iLOQの製品ラインナップを説明してくれたAinali 氏(筆者提供)
フィンランドに住む筆者が、現地でイノベーションの旋風を巻き起こす事業者にインタビューをおこなう本企画。“幸福度ランキング世界1位”を誇る現地の暮らしの様子をまじえながら、「ヨーロッパのシリコンバレー」として名高いフィンランドの風を届けたい。
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7月25日を境にフィンランドの水は冷たくなっていく
フィンランドには「Jaakko heittää kylmän kiven veteen 25. Heinäkuuta=7月25日にヤーッコ(フィンランド語の男性名)が冷たい石を水に投げ入れる」という昔からの言い伝えがある。これは、“夏のあいだ湖や川で水遊びを楽しんできたが、7月25日を境に水が少しずつ冷たくなっていきますよ”という意味合いだ。
一方、今年の夏は8月も終わりに近づいているがまだとても暖かい。フィンランドは公共の室内プール施設が充実しているが、屋外プールは少ないため、夏のあいだは川や湖、海で泳ぐことが多いのだ。同国内には約18万8,000もの湖沼があり、海にも面している。
日本のように熱くならない砂と冷たい水
フィンランドは、夏でもいわゆる日本の“猛暑”のような暑さにはならないので、ビーチへ出かけても砂が熱くて歩けなかったり、日焼けしてヒリヒリしたりすることもない。ただ、水も冷たい。日本人の筆者は、真夏だというのに毎回寒中水泳に挑むような決意で水の中に入っていく。
この真夏の寒中水泳に慣れるまで大変だが、水の冷たさに慣れてしまえば、ひんやりとした感じが気持ちよい。フィンランドでは年齢や性別を問わず、皆元気に泳いでいる。若い人たちより、逆にお年寄りが健康のためによく泳ぎに来ているようだ。
街中の川に浮かぶフローティングサウナで身も心もリフレッシュ
そのまま水に飛び込むのもいいが、個人的にはサウナに入ってから“どぼん”と入るのが理想だ。オウル市には夏限定で、川に浮かぶフローティングサウナが登場する。薪サウナが搭載されたいかだが設置されており、そこへスタッフが別のいかだで運んでくれるのだ。
水着を着用してサウナに入り、体が温まったところでそのまま川に飛び込むことができる。人の出入りが多いので、ロウリュをしてもそれほど温度は上がらない。
サウナでは偶然知り合いに会ったり、一緒になった人とお喋りをしたりすることもあり、ちょっとした社交の場にもなる。一方でサイレントサウナの日も設けてあり、周りを気にせず黙々とサウナに入ることもできる。
さて、筆者が暮らすフィンランドの夏の様子をお伝えしたところで、今回の取材先を紹介したい。先日、オウル大学キャンパスに隣接するオウルテクノロジーパークLinnanmaaの一角にあるiLOQ本社を訪ねた。同社はスマホを活用したスマートロックシステムを開発する、創業21年の企業だ。
フィンランド発スマートロックシステムiLOQ
ドアロックは、企業がセキュリティを維持するうえで非常に重要である。一方でその管理には手間がかかり、個人住宅なら一般的に鍵の管理は大抵2~3個で済むが、マンションやオフィスビル、施設を管理する不動産業となるとそうはいかない。入居者が変わるたびに鍵を交換するのも無視できないコストだ。
さらにガスや水道、電力、基地局など生活基盤となる公共インフラにおいても、安全なロックシステムとリアルタイムでのアクセス管理は必要不可欠である。
iLOQは、これらで使用される鍵(物質的なモノ)を単にスマート化するだけでなく、電流供給、配線、メンテナンスにおいて、ロックシステムの概念を根本から覆すイノベーションで業界を席巻している企業である。
iLOQ本社のあるオフィスビルは、元々ノキアモバイルフォンの本拠地だった場所。今回取材に応諾してくれたのは、当時このオフィスで働いていた元ノキアのエンジニアで、現在iLOQでChief Technology Officer (CTO) を務めるTimo Ainali氏。さっそく社内を案内してくれた。
古くて無駄の多いロックシステムを変えたいという強い思い
――会社の歴史について教えてください。
Ainali:iLOQの創業者Mika Pukari氏は、もともと鍵屋を営んでいました。鍵と錠前を管理するには、物理的な鍵とロックシリンダーが必要で、たとえば管理人が持っているマスターキーなどの鍵を紛失すると、最悪の場合、すべてを交換しなければなりません。1990年代後半にデジタル・ロック式のものが市場に出てきましたが、電池代が高く、定期的な電池交換などのメンテナンスが必要で、使い捨ての電池が無駄になるという問題がありました。
