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人間は弱く儚いからこそ愛おしい 「ユウショウコバヤシ」が描いた柔らかな死後の世界

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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 2026年秋冬シーズンは、「ユウショウコバヤシ(yushokobayashi)」デザイナーの小林裕翔にとって初めての「Rakuten Fashion Week TOKYO」公式スケジュールでの発表となった。これまで小規模な空間で、演劇的な形式を通じてコレクションを提示してきたユウショウコバヤシの今季の舞台は、渋谷ヒカリエホール。整然と並ぶ蛍光灯の下で開場を待ちながら、ふと2026年春夏コレクション後の囲み取材で小林が口にした、「東コレでは、これまでのやり方ができなくなるかもしれない」という言葉がよみがえる。

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 しかしそんな不安は、会場に足を踏み入れた瞬間に杞憂だったと気づいた。中央に据えられ、シーツに覆われた大きな台座、その周囲を取り巻くように植えられた無数の花々。天井からは、まるでベッドの天蓋のように白布が柔らかく垂れ下がる。気づいたときにはいつものように、ユウショウコバヤシが描く夢と現実の狭間に迷い込んでいた。

会場の中央に置かれた台座

Image by: FASHIONSNAP

花が植えられ、天井からは白のカーテンが垂れる

Image by: FASHIONSNAP

 2026年秋冬コレクションのタイトルは、英語で空虚や喪失感を意味する「Void」。冥府下りを題材としたギリシア神話「オルフェウス」を着想源に、会うことができなくなってしまった大切な存在と死後の世界で再会する様子をランウェイショー形式で描き出した。

 物語の中で、愛する者を取り戻すために冥界へと下ったオルフェウスは、「振り返らない」という条件のもとで妻を連れ帰ることを許された。だが地上へと至る直前、その禁を破り、彼女を再び失う。この不可逆の物語は、小林にとって単なる神話ではなく、長く内面に留まり続けてきた記憶と深く結びついている。小学生の頃父親と死別した小林にとって、「死」や「別れ」は身近にあり、常に創作の底流に存在してきた。唐突に訪れる別れへの恐れと、抗いがたくも引き寄せられてしまう感覚。振り返るべきではないと知りながら、振り返ってしまう弱さ。その脆さと傲慢さの狭間に宿るわずかな光に美しさを見出し、コレクションへと昇華した。

 ショーは、台座に横たわる少女に花が手向けられるシーンからスタート。直近3回のコレクション同様、アーティストYoyouによる生歌がどこか不穏な世界観を深めていく。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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 序盤から、ブランドのシグネチャーである柔らかなハンドニットのアイテムが数多く登場した。あえて未処理のまま垂れ下がる糸や、不揃いな編み目、歪なシルエットがモデルたちの乱れた髪と重なり合い、まるで悪夢から覚めきれない子どものような不安定な気配をまとわせる。虚ろな目でランウェイを足早に歩く様は、誰かの迎えを待ちながら冥界を彷徨う魂のようだ。

 さらに世界観に奥行きをもたらしたのが、小林が得意とするパッチワークで製作されたアイテム。「生地を組み合わせることで自分の手癖が出たり、隣り合う生地によって表情が大きく変わったりするところに、パッチワークの魅力を感じている」と語る通り、異なる柄や質感、厚み、落ち感を持つ布同士が接ぎ合わされたピースは、静止しているだけでも複雑な印象を与える。そこにモデルの歩みが加わることで、布同士のわずかなズレや揺らぎが増幅され、くるくると表情を変化させていった。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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 アクセントとしてコレクションの随所に散りばめられたのは、小林が「デスリボン(Death Ribbon)」と呼ぶニットで製作されたリボンのヘッドピース。「可愛らしさを持ちながらも、どこか脆く儚さがあるからこそ人は愛おしいと感じる」という小林の感覚を起点に、原宿的“KAWAII”の象徴として消費されてきたリボンに退廃的なニュアンスを重ねた。素材や形を変えながらルックの各所に潜む“死”のリボンは、自然と視線を引き寄せ違和感を残し、コレクション全体に淡い哀愁を宿した。

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 終盤にかけて、「幸せすぎて泣きそう」という歌詞が繰り返される中登場したのは、今回初挑戦したという布と布の間にアルミの接着芯を使用したピース。子どもが絵を描いた画用紙をくしゃくしゃにしたような質感は、動きに合わせて不規則に揺れる。今にも破れてしまいそうな頼りなさと、どこか無機質な硬さが、ブランドが持つ柔らかなイメージにささやかなズレを生み出していた。

 ユウショウコバヤシのショーを見終えた後は、自然と内省の時間が生まれる。今回筆者は渋谷を歩きながら、大学時代に少しだけ学んだ「死生学」という学問を思い出していた。死と生を切り分けて捉えるのではなく、両者が地続きのものとして常に隣り合い、相互に影響し合っているという内容の講義だったと記憶している。コレクションにおいて描かれた冥界と現世の往還、そして「振り返らない」という禁忌とその破綻は、まさに生と死の境界の曖昧さを象徴しているように思えた。

 未処理の糸や、不揃いなパッチワーク、“デスリボン”と名付けられた装飾に共通しているのは、いずれも完成された状態ではなく、崩れかけ、あるいは失われつつある「途中」の姿であるという点だ。ほつれた糸は今にも切れそうで、歪な接ぎ合わせはぎりぎりのところで形を保っている。そうした「まだ存在しているが、長くは持続しない」不安定さは、かえって今この瞬間のあり方を強く意識させる。

 おそらく小林が惹かれているのは、この“失われる直前”にだけ現れる感覚なのではないだろうか。終わりが避けられないものであるほど、その手前にある時間はかけがえのないものに感じられるものだ。ユウショウコバヤシが提示した可愛らしさの中に潜む不穏さは、単なる対比というよりも、生が常に死へと連続しているという感覚、すなわち「生きていることが、同時に失われつつあることでもある」という状態を示していたように思える。そう考えると、このコレクションは死を語ることで生を浮かび上がらせる試みであり、小林の内省的な記憶から出発しながら、それをより普遍的な感覚へと接続しようとする実践でもあったのかもしれない。

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 今季はコレクションを発表する舞台こそ変わったが、小規模な空間で培われてきたファンとの親密な関係性は揺るがなかった。むしろ、規模の拡張によって、その親密さや濃密な世界観がより鮮明に浮かび上がる結果となった。会場にはユウショウコバヤシのアイテムに身を包んだファンの姿が変わらず見られ、その光景は、このブランドがすでに独自の支持のあり方を築いていることを物語っていた。

 その一方で、「TOKYO FASHION AWARD」の受賞によって与えられたパリでのショールーム出展といった機会は、このブランドをこれまでとは異なる場へと押し出し始めている。これまで特定の空間のなかで共有されてきたユウショウコバヤシの独特な世界観が、異なる文化や市場、初めてこのブランドに触れる人々に対してどのように伝わるのか。新たな視線のなかで、その関係性がどのように変化していくのかは、これからの試みの中で見えてくるはずだ。

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最終更新日:

FASHIONSNAP 編集記者

菅原まい

Mai Sugawara

2002年、東京都生まれ。青山学院大学総合文化政策学部卒業後、2025年に新卒でレコオーランドに入社。中学生の頃から編集者を志し、大学生時代は複数の編集部でインターンとして経験を積む。特技は空手。趣味は世界中の美味しそうなお店をGoogleマップに保存すること。圧倒的猫派で、狸サイズの茶トラと茶白を飼っている。

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