
Image by: FASHIONSNAP

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「ゆるふわ大明神」の異名を持ち、長年京都を拠点に大学でファッション論を教える傍ら批評家・キュレーターとしても活動してきた京都精華大学デザイン学部教授の蘆田裕史氏が、「ファッション」や「ファッション論」について身近なものごとから考えるコラム連載。スポーツとファッションから「衣服と身体の関係」を考えた前回に続く第7回は、目に見えない装いである「におい」について。
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目次
今回は「ファッション論」というよりも、個人的に困っていることを少しお話したいと思います(大学で授業をするときは個人的な主張をできるだけ入れないようにしているのですが……)。そして、ひょっとしたら今回のコラムを読んで傷ついたり不快に思ったりする人も出てくるかもしれません。そのことを、あらかじめお詫びをしておきます。
言い訳めいた書き出しになりましたが、今回のテーマは「におい」です。僕は柔軟剤のにおい⎯⎯厳密に言えば柔軟剤だけでなく洗剤も含むのですが、より被害が大きいと思われる柔軟剤でくくります⎯⎯がめちゃくちゃ苦手です。大げさに言えばこの世からなくなってほしいもの第3位です(ちなみに1位は暴力、2位は貧困です)。というのも、柔軟剤のにおいによって、気持ち悪くなったり頭が痛くなったりするからです。ここ数年「香害」という言葉を目にする機会が増え、柔軟剤のにおいによる被害を訴える人も徐々に可視化されてきていますので、同じような話を耳にしたことのある人もいるでしょう。
「いいにおいが好き」⎯⎯この意見に反対する人はあまりいないはずです。ただし、ここで言う「いいにおい」はあくまで「自分にとって」、という条件つきです。逆に「くさいにおいは嫌い」ということについても同じことが言えるでしょう。納豆やブルーチーズのにおいを不快に感じる人もいれば、食欲をそそられるという人もいる。においの評価は、きわめて主観的なものだからです。(文:蘆田裕史)
不可視の装いとしての「におい」:香水と柔軟剤
では、「ファッション」と「におい」はどのような関係があるのでしょうか。たとえば香水は、その関係を端的に示す存在です。身体ににおいをまとわせることは、不可視の装いを身につけることでもあります。香りをポータブルなものとする香水は、お気に入りの服を身につけているのと同じ高揚感をもたらします。香水はつけている人にとっては自分のQOL(Quality of Life、生活の質)を上げるものですが、他者にとっては必ずしもそうではありません。誰かがつけている香水に対して「このにおいはあまり好きではないな」とか「ちょっとにおいがきついな」とか思ったことは誰しもあるのではないでしょうか。
こうした「他人が発する、(自分にとっては)不快なにおい」という問題は新しいものではありませんが、においを取り巻く状況はいま変わりつつあるように思われます。それが柔軟剤のにおいによるトラブルです。
消える香水、消えない柔軟剤⎯⎯においが残り続ける理由と弊害

Image by: Chris Ratcliffe/Bloomberg via Getty Images
柔軟剤はその名前からすると、もともと服やタオルを「柔らかく」するためのもののはずですが、いつからか「におい」をつけることが目的になってきています。僕が家で使っている洗濯機には「においをつけるために柔軟剤を二度投入する」という機能があるのですが、そのことからも「においづけ」を求めるユーザーが数多くいることが窺われます。一見、服ににおいをつける行為は、出かける前に自分の身体に香水をふりかける行為と同じであるように思われます。けれども、柔軟剤の特性をふまえると、事態はまったく異なるのです。それは、香水のにおいは消えるけれども、柔軟剤のにおいは消えない、ということに起因します。
柔軟剤による「においづけ」をしたいと思う人は、そのにおいが永く続くことを望んでいるようです。だとすると、メーカーはにおいが失われないような努力をすることになります。そうして使われるようになったのが、マイクロカプセルです。これは、微細なプラスチックのカプセルに香料を閉じ込め、摩擦や圧力によって破壊されると香りが放出されるという仕組みの物質です。つまり、香りが消えないよう設計されているのです。香水は時間とともに揮発しますが、マイクロカプセルは物質として繊維に残り続けます。ここに決定的な違いがあります。
マイクロカプセルは肉眼では見えませんが、実体を伴った物質です。その物質によって服についたにおいが長続きするということは何を意味するのでしょうか。それは、においが消えずに蓄積していくということです。これは僕の経験談なのですが、僕の息子が通う小学校では、給食当番が着るエプロンを、使った人が家で洗濯をして翌週に次の当番に渡すというシステムが取られています。そうすると、さまざまな家庭の柔軟剤のにおいが一枚のエプロンに蓄積し、(僕からすると)とんでもないにおいを発するようになるのです。もしこれが「汚れ」であれば目に見えるものなので、気になる人と気にならない人がいたとしても、「汚れがある」という共通認識を得ることはできます。けれどもにおいはそうはいきません。目に見えないものなので、気にならない人にとってはにおい自体に気がつかないのでしょう。
