「アートフェアは証券取引所」──アートフェア東京ディレクター 北島輝一が語る、買う体験の面白さ

Image by: ART FAIR TOKYO photography team

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 日本最大級の国際的なアートイベント「アートフェア東京(ART FAIR TOKYO)」は、今年で20回目の節目を迎える。美術館での展覧会やファッションブランド × アーティストのコラボレーションなど、近年は日常の中にアートが浸透しつつある一方で、「アートを買う」という行為には依然として距離感がある人も多いはずだ。

 そのような中、「アートフェアは、証券取引所のような場所」と語るのは、同アートフェアのマネージングディレクターを務める北島輝一氏だ。元証券会社の債券トレーダーという異色のバックグラウンドを持つ同氏は、東日本大震災直後の混迷期にアートフェア東京の運営を引き継ぎ、独自の視点で日本のアートマーケットを再定義してきた。金融とアート、一見“水と油”にも思える2つの世界を知り尽くす同氏に聞く、「アートを所有する(買う)」ことの面白さと、現在のアートマーケットのリアルとは。

アートフェア東京(ART FAIR TOKYO)とは?
古美術・工芸から、日本画・近代美術・現代アートまで、幅広い作品のアートが展示されるフェアとして、2005年から開催している日本最大級の国際的なアートフェア。公平かつ安全な美術品取引の場を提供することをミッションに、アジアにおけるアートマーケットの流動性の一端を担い、日本の多様なアートシーンを世界に向けて発信している。記念すべき20回目を迎える今年の「ART FAIR TOKYO 20」は、3月13日から3月15日までの3日間、東京国際フォーラム(ホールE/ロビーギャラリー)で開催される。

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「アートフェアは証券取引所」──アートと金融の意外な共通点

── そもそも「アートフェア」とは、どのような場なのでしょうか?

 「アートフェア東京」は、例えるとすれば東京証券取引所のような場所です。アーティストの作品を保有し、顧客に販売するギャラリーは、株式などの金融商品を投資家に販売する証券会社と役割が似ていますよね。

 今年は国内外から141軒のギャラリーが集まるのですが、それは東京証券取引所がさまざまな株式を取り揃え、その中から投資家たちが好きな株を買う利便性があることと似ています。世界で最も大きなアートフェアである「アート・バーゼル(Art Basel)」や「フリーズ(Frieze)」のメインスポンサーがUBSやドイツ銀行などの大手銀行であることからも、アートマーケットと金融の関連性が高く、作品が金融商品として扱われているのではないかと思います。

北島輝一のインタビューカット

北島輝一(きたじま きいち)|1974年生まれ。慶応義塾大学院理工学研究科卒。債券トレーダーとして日系・外資系証券で勤務。2011年よりアートフェア東京マネージングディレクターを務める。エートーキョー株式会社代表取締役。

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── 北島さんご自身も、もともとは証券会社でトレーダーをされていたそうですね。

 10年間、金利のトレーダーをしていました。私が金融業界に入った1999年は、山一證券が破綻した後で金融がすごく不人気な時期でした。アートフェア東京の運営を引き継いだ2012年も、東日本大震災の翌年でフェア史上最も作品が売れず、誰も引き受けたがらない状況だったんです。そういう、「みんなが選ばないものを選びたい」という性分なんですよね。会社ごと譲渡してもらい、借金を返しながら運営してきました。

── 厳しい状況からのスタートだったのですね。そこから、どのように現在のアート市場の盛り上がりに繋がっていったのでしょうか。

 日本では、元々「アートとお金は別物」だという意識が強かったんです。でも、日本はゆっくりではあっても欧米の制度をキャッチアップしていく国なので、アート市場もいつかは追いつくだろうと思っていました。状況が大きく動いたのはコロナ禍です。当時、高級腕時計や中古車など資産性のあるものが選ばれはじめ、アートもその流れに乗りました。2021年以降の開催は少し慎重になっていたところもあったのですが、2022年、2023年と売り上げは好調で、日本でもアートが「オルタナティブな資産」として認知されるようになってきた印象です。

「ART FAIR TOKYO 20」のメインビジュアル

Image by: © Tatsuo Miyajima. Courtesy of Akio Nagasawa Gallery.

── 2012年のディレクター就任から現在まで、一貫して大事にしてきたことは何でしょうか?

