先月、二つのニュースが目を引いた。一つは、「アルマーニ、ドバイに住宅複合施設を建設」である。一つはアルマーニ・グループがアラブ首長国連邦のドバイに「アルマーニ・ビーチ・レジデンス・パーム・ジュメイラ」という住宅複合施設を建設するものだ。(https://www.tanamiproperties.com/Projects/Armani-Beach-Residences)
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物件は、グループ会社のアルマーニ/カーサ・インテリアデザインスタジオと、アラブ首長国連邦の建設会社アラタ(アルファベット表記はARADA)による協業プロジェクトになる。立地は、高級ホテルやマンションが建ち並ぶヤシの木の形をした人工島パーム・ジュメイラで、アルマーニ側が住戸、共有部分のデザインを担当し、施設全体の設計には日本人建築家の安藤忠雄氏が当たる。
ジョルジオ・アルマーニと安藤忠雄との協業は、1998年の初めに遡る。イタリア・ミラノ南西のポルタ・ジェノヴァ地区にあった旧ネスレ工場を新たなモードの発進基地「アルマーニ テアトロ」にリノベーションしたのが始まりだ。これはアルマーニが以前から温めてきたプランで、シーズンごとのコレクションに加え、映画や演劇、舞台など多彩なイベントが開催できる空間を意図したものだった。
安藤氏は、アルマーニから直接電話で設計を頼まれたというが、即答はぜず1ヶ月後にミラノで当人と顔を合わせ、一緒に敷地を見に行ったという。そこで、アルマーニの人間性に惹かれたのと、「建築に期待する」という言葉に共感して仕事を引き受けている。今回のプロジェクトもアルマーニ テアトロによる関係構築が大きく影響したと言える。
では、当のアルマーニは建築に対して全く造詣がないのかと言えば、そんなことはない。年齢を重ねるにつれて多くの不動産を所有したため、インテリアの知識も豊富になっていった。だから、自らが創る衣服が最もイキイキとして存在できる空間は、どのようなものが最適かと常に考えていた。ある時、こんなことも語っている。「だんだん経験を積んでいくうち、僕のアイデアもインテリアデザイナーのアイデアと同じくらい有効なものだと気づいた」と。
さらに「家を設計する時は、そこに住む人が心に抱くイメージを大切にすべきだ」とも。これを拠り所にして、アルマーニは実用的な家具のデザインを試みた。そこではモジュールという概念が重視された。つまり、その家具を使うユーザーがライフスタイルに合わせて、家具を構成する部品を自由に交換できるようにしたのである。
こうした考えのもと、ジョルジオ・アルマーニ自らインテリアデザインや内装に携わることで、アルマーニ/カーサは事業化されたのである。現在、多くのファッションコングロマリットがブランド力を背景に衣服からバッグ、アクセサリー、香水、果てはお菓子までを製造・販売している。これはアルマーニ・グループも例外ではない。しかし、こうしたブランドビジネスの共通性から、コングロマリットの傘下にあるブランドの違いが見えにくくなっているのも事実だ。ビジネスとして高い利益が取れるなら、商材は何でも構わないからだ。
しかし、アルマーニは違う。独立系のメゾンであるがゆえ、衣服も、アクセサリーも、インテリアも、高いデザイン思想のもとで設計され、何よりアルマーニ自身が他のブランドと差別化するには、「クリエイティビティが勝負になる」と語っている。インテリアについても、「自分の家に置いてみたいと思う家具になかなか出会えなかったから、自分でデザインし始めた」というほどのこだわりようだ。
アルマーニの服づくりは色出しから生地の紡織、衣服のフォルム構築まで、全てにおいて独自性を貫いている。何ともいい色合いは生地によって再現され、それが見事にオリジナリティのある服を生んでいく。アルマーニはそんなデザイン思想を衣服以外のカテゴリーに打ち出して形にする。企業戦略としてもデザインが差別化の手段となって価値を生み出し、収益を上げていくということだ。
ドバイの住宅複合施設で住戸、共有部分のデザインを担当したのも、アルマーニのノウハウを持ってすればそれが十分可能で、収益の核になると判断したからだと思う。
デザインがわかる人々に向けて
