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【連載ふくびと】第3話 N.ハリウッドと尾花大輔――ミスターハリウッド誕生

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第2話からつづく――

 思いがけず19歳で夢を叶え、ヴィンテージバイヤーとして日米を行き来する尾花大輔。1995年に立ち上げメンバーとして参画した新しい古着店「ゴーゲッター(go-getter)」の評判も上々だった。しかし、先輩とソリが合わずに退社を決意する。時は2000年。裏原宿ブームの真っ只中だったミレニアムイヤーに、引き留めた社長の計らいで尾花の自由な感性を詰め込んだ小さな城「ミスターハリウッド(MISTER HOLLYWOOD、通称:ミスハリ)」の誕生となる。――「N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)」の創業デザイナー尾花が半生を振り返る、連載「ふくびと」N.ハリウッドと尾花大輔・第3話

 

・資金は300万円

 「ゴーゲッター」を続けていくことに限界がきて、社長のマイクさんに「辞めたい」という思いを伝えたら、その日のうちに新幹線で飛んできてくれました。マイクさんは大阪と青山にあった「スペース(space)」というセレクトショップの古着部門の立ち上げメンバーで、拠点はずっと大阪なんです。慰留されましたが僕の辞める気持ちは変わらなかったので、ゴーゲッターからは外れることになりました。でも、代わりに「自分の思っていることをやってみたら」と言ってくれて。「何か考えてみて」と用意してくれた資金は300万円。当初は辞めることしか考えていなかったものの、何か新しいことをやらせてもらうことになりました。

 まずは場所探しから。ゴーゲッターの上の3階がちょうど空いていたんですが、原宿の裏通りで3階は何をやるにも不利。少し悩みましたが「ある意味隠れ家的だな」と考えて、結局そのスペースを使うことにしました。

 イメージしたのは、LAのダウンタウンにあるロフト。ヴォイスで働いていた頃、買い付けで滞在するためにバイヤーが現地で借りていた部屋の印象が強く残っていて。ビリヤード台、ソファ、LAの空気......その雰囲気を思い描いて内装をいじることにしました。買い付けた古着があれば、謎の雑貨も置いてある。知り合いのアーティストの絵を売る3畳一間のギャラリーを作ったり。自分の頭の中にあるものが噴き出して、だんだん何屋だかわからないスペースになっていって。僕の部屋にぜひ来てください、というノリです。

 店の名前は、単純に自分のニックネームだった「ミスターハリウッド」とつけることにしました。その昔、アメリカでミスターハリウッドという"かぶき者"がいたらしく、僕はよく変な格好でフリーマーケットでフラフラしてたからバイヤー仲間からそう呼ばれていたのだと思います。それと、古着屋の店名って「サンタモニカ」や「シカゴ」とか地名が多いので、「ミスターハリウッド」は古着屋の延長という感じもある。この頃は、まさか今のようなブランドになるとは想像もしていませんでしたから。

 当時の古着といえば、大事なのはまずコンディション、そしてサイズ。その考え方にたまらなく違和感がありました。アメリカでは変わった人や面白い人たちと知り合って、ストリートに生きている人々の着こなしを見てきたので、それを全部形にしていきたいと考えていました。ボロボロの服を着ていても、カッコ良くて自由なんです。それでコンディションもサイズも無視して「古着の価値観をぶち壊したい」と店作りをしていきました。

 2000年12月、いざオープンを迎えたら、店に入りきらないほどの人が来てくれて。500〜600人も客が来たと言われていますが、僕の肌感だと300人程度だったかと思います(笑)。それでも大変な数。夜な夜な色々な人と遊んでいたのが、役に立ったのかもしれません。

 

・商標は取られているんですよね?

 ミスターハリウッドをオープンしてからは手探りで切磋琢磨していましたが、当時にしてはちょっと変わったプロセスのリメイクもやっていました。飲み仲間だった本間良二くんと夜な夜な朝まで呑みながら熱く語り合ったりする中で生まれたのが、本間くんの「ツータックス(2-tacs)」というブランドです。例えば、ゴーゲッター時代に卸のために買い付けたラコステのポロシャツとか、数百枚単位で在庫として眠っていた物にどうやって付加価値をつけて売っていくかなど。売れ残っているけど良質なものを本間くんに預けて、リメイクをしてもらったりしていました。

 古着のまま卸すなら通常、上代が2800円だとしたら卸値はその60%と薄利。でも本間くんの手の込んだリメイクなら、今考えると安いですが上代は1万8000円くらいに設定し、飛ぶ様に売れていきました。売れたら彼に取り分の30%を渡して、残りはうちの売り上げ。無駄なくセンスよく再生していくリメイクは、今で言うサステナビリティ的な、リサイクルのリサイクルというか。出せばすぐ売れて、むしろまた大量に仕入れなくてはいけなくなったり。とにかく日々が怒涛のように過ぎていきました。

 ある日、本間くんに「ひとつずつ作るより、テーマ性を持って作ったらいいかもね」と言われたのを覚えています。点でバラバラに作るのではなく、線や面で作るクリエイション。いわゆるファッションデザイナーのやり方です。古着屋上がりの僕は1ミリも持ち合わせていない考えだったので、「なるほど」と目から鱗が落ちるようでした。それから自分の好きなものをテーマにして、後のベースとなるコンセプトに沿った服作りが始まったのがこの頃。店を閉めた後に、朝まで必死に作っていたこともあります。収拾がつかなくなって、別でビルの一室を借りてアトリエにしたり。

アトリエも内装にこだわり、自分で手を加えた。その時に作ったライト。現在も、自社のショールームに設置されている。

 最初は店名の「ミスターハリウッド」をブランド名にしていたのですが、ある日取材を受けた時に「メジャーな名前ですが、商標は取られているんですよね?」と聞かれました。その時は「はぁ」と曖昧な返事をしましたが、後で慌てて確認してみたら、取れていない。実は、ブランドには商標がいることをよく知らなかったんです。ちゃんと調べると大阪あたりの靴下の会社が先に取得していました。本当に、当時の自分は知らないことだらけでスタートしていたんだと思います。「新しいブランド名を考えなきゃ」、それが急務でした。――第4話につづく

文:小湊千恵美
企画・制作:FASHIONSNAP.COM

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