Mugita Shunichi

「モードノオト」其の六

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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いつもと変わらず、街は、肥大化したエゴとファッションを誇示しながら、お愉しみの一夜のウォーミングアップを始めている。どぎついイルミネーションを輝かせた店舗が並び、生活を便利にすると云う名目でその生活をおぞましいものにしている。日照時間が随分と短くなったから、何処からともなく秋の声が聞こえたかと思うや、街並は一斉に冬へと駆け足を始めるのだろう。今日は、会場への移動の道すがら六本木界隈を歩いた。個人的な理由で、この界隈は、二度と足を踏み込まぬ街の地図に大きく丸印されているのだが...。先程雑談を交わした大手新聞社のAさんの「麥田さん、年齢不詳ですよね」と云う言葉がふと蘇った。若い時分から聞き慣れた台詞であるから、いまさら何の感慨もない。寧ろ最近では、自分の名前の上に、「この男、歳がない」と云うト書を被せた無味乾燥な役回りを演じるほうがいっそ気楽なのである。(文責/麥田俊一)

 

【10月17日(金) 午後2時55分】
歩く身体が重たい。いましがた自動販売機で清涼飲料水を二缶飲んだせいだろう。宿酔を白状せねばなるまい。

「ネ・ネット」の会場に到着。すでに満員である。席を拵えてもらい腰掛ける。眼の前には、小上がりの仕切りを取り去ったような、青畳を細長く並べた舞台が設えてある。藁が毒を吸い取ってくれるはずである。青々と匂い立つ香りに、いっそのことその上にごろりと横になりたいと云う莫迦な衝動に駆られた。鈴虫の音、喧(かまびす)しい鶏の声、畦道から聞こえる蛙の合唱...眼を瞑れば、鄙びた田舎の情景が浮かぶ。郷愁に駆られると云うのか、やけに懐かしい。

畳敷きの舞台を歩くモデルは足袋のような靴下を履いている。玄関で靴を脱ぐように、舞台の内では雪駄のようなサンダルを脱ぎ、外に出る折は履くと云った塩梅式である。新劇芝居を見ているようで可笑しい。勿論、作品も純和風である。

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竹籠や笊の編み目を幾何学紋様に重ね、波状の連続柄をリズミカルなポップ柄にアレンジしている。つるかめ柄、おかめとひょっとこと云った日本手拭いに頻出するモチーフに加えて、干支を象った焼き物の柄、藁を編んだお面のようなエプロン、小巾刺し...。作品はすべて、日本各地の郷土が誇る工芸品、あるいは伝承、民話に題材を見つけてデザインされている。生まれ在所に縁のあるモチーフを見つけて緩頬したひともいたに違いない。

褞袍や半纏があるからと云ってこれをジャポニスムと、にべもなく云うのは、あまりにも愛想がない。おらが故郷(ふるさと)自慢くらいのくだけた惹句が相応しいと思うのだが如何だろうか。肩肘張らぬ余裕、洒脱なセンスを持ち合わせたひとの琴線に必ずや触れるはずである。この滋味深さに人生の年輪を想うのである。読解の必要もないほど単純なプロットで語ることでストレスは和らげられ、結句微笑ましいカタルシスがもたらされた。

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【午後3時40分】
「ファクトタム」の会場に入る。入口付近にデニムパンツがラックに懸けられていた。このブラックデニム、細部のデザインがバイカー仕様である。どうやらバイカーに因んだ作品も登場するらしい。

ミリタリーやライダースのアレンジが強いが、ベージュのトーンでまとめたクリーンな印象は、デザイナーの有働幸司の狙いだろう。ストリートに寄り添ったアイテムではあるが、そこにはトラッドやプレッピーの正統性、清潔感が通底している。花柄に加えて、色柄ともにポップにアレンジされた迷彩柄が印象的である。

眼を凝らせば、そこにはザリガニのユニークな形状が図案に落とし込まれていることに気付く。今回はメンズ作品に絞り込んでいるようだ。ウィメンズへのアレンジも期待出来るデザインだったので少しく残念である。郷愁が後を引く小粋なデザインだった。

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【午後4時】
プレスセンターに向かう途中で、PR会社のB嬢と鉢合わせになる。歳が離れているので構内で擦れ違うご縁はなかったが、大学時代の後輩である。そんな気安さもあってか、「兄さん(彼女はいつも私をそう呼ぶのである)、あんまり酒のことばかり書かないの(笑)。それも、あんなに抒情的に書かなくてもいいのよ」と釘を刺される。「どうで変えられねえわなァ」と応える代わりに「せいぜい頑張ってみますよ」と私。プレスセンターで仕事を片付ける。

【午後5時55分】
「モトナリ オノ」の会場に向かうため六本木を歩く。今回はショーではなく、新作の展示とモデルに着せたプレゼンテーションの形式をとっている。

異素材を接いだトレンチのアレンジ、幅広のリブがアクセントになるミリタリー調のブルゾンと云ったタウンユースの服が並ぶ中を、細かなフリルを身頃に飾ったシルクのブラウス、ピンタックをあしらったスカート等のドレッシーな拵えのモデルがそぞろ歩く趣向である。

