
盛り上がるフレグランスカルチャー。ショップやイベント、日本に上陸するブランドが続々と増え、自分の好きな香りや気になる香りを見つける人も少なくないはず。ブランドの歴史や香りの種類、まとい方などさまざまな情報が発信され、少し詳しくなってきた人もいると思います。そこで、フレグランスについて、“ちょっと詳しく知りたい”人向けに、香りの元となる「香料」について特集。フランス発のフレグランスマガジン「ネ(Nez)」(以下、ネ マガジン)の協力を得て、奥深い香料の世界を、全3回の短期連載でお届け。産地や香料として使うための加工・製造、そこに携わる人たちの話など、少しニッチな内容も。第2回は、フレグランスの王道、フローラルな香りを作る上で欠かせない香料のひとつであるジャスミンについて。
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(出典:Nez)
グラースでは、ただ「花」と呼ばれているジャスミン
フランス南東部のグラースは、「香水の都」として世界的に知られていますが、その名声を支える香料のひとつに、繊細で芳しいジャスミンがあります。近隣の畑で手作業で収穫された小さな白い花びらは、町の工場でアブソリュートに加工され、有名メゾンが高額で買い求める製品(香料)へと生まれ変わります。

「今はジャスミンの状態は良いですが、今年は厳しい時期もありました」。2018年8月末の冷たい朝、アンドレ・ガルヌロン氏はジャスミンとチュベローズの畑の前に立って語りました。町のふもとに広がる1エーカーの芳しい花畑。「猛暑で樹液の流れが遅れたんです。蕾が開きませんでした」と彼は説明します。
この農園は1892年にガルヌロン氏の曾祖父母によって設立。長年ガルヌロン家は香料メーカーのロベルテ社と提携し、チュベローズ、バラ、ジャスミンの専属農園として栽培を続けてきました。農園で働く人々は毎日が自然との対話で、植物と気候の変動に合わせて過ごします。ガルヌロン氏はその仕事を息子に引き継いでいますが、毎年夏のシーズンには、一際花の状態に目を配っているのです。ここグラースでは、ジャスミンはただ、「花(the flower)」と呼ばれています。なぜなら、それがグラースを「香水の都」たらしめる原動力だったからです。


毎年8〜10月、場合によっては11月初旬まで、数人の作業員が夜明けとともに作業を開始。この日も6人のピッカー(花摘み人)がいました。──学費を稼ぐ若者、冗談好きな年配の紳士、近隣の旅回りのコミュニティから来た4人の女性たち。「あの女性たちは本当に素晴らしい」とガルヌロン氏は語ります。最古参のジャンヌ・ラ・フルールは、36年前から毎年この時期になると戻ってくるのです。「たしか13か14歳のときに始めたんです。最初は姉たちと来て、それから息子たち、娘たち、甥っ子たちも。そして今もこうして来ています」。
女性たちは茂みに体をねじ込み、茎やつぼみに触れずに花を摘み取ります。「花のスカートを持ち上げると、ぽろっと取れるのよ」とそのうちの1人が説明します。「暑い日は早く来るの。6時15分から作業することもあるわ。日の出前のほうがよく見えるから」。花の香りが最も強いのも朝。「時間が経つと少し鼻につくの」と別の作業者が言います。
元々ジャスミン(ジャスミナム・グランディフローラム)はインド原産。全世界のジャスミン生産の90%以上をインドとエジプトが占めています。霜や風に弱く、夏の熱波も大敵ですが、太陽を浴びて育つのが大好きで、晴れの日には水を大量に吸収します。テロワール(産地)によって果実やハチミツのような香りに変化し、より官能的、グリーン、あるいはアニマリックになるのです。ただし、その香りは、ヒマラヤ山麓でお茶にも使われるジャスミナム・サンバックのようにインドール(動物的香り)で重くなることはありません。
グラースで働く生産者たち 多い人で一日4kgの花を収穫
グラースでは、1人のピッカーが1日に2~3kg、多い人で4kgの花を収穫します。その場で行われる最初の計量が、その日の賃金を決定します。計量が終わると、ガルヌロン氏はすぐに花をバンに積み込み、数キロ離れたロベルテ社へと配送。本社と工場は、19世紀末にギュスターヴ・エッフェルが建設し、グラースのロベルテ社では約900人が、生産から香水製造まであらゆる工程を担っています。
「私たちは年中無休だ」と、60年以上前から勤める79歳のロベール・シニガリア氏が語ります(2018年当時)。「1月2月はミモザとヒース、年に3回はスミレの葉、5月はもちろんバラも。それからマテ、パチョリ、カストリウム(ビーバー分泌物)も。合計で400種以上の天然素材を扱っています」。工場に着いたジャスミンはすぐに処理。一部は暗く通気の良い小部屋で「アンフルラージュ」(香料を得る方法のひとつ)に回されます。そこで花は1つずつ木の枠に乗せられ、朝露を取り除きます。週末には花と脂肪の層が交互に重ねられ、植物本来の香りを閉じ込める作業に。「昔は動物性脂肪を使っていたけれど、狂牛病の流行後は禁止になった」とガルヌロン氏。現在は植物性脂肪による新しいブレンドが試され、かつての「ポマード(香脂)」に近い結果が期待されています。
最高級のアブソリュートを生み出すための、“コンクリート”
とはいえ、今日ではほとんどの花は溶剤抽出(香料を抽出する際に、有機溶剤を用いて植物から香り成分を抽出する方法)に回されます。例えばヘキサンは、芳香分子を抽出する揮発性溶剤で、蒸発させることで「コンクリート」と呼ばれる芳香ペーストが得られます。これをさらに加工することで、香水業界の至宝「アブソリュート」が生まれます。グラースでは年間30kgほどしか、このコンクリートを販売しません。これは世界の供給量の1%にすぎませんが、その品質は唯一無二。最高級香水に採用され、「シャネル N°5」の抽出液にも使用されています。ロベルテ社の工場の作業場には、花を抽出する担当者の名前が掲示されています。花は再び計量され、通気性のあるバスケットに入れてカビを防ぎます。床に落ちた1枚の花びらさえも拾い上げられて戻されます。「どんな花も無駄にしない」と、コンクリート製造責任者のルイ=ミシェル・パスロンは語ります。

