FASHIONSNAPの新春恒例企画「トップに聞く 2024」が今年もスタート。本格的なアフターコロナを迎えた一方で、物価上昇や値上げラッシュが続き、以前にも増して企業の変革が求められている。本企画では2023年の経営戦略の進捗と、2024年のビジネス展望を聞くとともに、これまで以上に速いスピードで変化する社会の中で各企業が取り組んでいるイノベーション像を深掘りしていく。
第8回は、花王の上席執行役員 コンシューマープロダクツ事業統括部門 化粧品事業部門長および、グループ会社のカネボウ化粧品代表取締役社長、モルトンブラウン(MOLTON BROWN)会長の前澤洋介氏。グローバル戦略の加速を進めた2023年と、続く2024年について聞いた。
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■前澤洋介(まえざわ ようすけ)1963年11月10日生まれ、東京都出身。1986年立教大学社会学部を卒業後、鐘紡に入社。2005年7月にカネボウ化粧品 欧米マーケティング室 欧米マーケティンググループ統括マネジャー、2010年10月にマーケティング部門 国際マーケティンググループ統括マネジャーを経て、2013年1月にKanebo Cosmetics(Europe)Ltd.Presidentに就任。2017年3月からエキップ代表取締役を務め、2021年1月から花王 コンシューマープロダクツ事業統括部門 化粧品事業部門 プレステージビジネスグループ長を兼務する。2023年1月から現職。
ー2023年を振り返って一言で表すとなんでしょうか?
「活況と混乱」です。
5月以降、化粧品業界は順調に回復していた一方で、ALPS処理水問題から中国の消費にブレーキがかかりました。もちろん中国の消費力は無視できない存在ですが、改めて中国一極集中では良くないと感じています。中国のバランスを取りながら、好調な日本市場をいま一度しっかりと捉え直し、またアジアの他のエリアや欧州など他国への投資をさらに加速する必要があると感じた1年でした。
処理水問題よりも、中国ビューティの台頭に脅威
ー処理水放出問題による混乱は今年も続くと予想しますか?
2024年上期まで影響はあるのではないでしょうか。日本製に対するためらいが残ると思います。ただそれだけではなく、今や中国ビューティが、商品力やパッケージ力のみならず、ブランドストーリーにおいても魅力的なものが多く、台頭してきています。そのため政治的背景で日本製品を買わないのではなく、「中国ブランドも良い商品がある」と選択肢が増えていることにも、脅威に感じています。だからこそ中国ブランドに負けない戦い方を考えていかなければと。そのためには日本製の高い品質に加え、エビデンスをしっかり取り入れることで、信頼を得られるように注力していきます。
ー為替問題についてはいかがでしょうか?
輸入原料や包装資材への影響は大きいですね。例えば「モルトンブラウン(MOLTON BROWN)」は英国で作っているために懸念があります。さらに人件費の高騰による原価アップもあります。商品の本質的な価値は下げずに、いかに効率よく、そして差別化したモノづくりができるか、が課題です。一方でインバウンド売上も確実に戻ってきていて増加しています。そう考えると為替の影響はイーブンではないかと思います。
グローバルポートフォリオを見直し、構造改革を推進
ー2023年、2018年に選定したグローバル戦略ブランド(G11)と国内戦略ブランド(R8)のグローバルポートフォリオを見直し構造改革を進めました。
グローバル戦略ブランド「G11」・センサイ(SENSAI)・アールエムケー(RMK)・スック(SUQQU)・エスト(est)・カネボウ(KANEBO)・アスレティア(athletia)・モルトンブラウン(MOLTON BROWN)・ケイト(KATE)・フリープラス(freeplus)・キュレル(Curél)・アリー(ALLIE)
リージョナル8ブランド「R8」・トワニー(TWANY)・リサージ(LISSAGE)・アルブラン(ALBLANC)・プリマヴィスタ(Primavista)・ミラノコレクション(Milano Collection)・デュウ(DEW)・ソフィーナ iP(SOFINA iP)・メディア(media)
ブランド特性と今後の戦略を鑑み、G11だった「ソフィーナiP(SOFINA iP)」をR8に、R8だった「アリー(ALLE)」をG11にしました。グローバルポートフォリオの見直しにより、G11とR8以外のブランドについては、統廃合も含め改革を行っていきます。例えばソフィーナiPは、広がりすぎていたサブブランドを見直し集約することで強い軸を持つブランドへと進化させました。また、リアル展開だけだったブランドはEC比率を高める戦略にシフトするなど、統廃合といっても単にブランドを廃止・終了するだけではなく、それぞれのブランド特性を見ながら、効率よく投資していくことも考えています。
