Mugita Shunichi

「モードノオト」第五話

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 最近私は自分の名前の上に「この男、年がない」と云う形容詞句(ト書)をかぶせても好いような気がする。五十路の坂に差し掛かるあたりから、そうありたいと切望していた。昨日、「健康上の問題がビッグニュースになり始める世代の仲間入りをしてしまった」と記したが、どうで寄る歳波に勝てない。あまつさえ人生の黒歴史をしっかりと抱え込んでしまった身故に、自暴自棄に向かう自分をすんでのところで歯止めをかけるだけの自制心をまだ持ち合わせているから救われている。(ここで手前の恥部を暴きたてるほど野暮天ではないからご安心下さい)落ち着きのない「現在」が、執拗につきまとって離れない「過去」に打ち勝とうと必死にあがくのだが、この内的闘争で生じる心身的な疲労は並大抵のものではなく、アルコールの果実に救いを求める悪癖がいつしか確(しか)と身に付いってしまった始末。

 昨夜同様、メーン会場のホワイエにて、繊研新聞の小笠原拓郎と歓談。自然と、今回の東京コレクションについて総括的な意見が飛び交うことになるのだが、(小笠原、こんなことを考えているんだなぁ、自分の見立てとちと違うけれど、ふんふん、その見解、なるほどおもしれぇや)なぞ、一流のプロ相手の談笑に時間を忘れ、獺祭(この場で供されるお酒の銘柄である)のリットルも自ずと上がる次第。某先輩より、この獺祭を提供して下さっている旭酒造株式會者の御曹司が、「アンリアレイジ」の森永邦彦の、早稲田大学時代の一級上の先輩だと云う事実を訊いていたが、恰度この夜、ご当人にお会いする機会を得た。桜井一宏氏は同社の取締役副社長でDassai France社長を兼任されている。森永の一見、犯罪者めいた風貌(森永の名誉のために断っておくが、強面の外見からは想像出来ない程、うぶな性質なのだ)とは異なり、桜井氏は物腰が柔和な好人物。お酒の味も格別である。「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて」が旭酒造さんのモットーらしい。酔いにすがりつき、一時の忘却を恃みとして痛飲する私なぞには、端からもったいないお酒であることは百も承知である。(文責/麥田俊一)

【東京=3月20日午後3時20分】
「ハナエモリ デザイン バイ ユウ アマツ」のショーが始まる。ライトグレーからチャコールまでのモノクロームのクールな色彩、その濃淡の対比を遊ぶかの如きブロッキングに、ブルー、ライム、ラベンダー、オレンジと云った濁りのないシャーベットカラーが続く。ライトグレーは都市空間を、透明感のあるパステルカラーは摩天楼の背景に横たわる澄み渡る空のイメージを重ね合わせたのだろうか。レーザーカットでクラシックな図案を描いたレースは、コーティングを施すことで、一枚でも面を構成可能な張り腰のある質感。布帛のハイライトが繊細なレースを縁取っている。ナイーブな服地で身体をプロテクトするデザインが個性的だ。格子柄のツイードには、縦横にパステルカラーのスペクトルが走り、腰上まで入れた深いスリットが官能的なダブルブレストのロングコートに温もりをプラスしている。

 素材のバリエーションを揃えたコートは今回のキーアイテムのひとつだろう。男前に着るタイプ、長着のようにさらりと羽織るタイプが印象的だ。コートの背中にゆったり渡した幅広のベルトがエレガントなアクセント。また、筒袖のように袖刳りを大きく採った袖は、裁ち出した生地をたっぷり使い肘の部分で生地が大きく撓むデザイン。着物の仕立てに想を得ている(ダブルフェースの色合わせも千代紙のイメージが重なるが、穿ち過ぎだろうか)。アシンメトリーな生地使い、背中に流した奔放な服地の波...。天津憂が得意とするパターンメーキングが、洋の東西を問わずその拵えに充分に発揮されている。

 カシミアとレース、ニットとレースのニードルパンチや、カラーブロッキングのデザインには、グラデーションを効果的に採用して微妙なニュアンスを引き出している。相変わらずルック数は半端ない程多いが、生地違いや色違いを揃えると云った冗漫さは、前回のデビューに比して抑えられていたようである。仕立ての完成度では他ブランドに比類なく高い水準にあるのだが、アイテムによって精度にばらつきがあったように思える。気のせいだったらご勘弁願いたい。総じて、前進の兆しが見られ、天津の中で次の里程標が明確に定まったのではないだろうか。

>>HANAE MORI designed by Yu Amatsu 2015-16年秋冬コレクション

【午後3時】
 「ヨハン・クー ゴールド レーベル」の会場に入る。座席に置いてあるコレクションノートを読む。レオス・カラックス監督・脚本による仏映画『ポンヌフの恋人』に着想したらしい。天涯孤独の青年と失明の危機に瀕する女子画学生の恋愛物だというこの映画を未見なので、あくまで想像に過ぎないが、ホームレスの青年とお嬢様ミッシェルが邂逅する場面、ポンヌフ(パリのセーヌ川に掛かる橋のひとつ)から観た花火のシーンに作り手はイマジネーションを膨らませたのだろう。

