2024年は地方百貨店の一畑百貨店、名鉄一宮店、岐阜高島屋が相次いで閉店。8月18日には埼玉の丸広百貨店東松山店も営業を終了する。一方で、鹿児島の山形屋は私的整理の事業再生ADRが第三者機関に受理されたことで、持ち株会社の山形屋ホールディングス(以下、山形屋HD)を設立し、再建の道を歩み始めた。
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山形屋HDではメーンバンク鹿児島銀行の関連会社から中元公明氏を取締役会長に迎え入れたほか、岩元修士山形屋社長はそのまま取締役にスライド。また、経営体制を監視し財務の透明性を確保するため、6名の経営陣のうち鹿児島銀行とファンドのルネッサンスキャピタルから1人ずつ取締役を受け入れた。同HDは、各社が事業に専念できるようグループ全体の戦略決定を行い、組織、人員体制のスリム化と収益の向上、不動産の売却などを通じ、5年間で事業の見直しと財務の健全化を目指す。
しかし、山形屋を取り巻く環境は、厳しさを増している。鹿児島市の人口はすでに60万人を切り、周辺を含めた商圏人口は今後も減少が続く。当然、顧客予備軍である40代、30代も減っていくわけで、お客がこれ以上増える状況にはない。鹿児島銀行など県内4金融機関が進めるスマホ決済アプリ「Payどん」がカギを握るとは言っても、山形屋で展開できるブランドや品揃えは限られる。ネット通販の品数、利便性を享受している若年層が、山形屋でのショッピングに移るとは考えにくいのだ。
山形屋がメーカーと結ぶ取引形態もネックになる。商品政策は商品を買い取るのではなく、メーカーの派遣社員に売ってもらう「委託販売」、商品が売れてはじめて仕入れた形にする「消化仕入れ」が大部分を占め、自店に並ぶ商品であってもほとんどが自らの商品ではない。だから、動きが悪い商品を自由に値下げして販売することができないのだ。そこから脱却するためにはデジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれるが、どうなのか。振り返ると、バブルが崩壊し百貨店の低迷が始まった1990年後半にも業務の効率化を目的にレイバー・スケジュール・プログラム(LSP)を導入したところがあった。
これは「その日に出勤した社員に合わせて仕事を割り振る」のではなく、「目標達成に必要な仕事をメンバーに割り当てる」ものだ。目標や仕事ありきで、人の手配が決まるのだが、これで百貨店の業務効率が上がり生産性が高まったかと言えば、その後の凋落ぶりを見ると否としか言えない。百貨店には自主編集、委託販売、消化仕入れの売場があり、自店社員とメーカーの派遣社員が混在する中では、LSPが馴染むような組織風土ではなかったのかもしれない。なおさらDXを導入して業務を効率化しても、稼ぐ力がつくかは全くの未知数と言える。
山形屋も業績が低迷して以降、最初に手をつけたのは販売管理費の削減だった。省ける経費をカットした方が手っ取り早いと考えたからだ。2014年から23年までの9年間で同費用を118億5,800万円から84億3,500万円まで30%近く削った。主に正社員の数で14年2月期から8年間で自然減を含めて540人近くをリストラした。しかし、収益が好転するどころか、むしろ悪化している。粗利益率は14年2月期が25.46%(販管費率は24.67%)に対し、22年2月期には22.68%と8年で2.78ポイントもダウン。粗利益が低下し続けたのは、人員削減で納入掛け率が高い委託販売の売場が増えたためと見られる。
山形屋本店前を走る電車通り沿いにはホテルや飲食店が多く、訪日観光客によるインバウンド消費に期待する声もある。ただ、観光庁が行った「訪日外国人消費動向調査」をもとにした2023年の都道府県別集計によると、鹿児島県全体の旅行消費額は53億円で、全国27位。消費単価は一人当たり4.7万円で同11位だが、訪問者数は11.2万人(同31位)と、九州では福岡県(214.9万人)、大分県(84.1万人)、熊本県(41.9万人)には、大きく水をあけられている。現状では山形屋にインバウンドの恩恵は少ないということだ。
11月の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利すれば、為替相場はドル安に揺り戻すとの見方もあるが、前政権時代にはFRBが利上げを重ねており、逆にドルは上昇している。要は為替相場は金融政策によって決まり、円安が続いたとしてもインバウンド消費が鹿児島県を潤すかは極めて不透明だ。つまり、地元民が消費を盛り上げることが肝心なのだが、売上げが下がっていることで、メーカー側はブランド展開などで二の足を踏む。百貨店としての商品調達力が落ちると、お客にとっても買い物への期待値が下がってしまう。山形屋が業績を伸ばせる素地は全く見当たらないということだ。
地方百貨店の旧来型ビジネスは終焉へ
大都市の大手百貨店ですら、系列の地方店については閉店や再開発を検討し始めている。2018年から岩田屋三越の社長として同店を成長軌道に乗せ、2021年4月1日付で三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹HD)のトップに就いた細谷敏幸社長。就任時には「百貨店のビジネスモデルはもう消費者から受け入れられないのではないか」と語り、危機感を露わにしている。それから3年が経過した今年夏、「地方百貨店については再開発を検討している」ことを明らかにした。