ー前期(2023年12月期)の結果ですが、先ほどの話が出た処理水問題は決算にも影響を与えたと思います。
花王2023年12月期通期連結決算(国際会計基準)
売上高:1兆5325億7900万円(前期比1.2%減、実質3.8%減)
営業利益:600億3500万円(同45.5%減)
親会社の所有者に帰属する当期利益:438億7000万円(同49%減)化粧品事業
売上高:2386億円(同5.1%減、実質6.7%減)
営業損益:54億円の赤字(前期は141億円の黒字)
コア営業利益:53億円(対前期88億円減)
G11売上高:同5%増(売上構成比構成比68%)
R8売上高:同1%減(売上構成比22%)
花王2024年12月期通期連結予想(国際会計基準)
売上高:1兆5800億円(前期比3.1%増、実質3.6%増)
営業利益:1300億円(同116.5%増)
親会社の所有者に帰属する当期利益:980億円(同123.4%増)
化粧品事業
売上高:2540億円(実質同7.1%増)
そうですね。地域別で見ると、中国事業はやはり処理水問題が響き、「キュレル(Curel)」のプロモーション中止や、さらに「フリープラス(freeplus)」のリブランディングに伴う商品入れ替えもあいまって、大きく前年を割った格好です。一方で、日本国内事業は、プレステージブランドの「カネボウ(KANEBO)」、ブランド誕生20周年を迎えた「スック(SUQQU)」と、「ケイト(KATE)」が2桁成長し、これらがけん引したことで、構造改革による返品の計上や韓国トラベルリテールの代理購買抑制、越境ECの販促活動抑制の影響を除くと、前期比3%増となりました。
そのほか欧州事業はモルトンブラウンの新製品が順調に推移したのに加え、「センサイ(SENSAI)」の最高峰スキンケアシリーズのリニューアルの好調から、同2.5%増で着地しました。また規模は大きくはないですが日本、中国以外のその他アジア地域では、ケイトや「アリー(ALLIE)」などセルフケアブランド、カネボウやスックなどプレステージブランドが好調に推移しています。
ーG11、R8での好調ブランドを教えてください。
G11で成長率30%以上なのが、カネボウと子会社エキップの「アスレティア(athletia)」です。売上でみるとケイトは2桁成長、センサイ、「アールエムケー(RMK)」モルトンブラウン、「エスト(est)」が1桁台の成長です。
R8では、店頭でのリアル体験を求めるニーズの高まりから、カウンセリングブランドが好調に推移しており、「アルブラン(ALBLANC)」は過去最高売上を更新し、「トワニー(TWANY)」も2023年後半は2桁成長、「リサージ(LISSAGE)」もヘアケアが予想以上に伸長しています。いずれのブランドもヒットアイテムが生まれ、リピート率の向上など成長する下地ができています。その背景には、事業部とブランド エバンジェリスト(美容部員)の距離が近く、現場の状況をすぐに拾い上げて課題を迅速に解決するなどが奏功しているのではないでしょうか。
ーグループ会社エキップはどうだったでしょうか?
先ほどG11の好調でお伝えしましたが、アスレティアが成長率30%以上と伸長しており、今後はセミセルフ業態への展開を増やすなど、拠点を拡大する予定です。2022年まで厳しかったRMKが復調し売上が前年を超えて着地していますし、スックは代理購買抑制の影響で韓国トラベルリテールは低迷しましたが大変好調です。ブランドを増やす予定はなく、引き続きRMK、スック、アスレティアの3ブランドを成長させます。
ー2022年に立ち上げたデジタルプラットフォーム「My Kao」の進捗は?
My Kao内にある自社EC「My Kao Mall」は規模は小さいですが毎月最高を更新するほど伸びています。My Kao Mallのみの限定品の売れ行きが好調で、差別化した商品の取り扱いを増やしていきたいと思っています。
また8月からは商品の廃棄物削減を目指して、滞留在庫をMy Kao Mall OUTLETでアウトレット価格で販売しています。まとめ買いにもつながっていて好評ですが、My Kao Mallへの導線をもっと分かりやすくするなど、さらなる認知拡大が課題ですね。
ー2023年1月から美容部員の総称を“ブランド エバンジェリスト(ブランドの伝道師)”に変更しました。人材育成で新たに取り組んだことは?