もう一つは、「ニコアンド 住宅業界で知的財産ビジネスを開始」である。こちらはアダストリアが傘下ブランドのニコアンドで、住宅業界では初であろう「IP(知的財産)ビジネス」を始める内容。ニコアンドが企画デザインした住宅「ニコアンドエディットハウス」の知的財産権を取引先の工務店や施工会社に販売し、彼らは独立自営のまま戸建商品の高いデザイン性やブランド力、営業ノウハウを活用して、住宅建築の受注アップを目指すというものだ。
アダストリアはすでに住宅メーカーのリブワーク(https://www.libwork.co.jp)と協業。「ink(インク)」を開発し、2020年から販売している。inkには「住む場所やデザインをもっと自由に。あなたのカラーで暮らしをデザイン」の意味が込められ、リブワークがSC向けに展開する戸建て住宅の受注拠点、スケッチ福岡かすや店(イオンモール福岡)で取り扱いを開始した。
inkはSCを訪れるファミリー層のライフスタイルに合わせた戸建ブランドという位置付けで、アダストリアがニコアンドのテイストに合わせた内外装の企画デザインを監修し、リブワークがそれを設計に落とし込んで戸建のパッケージにしたものだ。アダストリア側はニコアンドのテイストをファッションアイテムから住宅までコーディネートさせて、ライフスタイル全体を提供していく戦略と見て取れる。
今回のニコアンドエディットハウスは、アダストリアがリブワークの子会社、リブサービス(https://www.libservice.co.jp/iplicence/)と提携し、同社がニコアンドエディットハウスの知的財産権を工務店や施工会社に販売することで、彼らの認知度の向上や販売促進を支援する。アダストリアはライセンサーとしてロイヤリティ収益を得る仕組みだ。ライセンス収入は最高で5億円を見込むという。
アダストリアが権利ビジネスに乗り出す背景には、チープなマスファッション、低価格のアパレルのみで勝負すれば、収益の先細りは否めないという危機感があると思う。そこから脱却するにはどうすればいいか。よりデザインを際立たせてニッチな市場を開拓するか。またはデザイン力を活用してアパレル以外にも収益の道を広げることなどが考えられる。
inkではIPビジネスまで踏み込んでいなかったと思われ、ニコアンドエディットハウスは権利収益まで明確にする契約にしたようだ。他社にはないブランドのデザインを活用し、それを住宅関連、ライフスタイル全体に広げることで事業の多角化を進める狙い。アルマーニが建設した住宅複合施設は不動産開発の面もあるが、住戸、共有部分で自ら担当しているので、デザインでも収益を上げようという意味では、アダストリアと共通する部分がある。
識者の中には、「ボリューム層は、低価格でそこそこお洒落な商品が手に入れば、それで満足」と仰る方がいる。だからと言って、マスマーケットを狙う限り、競争が激化する市場に飲み込まれていく。企業経営はこの先もずっと続いていくのだから、座して死を待つわけにはいかない。あらゆる可能性を考えて、生き残るための戦略を構築しなければならないのである。
ニコアンドのターゲットは、比較的ファッション感度が高い20代~30代の男女だ。ニコアンドエディットハウスも、そうした階層に照準を当てている。ただ、彼らが家を購入するにはローンを組むことになる。権利料を支払うのは工務店や施工会社だからその分を施工費に上乗せすれば、結果として住宅価格が割高になるかもしれない。
住宅の購入者側は、ニコアンドエディットハウスが一般の住宅に比べ、権利料が乗った分だけ割高なら、購入に二の足を踏むこともあり得る。また、権利ビジネスは収入が自然発生するメリットがある反面、必ず収入を得られるという保証は極めて曖昧だ。そうしたデメリットも承知の上で、権利ビジネスに舵を切ったのであれば、それはそれで評価したい。
もっとも、ファッションから派生した住関連デザインという抽象的な部分で差別化し、勝負できるのかという課題は残る。デザインには好き嫌いがある一方、好きな人がお金をかけるのも事実だ。だから、クリエイティビティがわかる人々、それを一つ一つ拾っていけば良い。理解できる人が納得し、購入して喜んでくれればそれでいい。そのくらいのスタンスで展開していけばいいと思う。
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