まず、子会社の札幌丸井三越が運営する三越札幌店や丸井今井札幌本店で、建物の老朽化などから建て替える計画を仄めかす。百貨店にホテルやオフィスを組み合わせた複合施設に再開発するスキームだ。三越伊勢丹HDが自社物件をもつ他都市でも同様の再開発を検討しており、三越仙台店も候補になっている。さらに百貨店事業が堅調な伊勢丹新宿店や三越日本橋店でも、2030年頃から10~15年をかけて5000億円規模の不動産投資をする方針とか。
伊勢丹新宿店はコロナ禍明けから過去最高の収益を更新したが、本館そのものは手をつけないで営業を続けると言うから、メンズ館や駐車場など周辺の所有地を活用して高層ビルを建設する構想があるのかもしれない。大手デベロッパーが手掛ける不動産開発の基本プランは、土地の価値をいかに上げるかだ。そこでは高層ビルを建設してさまざまなコンテンツを入居させる。低層には商業施設、中層はホテルやオフィス、高層がマンションという形だ。細谷社長が考える再開発の内容も同様だと思われる。
大手百貨店には日本人富裕層の高級品志向、旺盛なインバウンド消費など、追い風が吹く。ただ、高い収益を生み出しているのは、宝飾品や高級時計、アートといった高単価の商品だ。それでも消費は水物。いつ円高に振れるか、いつ不況に戻るかはわからない。現に8月5日、東京株式市場で株価が大暴落。日経平均株価の下げ幅は4400円を超え、過去最大となった。専門家は「米国の景気後退の不安が和らげば、日本株も落ち着いていく」との見方を示すが、今の高額消費に翳りが出てくることも十分に考えられる。経営者には常にそうした危機感がつきまとう。近視眼的では百貨店の経営には携われないということだ。
まして、消費者ニーズに対応するとは言っても、一百貨店のキャパでは3億5300万品目以上を扱うアマゾンなど、ネット通販には太刀打ちできない。細谷三越伊勢丹HD社長が言う百貨店のビジネスモデルはもう消費者から受け入れられないのではないかは、それを象徴する。また、百貨店ビジネスは景気に左右されるのはもちろん、都市型、地方を問わず前出のような取引形態を続ける限り、純利益が15%、20%と伸びるとは経営者としても思ってもいないだろう。これまでのようなスタイルでは、成長には限りがあるのは自明の理なのである。
では、どこで収益を出していくのか。都市の中心部に所有する店舗など不動産を有効に活用し、小売りをメーンとする百貨店事業以外で業績を伸ばすしかない。百貨店の中には、売場を委託販売や消化仕入れからテナントへの賃貸に切り替えているところもある。そちらの方が収益効率が上がるからだ。それでも、地方店では店舗の老朽化、集客力の低下、顧客の高齢化、そして人口の減少からテナントの撤退や出店見合わせが相次ぎ、それがさらに売上げ不振を招くという負の連鎖に陥っている。とどのつまりが閉店や営業終了だ。
むしろ旧来型の百貨店ビジネスへの危機感は、都市型百貨店ほど強いようである。すでに東急東横店は渋谷スクランブルスクエアとなり、東急本店も高層の複合ビルに生まれ変わると発表された。2022年9月末で営業を終えた小田急百貨店跡地には、29年に48階建ての高層ビルが竣工する。中低層部は商業施設になるが、小田急百貨店がそのまま入るかは未定だ。 京王百貨店・ルミネ1も地上19階・地下3階建て、高層ビルに建て替えられ、高層階には宿泊施設も設けられる計画があるものの、着工時期は未定という。
三越伊勢丹HDが不動産を有効に活用した再開発事業に乗り出すのは、百貨店の構造改革を鑑みると当然の帰結と言える。そこで、地方百貨店の山形屋は今後、どう再建を進めていくのかである。手始めに経営の効率化に向けた組織再編が行われた。24社あった関連会社は15社に再編成され、(株)川内山形屋や(株)国分山形屋ら6社は(株)山形屋へ、(株)日南山形屋ら2社は(株)宮崎山形屋に統合される。新体制は8月1日から始動したが、これでどこまで業績が伸長するかは未知数だ。
山形屋が申請した事業再生ADRでは、DES(デット・エクイティ・スワップ=債務株式化)で40億円、DDS(デット・デット・スワップ=借入金の劣後ローン化)で70億円を調達し、残る250億円の借入金については、5年間は返済を猶予するというもの。ただ、DESにより銀行団に発行する40億円の優先株の買い入れ消却予定も、DDSにより生じる70億円の劣後ローンの返済予定も具体的には示されていない。6年目からは250億円の返済も始まる。百貨店のままではとても負債の返還どころか収益の回復すらおぼつかないと言える。
三越伊勢丹が地方店の再開発に乗り出したことを考えると、山形屋も同様の複合型ビルへの建て替えで収益力の底上げを目指すしかないのではないか。あとは銀行団やファンドから送り込まれた経営陣が創業者一族や従業員組合とどう折り合いをつけるかだろう。ただ、5年の猶予期間なんてあっという間に過ぎていく。おそらく銀行団が目論むスキームも既存店舗を解体して、複合ビルに作り替えることではないかと思う。
その場合の資金の出どころ、スポンサー候補としては山形屋が同系列におかれる伊勢丹ではないかと思う。山形屋HDの取締役となった岩元修士山形屋社長が伊勢丹出身ということを考えると、銀行団やファンドも支援要請を説得しやすい。少なくとも伊勢丹がスポンサーとして乗り出してハードを新しくできれば、出店するブランドが増えていくのは間違いない。競争力もつくだろう。ただ、その時点で山形屋の暖簾をどうするか。残すとすれば、それが手切れ金代わりになるのか。伊勢丹にとっても、それなら安い買い物かもしれないが。
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