ブランド エバンジェリストについては、店頭とオンラインの垣根を越えてブランドを体現できる人材の研修を進めています。また、コロナ禍に入社した社員はメイクアップやタッチアップテクニックの数がこなせていないという課題もあり、スキルアップのための教育に注力しました。また、LIVE配信などオンラインでの活動を中心に活動しているチームのブランド エバンジェリストはポップアップイベントやファッションブランドのコレクションのバックステージで、メイクのタッチアップを経験するなど活動の幅を広げています。
全社的にはグローバルを視点とした人材育成もポイントの1つです。すでに海外の子会社に国内の社員を派遣して、海外と日本の違いや生活での気づきをレポートしてもらっています。今後も新しいメンバーを送り込みたいと思っていますし、一方で今年は海外の子会社からの日本への派遣も検討し、人材育成に力を入れます。
ーそのほか、SDG'sへの取り組みは企業として必須ですが、中でも“作りすぎない”戦略も進んでいると思います。
以前からルナソルでは美容専門学校に販売終了商品などを教材として提供する取り組みを実施したり、ラグジュアリーアウトレットサイトを活用するなどし、廃棄をできるだけ減らす試みを重ねています。“作りすぎない”ということでは、ルナソルとスックで昨年、完全受注販売を一部展開しました。またルナソルでは、新たにAIによる販売予測を導入。AIに学習させるためのデータがまだまだ必要ですが、検証を重ねながら展開できるブランドを広げていく考えです。
2024年は日本、アジア、欧州と全方位で勝負
ーグローバル・シャープトップ戦略として、ファーストランナーの3ブランドについてグローバル化の基盤作りを行なっています。
モルトンブラウンのグローバルプレジデントで花王 執行役員のマーク・ジョンソン氏をトップとした欧米化粧品ビジネス部を立ち上げ、モルトンブラウン・センサイ・エキップの現地法人のデジタルマーケティングや代理店営業、トラベルリテールなどのリーダーが集結した横串組織を構築。ブランドだけでなく会社を「いかにグローバル化させていくか」を共通目標に、相乗効果が発揮できる環境づくりを行なっています。またキュレルでは、RD、SCM、品質保証、現地営業チームなどの関係者で構成する「グローバル ステアリング ボード」を立ち上げ、ブランドのグローバル化への道筋の構築化を図っています。
ーその“ファーストランナー”であるモルトンブラウン、センサイ、キュレルの2024年の戦略について教えてください。
欧州で強いモルトンブラウンはアジアへの拡大を図ります。2023年はマレーシアに旗艦店をオープンしましたし、今後はシンガポール、タイ、香港への本格進出、インドネシア、マカオへの初進出を計画。グローバルでの売上を2030年には2022年比で1.5倍を目指します。欧州発のセンサイもアジアを目指します。昨年上海に出店した旗艦店を中心に、3ヶ年計画で上海エリアにドミナントモデルを構築することに加え、アジアで新たなエリアへの進出を検討しています。グローバルでの売上を2030年には2022年比で3倍が目標です。日本からアジア、ヨーロッパへと拡大するキュレルは、展開している英国での売り上げを2倍にまで拡大したい。2025年には欧州で新たに4~5ヶ国の進出を、グローバルでの売上は2030年には2023年比で1.3倍を目指します。
また日本で流行っているから、それが海外でも売れるというのは違います。現地のニーズを調査し、それに合わせた地産地消のモノづくりをキュレル、フリープラスで推進しています。
ー昨年“ファーストランナー”に次ぐ戦略投資ブランドに、ケイトとカネボウを選定しました。まずはアジアでの拡大ということですが、そのために進めることは?
この2ブランドは、アジアでも戦えるブランドです。単に輸出するだけではなく、ケイトは「NO MORE RULES.」、カネボウは「I HOPE.」と、日本で成功しているパーパスブランディングをアジア地域全体で展開したい。2024年はそのための準備を進めていきます。ケイトはまずは訪日外国人とのタッチポイントを増やすために、東京でブランドの世界観を発信することを計画中で、それをきっかけに越境ECでの売上拡大も図ります。カネボウは中国本土への本格進出に向け、コンテンツ作りを推し進めています。
ーそれぞれにフォーカスした地域での拡大を目指していますが、会社としてグローバルを見据えた時、どの国に重点を置きますか?
日本はもとより、中国、その他アジア、欧州へのグローバル展開をさらに強化していきます。欧州経済はインフレが深刻化しており、多くのマーケットで前年を超えることは難しいと言わざるを得ませんが、ただ旅行需要は回復、拡大傾向にあり、トラベルリテールやホテルのアメニティ需要は弊社としても好調に推移しています。それらが強いモルトンブラウンは好調に推移していますから、そういったニーズへの対応も考えていかなければと思います。
弱みを補う、強みをさらに強固にするM&Aも
ー今後、M&Aも視野にあるのでしょうか?今、化粧品業界ではダーマコスメの需要が高まっているように思います。
ー当社の弱みを補うという意味でのM&A、そして強みをさらに拡大するためのM&Aは検討していますが、具体的に決まっているものはありません。一方、確かにダーマコスメは注目です。昨年末、欧州に行ったのですが、パリやロンドンでも想像以上に皮膚科学に基づいたダーマコスメが浸透していると感じました。コロナ禍でマスク生活による肌荒れも相まって、スキンケアに向き合う時間も増え、ますます自分のライフスタイルを見直すきっかけがあったと思います。そうなると自分の肌に合った安全なモノを選びたいという思いが、ダーマコスメに向かわせましたよね。ダーマコスメ市場の拡大を背景に、われわれはキュレルで乾燥性敏感肌へのソリューションを発信していかなければと考えています。
ー最後に、スタートした2024年の意気込みをお願いします。
ファーストランナー、セカンドランナーはしっかりと結果が出ているため、2024年も引き続き高い目標を持って進めていきます。グローバルは、ALPS処理水等や景気低迷による買い控えが続く中国の影響を受けて前期は苦戦が予想されますが、構造改革による収益改善も進めることで、2024年の売上高は前期比1桁半ばを見込んでいます。グローバルを視野に、各ブランド共通としてスターアイテムの育成を戦略的に行い、そのスターアイテムがそれぞれカテゴリーNo.1を獲得することを目指します。
(文:ライター 中出若菜、聞き手:福崎明子)
◾️花王:公式サイト
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