモラ(Agnès Rocamora)とアネケ・スメリク(Anneke Smelik)はこんなことを言っています。

 ファッションを理論化することは、その論理と現れの理解を進める命題と議論を展開することを意味する。理論が目指すのは、表象、生産、消費というファッションの生成にまつわる多くの実践の解説である。

 概念的なレベルの理論は、現実の世界から乖離した抽象的なものであるという非難にさらされてきた。しかしながら、イーグルトンが述べるように、「理論の真のむずかしさが出てくるのはこの種の知的洗練ではなくて、まさにその正反対のものからである。つまり、理論がむずかしいのは、自然なものに見えるものを却下し、善意の大人から出されるずるい答えでごまかされるのを拒むことによって私たちが幼年期に戻ることをそれが要求するからである」。換言すれば、ファッションの研究者と学生は先入観や偏見を自身の心から取り除き、ファッションという領域を新鮮な目で見る必要がある。

 要するに、小さい子どもが「なんでなんで?」と疑問を抱くような仕方で、当たり前を疑うことが必要だということです。先ほど例に挙げた、食事の回数とか土地の所有についての疑問はまさにこういうことだと思います。「なぜそうなのか」を論理的に考えたり説明したりすることも大切かもしれませんが、なによりもまず疑問をもつこと、それが大切なのです。

子どもがファッションについて考えているイラスト

*¹ アニェス・ロカモラ&アネケ・スメリク「ファッションを通して考える」『ファッションと哲学——16人の思想家から学ぶファッション論入門』(蘆田裕史監訳)、フィルムアート社、2018年、11頁

ファッションが語る、私という存在

 ところで、僕は自己紹介が得意ではありません。この連載を始めるにあたって、僕が何者なのか、何をしている人なのかを書いた方がいいことは理解しています。けれども、僕は自分の話をするのが好きではなく、自己紹介をしようと思うと気が重くなってしまうのです。

 僕がファッションに関心をもっている理由のひとつがそこにあります。ファッションは視覚的にコミュニケーションを取ることができるものなので、僕が言葉を発しなくとも、着ている服が代わりに何かしら伝えてくれます。たとえば、僕が最近初めて髪を切ってもらった美容師さんに「会社員ではなく、何かお店をやっていそう」と言われたのですが、自分の職業について何も口にしなくても、このように相手が僕の服装から勝手に色々な推測をしてくれます。

 とはいえ、そこがファッションの厄介なところでもあります。先ほど述べた通り、何かを伝えたり表したりしたいわけではない場合でも、服装は何らかの意味を帯びてしまうからです。その両義性がファッションの特徴でもあり、興味深いところです。こうしたファッションの面白さと複雑さについて真面目に考えること、それがファッション論の役割なのです。

学問としての「ファッション論」はなぜ軽んじられてきたのか

 と、もっともらしいことを言ってみましたが、実はファッション論というものはごく最近始まったばかりなのです。というのも、20世紀終わりまで、学問の世界ではファッションについて論じることはまっとうな試みだとは思われていなかったからです。

 日本における哲学的なファッション論の嚆矢である鷲田清一さんは、ファッションについて論じ始めたときに、恩師から非難されたことをたびたび吐露しています。また、アメリカのファッション史家ヴァレリー・スティール(Valerie Steele)もファッション研究を始めたときには大学の教授たちに歓迎されていなかったようです。もっと若い世代でも事態は同じです。昨年出版され、大きな話題となった『東大ファッション論集中講義』の著者の平芳裕子さんも、大学院で「ファッションはやめた方がいい」と言われたことを同書で明らかにしています。そして僕自身もやはり同じ経験をしました。同じように、大学院の入学試験のときに「ファッションなんか研究してどうするの!」と面接官に言われたのです。いったいなぜファッションはそんなに嫌われているのでしょうか。

