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白の美学と手仕事が導く「アスティエ ド ヴィラット」の真髄

日本初の路面店が表参道にオープン

イヴァン・ペリコリ氏とブノワ・アスティエ・ド・ヴィラット氏

Image by: FASHIONSNAP

イヴァン・ペリコリ氏とブノワ・アスティエ・ド・ヴィラット氏

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イヴァン・ペリコリ氏とブノワ・アスティエ・ド・ヴィラット氏

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 1996年にパリで誕生した「アスティエ ド ヴィラット(ASTIER de VILLATTE)」。白釉の陶器を軸に、オブジェやフレグランスへと表現を広げながら、手仕事に根ざした独自の世界観を築いてきた。日本初の路面店となる東京・表参道の旗艦店オープンを機に、創業者のブノワ・アスティエ・ド・ヴィラット氏(Benoit Astier de Villatte)とイヴァン・ペリコリ氏(Ivan Pericoli)が語る、ブランドの原点と普遍的な美学。

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自然に出会った、日本という存在

——アスティエ ド ヴィラットの成り立ちについて教えてください。

ブノワ:30年ほど前に遡り、私たちがまだボザール(パリ国立高等美術学校)に通っていた頃に、家族や友人たちと始めたプロジェクトです。建築やオブジェ、陶器など、ジャンルを横断しながら、歴史的なものを手がかりに、新しい作品を作り上げるにはどうすればいいか。機械による大量生産ではなく、あくまで手仕事であることが重要でした。その思索の中で「エスタンパージュ(estampage)」と呼ばれる型押しの手法であったり、そこに宿る温かみや不完全さ、時間の痕跡のようなものに価値を見出していました。

イヴァン:創業当時は古いものは消し去られ、現代的な新しいものに対する歓迎のムードが蔓延っていた時代で、美術学校でもそういった流れを感じていました。私たちはその潮流に抗って、むしろ温度を感じられるような古き良き手法や技術に焦点を当てて作品を創造する方法を選びました。「何を作るか」よりも、「どんな姿勢で作るか」を重視していたんです。

——上陸からしばらく経ち、日本にもファンがたくさんいます。ブランドにとって、日本のマーケットをどのように見ていますか。

ブノワ:当時は若く、市場戦略やビジネスとしての展開を意識する余裕もありませんでしたが、パリでお店を出した時に、実は最初に私たちの陶器に興味を示して買い付けてくれたのは日本人だったんです。その意味で、日本は「開拓した市場」というよりも、自然に出会った相手のような存在です。

店舗は創作の延長線

——今回、表参道エリアに旗艦店を構えた理由を教えてください。

ブノワ:私たちにとって店舗は、単なる販売の場ではありません。キャンドルがなければ作る、ランプがなければ作る。そうした創作と同じ延長線上に「店」があります。表参道は変化のスピードが早く、インスピレーションに満ちた場所です。自由度が高く、都市のエネルギーを感じられる点が、私たちの創作の姿勢によくマッチしていると感じています。

Image by: ASTIER de VILLATTE

——屋上にカフェを併設したソウルの旗艦店も素敵でした。他の都市と東京の店作りは異なりますか?

イヴァン:広さからすると同じくらいですが、ソウルの店舗は縦に高さがあるのでフロアを行き来する作りで、表参道店はワンフロアの空間が非常に広いのが特徴です。300平方メートルほどのスペースに、1階の半分はフレグランスや書籍やステーショナリー、ハンドソープなどのボディケア、クッションや家具などのホームウェアが小部屋で並び、あとの半分のこの陶器のフロアは、もともとあった天井を取り払うことで高さと開放感が生まれ、自然光が差し込むのがこの店舗ならではの設計になっています。

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 2階にはギャラリーを設け、商品とアートの境界を曖昧にしています。テラスもあるのでソウルのようにカフェも構想していましたが、今回は実現できませんでした。ただ、この近所にカフェを作らないと言っているわけではないので(笑)。建造物の特徴を活かして、街のランドスケープに馴染む形でアスティエ ド ヴィラットの世界観を再現しています。

2階のギャラリースペースではブランドともゆかりのある彫刻家セレナ・キャロンヌの個展が開催中。

日仏で見る陶器の歴史

——フランスの陶器産業の歴史を踏まえた上で、ブランドがここまで成長した要因はなんだったのでしょう?