 「取引の透明性」を高めることです。かつてのアート界は、作家と作品の価値や価格の基準が曖昧でしたが、証券業界における「投資家保護」のように、公平性を担保する取り組みを通じてマーケットの信頼性が高まっていったことで、海外では2000年代ごろから「アートフェア」という形式が重要視されるようになってきました。今年で20回目、私が引き継いでからは14回目となる「アートフェア東京」も、確かな作品を販売する信頼できるギャラリーに出展していただけるようになってきたと感じています。

アートとファッションの関係性 「機能」がないことで生まれる価値

── 10万円の服を買うことは想像できても、同じ金額のアート作品を買うことにはハードルを感じる人も多いと思います。アートとファッションの関係性について、どのようにお考えですか?

 高価格帯の服には「着る」という機能がありますが、アートにはありません。だからこそ、「価値を“憑依”すること」ができるんです。私は2006年ごろにJPモルガンのロンドン支社で働いていたのですが、当時のボンドストリートのあたりはハイブランドのショップが並んでいました。しかし10年ほど前に再び訪れると、あたり一帯ギャラリーの数の方が多くなっていたんです。

 おそらくファッションの高価格帯の部分が、アートに置き換わったのだと思います。セカンダリー・マーケットでも取引される資産性、流動性の高さから、アートがその役割を担うようになった。ファッション領域でも、ハイブランドがアーティストとコラボレーションすることで、アイコン的な表象を持つアイテムを作っていますよね。

Ryan Gander・Chronos Kairos, 03.02・H 27.0 x W 78.0 x D 15.0 cm・2025・Aluminium, acrylic, LEDs・TARO NASU

Image by: ©Ryan Gander, Courtesy of the artist, Pola Museum of Art, Hakone, and TARO NASU, Photo by Shu Nakagawa

── 「資産としての作品」といった見方があるなかで、改めて美術館で作品を鑑賞する体験と、ギャラリーが集まるアートフェアでの体験には、どのような違いがあるのでしょうか。

 アートの世界では、コンテクストによって作品の価値が確かなものになっていきます。もちろん価値が生まれ育っていくのはマーケットですが、最終的な価値を決定しているのはアカデミックな場であり、そのひとつが美術館です。そのなかで、キュレーターによって「ある作家がこんなに面白い活動をしていて、こんなに社会に影響を与えている」という切り口が提示され、それを楽しむのが鑑賞ですよね。また、そういった展覧会によって作家の価値を高め、作品の値段を上げるという機能もあります。

 一方でアートフェアは、「価値を決めるコミュニティ」のような場に参加する感覚に近いのではないでしょうか。例えば、アジアでもっとも大きなアートフェア「アート・バーゼル香港」では、参加される方々がインベストメント・オポチュニティ(投資機会)に対して非常にアグレッシブなんですよ。「自分もいっちょ噛めるんじゃないか」という熱気や、コミュニティへ参加したいという渇望があります。はじめて行かれる方は、そういったアートフェアでの「買う現場」を直接体験するワクワク感があると思います。

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アート作品を「買う」ことは、普段の自分から変身できる知的な行動

── 北島さんご自身もコレクターでいらっしゃいますが、これまでどのような作品を買われてきたのでしょうか?

 はじめは「現代美術といえばコレだろう」と、カラフルでポップな立体作品を買いました。でも、すぐにモノクロの抽象表現的な作品がフィットしていると感じて、「もの派」と呼ばれる作家の作品を買うようになりました。トレーダー時代、何枚ものモニターの数字だけを見て世の中を想像していたので、過剰な情報を必要としないミニマルな作品が肌に合ったんでしょうね。

北島輝一のインタビューカット

Image by: FASHIONSNAP

 ただ、すでに知っている価値を買っているだけではつまらなくなってきたんです。直近では、マレーシア出身のネルソン・ホー(Nelson Hor)という作家のドローイングを買いました。彼はイスラム圏の文化的背景を持ち、ゲイとして生きる視点から制作していて、真実の愛を求めながら困難な状況に直面する葛藤を作品化しています。自分にはない価値観や、そういう社会が実在することを知り、作品として保有する。それが「価値の交易」としてのアートの面白さです。

── 交易という意味では、「アートフェア東京」は古美術から現代美術まで横断的なジャンル構成で、会場を巡るだけでも発見がありそうです。

 コロナ禍以降で30、40代の若いコレクターが増えたのですが、もともと興味のある現代美術を見にきたところ古美術を買うという方が多く見られました。そんなふうに、目的としていないものにふと出会えるのがアートフェアのいいところです。多ジャンルであるということは、日本のシーンの反映でもありますね。古美術もかつては現代美術であって、連綿と続く歴史があります。そういう意味で、日本は文化の保存庫的な役割も担ってきました。例えば、京橋の古美術が集まる骨董通りには、中国などの美術品の受け皿になってきた経緯もあります。そういった歴史を反映すると、古美術から現代美術まであるのが妥当だろうと考えています。

緑釉線文四足花器、Wilhelm Kåge(ヴィルヘルム・コーゲ) Sweden Gustavsberg(グスタフスベリ製陶所)、21.8×18.5cm、1955年 、炻器、出展ギャラリー:ギャラリー北欧器

── グローバルの状況も大きな変化が生じていますが、今後「アートフェア東京」を含むアートシーンはどのように変わっていくのでしょうか? 