とはいえ、小学校の給食エプロンは特殊なケースですし、そんなに影響がある話ではないと考える人もいるでしょう。ところがそうは言っていられない状況が到来しているのです。
座席や試着からにおいが移る? 「移香」がおびやかす社会的身体
先に述べた通り、柔軟剤のにおいはマイクロカプセルによって服に蓄えられ、摩擦や圧力によってにおいが放出されます。私たちの日常生活で、服との接触が起こるようなものとして、何が考えられるでしょうか。それは、公共空間に存在する「座席」です。僕も少し前まで気づいていなかったのですが、最近、カフェで座ったり電車で座ったりした日は、自分の服(とりわけボトムス)から使っていないはずの柔軟剤のにおいがするのです。歯医者に行った日もそうです。気にならない人からすると、「気のせい」とか「気にしすぎ」とか思われるにちがいありません。最初は僕もそう思いました。だって誰からもそんな話を聞いたことがありませんでしたから。*¹
誰かの着ている服に蓄積された柔軟剤が、座席という公共空間のモノを媒介して自分の服に移る。これは言ってみれば他者の社会的身体への干渉です。前回のコラムにおいて、私たちの身体には「生物学的身体」と「社会的身体」の二つがあると指摘しました。化学物質過敏症の人は、生物学的身体に被害を受けています。けれども、化学物質過敏症ではない、つまり生物学的身体には影響がないとしても、消えることのないにおいが服に移るというのは、社会的身体の侵害につながります。しかも、先ほど述べた通り、香水と違って柔軟剤のにおいは洗っても洗ってもなかなか消えないのです。体調不良を引き起こすまではいかなかったとしても、望まないにおいがつきまとってくるのを不快に思う人は少なくないでしょう。
また、僕にはこんな経験もあります。旅先のホテルでインナーや下着を洗おうとコインランドリーを使ったところ、自動投入される洗剤(か柔軟剤)のにおいがきつく、取れなくなってしまいました。旅先で、かつ次の日に着るために必要だから洗ったので、着ないという選択肢を取ることができず、その上に着たセーターにもにおいがついてしまいました。もちろん、確認を怠った僕が悪いといえば悪いのですが、無人のコインランドリーで自動投入される洗剤のにおいを確認することが難しいのは想像できると思います。ちなみに、そのセーターは帰宅後、がんばって洗っているうちに縮んでしまって着られなくなりました。
そしてこんなこともありました。フリマアプリで買った服に柔軟剤のにおいがついていて、何度洗っても取ることができず、結局捨てることになりました。「捨てるなんてもったいないし、環境に悪い!」と思われる人もいるかもしれませんが、柔軟剤のにおいがついた服を二次(三次)流通させるなんて、さらなる被害を生みかねないので僕にはできません。
さらにこんなこともありました。最近はお気に入りの服を着ることがこわいので、日常的に着る服を某量販店で買うことがあります。そのときは薄手のセーターを買いに行ったのですが、すでに似たものを持っており、サイズ感がわかっていたため試着をしませんでした。次の日、その服をいざ着ようとしたら、新品のはずなのに柔軟剤のにおいがするのです! おそらくは誰かが試着をしたときに、その人が着ている服からにおいが移ったのでしょう。この服は着ることができず、けれども捨てるのももったいないので何度も洗って数週間ベランダに干し続けたところ、なんとか着られるくらいにはなりました。試着しただけの服でこうなのですから、何度も柔軟剤にさらされた服にどれだけのにおいが蓄積しているか想像してもらえるのではないでしょうか。
*¹ 気になり始めてから調べてみると、やっぱりすでに問題視されていたことがわかりました。たとえば『週刊金曜日』ではしばしば香害についての特集が組まれているのですが、2024年(1459号)では、「その香り、うつしているかもしれません」というテーマで移香の問題が取り上げられていました。
においで服が売れなくなる日⎯⎯ファッション業界に与えうる新たなリスク
こんなエピソードばかり書いていると、「こいつやべえやつだ……」と思われてしまうかもしれません。いや、実際もし僕が柔軟剤のにおいが気にならない人だとしたら、そう思ってしまうにちがいありません。けれども、こう感じているのは僕だけではありません。たとえば横浜にある「ユーフォニカ(Euphonica)」という服屋さんの店主さんが、香害について発信しているのですが、そこでも「試着による移香」について言及されています。*²
ほかにも、たとえばX(旧Twitter)で「メルカリ 柔軟剤 臭い」などで検索してみると、売り手が使っていた柔軟剤のにおいが取れずに困っているという話がいくらでも出てきます。あるいは、服ではありませんが、図書館の本に柔軟剤のにおいがしみついているというような話もあります。