 ヴァレリー・スティールは「なぜファッションは嫌われるのか」という論考のなかで、ファッションが嫌われるさまざまな理由に言及しています。それは「抑圧的だから」「資本主義の申し子だから」「色欲と傲慢の罪を連想させるから」「不道徳への誘惑だから」「時間と金銭の浪費だから」といった理由です。*²要するに、ファッションは軽くて些末で品がないものだとみなされているのでしょう。

 たしかにファッションが「軽い」というのは事実です。毎日違う服を着ることは珍しくないですし、急に服装のテイストを変えるということもそれほど難しいことではありません。一方で、「昨日まで住んでいた家に飽きたから今日から別の家に住もう」と思ってもなかなか実現させるのは簡単ではありません。そう考えると、ファッションは建築に比べるとたしかに「軽い」と言えます。ただし、それは「身軽」というようなニュアンスであって、けっして「軽薄」ではないはずです。

*² ヴァレリー・スティール「なぜファッションは嫌われるのか」『ファッションセオリー——ヴァレリー・スティール著作選集』(平芳裕子・蘆田裕史監訳)、アダチプレス、2025年

ファッションとアイデンティティの切っても切れない関係

 私たちは「おしゃれ」に興味がなかったとしても、「ファッション」と無関係でいることはできません。なによりもまず、私たちは服を着て生活しなければなりませんし(そうでなければおそらく警察に捕まります)、先にも述べたとおり、言葉を発しなくとも、服によって何かしらの意味が伝わります。先ほど書いたエピソードで、美容師さんが僕の職業を想像できたのは、僕の服装がアイデンティティを表示するからです。たとえ意識していなかったとしても、です。これはファッションの固有性とまではいかなくとも、大きな特徴のひとつでしょう。

 もちろんファッション以外にもアイデンティティを表すものはいろいろあります。自分の部屋の家具、お気に入りの文房具、好きな音楽や食べ物……。ただし、それらはある特定のシチュエーションやタイミングでしか見ることができません。街中ですれ違った人がどんな家具や文房具を使っているか、どんな曲を聴いているか、どんなものを食べているかを知る術はありません。一方で、私たちの身体は、つねに衣服とともにあります。銭湯やプールの更衣室のような特殊な場でないかぎり、私たちが誰かをまなざすとき、その人はかならず服を着ています。たとえ、それがワードローブのなかの一着であり、その人のアイデンティティのすべてをあらわすわけではないとしても、私たちはそこからさまざまな情報を読み取ります(このあたりの話は次回もう少し詳しくします)。

 私たちがこの世界で生きる上で、アイデンティティが重要なのは言わずもがなです。だとすれば、アイデンティティに密接にかかわるファッションも同じく重要なはずです。

子どもっぽい問いが社会を変えるかもしれない

 ファッションが重要なのはアイデンティティに関わるからというだけではありません。政治、経済、ジェンダー、身体など、ファッションが関係するものは色々あります。したがって、子どもっぽい視点を持てば、私たちの社会にはファッションに関する疑問や悩みに溢れているはずです。

  • 「クローゼットにはいっぱい服があるのに、なぜ『着る服がない』と思ってしまうんだろう」
  • 「なぜリクルートスーツはあんなにも画一的なんだろう」
  • 「男性がワンピースを着ていたら違和感を持ってしまうのに、着物だと何も思わないのはなぜだろう(構造は同じなのに!)」
  • 「来年小学校に入学する息子が赤いランドセルをほしがったらどうすればいいだろう」
  • 「なぜオンラインゲームで課金してまでスキンを買いたくなるんだろう」

 こうした疑問について考えなくても、私たちの生活が行き詰まってしまうわけではありません。けれども、もし真剣に考えて、自分なりの答えを出せたならば、そしてこの社会に生きるみんながそれぞれの主張をもって議論をしていけば、私たちは今よりもちょっとだけ生きやすくなるのではないでしょうか。少なくとも僕はそう思ってファッション論を仕事にしています。

「ファッション」の定義

 次回以降、ファッションについて考えたり、ファッションを通してこの社会の諸々について考えたりしていくつもりです。が、それに先立ち、ここで「ファッション」という言葉について簡単に整理をしておきたいと思います。