オートメーション・エンジニアとして働いていたPukari氏は、電源を必要としないプログラム可能なロックシリンダーを作ることはできないかと考え始め、オウル大学との共同研究を開始しました。4年にわたる共同研究の末、2007年に世界初の電池不要・ワイヤレス・ロックシステム、iLOQ S10が発売されました。
このシステムは、鍵をロックへ差し込んだときに発生する運動エネルギーによってロックシリンダーを作動させるように設計されています。そのため電池を交換する必要がなく、メンテナンスを含めたシステム全体のコストが大幅に削減されることになりました。これは、電池を使用するシステムと比較して、現在の顧客ベースで年間約10万kgの電池廃棄量が削減される計算になります。
年間10万kgの電池廃棄量を削減、IoTで施錠システムを管理
Ainali:2016年発売のiLOQ S50は、NFC対応のモバイルアクセス技術を使い、スマホを鍵代わりに使うことができるようになります。開錠に必要なエネルギーは、スマホから取り込むことが可能です。
そして2019年にiLOQ S10のメカニズムにIoTを組み合わせたiLOQ S5が発売され、翌2020年には複数の施錠システムを管理できるプラットフォーム、2022年には住宅用プラットフォーム「iLOQ HOME」が発売されました。
これまでのように鍵と錠前を物理的に変更することなく、大規模なシステムや個々のロックへのアクセス権を簡単に設定できるようになったのです。ユーザーは専用クラウド上で実行されるソフトウェアを使用して、施設全体とそのアクセスポイントをリアルタイムで制御可能。たとえキーを失くしてしまっても、システム上で再プログラムするだけで安全性を担保できます。
じつは筆者もiLOQ S10の鍵を持っている。差し込み部分が他の鍵に比べて多少複雑だと感じてはいたが、バッテリーフリーのロックシリンダー技術については今回の取材まで知らなかった。鍵を差し込む際は、しっかり噛み合うようにゆっくり差し込むようにしている。オフィス用の鍵だが、アクセス権やセキュリティ番号などの設定がオフィスビルの受付で簡単にできる。その場で鍵の設定や変更ができるのは、利用者・管理者にとっても大きなメリットだ。
信頼関係があるからこそエンジニア同士のぶつかりあいも
――iLOQには世界初の技術がいくつもあると伺いました。技術やソリューションはどこから生まれるのでしょうか。
Ainali:iLOQの技術には300以上の特許があり、製品開発や事業の進め方はスタッフが一緒になって考えます。専門家には自分の意見にプライドを持っている人が多いのですが、信頼関係が成り立っているからこそ、誰もが自由に意見を出し合い、人の意見を聞き入れることができるのです。弊社の社員がこのオフィスで働くことに喜びを感じ、毎日出社してきてくれることはとても喜ばしいことです。
取材の際、オフィスで顔を合わせた人たちは、皆丁寧に挨拶をしてくれた。Ainali氏の言うとおり、生き生きと仕事をしている様子がうかがえた。オフィス全体は明るい内装で、共有スペースがいくつもある。共有スペースにはキッチンやソファ、暖炉まであり、“会議室”よりはるかに居心地がいい。筆者のまわりでもハイブリッド勤務を続けている人がまだまだ大勢いるが、iLOQのように多くの新技術を生み出していくには、エンジニア同士が顔を突き合わせ、とことん意見を言い合える環境が必要なのかもしれない。
現時点では日本未上陸のiLOQ、今後の展望は
――現時点(2024年8月)で日本市場では販売されていないようですが、今後の予定を教えてください。
Ainali:ロックシステムには地理的な規格があり、同じヨーロッパでも北欧と中欧では規格が違います。弊社のような小さな会社は、技術者と相談しながら市場を開拓していかなければなりません。
現在、子会社とともに16か国で事業を展開していますが、新しい地域に進出するためには設計の変更とそれに対応するリソースが必要です。ビジネスチャンスを探ってはいますが、今のところ日本は未上陸です。
電池いらずでメンテナンスも不要、さらにアクセス制限をリモートで管理できるなど、高い利便性を誇る同製品には、多様な業界の企業・組織のロック事情を革新できる可能性がみてとれる。いつか日本でもiLOQが導入されることを期待したい。
iLOQ Oy について
ロックシステムに配線や電池を不要とする技術と複数のアクセス管理ができるクラウドベースのプラットフォームを導入し、入退室管理業界に革命を起こす。iLOQは1,800社以上の提携パートナーを通じ、世界55か国以上でデジタルロックシステムを販売。2023年の売上高は1億4,130万ユーロ、従業員数は320名以上。昨年秋には創立20周年を祝うイベントが開催された。
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