 20分遅れでショー開始。舞台背景の照明演出が、暗闇に燃え上がる焔(ほむら)をイメージさせる。鮮血の如き真っ赤な極太の毛糸を手編みで仕上げた造形的なニットがショーの冒頭を飾った。動脈や静脈のように毛糸がうねり、ツイストされた様は、まるで人間の心臓のようである。そうは云っても、これはあくまでも、私のイマジネーションの産物で、実際は彫塑のような立体的な造形なのだが、異性とのうぶな心情の遣り取りに随分と久しく縁がない身分だけに、恋人同士の心中に燃え立つ激しい恋慕の情を勝手に忖度するうちに、斯様なまでのグロテスクな想像が働いたまでのこと。

 今回は、立体的なニット表現を意識的に抑えている。その代わりにジャカードを使った陰翳に富んだテクスチャー、フードを使った身体を包み込むシルエットを印象付けている。赤と黒との対比、そして赤黒いグラデーションに次いで、パープルを差し色に、鈍く光るラメやフィルムヤーンを交織した生地のパッチワーク、ジャカードにフォーカスした。それらに燃え盛る炎、夜空に咲き、夜空に消え落ちる儚い花火の一瞬の煌めきを封じ込めたのだろう。ダークトーンで描かれているだけに悲恋の物語なのか。真相を知るには映画を鑑賞するしかない。

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>>Johan Ku Gold Label 2015-16年秋冬コレクション

 ショー終了後、PRを務める内藤純子さんより、ヨハンからの私宛のプレゼントを預かっている旨を聞いた。「台湾の手土産らしいですよ」と云う。「取材中に持ち歩くのも大変でしょうから、来週にでもご自宅に郵送しておきますね」と内藤さん。皆様、お気遣い有難うございます。

【午後5時55分】
 渋谷からバスに乗って六本木にある「アディアム」の会場に向かう。予期せぬほど時間が掛かり、右脚を引き摺りながら、それでも極力急ぎ足で往かねばならない。背中に汗の筋が流れるのがわかる。こちらの手違いで取材申請をしていなかったから、名詞を手に受付に向かう。「報道関係の者ですが、お願い致します」と申し出るが、受付の若い女性は、私の手から受け取った名詞の裏表を見やりながら、おもむろに手持ちのリストに眼を通すも、(しばしば起こることなのだが)私の姓が判読出来なかったのか、それともこれ以上対応するのが億劫だったのかは知らぬが、私の外見を鋭い目つきで一瞥するや、瞬時に上から見下ろすような眼付になって、(如何見ても取材関係者と思えない)有象無象の輩が並ぶ列を指差して、「しばらくあちらでお待ち下さいまし」と素っ気なく言い返してきた。それも、一度渡した私の名刺を、斯様なものは要りません式の態で押し返してくるではないか。(この女、どうで慊りないなぁ)と、いいしれぬ憤怒が澎湃(ほうはい)として湧き起るも、(ちゃんと取材申請しなかった僕かたのミスだもの、ここは指示に従わなくてはね)と、他のひとの邪魔にならぬよう脇に寄って待っている傍らを、女性誌編集長たち数名が着飾った姿に笑顔を浮かべて悠然と過ぎ去っていく。(あれっ、AさんもBさんも、他のショー会場ではまったく姿を見掛けないけれど...さては広告主への表敬訪問かしら)なぞ、要らぬ詮索をしているうちにも虚しく時間は過ぎて往く。

 待ちくたびれたので、勇気を振り絞って、かの女性に近寄り「あのぉ、まだ待つようですか?」と小声で訊いてみたところ、最初は聴こえない振りをしていた彼女は、愛想の欠片もない視線をこちらに向けてくるのみ。(眼が、いまあなたは場違いなところに居るのがわからないの?と云っているようだぜ、どうでいけすけねぇアマだぜ)私を恥じ入らせたければ、服装ではなく内面をあげつらうほうが得策だと云うことを、彼女はつゆ知らなかったのだろう。無論私は踵を返して会場を後にしていた。

【午後6時15分】
 もともと六本木は、私にとって二度と足を踏み入れたくない街の地図の筆頭に挙げられ、鬼門なのである。急ぎ足と無為に立たされて酷使した脚を休めたかったが、この近辺で茶店に入るわけにはいかぬ。ひとまず次の会場近辺に移動。最初に眼についた店に入る。店内は静かだった。裕福そうなご婦人が二人、紅茶を啜りながら、お互いに相手の拵えの何処がいちばん気に入っているかを語り合い、お互いのエゴをさすり合っている。件(くだん)の遣り取りで気が立っていたこともあるが、下らぬ会話に聞き耳を立てていた自分のさもしさに腹立ち、勢いメニューを鷲掴みにするものの、そこには私の知らないソフトドリンクの名前しかなかった。