 私たちが「ファッション」という言葉を使うとき、それが意味するものは大きく3つあります。まずは「衣服」そのものです。たとえば「ファッションデザイン」という言葉は、一般的には「衣服のデザイン」を意味すると言えます。つまり、ここで言われている「ファッション」とは衣服そのもののことです。

 次に、私たちが日々実践しているコーディネート、つまり「服装」を指す場合もあります。友人との日常会話で「今日のファッション、いい感じだね!」と言うとき、それは多くの場合、「コーディネイト」あるいは「服装」のことを意味しています。

 3つ目は、「衣服」や「服装」が社会において現れたもの、つまり「流行」のような現象です。おそらく英和辞典を引くとこの意味がいちばん最初に出てくるので、説明は不要でしょう。

ファッションの3つの定義を表したイラスト

 これらをまとめると、まずは「衣服」というモノが生産され、私たちが個々にそれを組み合わせて「服装」を作り、同じようなアイテムや着こなしをする人が社会のなかで集団を形成すると「流行」となる、という感じです。ここまで、何の前置きもなく「ファッション」という言葉を(曖昧なまま)使いましたが、本当はどれを意味しているのかをきちんと整理しなければ、何について論じているのかがわからなくなってしまいます。「ファッション論」と言っても、流行について論じるのと、服装のような個人の実践について論じるのではまったく異なる話だからです。

 そのため、厳密な議論をするときには「ファッション」という言葉を使わない方がよいのですが、「ファッション」とか「ファッション論」という言葉がある以上、それを必要以上に避けてしまうと、まわりくどくなってかえってコミュニケーションが取りにくくなってしまうのも事実です。おそらく、「衣服と服装と流行について考えましょう」と言うよりも、「ファッションについて考えましょう」と言った方が、すっと頭に入ってくるのではないでしょうか。

 この連載は論文のように細かい議論をするものではないので、言葉づかいを少し曖昧にしたまま、一般的な用語として「ファッション」という言葉を使うつもりです。そうして意味を広げることで、ファッションという概念がどのような射程を持ちうるのかを理解することもできるはずなので。

 今回は前提を共有するためにファッション論の入門のような話をしましたが、次回以降は徐々に具体的な物事について考えていこうと思っています。私たちの身のまわりで起きる出来事を、ファッション(論)というレンズを通してみるとどんな風に見えるのか。それがこの連載の主題です。それではまた来月に。

★今回のテーマをもっとよく知るための推薦図書

ヴァレリー・スティール『ファッションセオリー——ヴァレリー・スティール著作選集』(平芳裕子・蘆田裕史監訳)、アダチプレス、2025年
蘆田裕史『言葉と衣服』アダチプレス、2021年
蘆田裕史・藤嶋陽子・宮脇千絵(編著)『クリティカル・ワード ファッションスタディーズ——私と社会と衣服の関係』フィルムアート社、2022年
アニェス・ロカモラ&アネケ・スメリク『ファッションと哲学——16人の思想家から学ぶファッション論入門』(蘆田裕史監訳)、フィルムアート社、2018年
平芳裕子『東大ファッション論集中講義』筑摩書房、2024年

illustration: Riko Miyake(FASHIONSNAP)

京都精華大学デザイン学部教授

蘆田裕史

Hiroshi Ashida

1978年京都生まれ。京都大学薬学部卒業、同大学大学院人間・環境学研究科博士課程研究指導認定退学。京都服飾文化研究財団アソシエイト・キュレーターなどを経て、2013年より京都精華大学ファッションコース講師、現在は同大学デザイン学部教授。批評家/キュレーターとしても活動し、ファッションの批評誌「vanitas」編集委員のほか、本と服の店「コトバトフク」の運営メンバーも務める。主著は、「言葉と衣服」「クリティカル・ワード ファッションスタディーズ」。

最終更新日:

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