“1kg”のためのジャスミン700kgには1400時間の収穫が必要
巨大なステンレス製の抽出槽に花が入れられると、ジャスミンは洋梨のような香りを放ちます。その後ヘキサンが加えられ、加熱処理へ。マセレーション(熟成)中の花に毎日新しい花が追加され、最後には植物が完全に使い果たされ、色も失われ、湿ったジロール茸のような姿に変わります。最後の香りは、さつまいもとチョコレートケーキの間のような芳香に。地下の作業場では、芳香分子を抽出したあとの溶剤が蒸発し、ワックス状のコンクリートが生成されます。これはアブソリュートよりも保存が効き、数ヶ月間劣化せずに保管可能。アブソリュート製造室では、作業者は紙のキャップをかぶって衛生管理を徹底。コンクリートの準備ができると、エタノールに溶かし、冷却槽でグラッサージュ(冷却精製)されます。冷却によって蝋成分が固まり、アルコールは液体のままとなり、アブソリュートを得るまで、さらなるろ過や精製工程を続けます。こうして完成したアブソリュートは、世界中の調香師や有名ブランドのオーダーメイド品として取引され、1kgあたり10万ユーロ(約1700万円)という高値が付きます。「アブソリュート1kgを得るには、約700kgのジャスミンが必要。つまり、収穫には1400時間がかかる」とロベール・シニガリア氏は語ります。


ジャスミンの香りを得る5つのステップ
- 収穫
手作業で8月〜10月(時に11月)に早朝から行われる。 - コンクリート
ヘキサン抽出後、蒸発によって得られる蝋状物質。 - アブソリュート
アルコールに溶かして冷却、蝋を取り除いた後、最終的に抽出される香料。
■ジャスミンが香る、フレグランスセレクション
フレグランスを文化的、芸術的な側面から捉えるネ マガジンが、ジャスミンが特徴的に香るフレグランスをセレクション。





シャネル「N°5 パルファム」(1921年誕生:調香師 エルネスト・ボー)
おまけ:妄想香水劇場(The fantasy perfumery)
Nezならではのフレグランスの夢のブティック「THE FANTASY BOUTIQUE」。フィクションの登場人物たちが、ある日、現代の香りを求めてフレグランスブティックの扉を開けたとしたら?コンサルタントが物語の舞台やキャラクターの性格、スタイルに合わせた香りを提案します。今回は、1994年のパリ、日付は12月11日。お客さんは、映画「レオン」から、ストーリーもさることながら、ムービースタイルアイコンの金字塔のひとりとして時代を超えて愛されるヒロイン、マチルダ(Mathilda)が訪れました──。
これがあなたの初めての香水になるのね。何を選べばいいのかわからない…?バニラが好き?花や果物?キャンディーのほうが好き?じゃあ、「ロリータレンピカ(Lolita Lempicka)」の「ロー・オン・ブロン(L’Eau en Blanc)」を試してみるのはいかが。これはドラジェ(糖衣アーモンド)の香りがするの、わかる?すぐにカリッとかじりたくなる甘さで、アーモンドの中身がご褒美。目を閉じて、さぁ、今度はピリッとしたスミレの味、そしてありえないほどピンク色の果実のマラバールガムの味が飛び込んでくるわ。少し粘り気のあるリコリスロールの味もしてくるし、綿あめみたいなふわふわの砂糖、指でちぎって舌の上で溶かすあの感じよ。男の人がスイーツ系の香りを好きになるかって?もちろん、ただし超パウダリーならね。この香りは、アイリス、ヘリオトロピン、トンカ豆がこのお菓子のような香りに、女性らしさの震えるようなパウダリーな雲をまとわせてくれるの。お菓子屋さんからは卒業、よかった、あなたが言う通り、もう子どもじゃないのね。でも、「マダム」みたいな香りはイヤでしょう?ロー・オン・ブロンならそんな心配なしよ、義母と間違えられることなんて絶対にないから。ベチバーとムスクが、この香りに必要なだけの体躯と挑発的な強さを加えているけど、決して重たくはならない。チュールや羽根のようなヴェールみたいにね。香りをつけてみる?そうすれば、あなたはマリリン・モンローみたいになるわ、かすかな、でも確かな砂糖の泡の中に包まれて、安心感と魅力に満ちてくるの。


最終更新日:
香りと嗅覚をテーマとする定期刊行雑誌。科学論文、インタビュー、調査、批評など、香りを中心に据えたユニークな内容で、“鼻”を使って世界を探求する助けとなるようなコンテンツを紹介している。2024年に、ニッチフレグレンス専門ショップ NOSE SHOPが日本語版の版権を取得。フレグランスや香水業界の動向、プロダクトレビュー、芸術遺産の提唱といったさまざまな分野の深い洞察を掲載している。
Crédit photo : Romain Bassenne / Illustrations flacons, Crédit : Atelier Marge Design / Boutique imaginaire, Crédit : Clément Charbonnier
October 2021 © Nez
Japanese translation rights arranged with Agence Deborah Drubathrough Japan UNI Agency, Inc.
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