【午後6時50分】
 「ユキ トリヰ インターナショナル」の会場に到着。光り輝くパテントを敷き詰めた清潔感のある会場。床には縦に五本のラインが走っている。パステルカラーのツイードを身に纏ったモデルたちが、ラインに沿って登場。帽子や胸元に咲き乱れる花々、華やいだ色彩、まだあどけなさが残るモデルの愛らしい表情に救われる思いである。スパングル刺繍を載せた格子柄に透ける生地を重ねることで微妙な陰翳を表現。また、格子柄のプリーツに透ける生地をインサートして躍動感を演出している。チェック柄を載せたウールと異素材の組み合わせや、温かみのある色のブロッキングで抽象的な位相を表現したアート的な意匠など、対比を遊ぶデザインは鳥居ユキの得意とするところだ。立体的に編み込んだレースにファーのトリミングを施したジレはボヘミアンなムードが漂っていたが、総じて甘く優しく夢見るような世界を描いている。会場に参集した顧客の女性たちのうっとりとした眼差しがなによりも印象深かったのである。

>>YUKI TORII INTERNATIONAL 2015-16年秋冬コレクション

 出口に向かうと、小西良幸さんに出会し、久方ぶりにお話しする。彼は私にとって<ドン小西>ではなく、あくまでも「フィッチェ ウオモ」や「ヨシユキ コニシ」のデザイナー<小西良幸>なのである。以前は頻繁にインタビュー取材をさせて頂いたが、あれから最早二十年がとこを経ている。恵比寿駅までの短い時間だったが、さすがに往時の「小西節」にも老齢の影が見え隠れしていて一抹の寂寥を感じずにはいられなかった。

【午後8時10分】
 「ディスカバード」の会場に到着。舞台には、荷物の運搬に使う木製のパレットが無造作に積み上げられて四つの小山を形成している。暗転してショーが開始すると、そのパレットに照明が仕込まれていて、ユニークなオブジェに様変わりする。ビッグサイズのタータンチェックのシャツ、スエードのブルゾン、破れたデニム、腰巻きにするシャツ、シャツテールを重ねた騙し絵のデザイン、オンブレチェックシャツやコート、チルデンセーターの縄目を太い毛糸で表現したニット、バンダナのアレンジ...。

 アメカジ、グランジを基調にしながら、上質で上品な雰囲気を漂わせる作品である。ターコイズを効かせたアクセサリー、エスニックな幾何学柄を載せたブランケットウールなど、アメリカの先住民のフォークロアを味付けにしている。(土臭さが足りないなぁ。でも、これがこのブランドの持ち味なのだろうから)もそっと個性の強い、横紙破りを期待するほうが、この際どうでお門違いなことは承知しているが、「型に嵌まらない強いスタイル」を標榜するのであれば、荒々しさがあっても好かったのではないだろうか。着こなし易いデザインは理解出来るのだが...。

>>DISCOVERED 2015-16年秋冬コレクション

【午後9時5分】
「ウィズ リミテッド」の会場に入る。思いの外ヒヤッとする場内の、舞台の両側に鋼鉄製のフェンスが聳え立っている。(金網デスマッチではないよな)視界があまり好くない。隆々とした筋肉自慢、武骨で無愛想な男たち、無法地帯に巣食う成らず者を想起させる設営は、食道の太さでのみで測られるマスキュリニティー(益荒男ぶり)が充満した舞台である。

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 デニムとタータンチェック、デニムとフライトジャケットの接ぎ合わせ、スウェットとエスニック柄パンツの重ね着、縄目模様のニットの接ぎ合わせ、パッチワークを効かせたパンツ、ベースボールシャツやジャケット、サイケデリックなデジタル柄、ライダース、シャツテール、アメリカの国旗、カウボーイバンダナの引用、迷彩柄、アメリカ先住民のエスニック...。ミリタリー、パンク、スケーターなど、ストリートスタイルを構成するあらゆる要素をカットアップした渾沌としたコレクションは、東京カルチャーのフラッシュバックさながらの様相を呈している。荒々しくエネルギッシュな反面、目新しさはない。(あぁ、これはまったく果てしのない迷路のようなものだ。ひとつのジレンマから脱け出る出口が、そのまま別のジレンマの入口になっちまうのだから)と、嘆き節の間、暗闇に閉ざされた舞台では、背景に何やら映画のエンドロールらしき映像が映し出されている。フェンスが邪魔して判読不明だが、かろうじて最後に、今回の主題「RIGHT HERE」の文字が読み取れた。

 さてと、腰を上げようとした瞬間、再び臓器ごと揺さぶられる爆音が会場に響き渡り、モノグラム柄のヘッドギアを被ったモデルが再び駆け戻ってくる。さっきの作品とは明らかに異なるデザインの服である。(やられた)罠に嵌められたような、それでいて少しく心地好さが漂う演出である。第一部と第二部の相関関係は不明だが、一瀉千里に物語る滾るような語り口に好感が持てた。

>>WHIZ LIMITED 15周年ショー

 ホワイエに出てみると、そこにはショーの第二部に登場したモノグラム柄のサンドバッグがディスプレーしてあった。これは、「闘いは続いていく」と云うデザイナー下野宏明の意志表明なのだろうか。(文責/麥田俊一)

麥田俊一

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