久方ぶりにデザイナーの小野原誠と話した。今回のシーズンで14回を数えると云う。「一通りやりたいことをしてきたので、次回(2015-16年秋冬)からドレスに特化したラインを始めるつもりです。セミオーダーに応えることが可能なラインです」と彼。「デビュー時の夢が叶うわけだね」と私。「ゆっくりとですが前に進んでいます」と笑顔。

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会場内で所在無さげに佇んでいるとき、ふと眼が合った先輩ジャーナリストのCさんが莞爾とし、「ムギちゃん、あなた平気だったの?」とおっしゃる。屈託ない笑みは「平気だったの?」と云う心配を完璧に裏切っている。「渋谷駅の線路に飛び降りたと云うから、酔っ払いじゃないの」ときた。一昨日の日乗の「ホームに飛び降りた」を「線路に落ちた」と早合点したらしい。

どうやらC嬢、私の上手をゆく「うっかり八兵衛」ぶりである。「大丈夫、この通りピンピンしてますよ」と応えて会場を後にする。

【午後7時35分】
「スレトシス」の会場にて着席。インターナショナルな背景を持つブランド故に、様々な国籍のプチセレブが会場に華を添えていた。顧客なのか、業界人なのか、ブロガーなのか、只のファッション好きなのか、そこいらの事情に疎い私が詮索しても始まらない。

このショーに限ったことではないが、会場の最前列を彩る、あの煌びやかな輩は、一体何を生業にしているのだろうと疑問に思うことがしばしばである。「あなたよく見るけど、一体何してるひと?」と、国内外を問わず頻々に誰何される私が云えた道理がないのは承知しているけれど。

バンドの生演奏があるらしい。椅子の上に置かれたコレクションノートには、アニメ『うる星やつら』のラムちゃん、海外アニメの『Jem and the Holograms』のガールズバンド、MTVのシンセポップのコスチューム、そして80年代の反抗的なユースカルチャーに影響を受けたと記してある。卑近な喩えであるが、ローラースケートを履いたディスコディーバをイメージした。ローラースケートを模したブールのせいか。

プラットフォームの側面にローラーがプリントされている。ウエストコーストの享楽的な気分を盛り込んだトロピカル柄、ラメやグリッターのギラギラ感、セットアップのデニムのカジュアルな拵え、ロックでセレブな稲妻モチーフのレオパード柄...昼夜を問わずプチセレブはお洒落に夢中なのである。幸か不幸か私はプチセレブでないから、その方面の心配だけない。

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【午後8時30分】
先程のガールズパワーに完全に呑み込まれ、船酔いのときの、あの平衡感覚を欠いた状態に一時的に陥った私は、すんでのことで降り階段をひとつ踏み外しそうになる。此処でコケたりでもしようものならそれこそ、くだんのC嬢の思う壷である。危ない、危ない。用心深く歩を進め「ディスカバード」の会場に到着。

「ファクトタム」と同じく、こちらも迷彩柄にアレンジを効かせたミリタリーからの着想である。ブランドの個性が反映されるのだから、自ずと仕上がりは全く違う顔となる。千鳥格子を題材に挙げたことからも、オーセンティックな紳士服地への傾倒が窺えるが、ブランドの個性とも云えるストリート仕様の疾走感が息衝いている。

千鳥柄の寸法を変化させたり、ストライプやグリッドと掛け合わせたり、迷彩柄に転換したり...。グラフィックは織りや柄で表現されている。目の詰まった木綿のシャツ地とウールの千鳥格子を接いだトップスは、背中の裾がフリンジ状にデザインされている。ナイロンやコットンとケーブルニットとの組み合わせのような異素材のミックスマッチもこのブランドの個性のひとつ。ポケット等の細部は、アウトドアや軍服からの引用である。

東京デザイナーの御家芸とも云えるコラージュの巧みな手法が印象的だった。

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【午後9時55分】
「オニツカタイガー×アンドレア・ポンピリオ」に入場。エナメル質の黒いビニールに覆われた空間にひびかう猛虎の雄叫び。ジャングルの動物たちの喧噪を制するが如き迫力である。

定刻よりほぼ一時間遅れでショーは開始した。打楽器の原始的な律動がプリミティブなイメージを掻き立てる。ナイロンやメッシュ等のスポーツ素材とデニムをメーンに据えたカジュアルな拵えである。ここでも迷彩柄が活躍している。幅広の真っ白なボーダー柄や、手描きの不揃いな横縞に、トライバルなボディーペイントのイメージに重ねたのであろう。骨太で逞しいグラフィックを使うことで、スピード感がいや増すのである。

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メーン会場では、その日の最後のショー終了後にいつも振る舞い酒が用意されるのだ。そこで軽く遣るのが日課、ウォーミングアップとなる始末。打楽器が打ち鳴らす単調なリズムの余韻がいつまでも耳元を去らない夜である。(文責/麥田俊一)

麥田俊一

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