 今後、アートと金融の結びつきがこれまで以上に強まり、作品をめぐるファイナンスの選択肢が広がれば、市場の流動性も高まっていく可能性があります。その際には、やはり取引の透明性が高まってほしいですね。だからこそ、われわれが信頼できるギャラリーに出ていただき、それを来場者の方々に示すことが重要だと思います。そういったなかで、作品を買うという体験をしていただきたい。その先に、作品の価値や、作品がもつ思想や社会への提案を見極め、確かなものを買えることへとつながっていくのではないでしょうか。

── 作品の価値を見極めるというのは、金銭的な資産価値にとどまらない、別の豊かさを選ぶということのようにも思えます。

 そうですね。そしてそれは、非常に知的な行動だと私は考えています。ファッションを選ぶ感覚とも近いかもしれませんが、単なる「好き嫌い」という日常的な感情だけでなく、「興味深い」「面白い」といった動機で選んだり、時代に対して新しい提案を受け入れたりする。それは、普段の自分から変身できるような経験ですよね。そういった一連の行動に一緒に参加しませんか、と私たちは考えています。

映像、写真、お茶──「アートフェア東京」の新たな挑戦と見どころ

── 記念すべき20回目となる今年の「アートフェア東京」ですが、最大の見どころや新しい挑戦について教えてください。

 今回はアートフェアを一つの「メディア」と捉え、今のトレンドを発信する姿勢を強めています。その一環として、市場でのシェアはまだ小さい映像作品のセクション「FILMS」や、写真専門のセクション「PHOTOGRAPHY」を新たに立ち上げ、あえて市場の主流ではない分野にスポットライトを当てます。

川内倫子, Untitled (Illuminance), 40×40 cm, Cプリント, 2009

Image by: ©️Rinko Kawauchi

 さらに会場内では、日本陶磁協会と連携し、陶芸家の受賞作家の茶碗で実際にお茶を飲む体験もご用意しています。日常から一歩踏み出すような体験を楽しんでいただきたいですね。アートフェア東京は古美術から現代美術まで横断的なジャンル構成なので、目的としていないものにふと出会える良さがあります。

伊勢﨑 晃一朗, 孕, 27.0cm×29.4.cm×25.2cm

会場では、歴代の日本陶磁協会賞受賞者や奨励賞受賞作家の陶芸作品を展示。

 また、今年は企業との連携による空間体験も見どころです。会場のVIPラウンジでは、ポーラ最高峰ブランド「B.A」による特別空間「AFT Premium Lounge produced by POLA B.A」を展開し、フラワーアーティストの東信氏とともに、「Timeless possibilities」をテーマにしたインスタレーションを体験できます。

── 「作品を買う」という体験は、一見するとハードルが高いように感じてしまいます。初めて来場する場合、どのような楽しみ方があるのでしょうか?

 やっぱり、マーケットコミュニティに参加してみるということですね。作品に興味を持って、作品の値段に対してポジティブであれネガティブであれ感想を持つだけでも、かなり面白いはずです。ギャラリー側からすると、相手が本当に買う気があるかどうかはわかりません。値段はいつでも聞けますし、ぜひ話しかけてみてください。

 あとは、「アートフェア東京」で販売されていた作品が、後々美術館やさまざまなコレクション展で展示され、「あのとき見た作品だ!」と発見につながることもあって、今このときに一番よいものを見られることも楽しみのひとつです。美術館とは違う、マーケットコミュニティの熱気をぜひ会場で体感してください。

Image by: ART FAIR TOKYO photography team

edit: Kazuhiro Oyokawa, Erika Sasaki

最終更新日:

■ART FAIR TOKYO 20
会期:2026年3月13日(金)~3月15日(日)
場所:東京国際フォーラム ホールE/ロビーギャラリー
所在地:東京都千代田区丸の内3丁目5-1
時間:11:00~19:00(最終日は17:00まで)
入場料:前売券 4000円、当日券 5000円

ライター/エディター

酒井瑛作

Eisaku Sakai

1993年、神奈川県生まれ。主に写真家へのインタビュー、展覧会レビューなど写真をはじめとした視覚文化・芸術にまつわる執筆活動を行う。近年は、エディターとして展覧会の企画・制作、アートブックの出版などに携わる。

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