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閉塞した世界における川久保玲の思考、「コム デ ギャルソン オム プリュス」が表現する闇からの脱出と再生

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2026年秋冬コレクション

Image by: Koji Hirano(FASHIONSNAP)

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2026年秋冬コレクション

Image by: Koji Hirano(FASHIONSNAP)

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 2026年秋冬コレクション

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 会場に哀愁を帯びたミッシェル・ポルナレフ(Michel Polnareff)の楽曲が響き渡る。その甘く切ないサウンドトラックとは裏腹に、暗転して現れたのは、アーティストShin Murayamaが制作した「鉄仮面」を被った男たちだった。川久保玲が手掛ける「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」が2026年秋冬コレクションで描いたテーマは「ブラックホール(BLACK HOLE)」。そして、「Let’s get out of the black hole.(ブラックホールから抜け出そう)」という強い意志が添えられた。光まで吸い込む宇宙の深淵、あるいは極限の重力が支配する空間。そのテーマ性は、終わりの見えない戦争、分断、環境危機によって出口を塞がれ、身動きが取れなくなっている現代社会のメタファーとして、痛烈なメッセージを突きつけた。

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 コレクションを支配するのは、圧倒的な「黒」と、そこに見られる「歪み」である。エナメル素材のジャケットは、歪なギャザーによって表面が波打ち、まるで強力な重力場によって時空が捻じ曲げられたかのようなフォルムを描く。下半分がぐにゃりと湾曲したジャケットや、裾が丸みを帯びたボトムスは、衣服の構造そのものが不可抗力によって変容させられたような違和感を放つ。それは、個人の意志ではどうにもならない巨大な力に翻弄される現代人の姿のようでもあり、あるいはその力に抗いながら形を保とうとする「個」の強度のようにも見える。

 素材使いにおいては、闇の中で煌びやかな光が印象を残した。ラメを含んだフューチャリスティックなファブリックや、スパンコールをあしらったジャケットは、事象の地平線で物質が放つ最後の輝きを思わせる。特に、曜変天目茶碗を彷彿とさせる、斑点模様が浮かぶセットアップや、ぶつぶつとした突起のあるテクスチャーは、混沌とした粒子の集合体のように見え、美しさとグロテスクさが紙一重で同居していた。

 「ブラックホール」というテーマは、視覚的な闇だけでなく、構造的な「穴」としても表現された。ラペルがくり抜かれたようなジャケットや、脇腹部分が大きく開いたアウターなどがそうだ。川久保はかつて「Holes(1982年)」と題したコレクションで、穴の空いたニットを発表し、既存の美の価値観を転覆させた。しかし、今回の「穴」は破壊の象徴ではなく、「穴から見た外の世界」への視座だったのではないか。それは閉ざされた内側から外光を覗き見るための窓であり、あるいは窒息しそうな世界で呼吸をするための通気口のようにも映る。そして、その渇望は足元にも表れている。「キッズ ラブ ゲイト(KIDS LOVE GAITE)」との二重構造のアッパーを持つシューズには、「LIVE FREE」というスローガンがペイントされた。現代において、地に足がつかない不安定な歩行が続く中で、その言葉は抑圧された環境における自由への渇望として、強烈な意味を帯びていた。

 複雑なパターンで片側が切り落とされたようなトレンチコートや、迷彩柄のように見えるベロア素材など、随所に散りばめられた技巧は、混沌(カオス)を衣服という形に留めるための、川久保の執念とも言えるクリエイションの真髄だ。そしてAraitakeoによるヘアメイクがその世界観をより強固なものにする。川久保は常に、満たされた現状や安易な調和を拒絶し、何かが欠落した状態、あるいは過剰な状態の中にこそ生まれる新しい美を追求してきた。世界が停滞し、「ここから出られない」という閉塞感に覆われている現代において、彼女が「ブラックホール」を選んだのは必然だったのかもしれない。全てを飲み込む闇は、すべての始まりの場所でもあるからだ。

 ショーのラスト、張り詰めた黒の世界は転換を迎える。突如として現れた、全身「白」のルック群。それは、ブラックホールの彼方にあるホワイトホールへの到達か、あるいは死と再生の儀式か。いびつなギャザーや歪みはそのままに、色だけが純白へと浄化されたその姿は、神々しくさえ思える。スタックした世界、出られない闇。しかし、川久保玲は最後に「白」を提示することで、冒頭の言葉「Let’s get out of the black hole.」を体現してみせた。それは安直な希望なのかもしれない。しかし、極限の圧力と歪みを通過した者だけが辿り着ける、何ものにも縛られない「LIVE FREE」な境地、ひいては無垢なる解放がそこにはあった。コム デ ギャルソン オム プリュスは、深い闇の底から、強烈な光を我々に投げかけたのである。

FASHIONSNAP ディレクター

芳之内史也

Fumiya Yoshinouchi

1986年、愛媛県生まれ。立命館大学経営学部卒業後、レコオーランドに入社。東京を中心に、ミラノ、パリのファッションウィークを担当。国内若手デザイナーの発掘と育成をメディアのスタンスから行っている。2020年にはOTB主催「ITS 2020」でITS Press Choice Award審査員を、2019年から2023年までASIA FASHION COLLECTIONの審査員を務める。

最終更新日:

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