【インタビュー】評価高まる「アカネ ウツノミヤ」デザイナー蓮井茜のヴィジュアル的服作り

 シンマイ・クリエーターズ・プロジェクトに選出されブランドをスタートさせて6年目、「アカネ ウツノミヤ(AKANE UTSUNOMIYA)」の認知が上がってきた。現在では、「マメ(mame)」や「タロウホリウチ(taro horiuchi)」と並んで、ネクスト「サカイ(sacai)」の呼び声も高い。「アカネウツノミヤ」のデザイナー蓮井茜の服づくりとは?

 

ロンドンでデザイナーを志す

ーファッションを学ぶきっかけは?

最初は普通の大学で心理学を学んでいたのですが、日本の大学の教養として全部学ぶというスタイルがしっくりこなくて。そのまま仕事に繋がるようなことをやりたいと思うようになりました。ずっと東京で育ってきたので、大きく環境を変えないと、と思って渡英を決意しました。

ー渡英後は?

ファインアート寄りのチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで1年学んでいて、その後担当の先生にセントラル・ セントマーチン美術大学への進学を進められました。セントマーチンはアートスクールではあるけれど、ファッション寄りで商業的な印象があって、最初は悩みましたが興味があったので行ってみることにしました。チェルシーで学んだ中で、テキスタイルに興味を持っていたので、BA テキスタイル科に入って最初の1年はニットやウィービング、プリンなど色々やってみて、ニット好きだったので2年、3年はニットで作品を制作していました。

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ーなぜ、ニットを選んだんですか?

テキスタイルを専攻していた時に、ウィービングとプリントとニットがあって、ウィービングは1日中時間を費やしてもなかなか思ったように進まなくて「なんて効率が悪いの」って(笑)性格に合ってなかったんでしょうね。ニットは速いし、チームで取り組めるので好きでしたね。

ーMAにも進学されていますね。ファッションニットウェア科ではどのようなことに取り組んでいましたか?

大学のニット科では編地を作ったり、機械について覚える事の方が多くて、大学院に入ってからはコレクションを作ることに専念していました。私は編地から進める事が多くて、下着やレースをニットでつくってコレクションにしていたのですが、日本に戻らなくては行けなくなってしまって、途中で日本に帰国しました。

「ヴィジュアルが一番重要」は何故か

ー帰国してからは2年間ほどアトウ (ato)で働いていたそうですね。

メンズのものづくりを経験したことがなかったので。mm単位にこだわってものづくりをされていたデザイナーの松本さんやヨウジ ヤマモト出身のパタンナーの方から色々なことを学びました。企画で入社したのですが、ニットが得意だったこともあり、ニットの仕事を担当させていただく事も多かったです。

ーシンマイ・クリエーターズ・プロジェクト(SHINMAI Creators Project)に選出されたのは2010年。

大学院の頃からブランドを始めたいと思っていましたが、日本に戻ってからは時間的に余裕がなくて。ある時、同級生にシンマイプロジェクトに出してみたら?と勧められたのをきっかけに、ロンドンで制作した過去のポートフォリオを提出してみたんです。いい結果を頂いたので、自分のブランドに専念するためにもアトウを辞めました。

ー合同ショーも開催しましたね。それから6年間、ショーをやっていないですが、ショーに興味は?

シンマイの時は4ヶ月くらいで約20体分のアイテムを作りましたが、ショーに関しては色々な方が手助けしてくれたので、私は服を作ればいいという環境でした。自分でやる労力はかなり大きいし、そういう規模のブランドになったらやってみたいと思います。今は服の精度を上げることの方が重要です。それに、見せ方としてはヴィジュアルに起こす方が好きなんです。

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