ファッション コンサルタント

「ファッションを目指したがる若者がいなくなった」を教育から考える

「ファッションを目指したがる若者がいなくなった」なんて声をよく耳にします。

 もちろん賃金や業界構造自体の問題、それ以外の外的要因など色々な原因があるかと思いますが、まずは「ファッションを仕事にしてみたい」と決意して、その一歩を歩み出している学生たちが身を置く、ファッション教育機関の在り方自体、色々と考えるべきことがあるのではないかと、ショーや展示会を拝見していて感じます。「どのような教育を受けて、その結果、どういう思想が育ったのか」ということは服のクリエイション、ビジネススタイル、全てに色濃く反映されるものだからです。

 今シーズン初めて拝見したショーに「東京ニューエイジ」がありました。こちらはインデペンデントなファッションスクール「ここのがっこう」出身の若手デザイナーの合同ショー。ここのがっこう出身のデザイナーは、その教育がデザインや活動そのものに反映されていて、すごくわかりやすいと思いませんか? 夜東京ニューエイジでは、勿論、服の造形としては甘い部分が多いことは否めないものの、その勢いから「ショーをやりたい、ファッションをやりたい」という気概が伝わってきて、こんなに"憧れられないファッション業界"と言われている中で、逆にこういう思想を持った若い世代がいるのだなということに驚いたことと同時に、この気概をどう今後に生かして行くのか、期待したいと思いました。

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こちらは毎シーズン、女性に寄り添い、日々の歩みをお洒落に、そして力強く後押ししてくれる、そんなシューズを作り続けている「Sellenatela」の展示会での一枚。東京工芸大学でグラフィックデザイン、そして海外の大学でインダストリアルデザインを学んだ"デザイン"のバックグラウンドが、テーマ思想⇒モノへの落し込みに現れているなと感じます。語り尽くせば1点1点、デザインの過程からモノづくりのバックグラウンドまで幾らでも話せるようなものたちなのですが、先ずはそのモノ自体を見て「履きたい」と思わせられるものであること、凄く大切だと思います。

このSellenatelaもそうですが、以前のように服飾専門学校を経て、というバッググラウンドを保たずに、ファッション分野に参入してくるクリエイターが最近増えているのではと感じていて、グラフィックデザインのバックグラウンドを活かした「ALOYE」や「caart.」なども、服のデザインそのものに顕著にその特徴が現れています。いずれのブランドも見ている人たちにインパクトを与える視覚的な強さではなく、ディテール1つ1つに対して各々のデザイン思想が反映されているが故に表現される"デザイン自体の強さ"に、ファッションだけを勉強してきたデザイナーには無い、新しい潮流を感じます。

というように、海外で学んだバックグラウンドがあるデザイナーはプレゼン能力に長けていたり、私の出身校でもある文化服装学院出身のデザイナーが作る服はやはり服飾造形のクオリティが高かったりと、どういった環境で学んできたかということは、とても分かりやすくアウトプットに現れます(当然のことでもありますが)。私は最近まで京都精華大学のポピュラーカルチャー学部ファッションコースで非常勤講師として講師を務めていたのですが、この学校は地方の大学にもかかわらず(豪華過ぎる)講師の多くを外部から招き、社会に出てからのことを想定した実学的な取り組みを多くされていて、ここから果たしてどんなファッション業界人が輩出されていくのか、これからが楽しみにしているところ。もっともっと、ファッション教育の在り方自体、多様化していって良いのではないでしょうか。

と、ファッション・ウィーク自体のお話から弱冠ずれてしまいましたが、芽吹そうな若い芽を詰むのではなく、積極的に育てる。可能性あるクリエイターをサポートする、そんな存在であり続けたいなと今シーズンも思い、幕を閉じた、東京ファッション・ウィークでした。一番簡単なのは「着る」ことなので、先ずはこれからも自分が好きな日本人デザイナーの服をガンガン着ていきたいと思います!


【市川渚の東コレレポート】
ラマルクが示したファッションショーの在り方
「みなさん、ファッション、好きですか?」

市川渚