さて、こうなってくると僕個人の話ですまなくなってくることが理解できるのではないでしょうか。「移香」と「取れないにおいの蓄積」は、これからのファッション業界にとって重要なイシューになってくるはずです。つまり、「新品の服が試着時の移香によって売れなくなる可能性」と、「二次流通の停滞」です。もしこれからも多くの家庭で柔軟剤が使われ続けると、公共空間に蓄積されるにおいは加速度的に増えていくと思われます。試着によって新品の服ににおいが移るのであれば、その商品が売れる可能性は低くなりますし、僕のように「お気に入りの服を着ることができないから、あまり服を買う気にならない」という人も増えてくると推測されます。
また、「柔軟剤のにおいが気になるからフリマアプリで服を買えない」という人が増えるのならば、おそらくは廃棄される服が増えることにもなります。どれだけ作り手がサステナブルな服作りをしたとしても、その先で思わぬトラブルが起きてしまうと、その苦労も水の泡になりかねません。
ここまで個人のQOL的な話をしてきましたが、もちろんマイクロカプセル(マイクロプラスチック)は環境破壊につながっているということもあります。ヨーロッパではその観点から、マイクロプラスチックの使用が制限されることがすでに決まっているようです。ファッション業界ではあまり香害が話題になっていないような印象を受けるのですが、環境保護の観点からも、人権や倫理の観点からも、柔軟剤のにおいはもっと議論をすべきイシューなのではないでしょうか。
おそらく読者のなかにも、合成香料の含まれる柔軟剤や洗剤を使っている人が少なからずいるでしょう。そうした方々は今回のコラムによって責められていると感じるかもしれませんが、そんなつもりはありません。僕も含め、世の中のすべての問題を把握することも、あらゆる人に対して配慮することもできないのは当然ですし、普通に売られているものを使っているだけで責められるいわれなんてないですよね。ですので、やっぱり問題はメーカーにあると思います。
けれども、もしこのコラムを読んで、「においで困っている人がいるんだ」と知ってもらえたら、マイクロカプセルが入ったような柔軟剤や洗剤の使用を控えてもらえると嬉しいです。
*² 「薫香考」Euphonica blog – 高慢と偏見、2025年6月8日投稿
★今回のテーマをもっとよく知るための推薦図書
・渡井健太郎『化学物質過敏症とは何か』集英社筑摩書房、2024年
「化学物質過敏症」について、必要以上に化学物質を糾弾するのではなく、医師の立場からきわめて理性的に論じられた良書です。アレルギーと同様、ある日突然発症する可能性があるされる化学物質過敏症は、誰しもがかかわる可能性のあるものです。
・川崎和也『惑星のためのファッション——持続可能な社会を実現する、衣服と技術のデザイン戦略』ビー・エヌ・エヌ、2026年
今回のコラムでは環境についての話はあまりしませんでしたが、そちらの観点に興味がある人にとっては今後必読書となるでしょう。その一方で、環境への視座⎯⎯つまりサステナブルファッション⎯⎯のみでは今回取り上げたような香害の問題はこぼれ落ちてしまうので、エシカルファッションという概念について改めて考える必要があるとも思わされました。
・シャンタル・ジャケ『匂いの哲学——香りたつ美と芸術の世界』(岩崎陽子監訳・北村未央訳)、晃洋書房、2015年
哲学史における嗅覚の問題、つまり五感のなかでの嗅覚の位置づけなども論じられたらよかったのですが、紙幅に余裕がありませんでした。タイトルそのままですが、においについての哲学的な議論に興味のある人はぜひ。
edit: Erika Sasaki(FASHIONSNAP)
illustration: Riko Miyake(FASHIONSNAP)
1978年京都生まれ。京都大学薬学部卒業、同大学大学院人間・環境学研究科博士課程研究指導認定退学。京都服飾文化研究財団アソシエイト・キュレーターなどを経て、2013年より京都精華大学ファッションコース講師、現在は同大学デザイン学部教授。批評家/キュレーターとしても活動し、ファッションの批評誌「vanitas」編集委員のほか、本と服の店「コトバトフク」の運営メンバーも務める。主著は、「言葉と衣服」「クリティカル・ワード ファッションスタディーズ」。
◾️ゆるふわファッション講義
第1回:ファッション論ってなに?
第2回:可視化の時代におけるファッションとは?
第3回:美術展とは違う、ファッション展のみかた
第4回:「黒の衝撃」から辿る、日本の90年代ファッション再考
第5回:インターネット普及以後の日本ファッション⎯⎯平面性と物語性
第6回:私たちは“二つの身体”を持っている──ヌード、義足、厚底シューズ
第7回:不可視の装い「におい」がおびやかす、身体とファッション業界の未来
最終更新日:
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【ゆるふわファッション講義】の過去記事
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