イヴァン:フランスでは17〜18世紀から陶磁器産業が盛んで、現在のパリ5区や郊外にも工房があったようです。ですが、19世紀の産業革命以降、多くの工房が姿を消しました。白磁器で有名なフランス中部のリモージュのような産地でさえ、衰退を免れなかったのです。オートクチュールのアトリエもパリからモントルイユといった外へと移っていきましたが、私たちがあえて市内に工房を構えたことが、パリの街と生活に密に結びついている特出すべき点として、追い風になったと思っています。

ブノワ:その上でクリエイション面で私たちが成長できた理由は、陶器を「彫刻」として捉えてきた点にあると思います。美術学校在学時に教鞭をとっていた教授の教えで彫刻的なアプローチを学び、食器や家具に応用することで、従来の陶器とは異なる視点で作品を作ることができました。それが時代と共鳴したのではないでしょうか。

——日本には食文化はもちろん、茶の湯や工芸という伝統的な側面を含む焼き物文化が根付いています。この文化をどのように見ていますか。

イヴァン:日本の陶器や器は、フランスでは人気で古くから知られています。19世紀の印象派の時代には、陶器や浮世絵も大量にフランスへ渡り、美術や装飾文化に大きな影響を与えました。装飾的なものから楽焼のような素朴なものまで、その多様性も理解されています。

 私自身、日本を訪れるたびに鎌倉や京都、奈良、東京で骨董品などの器を買い集めています。驚くのは、その古さや技術に対して価格が決して高くないことです。フランスでは考えられないほど、良質な器が日常の価格帯で手に入る。それは陶器が日本人にとって日常的で身近な物であるということの証でもあると思います。単に食べ物を盛り付けるための器という用途にとどまらず、愛でる、嗜むという作品性や芸術性を持っている。その捉え方は、西洋のそれとは異なり、精神性を伴う生活様式に深く根付いているのだと思います。それはとても特別で素敵な文化だと思いますし、私たちの美学に通じることでもあると思います。

「白」に宿るアスティエ ド ヴィラットの美学

——アスティエ ド ヴィラットの器は和食にも合いそうです。

ブノワ:過去に晩酌セットを販売したこともありますし、実際に、日本料理のお店で私たちの器が使われています。和食との相性は、私たち自身も強く感じています。料理を「盛る」というより、余白や配置を大切にする日本の感覚と、私たちの器の彫刻的なフォルムが自然にマッチしているのかもしれませんね。

 ヨーロッパでは家族との食事では大きいプレートが重宝されるんですが、日本を含めアジアなどではソースなどを入れる用に小さいお皿を使う習慣がありますよね。大きなお皿に小さい器を重ねる使い方もおすすめです。

——汎用性のある白であるからこその可能性が広がりますが、ブランドを象徴する「白」に込めた想いを教えてください。

ブノワ:白は私にとって「エネルギー」を象徴する色。創作活動をする上で古いモノと現代的なモノを融合させる時に、この「白」という色がエネルギーを持っているように感じます。

2017年から続く「サカイ(sacai)」とのコラボレーションアイテムを再販

イヴァン:私たちにとって白は世界観を一貫させるための基盤です。ただし、この白は単なる無彩色ではありません。 少しミルクのようで、どこか透明感を含んだ白なのです。 硬い素材でありながら、視覚的には柔らかく、食材の色や質感を引き立てるのです。

 実際に私も他の白磁器と比べてみたことがあるんですが、私たちの器の方が料理や飲み物がよりフレッシュに、美味しそうに見えるんです(笑)。 私たちの「白」は手仕事による偶然によって生まれた色ですが、自己主張する色ではなく、受け止めるための色なのです。

——最後に、店舗を通して伝えたいブランドの美学とは何でしょうか。

ブノワ:ただ商品であるとか、便利であるとかではなく「美しくあること」。これに尽きると思います。

イヴァン:モノが溢れている時代に、これ以上必要なのか、と自問自答する人も多いでしょう。 そういった時代だからこそ「どんな生活を送りたいか」という問いが重要になっている気がします。

 器やキャンドル、香りといったものは、人生を劇的に変えるわけではありません。 けれど、日常の中にほんの少しの喜びや、静かな幸福感をもたらすことができる。私たちが目指しているのは、まさにその部分です。 使うたび、触れるたびに生活が豊かになる。 その積み重ねこそが、私たちの考える「普遍的な美学」であり、このお店で伝えていきたいことなのです。

最終更新日:

◾️アスティエ ド ヴィラット 東京フラッグシップストア
所在地:東京都渋谷区神宮前5-2-11
電話番号 : 03-3406-0313
営業時間 : 11:00〜19:00

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